暗雲
■ロウリア王国 王都ジン・ハーク
中央暦1638年11月
ハーク城
ロデニウス大陸の西半分を占める大国、ロウリア王国。
この国の3800万の民は、全て純粋な人間種であった。
ロウリアは近隣の大国パーパルディア皇国を範に人間至上主義を唱えており、亜人と呼ばれるエルフ、ドワーフ、獣人を人間ではないとして迫害してきたのである。
加えて、亜人の殲滅を国是としているため、亜人の多いクワ・トイネ公国やクイラ王国との国境は常に緊張状態にあった。
三重の城壁に囲まれた、人口70万を誇るロウリア王都ジン・ハーク。
その中心にあるハーク城で、御前会議が開かれようとしていた。
第34代ロウリア国王、ハーク・ロウリア34世を筆頭に、宰相マオス、王国防衛騎士団パタジン将軍、
三大将軍パンドール、ミミネル、スマーク、王宮主席魔導師ヤミレイの他、重臣たちが居並ぶ。
「傾聴!」
宰相マオスが厳かに開始を告げた。
「陛下からのお言葉である」
国王ハーク・ロウリア34世が厳かに話し始めた。
「皆大儀である。これまで、ある者は厳しい訓練に耐え、ある者は財源確保に奔走し、またある者は命がけの情報収集を行ってきた。亜人どもをこの大陸から駆逐することは、王家の悲願である。諸君らの働きに礼を言おう」
王は続けた。
「皆の者、準備が整った。会議を始める」
議場を満たす静寂。
極度の緊張が場を包んでいた。
宰相マオスは本作戦の指揮官、パタジン将軍に尋ねた。
「大陸統一は目前だが、クワ・トイネ、クイラ両国は、同盟にも等しい協力関係がある。一方との開戦後は、もう一方も参戦してくる可能性が高い。二国と同時に交戦する可能性が高いが、将軍は二国相手でも勝つ見込みはあるだろうか?」
パタジン将軍は自信にあふれた口調で応じた。
白銀の鎧に身を包んだ、黒い髭を蓄えた30代の偉丈夫である。
「一方は農民の集まりに過ぎず、もう一方は不毛の地。数、質ともに我が方が優位、敗北はありえぬ。宰相、安心召されよ。作戦概要については会議後半で説明いたす」
「承知した」
パタジンは逆に、宰相に問い返した。
「宰相、1ヶ月ほど前に接触してきた、日本とかいう国に関してはどうか?」
日本はロウリアとも接触していたが、先んじてクワ・トイネとクイラ両国と国交を結んでいたため、敵性勢力と判断して門前払いをくらっていた。
「クワ・トイネ公国から北東に約千キロ沖合の新興国家だ。千キロも離れていることから、作戦に影響があるとは考えにくい。奴らは我が国のワイバーンを見て驚いていたことから、ワイバーンの運用技術のない蛮族だろう」
日本使節団が「ワイバーンを初めて見た」と発言したことで、日本はワイバーンのいない弱小国とみなされていた。
飛竜―ワイバーンはこの世界においては、一般的な航空戦力であった。
そのワイバーンを持たない国は、空からの火力支援が受けられない。航空攻撃だけで地上軍は壊滅しないが、空襲にさらされ続けては士気が持たない。
実際には、日本には零戦を始めとする航空戦力が、いまだ100機以上残っていたのだが。
「なるほど。ではクワ・トイネが日本に助けを求めたとしても、大したことはないでしょうな」
パタジンはにやりと笑った。
「我が代でこのロデニウス大陸が統一され、忌々しい亜人どもを根絶やしにできると思うと、喜ばしい限りだ」
ハーク・ロウリア34世が嬉しそうに発言した。
「大王様。約定をお忘れなきよう・・」
気味悪い声が口を挟んだ。
黒いローブを被った男は、第三文明圏の列強国パーパルディア皇国から送られてきた使者であった。
「わかっておるわ!」
王の怒気をはらんだ声が議場に響いた。
