■マイハーク北方500キロ
中央歴1639年4月26日早朝
沖縄の西、先島諸島の空を飛ぶ、灰白色の流麗な機体。
零戦の通称で知られる、零式艦上戦闘機の最終生産型、五二型。
それが20機。
残存する115機のうち、特に程度の良いものを選抜した機体であった。
彼らは、マイハーク派遣艦隊支援のために寄こされた増援だった。
本来濃緑色の五二型が灰白色に塗られていることには、特に理由はない。
余っていたペンキがこれしかなかっただけである。
「見えたぞ、あれか」
「でかいな・・」
沖縄の碧い海を行くのは、3万トン近い大型艦を中心とした5隻の艦隊だった。
随伴しているのは、上下に割られた石鹸のような1000トン程度の軍艦。
単にSV (Surface Vehicle)とだけ呼称される無人艦である。
零戦の機上無線機に音声通信が入った。
「こちら第2海防隊所属ビザンティオン、貴隊を視認した。後部より着艦されたし」
通信が終わると、今回零戦に装備された透過液晶式照準器に、緑の二本線が示された。
「翔鶴ぐらいの大きさですね。ちょっと角ばった妙な形ですが、大丈夫でしょうか・・」
飛行隊長、志賀良夫少佐は部下を諭した。
「妙だろうが何だろうが、協力してくれるだけ有難いと思え」
カコンッ!
「んっ?」
ガイドラインの誘導に従って着艦した機体に、何かが当たったような衝撃があった。
甲板に設置されたリニアブレーキが、機体下部に取り付けられたアンカーに吸着したのだ。
それは、零戦乗りたちが慣れ親しんだ制動索よりも、スムーズな着艦を提供した。
20機の零戦全機が、無事ビザンティオンへの着艦を終えた。
ビザンティオンは、正確にはイルメリア領海軍の軍艦ではなく、本国である北方ローマ皇国の強襲揚陸艦であった。
麾下の本国第2艦隊とともに、訓練のためマリポリに寄港していたところを、転移に巻き込まれたのだった。
そして、今回の任務がビザンティオンの最後の航海となる予定だった。
米軍の強襲揚陸艦に匹敵する大きさのビザンティオンは、やや旧式であったため、多くの乗組員を必要としていた。
全長255m、士官28名、下士官および水兵420名。積載可能な揚陸部隊1000名以上。
優秀な艦ではあったが、小国イルメリアにとって運用に必要な人員が多すぎたのだ。
■マイハーク港西方 午後13時半
ロウリア王国東方討伐海軍
「いい景色だ。美しい」
ロウリアの海将シャークンは、自軍の船団を見て、思わず声を漏らした。
紺碧の海原を、白い帆に風を受けて進む数多の帆船。
ロウリア王国最新型のガレオン船を中心とした4400隻の船団は、大量の水兵と陸軍部隊を乗せ、クワ・トイネ公国最大の港湾都市、マイハークに向かっていた。
周囲は見渡す限りの船。
額面通りの大船団であった。
準備に6年の歳月を費やし、パーパルディア皇国からの軍事援助を加えて、ようやく完成した大艦隊。
これだけの大艦隊を防ぐ手立ては、ロデニウス大陸にはないだろう。
もしかしたら、パーパルディア皇国でさえ制圧できそうな気がする。
(いや、パーパルディア皇国には、船ごと破壊可能な兵器があるらしいな・・)
第3文明圏の列強、パーパルディアに挑むのは、危険が大きすぎる。
彼は船団の先、東の海を見据えた。
・・ん?
水平線に影が見える。
1本マストの船? やけに細いが?
