太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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プロットが尽きたので投稿ペースが落ちます。


八雲立つ

■カルトアルパス湾

 

 まだ戦闘の痕跡が残るカルトアルパス湾には、多数の雑役艇や遊覧船、漁船が行き交い、海面に漂う残骸や油の帯を避けながら、生存者の捜索と収容を続けていた。

 

 その湾内へ引き返す〈コンタキオン〉と、フォーク海峡へ向かう大型艦が、海峡の中央ですれ違おうとしていた。

 

 黒い船体に三本の煙突を載せた大型海防艦〈八雲〉である。

 

 ユリアはワルデンを伴って〈コンタキオン〉の甲板に立ち、反航してくる八雲を眺めていた。

 

 やがて〈コンタキオン〉の信号灯が明滅し、八雲に発光信号が送られた。

 

「コンタキオンより発光信号」

 

 八雲艦橋で報告を受けた寺崗正雄艦長が信号員を振り返る。

 

「内容は?」

 

「『武運長久を祈る』」

 

 寺崗は信号員へ命じた。

 

「返信、『謝す』。それだけでいい」

 

 八雲の戦闘指揮所(CIC)は、イルメリアの〈コホルト〉を基礎として、日本向けに調整されている。センサーそのものは一九八〇年代の防空護衛艦と同程度だったが、そこから得られた情報を整理し、一つの戦術状況図に纏め上げる能力は異様なまでに高かった。

 

 複数の小型円形フェーズドアレイ、レーダーポスト、光学センサーが捉えた信号が次々と統合され、同一目標は一つの航跡として整理されていく。

 

 艦隊司令、福嶋英吉将補は、表示盤に整理されていく航跡を黙って見ていた。

 

「敵艦隊、七。大型艦一、巡洋艦級二、駆逐艦級四」

 

 電探員の報告から、グラ・バルカス帝国東征艦隊に間違いなかった。

 

 

 一方、東征艦隊旗艦である戦艦〈ベテルギウス〉では、司令のアルカイドが艦長バーダン、副長ビーグルとともに艦橋前面の海図台を囲み、接近してくる敵艦について報告を受けていた。

 

「接近中の敵艦は一隻です」

 

 ビーグル副長が読み上げた報告に、アルカイドが顔を上げた。

 

「一隻?」

 

「重巡洋艦と思われます。現在もこちらへ直進中です」

 

 バーダン艦長が付け加えると、アルカイドはレーダー盤を覗き込んだ。

 

「本当に一隻で来たのか」

 

「少なくとも、現在確認できる範囲では」

 

「豪胆なのか、馬鹿なのか分からんな」

 

 もっとも、どちらでも構わないとアルカイドは考えていた。

 

 征艦隊の本来の任務は威力偵察だった。それが戦況の推移によって、撤退するグレートアトラクターの殿まで任されることになった。

 

 もっとも、アルカイドはそのことに特別な感慨を抱いてはいなかった。命令は命令である。任された仕事を給料分こなし、生きて帰ればいい。

 

 そもそも今回の作戦自体、上司のミレケネス長官が「この戦力でどの程度戦えるか見たい」の一言で押しつけてきた、ろくでもない代物だった。将官会議でも賛成者は多くなかったが、今さら自分一人が腹を立てても仕方がなかった。

 

「敵艦、なおも接近。針路変わらず」

 

 ビーグルが報告する。

 

「攻撃圏まで来るつもりでしょう」

 

 バーダンの言葉を聞いたアルカイドは、少し考えてから海図台を指した。

 

「なら、こちらから撃とうか。対艦ミサイル、発射準備」

 

「了解。対艦ミサイル、発射準備」

 

 バーダンが艦内へ命令を伝え、ビーグルが各部署から上がってくる準備状況を確認していった。

 

 

 八雲の戦闘指揮所(CIC)では、敵艦上で生じた電波の変化が各センサーによって拾われ次々と整理されていた。

八雲の探知能力自体は一九八〇年代レベルだが、情報統制能力は初期のイージス艦に匹敵する。

 

「敵艦隊、対艦誘導弾発射」

 

「対艦誘導弾、十二、接近」

 

「航跡確立」

 

「脅威順位、自動算定」

 

 十二の高速目標が表示されると、それぞれの高度、速度、進路、到達予想時刻が算定され、割り当てが自動的に組まれていく。

 

 福嶋は時計を確認してから通信員に言った。

 

