太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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歩兵の本領

■ロウリア・クワトイネ国境付近

 中央暦1639年4月9日

 

 

 国境の草原を騎馬の一団が走っていた。

 

 革製の鎧には、馬が描かれた盾形の記章。ロウリア王国の軽騎分隊であった。

 

 その数10騎。

 

 

「分隊長、ここ数日、偵察に出た騎兵が戻らないと聞いておりますが・・」

 

 先頭を行く分隊長に、若い騎兵が尋ねた。

 

「何をビビっとるか! どうせその辺の村で略奪でもしとるんだろう」

 

 

「ですが、偵察に出た騎兵すべてが戻ってこないと・・」

 

「それだけこの辺は裕福ってことだ。野郎ども、さっさと偵察を終えて、分捕りに・・」

 

 

 なおも問う部下を、分隊長は蔑んだ目で見た後、分隊全員に聞こえるよう言いかけ・・爆散した。

 

 続けて遠くから聞こえたボフっという音。

 

 残る騎兵も、どこからか飛来した攻撃によって、跡形もなくはじけ飛んだ。

 

 

 ロウリア騎兵分隊から2キロ。

 

 それは、即席の掩体壕に半ば隠れた、全高4メートルの鉄の巨人。

 

 周囲に溶け込むような草色の、イルメリア装甲歩兵隊の二足戦闘車両『ドラブラ』である。

 

 狙撃手と観測手からなる装甲狙撃分隊所属のこの2機は、消音器を取り付けた20ミリ携帯機関砲を携え、斥候部隊の迎撃に当たっていた。

 

 

「あー・・ お馬さん撃つだけの簡単なお仕事・・」

 

 毎度のごとく愚痴るのは、エリン・アダ少尉。

 

 

「じゃあ、ギムで塹壕掘ってる方が良かったの?」

 

 そして、それに応じるのは、アリア・マリア軍曹。

 

 

「これもいやだけど、それもいや・・」

 

「はいはい、あと3時間で交代だから、それまではちゃんとお仕事してよ!」

 

 二人は、これでも最優秀の狙撃班であった。

 

 

 アリアの機体の高性能通信システムの通知が点滅した。

 

 スコープに集中する狙撃手に代わって通信と索敵を担うのも、装甲観測手の役目である。

「エリン、司令部から指定秘匿通信!」

 

 指定秘匿通信、それは指定先でのみ解読可能な、最高強度の暗号通信であった。

 

「え・・! 内容は?」

 

「ちょっとまって。今どき電文なんて・・えっと、『オ・ミ・ヤ・ゲ・キ・タ・イ・ス・ル・ユ・リ・ア』・・」

 

 

 ・・二人は、これでも最優秀の狙撃班であった。

 

 

 

 1週間前 中央暦1639年4月3日

 

 

 国境の街、ギムに集結していたのは、クワ・トイネ西部方面騎士団、および西部方面第一飛龍隊、第二飛龍隊。

 

 その兵力は歩兵2500、弓兵200、重装歩兵500、騎兵200、軽騎兵100、竜騎兵24、魔導師30。

 

 クワトイネの総兵力を考えると、かなりの兵力である。

 

 だが、国境沿いに張り付いているロウリア軍はこちらの兵力を遥かに凌駕していた。

 

 それに加えて、クワ・トイネ側の通信一切をロウリア王国側は無視。

 

 すでにギムには非常事態宣言が出されており、市民の大半は疎開を開始していた。

 

 

 

 ―?

 

 空の彼方からかすかに聞こえる轟音。 

 

 ギムの人々は空を見上げた。

 

 雲の彼方に、翼を広げた巨大な鳥のような4つの影。そしてそれは、次第に大きくなっているように見えた。

 

 

 日本からの援軍を迎えるため整列していたクワ・トイネ西部方面騎士団は、未知の物体に大混乱となった。

 

「なんだ、あれは!?」

 

「巨大な鳥、いや・・?」

 

「こっちに向かってくるぞ!」

 

 

「皆、落ち着け! あれはおそらく日本の飛行機械だ!」

 

 褐色の肌を持つ獣人の将、西部方面騎士団長モイジは、騒ぎ立てる部下を一喝し整列させた。

 

(本日到着との連絡を受けてはいたが、まさか空から来るとは・・)

 

 

 

 実際には日本を経由して飛んできたのは、イルメリア警備隊の大型垂直離着陸輸送機、『C-88ハイカラ』

 

 クワ・トイネ防衛に協力するため、日本の国防組織である保安部や、その物資輸送を請け負っていたのである。

 

 

 100トン以上の搭載量を誇るスカイグレーの機体は、ギム郊外でゆっくり垂直に下降し、太い3基の固定脚で着陸。

 

 間もなく、機体下部の大型コンテナが開き、大勢の兵士たちが機体から降り立った。

 

 

 巨大な輸送機から降り立った兵士は、日章旗を先頭に唱和しながら進む。

 

 

〽軍旗守る武士は 全て其の数二十万

 

