■イルメリア専制公国
中央暦一六三八年八月某日
ギムの悲劇から八か月前――
イルメリアの領都マリポリ北端にある、
往時の江戸城の面積に匹敵する、城壁に囲まれた周囲十六キロの広大な国営軍事工廠である。
そのアルセナリを、日本政府の交渉団が訪れていた。
彼らの目的は、武装解除され備砲を撤去されていた「松型海防艦」、旧松型駆逐艦の装備調達だった。
この当時、日本には松型十八隻、駆逐艦では吹雪型「響」、陽炎型「雪風」、秋月型四隻、海防艦が数十隻残されていたが、政府は松型のみを残す計画を立てていた。
吹雪型、陽炎型の同型艦はすべて戦没しており、大型で高性能の秋月型は、維持や増産に難があると考えたのだ。
そのため現況では、設計が簡便で経済性、生産性が高く、抗堪性も考慮された松型の維持が最適と判断された。
より小型の旧海防艦については、第一号型、第二号型のうち半数を、沿岸防衛のために残すと決められた。
アルセナリの一室で、復員庁から改組された国防庁保安部の海上隊将補、士村昌福は、技官とともに頭を悩ませていた。
「やはり、この程度の予算では大したものは導入できんか……」
「まあ、予想はしておりましたが、なにせ駆逐艦一隻程度の予算ですから……」
端末を操作していたアルセナリの担当者が、ガラス板に映る画像を士村たちに提示した。
「これは……?」
「現行生産型の型落ち品です。出荷されないまま倉庫に眠っていたものです」
「旧式ということですが、性能に問題はありませんか?」
担当者が、画像の角度を変えながら説明した。
「この砲、五十七ミリMK1は砲室内と給弾庫に人員が必要ですが、充分優秀です。これなら、ご要望の対空機関砲とともに提供できると思います」
(砲室内と給弾庫に人員が必要? 何を当たり前のことを……)
怪訝な表情を浮かべる士村に、技官の一人が耳打ちした。
「士村将補、口径は小さいですが、型録が本当なら相当な性能ですよ」
さらにいくつか説明を受け、交渉団は腹を決めた。
ただ、デッドストックは八基。今期の再武装予定も八隻。
本来「松型」の主砲は前後二基なので、今期は後部主砲を諦めざるを得なかった。
加えて、松型八隻に搭載するレーダーや無線機については、軍用の高価な機材の購入を諦め、安価な民生品を転用することとなった。
平たく言えば、漁船用である。
なに、すべては貧乏なのが原因だ。
さて、駆逐艦一隻分程度の予算とはいえ、この時期の日本政府に、そんな余裕があるはずもなかった。
その出処はというと、イルメリアが二式大艇をはじめとする航空機、戦車、さらに駆逐艦「雪風」を購入した代金の一部から出されていた。
代金の残りは、基地や港湾、部隊の整備費などに充てられていた。
二式大艇の購入に関しては、シミュレーションのみでは検証しきれない飛行艇技術を研究するため。
百年後には写真や資料しか残っていなかった航空機、戦車に関しては、日本の技術レベルを検証するためである。
「雪風」は乾ドックに入れ、ドックごと博物館にするとのことだった。
イルメリアの意図は判らなかったが、松型の改修予算の足しになることには間違いなかった。
日本政府にとっては、彼らの行動は謎だらけであった。
■クワ・トイネ公国
中央暦一六三九年四月二十五日
マイハーク港
日本からロウリア艦隊出港の報せを受けたクワ・トイネ公国海軍は、マイハーク港に第二艦隊を集結させていた。
マイハーク沿岸の要所要所に即席の石壁が築かれ、日本から購入した大砲が設置される。
水と保存食の樽、火矢に用いる油壺などが次々と運び込まれていた。
矢を防ぐ木盾とバリスタ――大型クロスボウ――が、各船の舷側に据え付けられる。
軍船は大小合わせ、およそ五十隻。
帆船に詳しい者が見れば、大半は百トンに満たないキャラベル船。旗艦級は高い船楼と四本のマストを備えた中型のキャラック船だが、それでも五百トンに届かない大きさだと指摘することだろう。
ほかにも、イルメリアから購入した百五十トン級の警備艇が第一、第二艦隊に一隻ずつあったが、運用試験中であり、また軽武装であったことから参加は見送られていた。
軍船に大砲を積む計画もあったが、改修が間に合わず、沿岸部への設置だけで手一杯であった。
「壮観な光景ではあるな」
第二艦隊提督パンカーレは、艦隊を眺めて呟いた。
「しかし、敵は四千隻を超える大艦隊。一体、何人生き残れるだろうか……」
思わず側近に漏らした本音。
圧倒的なロウリア軍の戦力を前に、やり切れない思いだった。
「パンカーレ提督、海軍本部から魔信です」
パンカーレの副官、ブルーアイ勅任士官が報告した。