「寺崗艦長、回避運動は最小限、速力そのまま」

 

「艦長了解」

 

 寺崗は表示板から目を離さず命令を送った。

 

「両舷第二戦速(だいふたせんそく)」

 

「了解、第二戦速」

 

 八雲は針路を変えず、正面から迫ってくる対艦ミサイル群に向かって進んだ。

 

 火器管制システムが各火器の射界、残弾、目標の接近速度を計算し、それぞれ別の標的を割り当てた。

 両舷の七・六センチ砲がそれぞれ別の目標に火を噴き、続いて五・七センチ砲も砲撃を開始する。

 

 迎撃を抜けてきた飛翔体には二五ミリCIWS(自動機銃)が指向され、対艦ミサイルが火球となって崩れていく。

 

 一発が艦首近くまで迫ったものの、右舷前部のCIWSがこれを捉え、海面上で爆発した破片と爆風が八雲の艦橋周辺を叩いた。

 

「針路維持」

 

 爆風が八雲の艦橋を撫でるが、寺崗は表情を変えなかった。

 

「針路維持、宜候(ようそろ)」

 

 

 〈ベテルギウス〉レーダー員は、敵艦に向かう十二の光点が次々に消えていく様を追っていた。

 

「対艦ミサイル、迎撃されています」

 

 ビーグルの報告を受け、アルカイドが訊く。

 

「何発残った」

 

「有効弾、確認できません」

 

「全部落とされたのか」

 

「そのようです」

 

 バーダンもレーダー盤を確認した。敵艦はミサイルを迎撃しながら直進を続けている。

 

「ずいぶん景気よく撃ち落とすな」

 

 アルカイドにバーダンが問い返した。

 

「第二射を行いますか」

 

「準備だけにしておけ。確認できる敵は一隻だけだ。もう少し様子を見ておきたい」

 

 

「距離、六三〇〇〇(五七キロ)。主砲射程まで一三〇〇〇」

 

 八雲と敵艦隊との距離は徐々に縮まっていた。

 

「敵艦隊、針路変わらず」

 

「こちらが一隻だから、まだ付き合う気らしいな」

 

 福嶋の言葉を聞いた寺崗は、表示板に並ぶ七本の航跡を見た。

 

「距離五〇〇〇〇(四十五キロ)。主砲、射程内」

 

 寺崗は正面を向いたまま命令を下した。

 

「主砲、撃ちぃ方ぁ始めぇ!」

 

 二〇・三センチ連装速射砲が轟音を上げて火を噴く。

 

「初弾飛翔中」

 

 敵艦の未来位置への砲撃が続けられ、着弾を待たずに次弾が砲口を離れる。

 

 しばらくして、水平線の向こうに水柱が上がった。

 

 

「敵艦、発砲!」

 

 見張員の報告から間を置かず、〈ベテルギウス〉周囲に次々と砲弾が落下した。最初の砲撃が外れたあと、次の弾群は艦首前方に水柱を立てた。

 

「速いな」

 

 アルカイドが呟いた。

 

 普通なら着弾を待って修正射を行うところだが、敵艦は初弾の着弾前から次々と砲撃する。それでいて弾着は着実に〈ベテルギウス〉に近づいていた。

 

「敵艦、連続砲撃。さらに来ます」

 

 言い終えるより早く衝撃が伝わり、艦橋のガラスが一斉に震えた。

 

「被弾!」

 

「被害箇所を確認しろ!」

 

 バーダンの命令に各部署から報告が入り始める。

 

「後部上構に被弾、火災発生!」

 

「右舷対艦ミサイル発射機付近に被弾!」

 

「発射機一基、損傷。周辺区画で火災!」

 

「防火扉閉鎖、応急班出せ。誘導弾区画への延焼を止めろ」

 

 損傷区画が次々と配置図に書き込まれる。

 

 重巡の砲がオリオン級戦艦の装甲を貫通するわけではなかったが、戦闘能力が削られていくことに変わりはなかった。

 

「グレートアトラクターとの距離は」

 

 アルカイドの問いにビーグルが答える。

 

「十分に開いております」

 

「敵主力による追撃は」

 

「現在まで確認されません」

 

 アルカイドは現在位置と針路を確かめた。

 

 東征艦隊は敵戦力への威力偵察を果たし、撤退する〈グレートアトラクター〉の時間も十分稼いだ。最早、艦隊を危険に晒す必要はなかった。

 

「全艦、反転せよ」

 

 

