太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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カルトアルパス沖海空戦(下)

■神聖ミリシアル帝国

 港湾都市カルトアルパス

 

 低く響く警報の中へ、甲高い噴射音が重なった。

 

 人々が空を見上げると、五機の航空機が市街地南方から接近していた。翼には見慣れない国籍標識が描かれ、太陽を反射する機体は次第に高度を下げている。

 

 グラ・バルカス帝国の艦上戦闘機〈アンタレス〉だった。

 

 カルトアルパスに送り込まれた攻撃隊の大半は、到達前に失われていた。沖合で日本国の巡洋艦〈八雲〉と〈六花〉が迎撃を続けているが、そのすべてが阻止できたわけではなかった。

 

「敵機接近! 南南西、高度八〇〇!」

 

 市内各所で避難を促す鐘と警報が鳴り響き、人々が建物へ駆け込んでいく。建国以来、帝国本土の主要都市が敵国の攻撃を受けるなど、ほとんど想定されていなかった。

 

 その港湾地区に四体の機影があった。《ビブリオン級》二隻が運んできた装甲二足歩行機〈グノーム〉である。

 

 近衛隊長ミノス・サレアス少佐と、その僚機を務めるニコラオス・ヴェルギス中尉の機体は、短距離対空誘導弾(短SAM)を収めた箱型ランチャーを担いでいた。

 

『先頭二機、そのまま港湾地区へ侵入。高度七五〇、降下中』

 

 やや離れた位置から、アリア・マリア軍曹の観測データが送られる。

 

「確認した。ヴェルギス中尉は右を。私は左を狙う」

 

『了解』

 

 二機の〈グノーム〉が箱型発射機を持ち上げた。

 

 攻撃態勢に入った〈アンタレス〉が統合センサーに映る。照準表示が捕捉を示すと、二機のランチャーから誘導弾が発射された。

 

 白煙を認めた〈アンタレス〉が増槽を投棄し、左右に分かれて回避行動を取ったが、一発は左に逃れた機体の後部で炸裂、もう一発は急上昇に移った機体の主翼付け根を捉えた。

 

 二機が炎と黒煙を引いて港外に墜落する。

 

「二機撃墜。残り三」

 

『一機、第二倉庫側。エリン、そっち行くよ』

 

『見えてるって』

 

 エリン・アダ少尉の〈グノーム〉は、倉庫街の岸壁に片膝をついていた。保持しているのは、通常装備よりはるかに長い三〇ミリ狙撃銃である。

 

 照準器には、アリアから送られた敵機の方位、高度、速度、降下率が重ねられていた。

 

『右から左。毎秒二八〇。第二倉庫の上、三秒後』

 

「三秒もいらなーい」

 

『ジェット機相手なんだけど』

 

「二秒で十分だよ?」

 

『だからエリンに狙撃銃持たせたくないんだって』

 

 エリンは予測経路の先に銃口を向けた。

 

『二、一…』

 

Πυρ(ファイア)!」

 

 三〇ミリ弾は〈アンタレス〉の風防を正面から貫通し、そのまま操縦席を打ち抜いた。

 

 機体はそれまでと同じ姿勢で数秒間飛び続けた後、ゆっくりと海に突っ込んだ。

 

「ほら、一発」

 

『…はいはい。一発ね』

 

「ちゃんと見てた?」

 

『見てたから言ってるの』

 

 会話が終わらないうちに、別の〈アンタレス〉が雲の下から現れた。先ほどの三機とは進入方向が異なり、アリアの観測情報が追いつくより先に港へ突っ込んでくる。

 

『エリン、次―』

 

「いいよ、見えた」

 

『まだデータ出てないし!』

 

「近いからいんないよ」

 

 エリン機は膝をついたまま上体を捻り、狙撃銃を振った。

 

『ちょっと、そんな撃ち方―』

 

 三〇ミリ狙撃銃が続けて火を噴く。

 

 一発目は機首の前を抜けたが、二発目は主翼を穿ち、三発目が胴体後部へ食い込んだ。

 

