令和八年九月二十二日、皆様の感想が三〇〇件に達しました。
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■カルトアルパス南方海域
座礁した〈ラ・カサミ〉の艦橋から、ミニラルは海上を見ていた。
沖合いでは〈グレートアトラクター〉が進撃を続けている。擱座した〈ラ・エルド〉も、〈ラ・カサミ〉と同じく身動きが取れなかった。
〈グレートアトラクター〉の主砲が再び旋回した。
「敵主砲、本艦を指向!」
見張員の声に、艦橋の空気が一段と張り詰めた。座礁した〈ラ・カサミ〉に回避する術はなく、〈ラ・エルド〉も同じだった。
水平線上に巨大な発砲炎が膨らみ、四〇・六センチ砲弾が放たれる。
「総員、衝撃に備えろ!」
砲弾は届かなかった。〈ラ・カサミ〉に向かっていた砲弾が、空中で突然爆発した。二発目、三発目も爆発し、破片が煙を曳きながら海に落ちていった。〈ラ・エルド〉を狙った砲弾も次々と爆発している。
「…何事だ?」
ミニラルが思わず呟く。
「対空砲火か?」
誰かがそう口にしたが、確信がある様子はなかった。
「いえ、発砲は確認できません!」
「では、どうやって撃ち落とした?」
答えられる者はいなかった。艦橋の誰もが、空中で続く爆発をただ見つめていた。
〈グレートアトラクター〉の艦橋では、砲術員たちが観測結果を確認していた。驚いていたのはグラ・バルカス側も同じだった。
「主砲弾、目標到達前に炸裂!」
「信管の異常か?」
「複数弾が同時です。考えにくいかと」
短いやりとりの間にも、報告は次々と重なっていく。
「では、迎撃されたというのか?」
原因を特定できないまま、見張員が新たな艦影を発見した。
「左舷前方、水平線上に艦影!」
双眼鏡が一斉に向けられる。水平線の向こうから、白い軍艦が近づいていた。
「識別!」
「イルメリアの旧式巡洋艦〈コンタキオン〉と思われます!」
その報告に艦橋がざわめいた。旧式艦という言葉と、目の前で起きている現象には落差がありすぎたのだ。
「レーダーはどうした!」
「反応ありません!」
「もう一度探せ!」
「探知できません! 海面反射以外、該当方位に目標なし!」
双眼鏡でははっきり見えているにもかかわらず、レーダー画面には何も映らない。担当員の声には、苛立ちよりも戸惑いの方が色濃く滲んでいた。
レーダー不調の原因は分からないもの、接近する敵艦を放置できない。
「光学測距に切り替えろ。主砲、目標変更!」
前甲板の主砲二基が旋回し、測距員が方位と距離を読み上げる。緊張した声が次々と艦橋に響いた。
「諸元入力完了!」
「距離
九門のうち射界に入った六門が火を噴いたが、やはり空中で爆発した。続く砲弾も次々と黒煙に変わり、一発として〈コンタキオン〉には届かなかった。
「全弾…爆発?」
「どうなっている?」
砲撃を受けたはずの〈コンタキオン〉は、何事もなかったかのように進み続けていた。
その異様な光景は、ムー側からも見えていた。
「…あの艦がやっているのか?」
ミニラルは改めて〈コンタキオン〉に双眼鏡を向けた。白い船体は、こちらの困惑など知らぬ様子で距離を詰めている。
「〈コンタキオン〉増速!」
白い船体が増速した。
「現在約三〇ノット!」
「まだ上がるぞ!」
報告する声に力が入っていた。
〈グレートアトラクター〉と〈コンタキオン〉の距離、約
「一〇〇ミリ砲、砲撃用意!」
射程に入った一〇〇ミリ単装速射砲六門が、接近する〈コンタキオン〉に砲口を向ける。
発射準備を終えた一番砲の表面に赤く灼けた光点が浮んだ。幾つもの光点が砲塔表面を横切った直後、砲塔内部から炎が噴き出した。
「一番砲、被弾!?」
二番砲、三番砲にも同じ現象が続いた。砲盾や砲塔基部を光点が走り、その直後に内部で爆発が起こる。
「何が起きている!」
「分かりません!」
砲撃音はなく、発砲炎も見えなかった。それでも一〇〇ミリ砲だけが、まるで順番を決められていたかのように破壊されていく。
