■グラメウス大陸
休火山バグラ 火口付近
バグラの火口には、土と石の粗末な家屋が建ち並んでいた。集落の住人は、ゴブリンやオーク、リザードマンなどの魔物である。その奥にある大きな建物で、エスペラント王国の地図を眺めている者がいた。顔立ちは人間に似ていたが、背には白と黒の翼が生えていた。
王国の人々が大魔獣と呼ぶ、魔人ダクシルドである。
「ダクシルド様、御食事の用意ができました」
額に三本の角を備えたバハーラが入ってきた。その後ろに、ゴブリンが台車を押して従う。
「その前に、カルズ地区の報告を聞こう」
「地区への侵入には成功いたしましたが、守備隊に阻まれました。オークキング二体、漆黒の騎士一騎を失い、残った者は退却しております」
ダクシルドが顔を上げた。
「
「はっ、空から来た人間の銃に倒されたとのことです。
ダクシルドはエスペラント王国への侵攻で、銃という武器を知っている。エスペラントの銃は撃鉄で雷管を叩くパーカッションロック式の前装銃である。灰色の兵団が使う銃は、さらに強力だった。遠距離からの連続射撃が可能なため、これまでに多数の魔物が倒されている。鉄の車が備える銃に至っては、
バハーラは、それらの兵器を備えた部隊と、王国兵だけの地区を分けて調査させていた。守りの強固な場所を避けて侵攻する作戦である。北方の二つの地区は、そうして奪ったものだった。
「灰色の兵団も、城塞全てを守れるわけではありません。攻撃された場所に鉄の車を回すと、他の地区が手薄になります」
「奴らは以前より慎重になっていると聞くが?」
「はい。ゴブリンには王国兵を当て、強力な魔獣に対してのみ銃を使う様子が見受けられます。鉄の車の移動も減っているようです」
ダクシルドが考察したところ、灰色の兵団の兵器を動かす物資は王国では補充できないようだった。どんな武器も物資も、使えば減るのが当然である。
「では、今までどおり守備隊を動かせ。奴らに住民を見捨てる真似はできまい」
「承知いたしました」
バハーラが
「攻勢の準備はどこまで進んでいる?」
「現状でも攻撃は可能ですが、周辺からさらに戦力を集めております。予定数が揃えば、王国そのものを落とせるでしょう」
「ところでバハーラよ、なぜ王城の建つ場所が必要かは理解しているな?」
ダクシルドは王国の中心部を指差す。
「はっ、古の魔法帝国、ラヴァーナル帝国の復活のためでございます」
「そのための
バハーラは、王城周辺を地図で確認した。
「中心部の攻略後は、敵の残存兵を排除し、地下の捜索に当たらせます」
「うむ。地上の建物は構わんが、地下を荒らされては困る。装置を壊したとは報告できんからな」
実のところ、ダクシルドはアニュンリール皇国の工作員であった。グラメウス大陸にいたのは
もう一つ、魔帝の遺跡を解析して製作された、魔族制御装置の実験のためでもあった。
ダクシルドは、机に置かれた制御装置が、魔王ノスグーラに通用しなかったことを思い出した。バハーラを従わせることには成功し、
復活したノスグーラが周辺の魔物を支配するに至って、ダクシルドの計画は
王城地下のビーコンの確保である。
「本隊には、どれほど集められるのだ?」
ダクシルドが尋ねると、バハーラは集結状況を記したものを差し出した。
「総数は五万に達する見込みです。オークキング千、オーク五千、
ダクシルドは報告を読むと、食事を運んできたゴブリンを下がらせた。
「灰色の兵団に、正面から銃を撃たせるつもりではあるまいな」
「まず、ゴブリンを先行させ、敵の配置を確かめます。主力はその後を進ませます。複数の地点を同時に攻めることで、鉄の車を分散させます」
ダクシルドは冷め始めた食事に手を伸ばした。
五万の軍勢があれば、
■エスペラント王国
王都リクサル
カルズ地区の襲撃から二日後。
セイは王都に向かう馬車の中で、岡に王宮についての説明を続けていた。
「陛下は軍団長殿から話を聞いているから、君たちが何をしに来たのかはご存じだよ。君にお願いするのは、カルズ地区で何があったかを話してもらうことだ」
「戦闘の様子でありますか?」
「そう。護衛の報告も届いているが、君の話も聞きたいそうだ。答えにくいことがあれば、曹長殿に相談すればいい」
岡が舟坂を見ると、曹長は頷いた。
「見たことを話せばいい。分からんことは答えるな」
馬車は幾つか門を通ると、王国の中心部に入った。石造りの大きな建物が続き、道沿いには商店が並んでいる。一方で、広場には避難民の姿が目立ち、配給には長い行列ができていた。
王城の前で、エリクソン大佐とカッリオ中尉が待っていた。ジャスティードが馬上から一行の到着を告げると、衛兵が案内に現れた。
一行は控室に通された。
セイが王宮の者と打ち合わせを行っていると、緑の上着を着た男が入ってきた。
