■神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス
世界中の富が集まる神聖ミリシアル帝国は、魔法文明の頂点に立つ国である。帝都ルーンポリスには他国の者を圧倒する高層建築が立ち並ぶ。
その中心に位置する皇城では、世界の行く末を左右する皇前会議が始まろうとしていた。
国の要人たちが居並ぶ中、皇帝ミリシアル八世が姿を現した。
「これより、御前会議を開催いたします」
司会役が開会を宣言すると、ミリシアル八世は一同を見渡した。
「余には、許せぬことがある」
声音は静かだったが、その奥には隠しようのない怒りがあった。
「グラ・バルカス帝国はカルトアルパスを攻撃し、世界会議を踏みにじった。異世界より現れた国とはいえ、この世界を侮るにも程がある。世界の秩序を預かる者として、余は
誰一人として身じろぎしなかった。
「我が国を中心に、中央世界と第2文明圏諸国による世界連合軍を組織する。ムーとも協力し、レイフォルの沖に居座る敵艦隊を撃滅、第2文明圏から
この言葉によって対グラ・バルカス戦は事実上決定したが、作戦を具体化するための協議は必要である。
会議には、外務大臣ペクラス、外務省統括官リアージュ、国務大臣シュミールパオ、国防省長官アグラをはじめ、国家運営を担う幹部が顔を揃えていた。
まず、アグラが発言を求めた。
「陛下、第1、第2、第3艦隊は、すでに派遣準備を完了しております。御下命があり次第、出撃可能です。第4から第7艦隊は本土防衛に残したいと考えております」
リアージュが尋ねた。
「アグラ殿、第零式魔導艦隊と各国の艦隊は、カルトアルパスでの
「第零式魔導艦隊は新鋭艦で編成されていたが、艦隊規模は通常編成の半分程度だった。航空攻撃によって甚大な被害を受けた以上、今回の作戦には、その戦訓を反映せねばならない。だが、レイフォル沖に展開する敵艦隊の規模から、三個艦隊で十分と判断している」
そこまで説明したアグラは、作戦の参加国を確認した。
「今回は中央世界と第二文明圏の諸国で連合軍を編成し、第三文明圏は除外するという理解でよろしいか?」
「各文明圏の連合軍とはいえ、実際の主力は我が国です。他国の参加には世界が連携する姿勢を示す意味がありますが、戦力として過度に期待するべきではありません。陛下は早期殲滅を望まれており、敵海上戦力を速やかに排除する必要があります。到着だけでも時間を要する第三文明圏諸国は、今回は除外します」
「五国連盟はどうするのだ? 先の戦闘では、日本艦隊が相当な対空戦闘能力を示したと聞いている」
「日本とイルメリアはグラ・バルカス帝国から宣戦布告を受けています。しかし、ただちに反撃するとの結論には至っていないようです。いずれ協力する可能性はありますが、今回の敵艦隊強襲には間に合わないでしょう」
「そうか。承知した」
それまで協議を聞いていたミリシアル八世が、改めて一同に問うた。
「よもや、敗れることはあるまいな?」
その言葉に、全員が背筋を伸ばした。
「これは単なる文明圏同士、あるいは列強と文明圏外国との争いではない。魔法を持たぬ者の国が、魔導文明に挑んだ戦いである。国務大臣よ、敗北は許されぬぞ」
「はっ!」
ミリシアル八世は、誰にも聞こえぬ声でつぶやいた。
「場合によっては、古代兵器―海上要塞パルカオンの使用も考慮せねばならぬか」
■神聖ミリシアル帝国 港湾都市 カルトアルパス沖
浅瀬に乗り上げた戦艦〈ラ・カサミ〉の横に、大型支援艦〈オクトエコス〉の姿があった。
全長百八十メートル、全幅四十二メートルを誇る、イルメリアの大型補給艦兼工作艦である。
〈オクトエコス〉は船底部のアジマススラスターとサイドスラスターで微調整を繰り返し、波に揺られる巨体を一定の位置に保っている。後部甲板では大型クレーンが腕を伸ばし、〈ラ・カサミ〉の艦尾に取りつけられた吊索を張っていた。
「船底の調査を完了しました。艦中央部と艦尾寄りの二か所が岩礁に接触しています。外板の亀裂は三か所。応急閉鎖を施しましたが、排水を止めれば再び浸水します」
浮揚作業を指揮する技師は、立体表示された船底図を確かめた。
「排水を続けろ。
「両舷とも完了しています。水中用エアバッグも配置済みです」
海中では、〈オクトエコス〉から送り出された球形の有人作業ポッドが〈ラ・カサミ〉の周囲を動き回っていた。破損箇所を塞いだ船体には鋼製ポンツーンが固定され、船底と岩礁の隙間には水中用エアバッグが差し込まれている。