 〈アンタレス〉の機体後部から黒煙が噴き出す。操縦士は上昇して逃れようとしたが、間もなく片側の推力を失い、横転しながら海に落ちていった。

 

『…落ちた』

 

「でしょ?」

 

『でしょ、じゃないの。今の反則じゃない』

 

「近かったし」

 

『そういう問題じゃないでしょ!』

 

 二人の通信を聞いていたサレアスは額を抑えた。言っても無駄だということは、すでに知っていた。

 

 ヴェルギスが別方向を指した。

 

『少佐、北東! もう一機!』

 

 最後の〈アンタレス〉が港湾地区の反対側から低空で接近していた。

 

 エリンも機体を旋回させたが、狙撃銃は取り回しが悪い。

 

「ちょっと待って。今落とすから」

 

『もうっ!』

 

 アリアの〈グノーム〉が立ち上がった。

 

 手にしていた二五ミリアサルトカービンを腰だめで構え、急激に迫る〈アンタレス〉に向ける。

 

 二五ミリ弾が曳光を引きながら空に伸びた。最初の射線は敵機の後ろに流れたが、アリアはそのまま銃口を先へ送り、二度目の連射を浴びせる。

 

 数発が〈アンタレス〉の機体下部から主翼に命中した。

 

 破片を撒き散らした機体は大きく姿勢を崩し、最後は港外の海面へ激突した。

 

『お、まぐれ当たり?』

 

「当てたの!」

 

『アサルトカービンで?』

 

「私もこれくらいはできるよ」

 

『いや、普通当たんないから』

 

「エリンにだけは言われたくない!」

 

『あたしは狙撃銃だよ』

 

「観測なしで撃ってたでしょ!」

 

「二人とも」

 

 それまで黙っていたサレアスが割り込んだ。

 

「敵機は全機撃墜した。それについてはよろしい」

 

『はい』

 

『はい、少佐』

 

「だが、アダ少尉。観測支援を受けずに飛行目標を撃つのが当然だと思うな」

 

『バッチリ落としました!』

 

「そしてマリア軍曹」

 

『はい』

 

「アサルトカービンで戦闘機を撃墜するのも、通常の対空戦闘ではない」

 

『はい、ですが当たりました』

 

「そうだな…」

 

 サレアスはそこで言葉を切った。二人の技量について疑うところはない。問題なのは、二人が毎回おかしな結果を出すことである。

 

『ほら、アリアも怒られた』

 

『エリンのせいでしょ』

 

『あたし、ちゃんと狙ったよ』

 

『私だって狙ったよ!』

 

「警戒を続けろ」

 

 サレアスは短く命じ、通信を切った。隣では、ヴェルギス機が何も聞かなかったように空を見上げている。

 

 四機の〈グノーム〉は再び港湾地区へ散開した。避難していた市民たちは建物の陰から恐る恐る姿を見せ、奇妙な人型兵器と、その向こうに黒煙を上げて落ちていく敵機を見上げていた。

 

 

■カルトアルパス南方海域

 

 水平線の向こうで巨大な発砲炎が膨らんだ。

 

「敵艦発砲! 我が方はまだ有効射程外です!」

 

 悲鳴じみた報告が、ムー海軍旗艦〈ラ・カサミ〉の艦橋に響いた。

 

 すでにムー艦隊は大きな損害を受けていた。

 

 最初の喪失は〈ラ・コスタ〉以下四隻の大型軽巡洋艦である。

 

 一万トン級の船体に三八・一センチ連装砲二基を載せた軽巡洋艦は、火力だけなら戦艦に匹敵したが、舷側装甲は七六ミリしかなかった。

 

 四隻は砲戦距離に入る前に、グラ・バルカス艦隊から飛来した対艦誘導弾に狙われた。

 

『対艦誘導弾接近!』

 

 一発が〈ラ・コスタ〉の船体中央へ突入し、装甲を破って内部で炸裂した。爆発は機関区画へ達し、黒煙を噴き上げた艦は急速に速力を失った。

 