「本部は何と?」
「はっ! 『本日夕刻、日本の軍艦四隻が援軍としてマイハークに到着する。彼らは我が軍より先にロウリア艦隊に攻撃を行うため、観戦武官一名を旗艦に同乗させるよう指示する』……とのことです」
「何!? たったの四隻!? 四十隻の間違いではないのか?」
「間違いではありません」
「ふざけとるのか、奴らは! たった四隻の援軍で観戦武官を送れだと!? それでは死ねと言っているようなものではないか! 死ぬと判って部下を送るような真似はできんぞ!」
沈黙が流れた。
「……提督、私が行きましょう」
「しかし……」
「わたしは剣術は海軍一です。艦隊で一番生存率が高いのは私でしょう。それに、噂の鉄船を派遣した日本です。何か考えがあるのかもしれません」
「……済まないが、頼む」
「はっ!」
■同日夕刻 マイハーク港
ブルーアイは、日本の軍船の姿に目を見張った。
それらの船は細長い造りではあったが、クワ・トイネの基準では相当な大型船であった。
以前、第一艦隊が百メートル以上あるという日本船を臨検した話は知っていたが、自分たちの成果を誇張したものだと思っていたのだ。
しかし、マイハークに入港した軍船は、近くに停泊している第二艦隊の旗艦と比べても大きい。
それに、帆もなしに動くことにも驚かされた。
(何だ、この船は!? なるほど、機敏に動くため細長いのか。鉄製なのは、おそらく敵船に体当たりして沈めるためだろう。何度も体当たりできるとすれば、戦力として期待できるかもしれない)
ブルーアイは、ロデニウス大陸の常識の範疇で、日本の軍艦を理解しようとしていた。
マイハークには、日本に残された艦艇のうち、なけなしの予算で整備と再武装を終えた艦の半数が投入されていた。
第1海上隊所属 松型海防艦「竹」「桐」「杉」「槙」
全長 百メートル
基準排水量 千三百五十トン
最大速力 二十七ノット
兵装 ボフォース五十七ミリ砲MK1×一、二十ミリ自動機関砲×一、十二・七ミリ機銃×四
ブルーアイは水兵に先導されるがまま、「竹」の舷梯を上り、艦内を案内された。
(この軍船は鉄で出来ているのか? 重い鉄の船が、どうやって海に浮いているのだ?)
(眩しい! これは魔導によるものか? ……船内が真昼のようだ)
白熱電球を直視してしまったブルーアイ。
彼の疑問と好奇心は尽きなかった。
清潔だが殺風景な通路を通って艦橋に案内されたブルーアイは、艦隊司令である福島栄吉将補と顔を合わせた。
戦時中は「響」「波風」艦長、第十一海防隊司令を務めた人物である。
「日本国防庁海上隊、クワ・トイネ派遣隊司令、福島です」
「クワ・トイネ公国海軍、ブルーアイ勅任士官です。第二艦隊提督に代わり、此度の援軍に感謝いたします」
「ブルーアイ殿、早速ですが、我々はマイハーク西方五百キロを航行中のロウリア船団の位置を把握しています。船団は五ノット程度の速度で、こちらに向かっています。我々は明朝出航し、船団に引き返すよう警告します。従わなければ排除する予定です」
ブルーアイは驚いた。
日本の艦隊は、クワ・トイネ海軍の協力なしで四千四百隻の大艦隊に挑むつもりなのだ。
確かに船は大きく、頑丈そうではあった。
しかし、たった四隻で大艦隊に挑むのは、自殺行為だと思われた。
■中央暦一六三九年四月二十六日 払暁
まだ明けやらぬマイハーク港に、ラッパの音が高らかに響いた。
「出港よーい!」
旗艦「竹」を先頭に、煙突からもうもうと煙を上げ、クワ・トイネ派遣隊が出航した。
(いったい何度驚愕すればいいんだ? 昨日から驚かされっぱなしだ)
ブルーアイは驚愕していた。
日本の軍船は速かった。
ブルーアイが知る軍船の速度を、遥かに凌いでいたのだ。
それに――彼は思った。
(他の船と離れすぎている。こんなに離れていて戦えるのか?)
艦隊は二十ノットで西へ針路を取った。
やがて、水平線上にぽつぽつと、小さな影が現れた。
それらは次第に大きくなり、はっきりとした姿となっていった。
ロウリア船団。
その数、四千四百隻。
「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。
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現行 今のまま。
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改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称