■ロウリア王国 竜騎兵隊本部
竜騎兵隊から魔信が入ってから3時間が経過していた。
「ワイバーンが帰って来たぞ!」
見張りの兵が叫んだ。
「おい、えらく少なくないか?」
隣で見張っていた兵士が疑問を口にした。
帰還してきた竜騎兵隊は、妙に数が少なかった。
空を覆い尽くさんばかりに飛び立った竜騎兵は、今はその半数程度しか見当たらなかった。
ばらばらと飛行場に降り立つワイバーンは、やけに疲弊して見えるうえ、傷ついた個体も多かった。
「・・まさか、負けたのか!?」
その問いに答えられる者はいなかった。
ロデニウス大陸において最強の兵種である竜騎兵は、大戦果を挙げて帰ってくるはずだった。
だが、飛び立った350騎のうち、帰還したのは100騎余り。
空戦で減ったのは100騎程度だったが、帰還途中で力尽きたものも多かった。
ロウリア軍の常識では、これ程の被害が出ることを想定していなかった。
■クワトイネ公国 政治部会
中央歴1639年4月30日
「以上がマイ・ハーク沖海戦の戦況報告です」
観戦武官ブルーアイは、政治部会で報告を行っていた。
出席者の各人の手元には、戦況を記載した書類が配布されていた。
このような場に観戦武官が召集されるのは異例だが、それこそが状況の特殊さを物語っていた。
「ブルーアイ勅任士官、日本はたった4隻でロウリア軍船1000隻を沈め、さらにワイバーン300騎以上の空襲も退けたというのか? 貴官が嘘をつくとは思えないが、にわかには信じがたい話だ」
政治部会の誰もが同じように考えていた。
報告している本人でさえ信じられない戦果なのである。
「外務卿、大体、日本は転移前の戦争の結果、ほとんどの戦力を失ったと聞いていたが?」
本来は喜ぶべきはずの戦勝だったが、戦果のすさまじさ故、クワ・トイネ首脳部はある種の恐怖を感じていた。
首相カナタが発言した。
「いずれにせよ、海からの侵攻は防げた。まだ多数の軍船が残っているが、今回の被害の大きさを考えると、しばらくは再編で動けないだろう。陸のほうはどうか、軍務卿」
「現在ロウリア陸軍本体は、ビーズル(ロウリア国内の都市)を出発したようです。海からの作戦が失敗に終わったため、ギム周辺に再度侵攻してくるものと思われます」
軍務卿は続ける
「日本についてですが、首都クワ・トイネの西30kmのダイタル平野に陣地構築の許可を求めてきております」
「あそこは何もない平野で、土地も痩せていたな・・ 外務卿、陣地構築を許可すると伝えてくれ」
政治部会の一部で反発もあったが、それを無下に断る理由もなかったため、日本はイルメリアと共同で飛行場の建設を開始した。
■マイ・ハーク沖
中央歴1639年4月30日夕刻
港湾都市マイ・ハークの沖を、数隻の軍艦が航行していた。
箱型をした大型艦を中心に、その半分にも満たない大きさの灰色の軍艦が4隻。
旗艦である海防輸送艦『トロパリオン』を中心とした艦隊である。
トロパリオン級は、文字通りイルメリア最大の艦艇であった。
満載排水量は5万トンを超えるものの、乗組員わずか55名での運用を可能としていた。
強襲揚陸艦ビザンティオンの予備役が決定したのも、この艦が存在していたからである。
彼らイルメリア沿岸警備隊は、部隊を半分に分け、横須賀とマイ・ハーク間のピストン輸送に当たっていた。
なお、イルメリアの軍艦全てが海防艦と呼ばれるのは、もともとは欺瞞のためだったが、いつの間にかそれが慣習となっていた。
トロパリオン艦橋
トロパリオンの最上甲板右舷にある艦橋では、艦長「マルコス・コルネリオス」大佐が部下から報告を受けていた。
「艦長、本国から通信です」
「内容は?」
「はっ、ロウリア艦隊追撃の許可は認めず。但し訓練は許可する」
コルネリオスは、日本との交戦で被害を受けていたロウリア艦隊追撃の許可を本国に求めていたが、返ってきたのは曖昧な指示だった。
「・・どういう意味だ?」
「関連文書が添付されています。今、そちらの端末に転送します」
「訓練指示? これは・・」
怪訝な表情でファイルを開いたコルネリオス。
だが内容を確認すると、先程までとは打って変わり、意気揚々に命じた。
「明朝0200、夜間発着訓練を行う。各所に通達」
深夜2時、箱型をしたトロパリオンの最上甲板、飛行甲板に備えられたエレベーターがゆっくりと動き、照明に照らされた格納庫からせり上がって来るのは、角ばったシルエットの航空機。
艶消しの白地に青いラインが入った、全長10mに満たない機体。
機首には大きな砲身が突き出ており、後部には縦に2基のエンジンが並んでいた。
イルメリアが誇る高性能戦闘機、『Fー51Aメビウス』
小型ながら大気吸入式プラズマエンジンによって速度と航続距離を両立しており、チタン複合材と特殊積層材を多用した非常に頑丈な機体である。
反面、設計に凝りすぎて調達価格が高騰したため、配備数は極わずかに留まっていた。
トロパリオンは通常のメビウスを6機搭載しているのだが、今回搭載されているのは2機だけであった。
艦載機を降ろし、空いたスペースに物資や車両を積載していたためである。
■ロウリア王国 王都ジン・ハーク
ロウリア王国の首都、ジン・ハークの軍港には、帰還した多数の軍船が停泊していた。
出征時には大小4400隻を数えた船舶は、今は3000を越えるかどうか。
マイ・ハーク沖の海戦で沈んだ1000隻の他、損傷のため帰路で破棄された船も多かったためである。
中央歴1639年4月31日 午前2時16分
人々が寝静まった真夜中。
ド、ドーン
月のない夜、凄まじい音と衝撃がジン・ハーク港を通り抜けていった。
音速を越えた航空機が飛行する際に発生するソニックブームである。
驚いて海に落ちた多数の見張り。
当直で船内に残っていた水兵は飛び起きる。
何事が起ったのかと甲板に出てみれば、そこにはすでに何もいなかった。
衝撃によってちぎれ飛んだ策具と、割れた船長室のガラス、吹き飛んだ手摺や甲板の一部だけが残されていた。
ただ何者かが青い炎を引いて船団の上を通過した、判ったのはそれだけであった。
また、正体不明の凄まじい音は王都全体に響き渡り、ロウリア国民を混乱と不安に陥れた。
同刻、ロウリア王国の北東の海上を飛ぶ物体があった。
暗い海上をプラズマエンジンの青い炎を引いて飛ぶのは、イルメリアの艦上戦闘機メビウス。
メビウス2機は、ジン・ハーク港に停泊する船団の上空100mを最大速度のマッハ3.9で駆け抜けたあと、母艦であるトロパリオンへの帰途に就いていた。
イルメリアはロデニウス大陸での利権は、あくまで日本側のものという立場を取っていた。
日本との無用の摩擦を避けるためである。
そのためクワ・トイネやクイラ国境の防衛を除く直接的な軍事行動を控えていたため、今回のような回りくどい方法で支援したとされている。
メビウスの元ネタはあれです。