太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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二つの会議

■グラ・バルカス帝国

 

 帝都ラグナ 海軍省

 

 カルトアルパス方面作戦に関する特別査問会は、午前九時ちょうどに始まった。

 

 海軍省庁舎の大会議室では、長机の奥に海軍省高官、作戦部門の将官、監察部門の士官が並び、その脇で速記官が発言を記録している。反対側に座らされているのは、海軍東方艦隊司令長官カイザル、〈グレートアトラクター〉艦長ラクスタル、東征艦隊司令官アルカイド、〈ベテルギウス〉艦長バーダンである。

 

 壁際には、外務省東部方面異界担当課長シエリアも座っている。彼女は査問対象ではなく、参考人として呼び出されていた。

 

「本査問は、カルトアルパス方面作戦における各級指揮官の判断と命令、その結果を確認し、責任の所在を明らかにするために行う」

 

 査問委員長を務める政治将校が宣言すると、速記官の鉛筆が動き始めた。

 

「カイザル大将。東方艦隊は現地艦隊に甚大な損害を与えた後、イルメリアの小型巡洋艦一隻との交戦を経て戦域を離脱した。これは間違いないな?」

 

「はい」

 

「つまり、帝国海軍東方艦隊は、小型巡洋艦一隻を前に撤退したのか?」

 

「旗艦が作戦継続に必要な戦闘能力を失ったため、艦隊を離脱させました」

 

「言い換えではないか。敵を前にして後退したのかと聞いている!」

 

「はっ」

 

 政治将校の目が細められる。

 

「〈グレートアトラクター〉は沈没してはいない。それでも戦えなかったと言うのか?」

 

「敵艦を攻撃する能力を失っていました。戦闘を続行すれば、損害だけが増えると判断しました」

 

「では貴官が命じたのだな?」

 

「司令長官として、本官が命じました」

 

 カイザルは堂々と発言した。

 

 政治将校はラクスタルを指名し、〈コンタキオン〉との交戦経過を説明させた。

 

「敵艦は四五ノット前後で接近しながら変針を繰り返しました。光学測距では命中を期待できず、主砲弾は飛翔中に破壊されました。我が方は主砲塔一基を失い、二番砲塔は動作不能。上部構造物の相当数が破壊されました」

 

「敵は軽巡一隻だぞ!? 水兵の練度不足ではないのか?」

 

「水兵は規定どおり任務を行いました」

 

「では貴官の指揮に問題があった?」

 

「そうではないと考えてます」

 

「砲術員も艦長も悪くない。司令長官も必要な判断を行った。随分と都合のよい話だな」

 

「事実であります」

 

 ラクスタルは表情を変えなかった。

 

 査問側は過失を求め続ける。

 

「では次の質問だ。敵はなぜ通信装置を破壊しなかった?」

 

「分かりません。本官には敵の意図は判断できません」

 

「攻撃箇所に規則性があるとの報告がある。誰の見解だ?」

 

「外務省のシエリア課長が可能性を指摘しました」

 

 政治将校はシエリアに参考人としての発言を求めた。

 

【挿絵表示】

 

「私は海戦の専門家ではありませんので、敵艦に〈グレートアトラクター〉を撃沈する能力があったかは判断できません。ただ、攻撃箇所には偏りがあったと考えます。武装に攻撃が集中し、通信設備やレーダーは残されたようです」

 

「偶然ではないのか?」

 

「その可能性はあります。しかし、偶然と判断する根拠もありません」

 

「外交官らしい答えだな」

 

 シエリアはそれを無視して続けた。

 

「戦闘終盤、敵艦は攻撃を止め、信号旗を送っています。戦闘停止と離脱、帰投を促す内容でした」

 

 政治将校は頬を引きつらせたまま、アルカイドを指名した。

 

「アルカイド中将。貴官の任務は威力偵察だったな?」

 

「はっ」

 

「指揮下には〈ベテルギウス〉を含む七隻、敵艦は一隻。それでも反転を命じた。なぜだ?」

 