「四番沈黙! 五番も爆発!」
「六番、応答ありません!」
砲撃開始を前にして、六門すべてが沈黙した。
〈グレートアトラクター〉の甲板には、すでにいくつもの炎が上がっていた。それでも攻撃そのものは見えず、レーダーにも何も映らない。ただ水平線上の〈コンタキオン〉だけが、猛烈な勢いで距離を縮めてくる。
座礁した〈ラ・カサミ〉の艦橋で、ミニラルは一連の攻撃を見ていた。
「…何をしたんだ?」
答えられる者はいない。つい先ほどまで列強艦隊を一方的に砲撃していた〈グレートアトラクター〉が、今度は正体不明の攻撃によって、一つずつ武装を奪われていた。
〈コンタキオン〉の中枢に設けられたそこは、一般的な
直径数メートルほどの円蓋状の区画。天井は緩やかな曲面を描き、アーチ窓にも似た表示盤には、周辺海域の状況や兵装の状態が幾重にも重なる。
中央の司令席にユリアが座り、傍らに艦長ワルデン。周囲のには通信士、航海士、電測士、機関士が一人ずつ配置されていた。
円形区画の中央寄りには、褐色の肌の女性がパネル状の立体映像に映し出されていた。〈コンタキオン〉のAI、〈サッラ〉である。その姿は南仏の伝承にある黒いサラを思わせた。
両手を組んで円蓋の下に立った〈サッラ〉の背後では、膨大な情報が絶え間なく流れていた。
表示盤の一部には、カルトアルパス周辺の戦況が示されていた。神聖ミリシアル帝国艦隊を示す符号は全て消え、ムー艦隊も残存艦の大半が航行不能か戦闘不能となっている。
ユリアは、その損害表示をしばらく見つめていた。
「ミリシアルは、航空力学も流体力学も理解していませんね」
ユリアは表示から目を離さないまま、独り言のように言った。工学者としての彼女には、戦況そのものより、その裏にある技術の稚拙さの方が気になるらしかった。
「体系化されておらんのでしょうな。船も航空機も、機関出力で無理を通しているように見えます」
淡々とワルデンが応じた。艦を預かる者らしい評である。
「飛べるから飛ばす。浮くから浮かべる。それは設計とは言えません」
ユリアは腕を組み、拗ねたように口を閉ざした。声には呆れとも評価ともつかない響きがあった。
「それでも、あれで艦隊戦を成立させていたのですから、大したものではありますな」
ワルデンが付け加えると、ユリアは小さく肩をすくめた。
「ムーは理屈を知っている割に、偏ったものを造りますな」
「紅茶漬けのところまで、あの国にそっくりですわ」
その一言に、ワルデンの口元がわずかに緩んだ。
「幸い、腹黒さまでは似ておらんようですが」
「それは褒めてよいところですわね」
二人のやりとりには、軽口の中にも冷静な観察が混じっていた。表示盤に映るユリアの横顔は、この状況を楽しんでいるように見えた。
「それに比べると、日本は予想以上ですわ」
「ええ。あれは兵器の性能より、吸収の速さを見るべきでしょう」
ワルデンが表示盤に目をやりながら言う。
「覚えるだけなら、珍しくもありません」
「教えていないところまで勝手に繋げますからな」
ワルデンが豪快に笑いながら言う。
「そこが一番厄介ですわ」
新技術をそのまま模倣するのではなく、既存の技術体系に取り込んで発展させる。その吸収力は高く評価せざるを得なかった。
〈サッラ〉の背後で表示が切り替わり、〈グレートアトラクター〉の立体映像が大きく拡大された。兵装、損傷区画、推定装甲厚が色分けされ、三基の巨大な主砲が
ユリアはしばらくその艦影を見ていた。
「見るのも嫌な船ですわ」
「本当に何かに似ておりますな」
〈グレートアトラクター〉は、船体構造から兵装の配置まで、とある戦艦を連想させるものが多すぎた。
『敵主砲弾六飛来、脅威度二』
「左舷、凝集光砲!」
ユリアの
『了解、凝集光砲、連続照射』
立体映像が瞬き、砲弾を示す光点が消えていった。
「〈サッラ〉、状況分析を」
『現在、的速二十五ノット、対艦ミサイル残弾十八、一〇〇ミリ砲全損、敵主砲命中率五・二パーセント』
「相対距離知らせ」
