クワ・トイネ日本連合軍1万5千は、ロウリア王都ジン・ハークの東側5キロの位置で布陣していた。
彼らが布陣する陣地は、短期間で設営されたものではあったが、塹壕と土嚢、有刺鉄線で構成されたそれは、簡易陣地としては必要十分な防御力を備えていた。
ロウリア王都防衛騎士団の指揮官、パタジン将軍は城門の物見から敵兵を見下ろしていた。
敵は1万5千、王都の守備兵は10万。
敵は威力偵察のつもりだろうか。
迅速な布陣は見事だが、所詮それだけである。
二線級である守備兵とはいえ、数は5倍以上。圧倒的な兵力差で撃退できる。
何か魂胆があるのかも知れないが、敵に動きがあれば、撃って出て一当てもすれば、その思惑もわかるだろう。
彼はそう考えていた。
王都の東に布陣した敵軍に動きがあった。
ガラガラと金属を引きずるような大きな音、その音ととも、鉄でできた箱のような怪物が、褐色の軍装に身を包んだ歩兵を引き連れて動き出した。
敵陣内では、長い角のようなものを持った別種の怪物数頭が、その頭をこちらに向けようとしていた。
ガラガラガラ・・
敵軍先方の中から、鉄の怪物が一頭、城門に近づいて来た。
怪物の背には、軍使であることを示す旗が翻っていた。
城門守備隊の隊長は、矢を射掛けようとする部下を制し、軍使を出迎えた。
そして渡された文書を部下に託し、防衛騎士団本部に届けさせた。
文書を受け取ったパタジンは上質の紙に共通語で書かれた文面を読み上げた。
『勧告する。6時間以内に武装を解除し降伏せよ。回答なき場合、我々は王都ジン・ハーク攻撃を開始する。抵抗する者に対しては寛恕しないが、無辜の民衆および敵意なき軍隊に対してはこれを冒さない。 日本保安部陸上隊第11旅団長 海野良英』
文書には、安全地帯を示す丸が記された、詳細な王都の地図が添えられていた。
ハーグ陸戦規則の都市攻撃規定に則ったのである。
(やはりクワ・トイネと共にいるのが、噂に聞いた日本という国の軍か)
これまでのクワ・トイネ侵攻の失敗は、相手方に日本が協力していたからだと言われている。
だが、こちらとて10万の大軍、王都の城壁は多少の攻撃で破れるものではない。
(しかし、攻撃地点をわざわざ教えてくれるとは、律儀な連中だ・・)
パタジンは防衛騎士団に、出陣して城門の前で陣形を組むよう指示した。
クワ・トイネ日本連合軍
陣地前方に展開した、本土決戦のために温存されていた戦車隊。
その車列の後方に、車体の大きさに不釣り合いな砲塔を備えた車両があった。
対戦車車両から元の自走榴弾砲に戻された一式十糎自走砲ホニⅡが、その筒先を城壁に向けていた。
ロウリア側から返答のないまま、時間が経過した。
「敵に動きはないのか?」
「城門前の敵騎兵及び歩兵、隊列を組み前進を開始!」
「そうか・・やむを得んな。砲撃開始、戦車隊、前へ!」
轟音と共に、一式自走砲ホニⅡの10.5センチ榴弾砲8門が、さらに歩兵連隊の九四式山砲8門が砲撃を開始した。
たちまち敵陣に上がる土煙。
それを合図に、随伴歩兵を引き連れ、エンジンと履帯の音を響かせて前進する戦車隊。
池田末郎少佐率いる戦車第11中隊の一式中戦車チヘ、九七式中戦車チハ改、九五式軽戦車。
この世界の日本があった世界線では、彼らは占守島の防衛に成功していた。
「やっと日本が動いたか・・それにしても悠長すぎる」
クワ・トイネの将、ノウは苦虫を噛み潰したような表情を隠さなかった。
(大口を叩いた以上、精々活躍してくれれば良いのだが・・)
日本に先陣を任せたクワ・トイネ軍は、陣地の守りを固めていた。
陣地の前縁には弓や弩弓を装備した重装歩兵を百人隊毎に配置、騎兵をその後方に控えさせる。
それは、先鋒を務める日本陸上隊が突破された際、即座に応戦できる体制であった。
ロウリア王都防衛騎士団
難攻不落と名高いジン・ハークの城壁を背にした3万の兵。
色とりどりの装飾が施された長槍を手にした重装騎兵、大盾を構えた重装歩兵の戦列。
高らかに、戦場にラッパの音がこだました。
3万の兵が一体となり、恐らく5000に満たない敵軍に向けて動き出した。
敵の前衛は奇怪な鉄の獣を押し並べて布陣しているとはいえ、多少の小細工は、この戦力差の前には意味をなさないだろう。
そう思っていた時が、確かに彼にはあった。
だが・・
数多の雷鳴とともに、突然敵軍を覆った煙と炎。
そして、前衛のロウリア兵を襲った爆発。
自軍の兵がなすすべもなく千切れる飛び、崩壊する戦列。
(奴らの作戦はこれか・・魔導士を鉄の荷車に籠らせて、一方的に攻撃するつもりか)
ロウ将軍の考えはあながち間違ってはいない。
(しかし、敵はどれほどの魔導士を用意したのだ?)
違いがあるとすれば、もたらされる火力が魔法によるものか、火薬かの違いだけである。
「初撃に耐えよ!全軍突撃!敵の魔導は長くは続かん!」
全軍に檄を飛ばすロウ。
彼の判断は悪くない。
もっとも、相手が魔導士であれば、の話であったが。
日本保安隊陸上部
「報告!敵戦列、なおも前進!」
前衛の戦車隊の報告を、通信兵が読み上げた。
旅団長、海野大佐が指揮を執るのは、日本部隊の中央後方に位置した前線指揮所。
壁面に埋め込まれたモニターには、まさに報告があった通りの状況を光点が示していた。
前線指揮所「パトリキオス」
大型トレーラーに牽引されたコンテナにモニターや各種機材などを詰め込んだこの指揮所は、今回の遠征に際して、試験的にイルメリアから購入したものであった。
(凄いな・・ これがあれば、無駄に兵を死なさずに済んだのだが・・)
前線から自動で送られた情報を一斉処理し、リアルタイムで反映させるその能力に、海野は戦慄を覚えていた。
「ぐわっ!」
幾度目かの爆発で、ロウリア歩兵がまとめて弾け飛んだ。
「怯むな!前進、前進! これほどの攻撃、長くは続かないはずだ!」
すでに味方の相当数が、空から降る魔導の爆発に、あるいは鉄の魔物が噴く炎に倒れていたが、なおもロウリアの戦列は前進を続けていた。
敵の魔力が尽きる瞬間を信じて。
戦車隊の間隙を縫ったロウリア軍が、砲兵の激しい砲撃に晒されながらも2000メートルまで迫った時・・
「大隊砲、撃てっ!」
歩兵大隊に随伴する各2門の大隊砲、九二式歩兵砲が砲撃を開始した。
巷では、日本陸軍は日露戦争期と同様の装備で第二次大戦に突入したと言われることが多いが誤りである。
大戦時は歩兵だけを見ても、小隊毎の擲弾筒と軽機関銃、各大隊に2門の歩兵砲と12基の重機関銃、各連隊に4門の山砲が配備されていた。
小銃一丁と精神力での戦いを余儀なくされたのは、満足に補給を受けられなくなった大戦中期以降である。
そして、大戦初期に米軍と互角以上に撃ち合ったその火力は、この戦場でロウリア軍を翻弄していた。