 シワひとつないカーキ色の軍服、揃いの軍帽。緋の襟章に、左腕の日の丸。

 

〽八十余か所に屯して 武装は解かじ夢にだも

 

 

 行進するのは、再編された歩兵第1師団所属の第112大隊、約800名。

 

 とはいえ、日本のどこをさがしても、他の歩兵師団は存在しないのだが・・

 

 

「小隊右へ!」

 

「小隊止まれ!」

 

「左向け左!」

 

 号令一下、見守るクワ・トイネ公国西部方面騎士団の手前で、一糸乱れず向きを変え整列した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ほう・・」

 

(相当に練度が高い)

 

 騎士団団長モイジは、統制の取れた行進に感嘆した。

 

 

 指揮官がモイジの前に進み出て軍刀を抜き、刀礼を行う。

 

 見事な所作であった。

 

 

「日本陸上保安部、歩兵第112大隊、大庭栄、以下800名!」

 

「クワ・トイネ西部方面騎士団長モイジ。援軍に感謝する!」

 

 

 大庭少佐は、口ひげを生やした40代の精悍な男であった。

 

 彼は昭和19年7月のサイパンの戦いで、守備隊玉砕後も残存47名を率いて16か月も戦い続けた経歴を持つ。

 

 米軍から『フォックス』と呼ばれ恐れられた、ゲリラ戦の達人である。

 

 

 その後、毎日のように飛来する輸送機によって、大砲や鉄の馬車が次々と搬入された。

 

 その度に驚愕していたモイジらであったが、そのうちに慣れっこになってしまった。

 

 輸送機から鉄の巨人が降りてきた時でさえ、もはや何も感じなくなっていた。

 

 

 未知の物体を見続けた結果、思考を放棄してしまったのである。

 

 

 

 中央暦1639年4月10日

 

 

「相変わらずロウリアからの返答はないのか?」

 

 モイジ騎士団長は魔信士に尋ねた。

 

「通信は届いているはずですが、今のところ返答はありません。通信を無視し続けています」

 

 多少の兵力差なら作戦の立てようもあるが、今回の差は圧倒的である。果てして策はないものか?

 

 

「司令部への増援要請はどうなった?」

 

「司令部は再三の要請に対して「現在非常召集中」とのみ回答。具体的な回答はありません」

 

「のんびりしている暇は無いというのに! さっさと増援をもらわないとギムを放棄することになるぞ!」

 

 

 そこへ、日本の将校が入ってきた。歩兵大隊の指揮官、大庭少佐であった。

 

「騎士団長、意見具申する」

 

 

 

■中央歴1639年4月11日

 ロウリア軍陣地

 

 

 深夜。

 

 わずかな歩哨を残して寝静まったロウリア軍陣地に、闇に紛れ、音も立てず接近する集団があった。

 

 日本陸上保安部、歩兵第112大隊である。

 

 集団は陣地を半ば囲うように散会、それぞれの配置についた。

 

 陣地正面に展開した集団は、何やら大きな物を運びこんでおり、闇の中、手慣れた手つきでそれを組み上げた。

 

 

「歩兵砲、用意!」

 

 歩兵砲を操作する兵に、大庭が命じた。

 

「用ーい、てー!」

 

 歩兵大隊に配属された大隊砲特別小隊の、九二式歩兵砲2門が火を噴いた。

 

 続いて小隊毎に配備された、計32門の八九式重擲弾筒。

 

 熟練射手が次々と発射する擲弾が、大きな弧を描いて陣地に着弾する。

 

 突如響き渡った落雷のような音。

 

 連続するパン、パンという乾いた音。

 

 そこかしこで起こる爆発。

 

 火の粉がテントに燃え移り、ロウリア軍陣地から火の手が上がった。

 

 

 

 伝令が陣地内を駆け回り、緊迫した声で知らせて回る。

 

「クワ・トイネ軍が陣地を奇襲! ・・戦力不明、敵の奇襲! ・・はっ!? 逃げ・・」

 

 声は突如途絶えた。

 

 

 

 ロウリア軍陣地で起こった爆発、それは突撃の合図でもあった。

 

 西部方面騎士団長モイジは吼えた。

 

「重装歩兵を先頭に全軍突撃! 軽歩兵は重装歩兵の側面を援護、騎兵は敵側面に突撃! 軽騎兵は右翼から撹乱後、機を見て追撃戦に移行! 弓兵は同士討ちを避け直射、魔道士隊は待機、本陣の備えとしろ!」

 

 

 奇襲に気付いたロウリア軍は、勇猛果敢にクワ・トイネ軍の迎撃に当たった。

 

 だが、盾を持ち出せた者はまだよい方で、大半は剣だけを携えての応戦。

 

 クワ・トイネの重装歩兵は、携えた大盾を亀の甲羅のように構え、飛来する矢を物ともせず迫る。

 

 投げ槍でロウリア兵の盾を封じ、大盾で槍を跳ね上げ、小剣で次々と止めを刺していく。

 

 それは、かつて無敵を誇ったローマ帝国の戦術。

 