「銃士隊を任されているザビルだ。日本の岡殿はこちらか? ぜひカルズ地区での話を聞きたい」
「自分が岡真司であります」
「君が岡君か。君たちの銃は、トゥーレ軍団の銃とは違うようだな。見せてもらっても構わないか?」
岡は舟坂の許しを得ると、弾薬を抜いた小銃をザビルに渡した。ザビルは扱いを確かめながら、銃床と照準器を眺めた。
「改三八式小銃、我が国の銃です」
「よく手入れされている。これも下から弾を入れるのか?」
「はい。弾倉には十発が入ります」
「軍団の銃もそうだった。こちらの工房では、まだ同じような実包を作ることができなくてね。職人は、銃そのものより、弾薬の方が難しいと言っていたよ」
ザビルは、自分の銃を従者に持ってこさせた。木製の銃床には控えめな装飾があり、撃鉄の下には雷管を取り付ける部分があった。
「王国の銃は、いまだ弾を銃口から込める先込式だ。撃った後の汚れも酷くて手間がかかるんだ」
岡は手渡された銃を確かめた。長く重い造りではあったが、構えてみるとよく馴染んだ。
「構えやすい銃ですね」
「職人に何度も直してもらった。使う者に合っていなければ狙いにくいからな」
岡が照準器について尋ねると、ザビルは自分が不便を感じる部分を説明した。ザビルは異国の銃について知りたがり、岡も銃士隊の戦い方に興味を抱いた。
衛兵が謁見の用意ができたと告げるまで、二人の話は続いていた。ザビルは銃を従者に預けると、岡に笑いかけた。
「続きはあとで聞かせてもらうよ。君とは話が合いそうだ」
■エスペラント王国 ラスティネーオ城
謁見の間
国王の傍らには騎士団長モルテスと王宮の官吏が控えていた。エリクソン大佐がカッリオと舟坂を紹介すると、それぞれが所属と任務を告げた。
岡も敬礼し名乗った。
「岡殿、セイと村の者たちを守ってくれたことに礼を言う。怪我をしていたと聞いているが、よく戦ってくれた」
「ありがとうございます。ただ、自分が撃つまで、護衛の兵士三人が敵を食い止めるため戦死しております」
「その報告も受けている。遺族には王宮から使いを出した。彼らの働きも、そなたの働きも忘れることはない」
国王は、岡から戦闘の経過を聞いた。味方の兵が敵と重なっていたため、すぐには撃てなかったこと、漆黒の騎士が護衛を突破したところで射撃したことを、岡は順に説明した。
モルテスはジャスティードの報告と照らし合わせ、幾つか確かめた。岡の話が終わると、国王はカッリオに向き直った。
「大佐から、イルメリアの軍団は街も住民も伴って、この世界に来たと聞いた。軍団の故国につながる場所が、今もあるということだな?」
「はい。イルメリア本島も、領都も健在です。専制公殿下からは、貴国とトゥーレ軍団の状況を調査し、救援の準備を整えるよう命じられております」
「では、後続の部隊も来てくれるのか?」
「派遣準備は始まっております。ただ、こちらに到着してからは本部との連絡が取れないため、状況の確認はできておりません」
「この土地の魔素の影響か… 大佐らの通信機も、なかなか使えぬと聞く」
国王はエリクソンを見た。
「大佐、軍団の者たちは、故国の者と会えて喜んでいるだろうな」
「はい、陛下。補給と治療を受けられる見込みも立ち、兵たちの励みになっております」
「我が国にも、専制公殿下の御厚意はありがたい。だが、援軍の到着を待つ猶予があるか… ここから先は、防衛について相談したい」
国王は一行を会議室に移すよう命じた。
会議室のテーブルに、王国周囲の地図が広げられていた。王国側の担当者に加え、エリクソンとカッリオ、舟坂も同席している。岡はその隅に座って話を聞いていた。
最初の報告は、情報を取りまとめているザンザスからである。
「北方の休火山バグラに、魔物が集結しております。火口には家屋が建ち、南側から物資を搬入する様子が確認されています。魔物の数は今も増え続けており、総勢五万に達する可能性があります」
ザンザスは密偵の記録を開いた。
「オークキングは多数。漆黒の騎士も百以上に及ぶと見られます。集結の様子から、早ければ一週間で本格的な侵攻が行えると考えております」
モルテスが守備隊の配置図を示した。
「これまでは、トゥーレ軍団が強力な魔獣に対応し、我々が残りに対応する方法で持ちこたえてきたが、この数が一度に襲来すると、それも困難と考えられる」
「我われも弾薬と燃料が不足しています。一か所は守れますが、遊軍を出す余裕はありません」
エリクソンの発言を受け、国王は城塞外周の地区を見た。
「現在の計画は、最初の襲撃で外側の三地区を放棄し、内側に戦力の集中を図る予定だ」
サフィーネは、父の隣で話を聞いていた。
「陛下、村の人たちは、どこに避難するのでしょうか?」
「できるだけ内側に移すつもりだ。だが、万一の際は、避難の途中で門を閉めなければならない」
「では、残された人たちは…」