「威力偵察の目的を達成したためです」

 

 政治将校はバーダンに質問を移した。

 

「日本艦に発射した対艦誘導弾は?」

 

「十二発です」

 

「敵の損害は?」

 

「ゼロです。全弾撃墜されました」

 

「手順に問題があったのではないか?」

 

「誘導は正常に行われましたが、全て対空射撃で撃墜されております」

 

「その後も〈ベテルギウス〉は戦闘可能だったのだな?」

 

「主砲は使用可能でした。ただし、上部構造と対艦誘導弾発射設備に損害を受けております」

 

「では、なぜ敵艦を沈めなかった?」

 

「アルカイド司令官から反転命令を受けたためです」

 

 視線が再びアルカイドに戻った。

 

「艦長は戦えたと言っているぞ?」

 

「〈ベテルギウス〉は戦闘継続可能でした。しかし、敵の戦闘能力は未知数でありました」

 

「だから逃げたというのか?」

 

「本官は威力偵察を命じられました。艦隊を喪失しろとは命じられておりません」

 

「戦艦を含む七隻だぞ!」

 

「艦隊規模が勝利を保証しないことは、直前に〈グレートアトラクター〉が証明しています」

 

 査問室が一瞬静まり返り、直後、政治将校が声を荒げた

 

「発言を撤回したまえ!!」

 

「本官は事実を述べております」

 

「帝国の威信を傷つける発言だ!」

 

「砲の代わりに威信で敵艦を撃沈できるのであれば、喜んで撤回致します」

 

「アルカイド中将!」

 

「その程度にしておけ」

 

 カイザルは発言を咎められると、非礼を詫びて口を閉じた。

 

 政治将校は少し考え、シエリアに外務省の所見を求めた。

 

「外務省として作戦の是非を申し上げることはできません。ただ、情報上の不確実性だけを比較するなら、ムーの方がまだ計算できます。イルメリアと日本は、今回初めて分かった事が多すぎます」

 

「つまり、正体の分からん相手に深入りするより、把握できている相手を先に叩くべきだと?」

 

「それは一外交官の判断を越える内容です」

 

 政治将校は隣の作戦部将官に小声で何かを伝えた。査問の暫定所見として、カイザルの判断とアルカイドの反転命令は引き続き審査されることが決まった。

 

「本日の査問は以上とする。今回の海戦での損害を公表することを禁ずる。並びに、本査問の内容を口外することを禁ずる」

 

 

■第二文明圏列強国ムー

 

 首都オタハイト

 

 ムー海軍本部の大会議室には、軍の主要幹部、外務省の担当官、各部門の技術士官などが集められていた。その場には機動部隊司令ブレンダスと、〈ラ・カサミ〉艦長ミニラルも座っている。その向かいでは、技術士官マイラスが報告書を整理していた。

 

【挿絵表示】

 

 カルトアルパス沖海空戦の戦訓会議である。

 

 参加各国の艦隊は、この海戦で壊滅的な損害を受けた。ミリシアルの地方艦隊は事実上戦力を失い、ムー艦隊でも〈ラ・カサミ〉と〈ラ・エルド〉は動けず、対艦誘導弾を受けた〈レ・ナウン〉と〈レ・パルス〉もカルトアルパス港で応急修理を続けている。

 神聖ミリシアル帝国は高度な魔導技術を持っているが、鋼製船体やディーゼル機関、減速機、発電設備、電気配線といったムー式機械文明の艦を修理する経験が乏しく、作業が思うように進んでいなかったのである。

 

 航空戦力の被害も大きく、ミリシアルの〈エルペシオⅢ〉四十二機はグラ・バルカス航空隊との戦闘で壊滅し、ムーの艦上戦闘機〈マリン〉も多数が失われた。

 

「これより、カルトアルパス沖海空戦に関する戦訓会議を開始する」

 

 議長役の将官の言葉でざわめきが収まった。

 