『
「ワルデン、融合炉出力最大、同時に、両舷前進一杯」
ユリアが命じた。
「出力最大、両舷前進一杯、
ワルデンの復唱で機関出力が引き上げられ、床下からの振動が増した。
機関士の表示盤では推進出力と発電量が上昇し、航海士が針路と相対距離を確認する。電測士の席には〈グレートアトラクター〉の追尾情報が連続して送られていた。
『四二ノット。四三。四四、四五ノット』
急激な加速に伴って、〈コンタキオン〉の艦首が持ち上がった。
鋭く切り立った艦首が波頭を越え、海面から船体を引き抜く。軽巡洋艦級の艦が、ハイドロプレーンさながらに海面を滑走する。
これほどの高速でも〈コンタキオン〉は安定していた。大型ジャイロやフィンスタビライザーを統合した自動姿勢制御装置のおかげである。
速力四五ノット、〈グレートアトラクター〉との相対速度は七〇ノット。
「左舷凝集光砲、一番と二番は迎撃を続行。三番は敵第一砲塔を連続照射」
『了解。目標固定』
立体映像に表示された第一砲塔、その砲身の一本に照準が重なった。
「操艦は任せます」
「
航海士が〈サッラ〉から送られる針路を確認し、〈コンタキオン〉は四五ノットを維持したまま、小刻みに針路を変え始めた。
〈グレートアトラクター〉艦長ラクスタルは、接近する敵艦を双眼鏡で追っていた。
歴戦の艦長である。未知の攻撃を受けているとはいえ、その風貌は落ち着いて見えた。
「
「速力は?」
「四五ノット前後!」
「防護巡洋艦で四五ノットか!?」
ラクスタルは双眼鏡を下ろさずに呟いた。
「主砲斉射、用意!」
艦橋には外務省課長のシエリアも乗り合わせていた。軍服を思わせるスーツ姿で、接近する〈コンタキオン〉を窓越しに見ている。
「艦長。あの艦はこちらに向かって来ているのだな?」
「ああ」
短く返す艦長の横顔には、余裕らしきものは見えなかった。軍人ではないシエリアには、海戦もその指揮も分からない。だが、大型戦艦に対して、小さな巡洋艦が自ら接近する異常さは理解できた。
「敵艦変針、測距値更新!」
「照準修正、急げ!」
光学測距儀から送られてくる数値が次々と書き換えられるが、諸元を修正する間にも〈コンタキオン〉は海面を滑り、再び針路を変えてしまう。主砲の照準が合う頃には、予測位置を大きく外れている。
「照準、間に合いません!」
「構わん。砲撃を続けろ」
ようやく主砲の準備が整った。
「撃て!」
だが、五〇メガワットのパルスレーザーを浴び続けていた第一砲塔は、装薬の衝撃に耐えられなかった。砲身が中央部で破裂し、激しい音と共に、砲身と破片が甲板に叩きつけられた。
「第一砲塔、腔内爆発!」
「閉鎖機区画損傷、損害確認中!」
「残った砲で砲撃を継続。第一砲塔は消火と損害確認を急げ」
悲鳴に近い報告が続く間も、ラクスタルは攻撃を中止しなかった。
しかし、残る砲から撃ち出された砲弾も〈コンタキオン〉を捉えられない。
高速のままの艦が右に滑り、間を置かず左に切り返す。光学測距によって得られた諸元は、そのたびに過去の数字に変わっていった。
『目標、
「電磁投射砲!」
ユリアが命じた。
前甲板の九〇ミリ
「敵艦、前部砲塔旋回!」
ラクスタルは双眼鏡で〈コンタキオン〉を捉えていた。
艦首側の小さな砲塔がこちらを向いている。
と、突然、艦橋を衝撃が襲った。
艦橋上部の巨大な測距儀に穴が開き、背後から金属片が飛び散る。衝撃で割れた窓から、艦橋内にも破片が降り注いだ。
「測距儀被弾!」
「どこからだ!」
「敵の小口径砲です!」
「発砲炎が見えなかったぞ!」
砲術員の視線が〈コンタキオン〉に集中した。
再びの衝撃。今度は観測設備が吹き飛び、鋼板が宙を舞った。
「まただ!」
「何だ、この衝撃は!」
「敵艦の発砲、確認できません!」
「着弾してからでは遅い! 撃った瞬間を見ろ!」
見張員が双眼鏡に張りついた。
三発目も同じだった。突然、左舷の三〇ミリ多銃身機関砲が引き裂かれた。砲身が甲板を転がり、弾薬が誘爆する。