 東征艦隊の各艦が回頭を始めるなか、アルカイドは被っていた海軍帽の位置を直した。

 

「帰ったら報告書が面倒だな」

 

 ビーグルが苦笑する。

 

「ミレケネス長官には、何と報告します」

 

「見たものをそのまま書けばいい。少なくとも、給料分の仕事はした」

 

 

「敵艦隊増速、反転。離脱する模様」

 

 八雲の戦闘指揮所(CIC)では七隻が一斉に向きを変え、距離を開き始める様子が表示されていた。

 

 寺崗が訊ねる。

 

「追撃しますか」

 

「不要だ」

 

 福嶋は即答した。

 

 八雲は敵艦隊を全滅させるために出てきたわけではない。まして八雲の速力では、本気で逃げる敵に追いつくことなどできない。

 

「敵艦隊、なおも距離開く」

 

 福嶋は表示盤の航跡を確認すると、椅子に背を預けた。

 

 

「追撃中止!?」

 

 鳳翔格納庫の第二〇一飛行隊の搭乗員が聞き返すと、整備員は疲れた顔で答えた。

 

「そうらしいです。敵艦隊が撤退したとかで」

 

 八機の六花は、補給や兵装交換に時間を取られ、ようやく出撃準備を終えたところだった。

 

 鳳翔は発艦作業こそ改善されていたが、狭い格納庫での兵装交換には、どうしても時間が掛かる。しかも今回は、手間の掛かる酸素魚雷まで引っ張り出していた。

 

「…魚雷、また降ろすのか?」

 

 搭乗員が機体に吊られた酸素魚雷を見た。

 

「俺に言うな。司令部に言え」

 

 別の整備員が工具箱を置きながら答えた。

 

「理屈は分かる。分かるが、納得できん!」

 

 整備員は大きなため息をついた。

 

 フォーク海峡沖では〈松型護衛艦〉が散開して海面の捜索を続け、〈鳳翔〉も救難支援へ回り、補給船〈聖川丸〉までも漂流者の収容を行っていた。

 

 カルトアルパス湾内でも救助活動は続いており、座礁した〈ラ・カサミ〉では艦長ミニラルが乗員とともに応急処置を指揮しながら、使用可能な短艇を降ろして周辺の捜索を行っていた。

 

「司令部の移転は終わったか」

 

 傾いた艦橋から湾内を見渡しながらミニラルが聞くと、副長が答えた。

 

「ブレンダス司令以下、主要幕僚は〈レ・ナウン〉へ移りました。負傷者の搬出もほぼ終了しています」

 

「なら、こっちは艦を浮かせる算段だな。戦闘で沈まなかった船を、座礁で廃艦にしたなどとは書きたくない」

 

「同感です」

 

 ミニラルは艦首側の浅瀬を一度見てから、作業を続ける乗員たちの方へ戻っていった。

 

 

 湾内を航行する〈コンタキオン〉にも多数の漂流者が収容されており、毛布と軽食のトレーが配られていた。

 

【挿絵表示】

 

 軽食を包んだ紙に印刷された〈Sumi's(ソミ)〉は、ユリアが経営する庶民的なチェーン店である。

 

 コンタキオンの食糧庫には、そのSumi'sの商品が大量に積まれていた。長期航海でも供給しやすく、調理に手間が掛からない。つまり便利だからという理由である。

 

「こちらを」

 

 乗員が救助されたムー軍人にトレーを手渡す。

 

「ありがとう」

 

 紙包みを開けると、魚のフライを挟んだ丸いパンが現れた。

 

 漂流していた者にとって、それはひどくまともな食事だった。一口食べたムーの水兵は目を丸くした。

 

「…うまい」

 

「そうですか…」

 

 配っていたコンタキオン乗員の返事は、妙に冷めていた。

 

「どうしました?」

 

「いえ。毎日これですので」

 

 乗員が遠い目で言う。

 

 彼らの昼食の主菜は魚バーガー、朝はフィッシュ・ピタ、昨夜は黒パンサンド。飲み物と付け合わせは選べるものの、基本、この三種のローテーションである。

 ユリアは幼い頃から出された物を食べるのは務めの一つと教えられており、世間でもそれが当然だと思い込んでいたのが原因である。

 

「…贅沢な悩みだな」

 

「…そうかもしれません」

 

 少し離れたところでは、ミリシアルの軍人がフィッシュ・ピタを珍しそうに眺めている。その向こうで、高級士官が黒パンサンドを食べながら、包み紙の文字に首をかしげていた。