 他の三隻もほぼ同時に被弾した。もともと大口径砲の搭載を優先した船体には、誘導弾の直撃に耐える余裕などない。火災と誘爆が相次ぎ、四隻はいずれも短時間で戦列から姿を消した。

 

 続いて狙われたのが、戦闘巡洋艦〈レ・ナウン〉と〈レ・パルス〉だった。

 

 こちらも高速を誇る反面、防御力では戦艦に及ばない。

 

 回避運動によって直撃を避けようとしたものの、各艦に一発ずつ対艦誘導弾が命中した。

 

 〈レ・ナウン〉は後部に大きな火災を起こし、〈レ・パルス〉も艦中央部を損傷する。沈没には至らなかったが、戦闘を続ける状態ではなく、二隻とも煙を曳きながら後方へ退避していった。

 

 〈ラ・ヴェプル級〉駆逐艦六隻は、雷撃を試みた。

 

『魚雷発射!』

 

 舷側から放たれた魚雷は目標に向けて進んだ。

 

 ただし、その速力は一八ノット。有線誘導のワイヤーを引きながら進む魚雷は、敵艦より遅かった。

 

 発射した駆逐艦が進路を修正させても、距離は縮まらない。〈グレートアトラクター〉がそのまま航行するだけで、魚雷は次第に後方へ取り残されていった。

 

「追いつかないのか…?」

 

 結果を確認する間もなく、グラ・バルカス側の一三〇ミリ砲火が駆逐艦隊に集中した。

 

 駆逐艦にとって、中口径砲でも十分な脅威だった。甲板や上部構造に被弾した艦から火災が発生し、一隻、また一隻と戦闘を断念する。

 

 六隻は魚雷を残したまま反転し、損傷艦を庇いながら戦場を離れた。

 

 残った大型艦は、もはや〈ラ・カサミ〉と同型艦〈ラ・エルド〉だけだった。

 艦橋では、ムー機動部隊司令ブレンダスが戦況を見守り、その傍らで艦長ミニラルが操艦を指揮していた。

 

 小太りの体を艦長席から乗り出し、ミニラルは前方を睨んだ。

 

「最大戦速を維持! 距離を詰めろ!」

 

 〈ラ・カサミ〉は二三ノットの全速で海面を押し進んだ。

 

 巨大な船体からすれば決して速くはないが、この艦は全速航行時に限れば意外なほどよく舵が利く。砲弾の着弾を見ながら転舵を繰り返し、巨大な水柱の間を縫って敵艦へ接近していった。

 

 ただし、真正面へ向かっているため、九門ある四〇・六センチ主砲のうち使用できるのは前方の二基六門だけである。

 

 三番砲塔は二番砲塔に前方を塞がれ、艦首方向へは射撃できない。だからといって艦橋側へ大きく旋回させて撃てば、今度は主砲発射の爆風が艦橋をまともに叩く。

 

 過去の射撃訓練では艦橋の窓が砕け、内部の計器類にも被害が出たため、射角には厳しい制限が設けられていた。

 

「主砲、まだか!」

 

「射程内です。ただし最大射程ぎりぎりです!」

 

「構わん。撃て!」

 

 前甲板に並ぶ二基の主砲塔が火を噴いた。

 

 六門の四〇・六センチ砲がほぼ同時に発砲し、衝撃で艦橋の窓が震える。

 

 少し離れて並走する〈ラ・エルド〉も続いた。

 

 二隻から放たれた計十二発の巨弾は、高い弾道を描いて〈グレートアトラクター〉へ向かう。

 

 長い飛翔の後、その周囲に巨大な水柱が立った。

 

 一発が艦首近くへ落ち、続いて左右にも水柱が上がる。〈グレートアトラクター〉の巨体は一瞬その中へ隠れたが、直撃弾はなかった。

 

「遠いな…」

 

 最大射程近くからの砲撃では散布界が広すぎた。それでもミニラルは双眼鏡から目を離さない。

 

「装填を急げ。次弾用意!」

 