国王は、すぐには答えなかった。
エリクソンが発言する。
「陛下、我われは住民を残して撤退することはできません。避難の時間を稼ぐ方法を、もう一度検討させてください」
「大佐、避難民の食料その他の問題は解決できぬぞ」
「承知しております。ですが、今の計画では、避難できる者まで取り残される恐れがあります。まず、退路と収容先を確保したいのです」
カッリオは、王国の官吏に各地区の備蓄を尋ね、王都に収容可能な人数と、受け入れ可能な地区の情報を記録した。
「こちらでも取りまとめを手伝います。食料と住居だけでなく、負傷者を運ぶ手段も必要です」
「医師のいる場所も調べてほしい。荷車で運べない負傷者もいます」
バルサスの話を受け、官吏も手元の資料を確かめた。
国王は、各地区の収容と備蓄の状況の調査を命じた。
続いて、敵の侵攻経路が説明された。バグラから侵攻する主力は、幾つかの道を経た後、カルズ地区北方の谷を通ると予想されていた。ただし、別の部隊が周辺地区を襲う可能性も考えられる。
岡は地図の谷を見た。狭い谷あいの道を通る経路である。
「曹長、意見具申します」
「お、何か考えがあるのか?」
「谷で足止めができれば、避難の時間を稼げると考えます。そこで、主城壁との位置関係や迎撃地点を確かめたく具申します」
舟坂はエリクソンと相談し、現地を調べることになった。ザビルも銃士隊を連れて同行すると申し出た。
「ただ、その谷を塞ぐだけでは済まないかもしれません」
ザンザスが、別の報告書を取り出した。
「敵の集結地で、魔獣ゴルアウスと思われるものが確認されました」
モルテスが顔を上げた。
「ゴルアウスだと? 見間違いではないのか?」
「密偵が描いたものを、王国軍の資料と照合しております。断定はできませんが、特徴は一致しています」
セイが、魔獣を描いた紙をテーブルに置いた。大きな角を持つ、剛毛に覆われた大型の魔獣である。
「古の魔法帝国が戦争に使ったとされる魔獣だよ。身体は鋼のような剛毛に守られ、爆裂魔法を続けて放つ。口から放たれる光弾は、城門を砕くほどの威力があったと記録されている」
「射程は分かっているのですか?」
舟坂が尋ねると、セイは首を振った。
「正確な距離は分からないが、太陽神の使いが操った鋼鉄の船さえ、攻撃を受けて損傷したという。鎧くらいでは防ぎきれないだろう」
説明を聞いた岡は、連合軍の戦車を思い出した。小銃で倒せる敵ばかりだと思っていたが、装甲車両に相当する魔物もいるらしい。
エリクソンが資料を確認する。
「ゴルアウスに対しては対戦車兵器で対応する。伝承どおりの相手なら、機関砲で充分とは考えない方がよい。歩兵や車両は敵正面を避けた方が良いな」
「城壁が破られた場合の守りも、必要になりますな」
モルテスは街道と内壁を含めた守備配置の検討を始めた。
舟坂は、日本分隊が現地の調査と作業に加わると伝えた。
「岡、貴様はザビル殿と銃士隊との連絡を受け持て。現地には俺も行く。勝手に動くなよ」
「了解であります」
ザビルが岡に話しかけた。
「谷の近くには部下もいる。土地の様子は案内できる」
「よろしくお願いいたします」
会議が終わるころには、外はすっかり暗くなっていた。控室に戻った岡のところに、サフィーネがやって来た。
「私たちは、明日、村に戻るわ。父さんは診療所を空けられないし、村長にも今日の話を伝えないといけないから」
「自分たちも戻ります。曹長と北の谷を調べることになりました」
一行は翌朝、カルズ地区に戻ることになった。
・改三八式小銃
【挿絵表示】
日本国防軍陸戦隊制式小銃。
鹵獲したソ連系小銃の技術を応用し、三八式歩兵銃を改良した半自動小銃。原型の長大な銃身長は、取り回しの良い三八式騎銃と同程度に改められている。
装弾数10発、6.5mmクリードモア弾を使用。
・VKT 6.5mmライフル
【挿絵表示】
北方ローマ軍およびイルメリア領軍の分隊支援および狙撃用小銃。
第一次大戦時に輸入した三十八式歩兵銃から発展。古典的な外形に艶消し樹脂製ストックを備え、機関部は英軍のSMLE系のコック・オン・クローズに変更されている。高い命中精度と過酷な環境での信頼性を備える。
装弾数10発、6.5mmクリードモア弾を使用。
・VKT 6.5mmアサルトカービン
【挿絵表示】
北方ローマ軍およびイリメリア領軍制式小銃。
鹵獲したフェドロフ自動小銃を改良・国産化した自動小銃。
実戦距離での命中率と火力密度を重視した設計で、整備性、耐久性に優れる。装弾数30発(ロングマガジン使用で40発)、6.5mmクリードモア弾を使用。
・エスペラント王国制式銃
【挿絵表示】
撃鉄で雷管を叩き、銃身内の火薬に点火する前装式パーカッションライフル。火縄式や火打石式よりも湿気に強く、点火の確実性が高い。熟練兵では毎分3発程度の射撃が可能。