「最初に確認しておく。この会議は査問ではない。誰が失敗したかを決めるためではなく、どうすれば同じことを繰り返さずに済むかを確認するためのものだ。判断の誤りも装備の不具合も、そのまま出してもらいたい。責任を論じる必要があるなら、それは別の場で行う」

 

 短い説明だが、ムー海軍では個人のメンツよりも、失敗を隠蔽して次に持ち込む方が問題視されていた。

 

「まず航空戦からだ。ブレンダス中将、頼む」

 

「承知した。結論から言えば、我々はグラ・バルカス帝国航空隊との速度差を軽く見ていた。敵は速力と上昇力を利用し、こちらが得意とする低速旋回戦に簡単には付き合わない。ミリシアルが短時間で戦力を失った理由も、そこにある」

 

 航空参謀が資料を見ながら尋ねる。

 

「では、〈マリン〉そのものが性能不足だったと考えるべきですか?」

 

「そこは違うな」

 

 答えたのはミニラルだった。

 

「最高速度では劣るが、中低空での運動性には問題がなかった。機関砲での敵機の撃墜例もある。問題は機動中に脱出装置が誤作動したことだ」

 

「脱出装置が!?」

 

「ああ。機首下面から操縦士を放出する機構だ。急旋回中に勝手に作動した機体が複数あった。機首が完全に開いて操縦士を放り出した例もあれば、半開きになって戦闘継続不能になった機体も見られた」

 

 技術士官が記録を確認した。

 

「作動条件の記録は残っていますか?」

 

「帰還機の記録と搭乗員の証言は揃えている」

 

「では原因を調べます。複数の要因が絡んでいることも考えられるでしょう」

 

「そうしてくれ」

 

 海戦については、ブレンダスが〈ラ・カサミ〉と〈ラ・エルド〉の損傷経過を説明した。そのうえで、同じ敵を相手にムーやミリシアルと異なる結果を残した国に議論が移った。

 

「ここまでなら、グラ・バルカスの圧勝と言ってよかった。問題はその後だ」

 

「イルメリアの〈コンタキオン〉ですね」

 

 マイラスの言葉に、ブレンダスが頷いた。

 

「単艦で〈グレートアトラクター〉に接近し、主砲弾を迎撃しながら、砲身や測距装置、煙突などを破壊した。しかもユリア・テオドラ殿下本人が乗艦していた」

 

「国家元首を乗せたまま、ですか?」

 

 外務省の担当官が念を押すと、ブレンダスは真顔で答えた。

 

「その通りだ。正気かどうかは知らんが、戦闘能力については疑う余地がない」

 

 マイラスは腕を組んだ。

 

「小口径砲で露出設備を狙い、主砲弾には別の兵器で対処する。兵器単体の威力より、探知、識別、火器選択までの速さを見るべきでしょうね。以前から普通の国ではないと思っていましたが、これは予想以上です」

 

「褒めているのか?」

 

「技官にとっては最大級の褒め言葉です」

 

 何人かが苦笑したところで、ブレンダスは次の資料を示した。

 

「そして日本だ。〈八雲〉はフォーク海峡で東征艦隊七隻と交戦し、敵の対艦誘導弾十二発を全て迎撃した。その後、主砲で敵戦艦に損害を与え反転させている」

 

「十二発、全てですか?」

 

「我々が得た報告ではな」

 

「やはり、実戦でも機能しましたか」

 

 マイラスの反応には、驚きより確認したという色が強かった。

 

「知っていたのか?」

 

「〈八雲〉はイルメリアで大規模な改装を受け、日本向けに調整したイルメリアの複合索敵システムを備えているそうです。海防艦の兵装にもイルメリア製が使われていますし、〈六花〉も輸出仕様のイルメリア機です。日本訪問時に私とラッサンが確認しました」

 

 そこでマイラスは〈八雲〉の戦闘記録を指した。

 

「今回確認できたのは、日本が導入した技術をどこまで自分たちの体系として運用し得(う)るかです」

 