大がかりな作業に見えるが、〈ラ・カサミ〉は浅瀬に腹を乗せただけで、船底が岩礁に深く食い込んでいるわけではない。浸水した区画から海水を汲み出し、ポンツーンとエアバッグで不足する浮力を補えば、離礁そのものは難しくなかった。
「満潮まで三十分です」
「ポンツーンの排水を開始。エアバッグにも送気しろ。艦内の排水速度と合わせて、船体を水平に保て」
圧縮空気を送り込まれたエアバッグが海中で膨らみ、船底を押し上げる。ポンツーンからも海水が排出され、傾いていた〈ラ・カサミ〉の喫水線が少しずつ元に戻っていった。
ミリシアルの曳船は艦首と両舷に索を取り、船体の向きを保っている。引き出す役目を担うのは、〈オクトエコス〉の大型クレーンだった。満潮を待って引き出すのである。
「排水ポンプ、最大出力! クレーン、巻き上げ開始! 〈オクトエコス〉、後進微速!」
大型クレーンの索が張り詰め、〈ラ・カサミ〉の艦尾がわずかに持ち上がった。ほぼ同時に、船底のアジマススラスターが海水を噴き出す。
岩礁と船底が擦れる音が響いたものの、船体はほとんど抵抗することなく動き始めた。
■日本国 北海道根室沖
グラ・バルカス帝国 第二潜水艦隊所属
シータス級潜水艦〈ミラ〉
「水上レーダーに反応。北西から航空機が接近」
報告を受けた〈ミラ〉艦長は、海図上に示された機影を確かめた。
グラ・バルカス帝国の通常動力型潜水艦〈ミラ〉は、各地の補給拠点を経由して日本近海に進出し、北海道周辺の航路と港湾を偵察していた。
「本艦に向かっているのか?」
「現時点では不明です。ですが、このままでは本艦の近くを通過します」
水上レーダーは低高度の航空機の探知も可能である。もし相手が哨戒機であれば、潜航が遅れた時点で発見されかねなかった。
「レーダーを格納。吸気筒も下ろせ。潜航する」
「急速潜航!」
見張り員が艦内に入り、〈ミラ〉は海面下に姿を消した。
「深度百、南に針路を取れ」
「本艦は発見されたでしょうか?」
「分からん。だが、潜ってしまえば追跡はできまい」
日本国防軍航空隊 一式対潜哨戒機
「レーダーの反応消失。最後に確認した位置は、本機の南東です」
「潜水艦の可能性は?」
「反応の大きさから見て、その可能性は高いと思われます」
一式対潜哨戒機は反応が消えた海域に向かった。
「最後の探知位置を中心に飛行する。
一式対潜哨戒機の主装備は、超伝導素子によって微弱な磁場の変化を捉えるSQUIDである。
潜水艦が海中に姿を隠しても、巨大な鋼鉄製船体までは消せない。機体が目標の推定位置を横切ると、地磁気とは異なる磁場の乱れが探知画面に現れた。
「磁気異常を探知。大型の水中目標です」
「もう一度接近し、進行方向を割り出せ」
一式対潜哨戒機は捜索海域を往復し、磁気異常が移動する方向を追った。数回の測定によって、潜水艦の推定針路と速力が算出される。
「目標は南方に移動、追跡中」
「位置情報を沿岸警備隊に送れ。本機は接触を維持」
連絡を受けた〈哨第四九号〉と〈哨第五二号〉が、誘導に従って急行した。
日本沿岸警備隊 哨戒艦〈哨第四九号〉
「航空隊から目標位置を受信。国籍不明潜水艦は南に移動中」
「〈哨第五二号〉を東側に回り込ませろ。本艦は西側から接近する」
「了解!」
二隻は一式対潜哨戒機が示す海域を左右から挟み込んだ。やがて〈哨第五二号〉の
「〈哨第五二号〉、水中目標を探知!」
「本艦も探信を開始。ここからは二隻で追跡する」
一式対潜哨戒機と二隻の哨戒艦は、〈ミラ〉の位置は完全に捕捉していた。
「日本の哨戒艦二隻に捕捉されています!」
「こちらの位置を完全に把握しているというのか?」
「左右から探信音が届いています。航空機も上空を旋回中です!」
水中通話機からは、浮上と国籍の開示を求める声が繰り返し伝わっていた。
艦長が海図を見つめていると、その傍らに立つ政治将校が口を開いた。
「このままでは、いずれ強制的に浮上させられる。前方の一隻を沈め、包囲を突破せよ」
「ここは日本の沿岸だ。こちらから攻撃すれば、偵察任務では済まなくなる」
「すでに本艦は敵に捕捉されている。日本はグラ・バルカス帝国に敵対する国家だ。艦と機密を敵に渡すことは許されん」
「しかし―」
「これは命令だ。魚雷攻撃を開始せよ」
政治将校に押し切られ、艦長は前方を見据えた。
「一番、二番発射管に注水。前方の哨戒艦を狙う」
「一番、二番発射管、注水!」
発射管内に海水が満たされ、外扉が開く。
「魚雷、発射準備完了!」
艦長は一瞬祈るように目を閉じた。
「一番、二番、撃て!」
二本の魚雷が発射管から押し出され、日本艦の推進音を求めて走り始めた。
「不明艦から魚雷発射音! 数二!」
「前進全速、面舵一杯!