〈コンタキオン〉の乗員たちは、自分たちが見慣れすぎた食べ物を彼らが珍しそうに口へ運ぶ光景を、何とも言えない顔で眺めていた。

 

 

 数日後、カルトアルパスの行政庁舎に妙な一団が押しかけた。

 

「この券は、どこで使えるのかね」

 

「はい?」

 

 差し出された紙片には、〈Sumi's バーガーセット 一割引〉と書かれていた。

 バーガーセットに付いていた、販促用の割引券である。

 

 目の前にいるのは自国の高級士官である。その後ろにも、海軍士官や軍人が並んでいる。

 

「カルトアルパスに、この店はありません」

 

「ならば呼ぶとしよう」

 

 窓口職員が顔を上げる。

 

「何を、ですか」

 

「Sumi'sを、だ」

 

 後ろから別の士官が口を挟んだ。

 

「私も賛成だ」

 

「魚を挟んだあれは悪くない」

 

「自分はピタの方がいい」

 

 話が妙な方向に進み始めた。

 

「いや、少々お待ちください」

 

「割引券もある」

 

「それは店舗がないと使えません」

 

「店を呼べば解決する問題である」

 

 筋が通っていないようで、妙なところだけ筋が通っていた。しかも、相手が相手だけに、役所としても邪険には扱えなかった。

 

 こうして、Sumi's神聖ミリシアル帝国一号店がカルトアルパスに開業した。なお、この件を聞いたユリアは、「そうですの」と答えただけだった。

 

 

 座礁した〈ラ・カサミ〉で、ミニラル艦長が引き続き船体の保全作業を指揮していた一方、ブレンダスは司令部を〈レ・ナウン〉に移し、そこで戦闘後の報告と救助状況の整理に追われていた。

 

「イルメリアのワルデン艦長?」

 

 来客の名前を聞いたブレンダスが書類から顔を上げると、間もなく〈コンタキオン〉艦長ワルデンが士官室へ入ってきた。

 

「今日は世話になった」

 

 ブレンダスが先に言う。

 

「こちらこそ。救助活動へのご協力、感謝します」

 

 ワルデンは救助者の引き渡しや負傷者の扱いなど、二、三の事務的な話を済ませると、持参していた立派な封筒を机の上へ置いた。

 

「これは、姫様から御礼だそうです」

 

「殿下から?」

 

 ブレンダスは封筒を見た。

 

「では、本官はこれで」

 

 ワルデンは一礼して士官室を出ていった。

 

 扉が閉じると、ブレンダスは机の上へ残された封筒をもう一度眺めた。

 

「御礼、ねえ」

 

 救助への謝辞を送るだけにしては、妙に立派な封筒である。封を切ると、中には多数の図面が収められていた。ムーが研究中のものよりも余程洗練された、ジェットエンジンの図面である。

 

「なるほど。さすがイルメリアの魔女だ」

 

 

 ブレンダスは最後の一枚を捲った。

 

 そこには技術供与費、製造設備一式、技師派遣費、部品単価までが並んだ、実に几帳面な価格表が添えられていた。




〇包装紙の和訳
・ΚΑΛΟ ΦΑΓΗΤΟ ΦΩΤΕΙΝΟΤΕΡΕΣ ΜΕΡΕΣ
→おいしい食事、明るい毎日
・ΤΡΑΓΑΝΕΣ ΧΑΡΟΥΜΕΝΕΣ ΠΑΤΑΤΕΣ!
→カリカリ、幸せポテト!

〇海防巡洋艦〈八雲〉
 国防軍艦隊旗艦。原型はドイツ・ヴルカン造船所建造の装甲巡洋艦。
 船体は旧来の艦形を踏襲しつつ全面的に更新。
 二〇・三センチ連装速射砲を主砲とし、多数の速射砲や近接火器等を搭載する。
 センサー性能は一九八〇年代級だが、高い情報統合能力でそれを補う。
 排水量:9,900トン
 全長:124.7メートル
 機関:ディーゼル機関6基2軸、90,000馬力
 最大速力:28ノット
 乗員:324名
 主砲:20.3cm連装速射砲×1(毎分12発、最大射程55キロ)
 副兵装:7.6cm速射砲×8、5.7cm速射砲×4、25mm自動機銃×4
 魚雷兵装:連装短魚雷発射管×4
 艦載機:ヘリコプター×1
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