(・・文明圏外国と見下しおって。ロデニウス統一後は、いずれパーパルディアも下してやるわ)
宰相マオスが空気を変えようと咳払いを挟んだ。
「・・将軍、作戦概要の説明を頼む」
「陛下、作戦の概要を説明いたします」
パタジンは会議室の中央に進み出ると、大陸の地図が広げてあるテーブルに駒を並べた。
「本作戦の動員兵力は50万、クワ・トイネ攻略に40万、残りは本土防衛用となります。初戦で国境の都市、人口10万のギムを制圧します。兵站については現地調達を基本とします」
騎士団を表す五つの駒のうち、四つがギムに移された。
クワ・トイネ側にも駒は置かれていたが、どれも一回り小さい。
「ギム制圧後、東方のエジェイを攻撃します。540キロ先の公都クワ・トイネには、堅牢な城壁はありません。最も堅牢なエジェイを攻略すれば、あとは町や村を落としつつ進軍するだけとなります」
ギムに置いた駒で首都を包囲すると、ワイバーンの駒と船の駒を動かしながら説明を続けた。
「クワ・トイネのワイバーンは少数のため殲滅可能です。騎士団と並行して、水軍の船団4400はマイハーク北岸に上陸、制圧します。食料をクワ・トイネからの輸入に頼るクイラは、この時点で脅威ではなくなります」
パタジンは一回り小さな駒をクイラ王国国境に置いた。
「クワ・トイネの総兵力は5万。即応兵力は1万に満たないと考えられます。今回の兵力で攻勢を掛ければ、結果は明らかです。この数年の準備が実を結ぶことでしょう」
「そうか・・」
王は代々の悲願が成就されることに高揚した。
「今宵は我が人生最良の日よ! クワ・トイネ、並びにクイラに進軍せよ!」
おぉぉぉぉぉぉぉぉーー
喊声の中、御前会議は終了した。
その日、城の大広間では豪勢な食事と酒が各人に配られ、戦前の宴が催された。
喧噪は夜遅くまで続いた。
■イルメリア公国 領都マリポリ
中央暦1638年11月末
カフェ・アトモス
マリポリの旧市街の門から少し歩いたところに、老舗のカフェ、アトモスがあった。
焼きたてのパンやスイーツでも知られているのだが、中でも名物のパフェが人気を呼んでいた。
暖房の効いた店内は暖かく、中でも今日のように陽ざしのある日の窓側のテーブルの心地よさは格別だった。
客でにぎわう店内奥のテーブル席を、若い女性3人が占めていた。落ち着いた店内に似合わない賑やかさに、思わず睨んだ店員だったが、とりあえず見なかったことにした。
テーブルには、通称アトラスと呼ばれている山盛りのパフェ。それを囲む三人のうちの一人は、涙目でパフェを頬ばっていた。
「あーあ、泣かした、姫ちゃん泣かした」
「そんなこと言っても、騙した姫っちが悪いんだから」
泣きながらパフェを頬張るのは、この国の領主、ユリア・テオドラ。
ユリアは、任務を終えて帰国したエリンたちに、名物のパフェをたかられていたのだった。
専制公家が保有する会社や工場、資産運用や特許収益などもあって、ユリアは欧州でも有数の資産家だったが、普段の暮らしぶりは質素だった。
領主としての公的活動以外の費用 ―財産の管理運営や領主館などの警備費、人件費は私財で賄っていたため、あまり贅沢はできないのである。
家令からユリアが受け取るのは、毎日1ノミスマ(1000円)のお小遣い。
アトラス・パフェの一杯は、彼女のお小遣い5日分に相当した。
それが三人分、月間予算の半分である。
しばらくの間、SNSではハイライトの消えた目でパフェを口に運ぶユリアが話題となった。
世に言う「アトラス事件」である。
もちろん、この事件は世界情勢に影響を与えるものではなかったが。