〈哨第四九号〉は船体を傾けながら音響欺瞞体を放った。
魚雷は推進音の大きい〈哨第四九号〉を追ったが、その前方に現れた欺瞞体に引き寄せられた。一本目は艦尾後方を通過し、二本目も別の欺瞞体へ針路を変える。
「魚雷、距離離れる!」
「〈哨第五二号〉に探信を継続させろ。本艦は反撃する。短魚雷一番、発射!」
舷側の連装発射管から短魚雷が射出され、海中に没した。
短魚雷は〈哨第五二号〉からの情報を受け、探信音を発しながら潜水艦を追った。
「日本艦への魚雷、二本とも外れました!」
「馬鹿な! 誘導魚雷だぞ!」
政治将校が声を荒らげる。
「欺瞞されたものと思われます!」
ピーン…ピーン…
規則的な探信音が、船殻を通して艦内に響いた。
「新たな水中目標が接近! 魚雷です!」
「爆雷ではないのか!?」
「こちらの動きに合わせて針路を変えています!」
「日本も誘導魚雷を持っているというのか…」
艦長は即座に命じた。
「急速潜航! 何としても振り切れ!」
〈ミラ〉は深度を増しながら潜航した。しかし、短魚雷は逃げる潜水艦の推進音を捉え、艦尾側から急速に距離を詰めてくる。
「魚雷、急速接近!」
「取舵一杯!」
短魚雷は〈ミラ〉の回頭に追随し、艦尾近くで近接信管を作動させた。
爆発の衝撃が艦内を突き抜け、照明が一斉に消えた。棚から工具や備品が落ち、乗員が床に投げ出される。
「損害報告!」
「圧力船殻、破口なし! 外殻損傷!」
「右舷推進軸に異常振動! 横舵、応答なし!」
損傷した外殻から金属板が剝がれ、右舷の推進器に絡みついていた。横舵も動かず、〈ミラ〉は傾斜したまま深度を増していく。
「深度を維持できません!」
「右舷停止! 主バラストタンクに高圧空気を送れ。緊急浮上する!」
「浮上すれば、日本艦の目の前だぞ!」
政治将校が艦長に詰め寄った。
「このまま沈めば、全員が魚の餌だ!」
高圧空気が主バラストタンクへ送り込まれ、〈ミラ〉は艦首を上げて海面へ向かった。
海面が盛り上がり、黒い船体が水飛沫とともに姿を現した。
「国籍不明潜水艦、緊急浮上!」
「対水上戦用ぉ意!」
〈哨第四九号〉と〈哨第五二号〉は浮上した潜水艦を挟み、四十ミリ機関砲を向けた。
「国籍不明潜水艦に告ぐ。機関を停止し、乗員は武器を持たず甲板に出よ。抵抗しなければ攻撃しない」
〈ミラ〉の艦内では、艦長が乗員たちを見渡していた。
「潜航不能、右舷機も使用できん。これ以上の戦闘は不可能だ。降伏する」
「ならん!」
政治将校が机を叩いた。
「帝国の軍艦を敵に渡すというのか! 敗北主義者め!」
「浮上した潜水艦が哨戒艦を相手に戦うというのか!?」
「臆病者め! 貴様に降伏を決める権限はない!」
政治将校は艦長を押し退け、伝声管へ手を伸ばした。
「総員に抗戦を―」
艦長の拳が、その頬を横殴りに打ち抜いた。
政治将校は壁に肩をぶつけ、そのまま床に崩れ落ちた。
「機密文書と暗号表を処分しろ。その後、総員退艦準備。悪いが誰か政治将校を担いでくれ」
「了解しました」
しばらくして、〈ミラ〉の艦橋に白旗が掲げられ、乗員が一人ずつ甲板に姿を現した。
降伏した〈ミラ〉は応急修理の後、横須賀に運ばれた。
日本がグラ・バルカス帝国の潜水艦を鹵獲したのは、これが三度目目でった。
・大型支援艦オクトエコス
イルメリアの大型補給艦兼工作艦。
満載排水量 58,000t
全長 180.6m
全幅 42.1m
最大速力 20ノット(20ノット巡航可能)
25mmCIWS×2
ボールマウント型40mm対雷機関砲×10(片舷5)
・日本国防軍沿岸警備隊 哨戒艦
第一号型および第二号型海防艦改装の哨戒艦。
基準排水量 745t
全長 69.5m
全幅 8.6m
最大速力 24.5ノット
40mm単装機関砲 2基
25mm自動機関砲 1基
12.7mm機銃 2基
連装短魚雷発射管 1基
デコイ射出装置 1基
・シータス級潜水艦
グラ・バルカス帝国の通常動力型潜水艦。
水上排水量 2,770t
水中排水量 3,600t
全長 90.2m
全幅 8.6m
水上最大速力 13ノット
水中最大速力 16.5ノット
533mm魚雷発射管 6門(艦首)