 百人一個単位が巨大な亀のように動き敵軍に突撃する、重装歩兵による密集陣形であった。

 

 ロウリアの兵は、壁のように押し寄せる完全武装の百人隊を相手に、次々と飲み込まれては倒れていった。

 

 

 

 

「クワ・トイネ軍を支援する。機関銃分隊、支援射撃!」

 

 旧式ではあるが、信頼性の高い九六式軽機関銃の弾幕がロウリア兵を襲った。

 

 口径6.5ミリ、分速500発の、高い命中率を誇る機関銃である。

 

 

「ち・・・ちくしょう! 夜襲とは卑怯な!!」

 

 ロウリア先遣隊副将アデムは、壁に拳を打ち付けた。

 

「こんなところで死んでたまるか!」

 

 アデムは、騎手を失いさまよっていた馬に跨ると、闇の中、一目散に逃走した。

 

 

 歩兵第112大隊の夜襲と、それに続くクワ・トイネ重装歩兵の猛攻によって、ロウリア軍は大混乱となっていた。

 

 そこへ騎兵、軽歩兵を中心としたクワ・トイネ全軍と、着剣した日本兵がなだれ込んだ。

 

 1時間足らずでロウリア軍先遣隊は壊滅。

 

 戦闘というにも語弊がある、一方的な攻撃。

 

 後に、ギムの悲劇と伝えられる戦闘であった。

 

 

 

 戦闘後、陣地はクワ・トイネ軍と日本の歩兵大隊によって完全に制圧されていた。

 

 そして、5000人以上のロウリア兵が捕虜となっていた。

 

 副将アデムの姿は見つからなかった。

 

 戦死したのか、逃亡したのか、現状不明であった。

 

 

 竜騎兵150の半数は、クワ・トイネに鹵獲された。

 

 夜目の利かないワイバーンは、夜戦ゆえに飛び立つことも叶わなかったのである。

 

 

 ギム郊外に急遽テントを並べて設置された収容所で、騎士団長モイジはロウリア軍指揮官の尋問に当たっていた。

 

「クワ・トイネ西部方面騎士団長モイジだ。貴官の名は? ロウリアの将とお見受けするが」

 

 モイジはパンドールに尋ねた。

 

「ロウリア先遣隊指揮官、パンドールである」

 

「パンドール将軍、協力を頂ければ捕虜としての待遇は保証する」

 

「モイジ殿、できれば部下の待遇についても保証して頂きたい」

 

 

 パンドールとの面会後、モイジは部下を呼び出し命じた。

 

「捕虜のうち100人程を解放してくれ」

 

 モイジは部下に命じて、捕虜となった一般兵のうち100人を解放させた。

 

 彼らがもたらす情報によって、ロウリア軍本体を警戒させ、進軍を遅らせるためであった。

 

 モイジの目論見通り、解放された捕虜は、その惨状をロウリア軍本体に伝えた。

 

 だが、クワ・トイネ軍を見下していた彼らは、捕虜たちを脱走兵として処分した。

 

 

 

■中央歴1639年4月22日 

 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 

 西部国境の都市、ギムの防衛には一旦は成功した。しかし、あくまで先遣隊を撃退しただけであり、ロウリア軍の本体は健在であった。

 

 政治部会は重苦しい雰囲気に包まれた。

 

「現状を伝えよ」

 

 首相カナタの命令に、冷や汗をかいた軍務卿が答える。

 

「はっ!ロウリアの総兵力は、密偵からの情報によると50万とのことです。先遣隊3万を退けたとはいえ、まだ40万以上が健在です」

「また、第三文明圏の列強、パーパルディアが軍事支援を行っているとの情報があります。事実、ロウリアは国力以上の竜騎兵500を投入しております。4000隻以上の軍船が港を出航したとの報もあります」

 

 

 50万という数値は、クワ・トイネの総兵力の10倍以上、加えて、竜騎兵が500。

 

 さらに、4000隻以上の軍船。

 

 議場の誰もが息を飲み、情報を頭の中で繰り返した。

 

 

 ロウリアは本気でクワ・トイネを滅ぼすつもりである。そして、自分たちにそれを防ぐ術は無い。

 

 列席者は沈黙した。

 

 

「首相、よろしいでしょうか?」

 

 部下からメモを受け取った外務卿が挙手した。

 

「何だ?」

 

「たった今、港湾都市マイハークから連絡がありました」

 

「内容は?」

 

「はい、日本の戦車隊、および航空隊が到着。護衛の日本艦隊もマイハークに入港中とのことです。イルメリアの輸送隊も同行しています」

 

「それと、日本政府からの伝言です」

 

「何と言ってきている?」

 

「第二陣の出立が遅れ、申し訳ない、と」

 

 会議場が興奮に包まれた。

 

 明けないと思われた夜に、朝日が上ろうとしていた。

 

 

「よし! すぐに日本政府に感謝の意を伝えてくれ! 我が国の領土、領空、領海での往来の自由を、この戦の間は認めると忘れず伝えるように!」

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