 以前、日本を視察したラッサンは、日本の性質を「高度適応型再編国家」と評していた。装備がイルメリア製であっても、それをどう使うかは運用側の能力である。

 

「ならば、我々も同じことができると言うのか?」

 

 議長の問いに、マイラスは首を振った。

 

「同じことをする必要はありません。我が国には航空機や艦艇を自国で設計してきた工業基盤があります。完成品を並べるよりも、必要な技術を輸入し、自国で消化する方が向いています」

 

 彼が机上の封筒を開くと、ジェットエンジンの図面と価格表が現れた。完成品だけでなく、製造設備や技師の派遣費用までが明示されていた。

 

「イルメリアは、随分と商売っ気があるようだな」

 

「ええ。国益と国民、そして友好関係にある相手以外は、概ね商品として扱う国と見受けられます」

 

 外務省の担当官が苦笑した。

 

「もっとも、何でも無制限に売るわけではありません。民生品以外では個人装備、小口径砲やレーダー関連、航空機用および艦艇用機関などが対象です。電子装備は輸出仕様となり、軍用機の輸出も限定されています」

 

「ならば、機体ではなく機関を買うべきだな」

 

 マイラスは即答した。

 

「エンジンを購入して試験運転と構造調査を行う。同時に製造技術と工作設備の導入、技師の派遣を交渉し、最終的には国内で製造する。〈マリン〉の長所を残しつつ再設計すればいいのです」

 

「それは噴進型の〈マリン〉か?」

 

「ええ。我々が開発する航空機です」

 

「航空機だけではないだろう?」

 

 ミニラルが別の書類を並べた。

 

「座礁した〈ラ・カサミ〉も他の損傷艦も、まだカルトアルパスだ。ミリシアルも協力してくれてはいるが、何しろ技術体系が違いすぎる。鋼板一枚を交換するにも、こちらの規格から説明しなければならん」

 

 マイラスは書類の隅に目を落としたまま答えた。

 

「マイカルから工作設備を送るより、イルメリアに頼んだ方が早いかもしれませんね」

 

「海軍の工作艦を出せないのか?」

 

 ブレンダスが尋ねる。

 

「出せません。残存艦隊の整備だけで手一杯です。それに、工作艦は機関や兵装を直す船であって、座礁した戦艦を浮かせ、船体を切り継ぐ造船所ではありません」

 

「送るなら、資材船と曳船、起重機船まで必要になるか?」

 

「ええ、ですのでイルメリアに頼む方が早いと考えます。それに原形に戻すのであれば、次も同じ結果になるでしょう」

 

 マイラスは損傷図を示した。

 

「必要なのは修理ではありません。再設計です」

 

 そう言うと、今度は地図に目をやった。

 

「まず四隻を回航できる状態まで復旧。航行可能になり次第マリポリに送る。その後は本格修理と近代化改装です」

 

「四隻ともか?」

 

「状態を調べてからですが、どうせなら修理と一緒に近代化した方がよいでしょう」

 

 〈ラ・カサミ〉級は強力な戦艦である一方、前部に主砲三基を集中した設計には問題があった。〈レ・ナウン〉と〈レ・パルス〉も、損傷区画を大きく作り直すなら、旧来の戦闘巡洋艦に戻す必要はない。

 

「奴ら、何しでかすか分からんぞ?」

 

 マイラスはブレンダスに答える。

 

「こちらから仕様を出せばよいでしょう。日本艦艇を見る限り、注文には付き合ってくるはずです」

 

「問題は、こちらが妙な注文を出すことだな」

 

 ミニラルが意味ありげに笑った。

 

「海軍の設計局に言ってやってくれ」

 

 会議室に笑いが起きた。

 

 

 後に完成する噴進型〈マリン〉では、脱出装置も大幅に改善されたが、高速化によって機首下面に掛かる圧が増大した結果、「口パックン(くちぱっくん)」は完全には消えなかった。

 

【挿絵表示】

 

 最終的に現場の整備員は、該当箇所にガムテープを貼ることにした。

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