 遠方では〈グレートアトラクター〉が、水柱の間から何事もなかったように姿を現した。

 

 やがて三基の主砲塔が火を噴く。

 

「来るぞ! 面舵!」

 

 〈ラ・カサミ〉が大きく舵を切った。

 

 第一弾、第二弾が左舷側へ落ち、海面から巨大な水柱が立ち上がる。続く砲弾も艦首前方を越えた。

 

「避けた――」

 

 ミニラルが言い終える前に、轟音が艦橋を揺さぶった

 

 四〇・六センチ砲弾の一発が、〈ラ・カサミ〉中央部へ直撃していた。

 

 装甲を破った砲弾が艦内で炸裂し、船体内部を衝撃が走る。艦橋では人員が床へ投げ出され、計器盤の一部が消灯した。

 

「ぐっ…被害報告!」

 

 床へ倒れたミニラルが手すりを掴んで立ち上がる。

 

『中央部被弾! 火災発生!』

 

『操舵指令、応答ありません!』

 

「何?」

 

『機関遠隔制御も喪失! 両舷とも全速のままです!』

 

 ミニラルの顔色が変わった。

 

「機関停止! 機関室で直接止めろ!」

 

『伝令を向かわせています!』

 

 しかし、二三ノットで突進する五万トン近い戦艦にとって、数分の遅れでも長すぎた。

 

 操舵指令系を失った〈ラ・カサミ〉は、被弾直前の舵角を残したまま戦列から外れていく。

 

「艦長、陸へ向かっています!」

 

「投錨!」

 

「この速力では無理です!」

 

 眼前へ岩礁と海岸線が迫った。

 

「総員、衝撃に備えろ!」

 

 その直後、艦底を引き裂くような轟音が響いた。

 

 〈ラ・カサミ〉の艦首が岩礁へ乗り上げ、巨大な船体が激しく震える。甲板上の構造物から破片が落ち、艦橋では再び人員が床へ投げ出された。

 

  数度大きく揺れた末に、戦艦はようやく止まった。

 

「機関停止!」

 

 遅れて届いた報告を、ミニラルは黙って聞いていた。

 

 座礁した〈ラ・カサミ〉は艦首を陸に向け、艦尾を〈グレートアトラクター〉に晒していた。そして、この艦の主砲はすべて艦首側に集中しているのである。

 

「艦長。主砲、敵艦を指向できません」

 

「ああ、そうだな」

 

 ミニラルはしばらく海上を眺め、それから傍らに控えていた従兵を振り返った。

 

「紅茶を頼む」

 

「はっ」

 

 しばらくして、従兵が銀盆にティーカップを載せて戻ってきた。ミニラルがカップを口元に運び、そこで動きを止める。

 

「…これは何だね?」

 

 珍しく大きな声に、艦橋にいた者たちが一斉に振り返った。

 

「はっ、レモンティーであります」

 

「レモンティー…なんと嘆かわしい」

 

「申し訳ありません。淹れ直してきます」

 

「まあいい。これはこれで頂こう」

 

 ミニラルは諦めたように一口飲んだ。

 

「ただし、帰港後に淹れる紅茶には、ミルクをたっぷり入れてくれたまえ」

 

「はっ。ミルクをたっぷり」

 

 従兵は深く頷いた。

 

 ブレンダスは何も言わず、艦橋後方から戦場を見ていた。

 

 遠方では同型艦〈ラ・エルド〉が、ただ一隻〈グレートアトラクター〉へ向かっていた。

 

「〈ラ・エルド〉、砲撃を受けています!」

 

 発砲炎が見え、その後しばらくして巨大な水柱が〈ラ・エルド〉を囲んだ。

 

『〈ラ・エルド〉被弾!』

 

 〈ラ・エルド〉の甲板に炎が上がった。被弾した艦は速力を落としながら海岸へ進路を変えると、やがて浅瀬に擱座した。

 

 ミニラルは拳を握ったまま、その光景を見ているしかなかった。

 

 眼前の海には、少し前まで列強を名乗っていた艦隊の残骸が漂っていた。

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