「三〇ミリ機関砲、一基喪失!」
間を置かず、別の機関砲にも閃光が走った。
基部の鋼板が内側まで抉られ、砲塔が吹き飛ぶ。
「機関砲二番、沈黙!」
砲術員は、ようやく敵が何をしているのかを理解し始めた。
「敵の弾速を算出できるか?」
「無理です! 着弾しか観測できません!」
「砲弾そのものも確認できません!」
四発、五発と攻撃が続き、三〇ミリ機関砲が次々と爆散した。
やがて、着弾からかなり遅れて、鋭い金属音が響いた。
「…今のが発砲音か?」
その音と遅延が敵弾の異常さを物語っていた。マッハ一〇でタングステン塊を撃ち出す電磁投射砲は、彼らの理解の外にあった。
『敵、左舷機関砲沈黙』
「次の目標、第一煙突」
『了解。目標、第一煙突』
〈グレートアトラクター〉艦橋のすぐ後ろの煙突に閃光が走り、一瞬遅れて反対側から金属片が吹き飛んだ。砲弾は煙突を横から貫通し、外筒に二つの穴を残して抜けていた。
穿たれた破孔から黒煙が横向きに噴き出す。
『第一煙突、穿孔二箇所。排気流異常を確認』
「十分です」
ユリアはそう告げ、次の表示に視線を移した。
「機関砲、全基喪失! 後部測距儀大破!」
「第一煙突に破孔!」
「あんな豆鉄砲で大穴が開くのか!?」
損害報告が矢継ぎ早に飛び交う。第一煙突の側面から黒煙が噴き出し、甲板では複数の火災が発生していた。それでも機関は動いている。レーダーも通信設備も健在である。攻撃を受けている箇所には、明らかな偏りがあった。
「艦長。レーダーは無事なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
シエリアは、回転を続けるレーダーアンテナと、破壊された測距儀を見比べた。軍事知識がなくとも、この艦を沈めるだけなら、ここまで攻撃対象を選ぶ必要がないことは分かる。
次の攻撃は第二砲塔の基部に着弾した。
「第二砲塔被弾!」
「主砲旋回機構異常!」
旋廻途中の砲塔が突然停止した。
「第二砲塔、旋回不能!」
砲術員の一人が、停止した砲塔に嘆息した。後部第三砲塔は未だ健在だったが、四五ノットで回避を続ける〈コンタキオン〉に有効弾を与えるのは、不可能に近かった。
ラクスタルが次の判断を下す前に、不意に敵の攻撃が止まった。
「敵艦に旗旒信号、X旗!」
見張員から報告が上がった。
「何の意味だ?」
シエリアが信号員に尋ねる。
「現在の行動を中止し、後続の信号を待て―です」
やがてX旗が降ろされ、代わって三旒の旗が上がった。
「R、V、2」
「意味は」
「入港せよ。港に向かえ、です」
艦橋に居た誰もが戸惑い、沈黙した。
「降伏勧告ではないのだな?」
シエリアの問いに、ラクスタルはすぐには答えられなかった。
やがて〈グレートアトラクター〉は、船体各所から煙を上げながら戦場を離脱した。
「取り舵回頭、戦闘海域を離脱する」
「艦長?」
「負傷者を収容、消火急げ。残った者まで無駄死にさせるな」
見送る〈コンタキオン〉は、傷一つなく佇んでいた。
巡察艦コンタキオン
*Basilikon Ploïmon Kontakion, BP Kontakion
19世紀末に英国で建造された防護巡洋艦が原型。
度重なる大改装により全面的に近代化された高性能艦。
緋色に金十字の東ローマ海軍旗と白地に金線の船体を持つ。
ロシア赤軍との冬戦争で名を馳せたイルメリアの象徴。
基準排水量:5,400t
全長:92m
主機:凝集体内核融合炉400MW×2
推進:常温超電動機 約150,000hp
速力:公称25kt/最大45kt
乗員:55名
装甲:舷側150mm相当、甲板100mm相当、砲盾200mm相当、艦橋150mm相当
兵装:90mm電磁投射砲×2、凝集光砲 片舷3、光学CIWS×2、25mm CIWS×4、40mm対雷機関砲 片舷5
装備:戦術情報処理システム「レギオン」、複合索敵システム「コホルト」ほか
*Basilikon Ploïmon:東ローマ帝国中央艦隊所属艦