望遠鏡をのぞくシャークンの許に、若い士官が走り寄った。
「提督、日本と名乗る相手から魔信が入っております」
「何と言っておるのだ?」
「はっ、先程から『これよりクワ・トイネ領海である。直ちに引き返されたし!さもなくば攻撃する!』と繰り返しております」
「日本といえば、会議で上がっていた北方の小国か・・ 針路このまま、邪魔をするなら蹂躙してやれ!」
海防艦『竹』
「これよりクワ・トイネ領海である。直ちに引き返されたし!さもなくば攻撃する!」
海防艦『竹』には、クワ・トイネ経由で入手した新型魔信機が搭載されていた。
少々値が張ったが、魔力のない日本人でも扱える魔石で動く魔信機は、この世界では必須の装備だと考えられたからだ。
やはりというか、敵艦隊は呼びかけに応じる気配はない。
(やはり引かんか。この『松型』では迫力が足りんか・・)
『竹』に座上する福嶋大佐は命じた。
「全艦に打電、戦闘用意!」
「5500(1万メートル)で砲撃開始!」
日本のクワ・トイネ派遣隊は4隻の艦隊を二手に分け、最大戦速でロウリア艦隊の左右に回り込んだ。
「いくら速いとはいえ、あんな細い船4隻で何ができる!? 誘いこんでバリスタで沈めろ!」
ロウリア側4400隻、敵艦は見える範囲で4隻。
海将シャークンは攻撃を命じた。
ロウリア船団も日本艦隊との距離を詰め始めた。
「ひゃっはっはっはぁ! ちょろちょろと小賢しい! 囲い込め!」
水兵たちは日本艦隊をバカにしきっていた。
両艦隊の距離が1万メートルを切った時、日本艦隊各艦の主砲が素早く旋回した。
「主砲、撃ち方始め!」
「主砲、撃ちーかた始め!」
目の良いシャークンは、そのわずかな変化に気付いた。
「あれはなんだ?」
次の瞬間、『竹』の艦首から、発砲炎とともに次々と砲弾が吐き出された。
「なんだ? 勝手に爆発したのか?」
シャークンが疑問に思った瞬間、突然、前衛の軍船に爆発が起こった。
爆散した船材や、部品、かつて人間だったものがあたりに撒き散らされ、密集隊形を取っていた味方の軍船に降り注いだ。
「なんだ、あの威力は! それにあの距離から当てやがったのか?」
経験したことの無い威力に、それを見ていた船団全員が驚愕した。
北方ローマ皇国謹製、発射速度分速200発のボフォース57ミリ砲。
トン、トン、トン、トトトトトト・・
軽快な発射音とともに発射された57ミリ砲弾が、次々とロウリア軍船に命中。
相対距離、たったの10キロ。
最大射程15キロのボフォース57ミリ砲からみれば至近距離である。
ロウリア王国自慢のガレオン船は、たった4隻を相手に次々とその数を減らしていった。
何の抵抗もできず。
「あれほどの威力の魔導を連射できるとは・・ 魔信士、竜騎兵隊に上空支援を要請しろ! 強力な敵艦と交戦中、支援を要請するとな!」
その間にも、ロウリアの軍船は乗員を乗せたまま次々と爆散、轟沈していく。
シャークンは命じた。
「可能な限り船団を温存、竜騎兵の到着に合わせて反撃する」
「彼我の戦力差に気付いて引き上げてくれると良いが・・」
マイハーク派遣艦隊司令、福嶋栄吉大佐はこれ以上の戦闘を避けたかった。
戦闘ですらないルーティンワーク。
もはや帝国海軍は存在しないとはいえ、非武装の船をいたぶるのは軍人の恥。
できれば日本の戦力を見せつけ、勝てないと理解させ撤退に追い込みたい。
現に、ロウリア船団の隊列は乱れ、統制を欠き始めていた。
■ロウリア王国 竜騎兵隊本陣
「東方討伐船団より入電。現在交戦中、敵船の数は少ないものの強力であり、竜騎兵の支援を要請する」
「ほう。 ・・宜しい。350騎全騎を差し向けよ」
「・・しかし、先遣隊に150騎を分派したため、本隊の竜騎兵がいなくなりますが・・」
竜騎兵隊指揮官は、考えるまでもなく、部下の具申を却下した。
「聞こえなかったか? 全騎だ。敵が強力なら、戦力の逐次投入はすべきではない」
「承知しました」
緊急発進。
竜騎兵隊本陣に、勇ましいラッパの音が響いた。
転圧された滑走路を駆け、竜騎兵350騎は次々に大空へと飛び上がっていった。