■パーパルディア皇国
第3外務局
パーパルディア皇国の外務省に当たる外務局は、第1、第2、第3に分かれていた。
第1外務局は皇宮内にあり、5大列強国に対しての外交を担うため、高度な政治判断と細心の注意が必要とされる。
そのため、皇国でもエリート中のエリートがこれに当たっていた。
第2外務局は、皇宮の外側に位置し、列強以外の文明国が対象である。
列強の保護国もその対象に入るため、高圧的に出るだけでなく、高度な判断が求められる。
第3外務局は文明圏以外の国、いわゆる蛮族を相手にする部署である。
独自の皇国監査軍と呼ばれる軍事力を盾に、対象国から高圧的に搾り取ることを目的としていた。
対象となる蛮族の国は多く、それゆえ外務局員の6割がここに属していた。
「フェン王国は次案も拒否しました」
「そうか。所詮は野蛮の民、皇国の慈悲が理解できんと見える」
第3外務局が、先ごろ交渉を行っていたのが、文明圏外国に当たるフェン王国であった。
国土拡大計画の一環として、フェン王国南部、南北20キロ、東西20キロの範囲の割譲を求めたのだ。
フェン王国はパーパルディアの東約210キロ、日本から500キロ西に位置した、南北150キロ、東西60キロの島国であった。
そのすぐ東には。フェン王国とは二つ巴を成す島国、ガハラ神国があった。
割譲を要求した場所は価値の低い森林地帯であったが、皇国外務局としては国土を得たという実績を得られる。
フェンは形だけでも皇国に下ることで、準文明圏国家として認められ、皇国から技術供与が受けられる。
さらにはパーパルディアの従属国となることで、周囲の蛮族から侵略される可能性が減少する。
フェン王国がこの提案を断ったため、次案として498年間の租借案を出した。
が、この次案もフェン王国は丁重に拒否した。
この世界では、蛮族が文明国の提案を断るのは、万死に値すると考えられていた。
懲罰部隊である監査軍東洋艦隊の派遣が決定された。
■フェン王国
アマノキ
戦国時代の日本を思わせる、木造の家々が建ち並んだアマノキの都。
人々の服装でさえ、戦国時代によく似ていた。
どんなに出自の低い人間でも、武勇に優れた者は尊敬を受ける、武の国である。
この国の人間は、魔法が使えなかった。
一説には過去の日本から転移して来た人々の子孫だからだと言われるが、定かではなかった。
アマノキ城―
フェン国王、剣王と称されるシハン王は、城の表御殿にある広間に、配下を集めこう告げた。
「パーパルディア皇国と戦になるやも知れん」
フェン王国には魔法が無い、これで一番問題となるのは、部隊間の通信が行えないことである。
例え兵力は同等でも、魔導通信が使えない事で、運用は大きく劣ってしまう。
元より、パーパルディアとの国力差は、同等どころか雲泥の差である。
フェンとパーパルディアでは、フェンの人口70万に対してパーパルディアは7千万。
水軍では、ガレー船21隻のフェン水軍に対し、パーパルディアは多数の砲を載せた帆走艦が422隻。
空では、フェンがワイバーンを持たない一方、パーパルディアは500騎、加えて品種改良型のワイバーンロードが350騎を擁していた。
絶望的な戦力差に加え、装備でも大きく劣っているため、その差は数値以上であった。
「現在、ガハラ神国にも援軍要請を行っている。各方面で対策を実施中である」
シハン王はガハラ神国の首都、タカマガハラの神宮に住まう神王ミナカヌシに親書を送っていた。
フェンにワイバーンがいないのは、フェンの東にあるガハラ神国に風竜が住み着いているためである。
知能が高く、遥かに上位種である風竜が近くにいると、ワイバーンが寄り付かないのである。
ガハラ神国は神通力と呼ばれる術で、風竜12騎を味方に付けていた。
数は少なくとも、一騎当千の風竜を従えたガハラ申告は、列強国からも一目置かれていた。
「とにかく、皆、つつがなく戦の準備を行え」
会議の後、王の側近、剣豪モトムが話しかけた。
「剣王様、今年の軍祭はいかが致しますか?」
「・・軍祭? ああ、そういえばそんな時期であったな。それがどうかしたか?」
剣王は少し考えるような表情を浮かべていた。
「いえ、このような情勢下で開催して良いものかと・・」
「このような情勢下だからこそ、行うべきではないか? 皇国も軍祭の間は攻めはせんだろう」
軍祭参加国を盾に、援軍到着までの時間を稼ぐ。
さしものパーパルディアも、関係のない諸国を巻き込んでまで攻めては来ないだろう。
シハン王は、そう考えていた。
■パーパルディア皇国
第3外務局
「ところで、交渉に来ていた蛮族の小国、イルメリアだったかは、その後どうなった?」
部下の外務局員に問う上司。
「それが、贈呈品だといってこんなものを寄こしたきり、音沙汰なく・・」
と言って、外務局員は豪華な箱に入った黄金のフォークを見せた。
「見事な宝飾だが、これに何か問題があるのか?」
「それが、こんな文書が添えられておりまして・・」
上質の紙には、流麗な筆体でこう記されていた。
『これはフォークという、食物を口に運ぶ道具である。
我々ローマの民は、未だ食物を手掴みで食す、未開の民にこれを授ける』
現在のテーブルマナーに通じる、フォーク、スプーン、ナイフなどのカトラリーの使用は、10~11世紀頃のビザンチン帝国起源と言われています。