■パーパルディア皇国
皇都エストシラント
「ふぅ・・」
第3外務局の局長室に、このところフェン王国関連の事柄に忙殺されていた部屋の主が、ようやく帰還した。
口髭を貯えた壮年の男性、第3外務局長のカイオスである。
(どれ、不在中の出来事を確認するか・・)
カイオスは机に積まれた書類に一つ一つ目を通し、その重要性を判断して区分けしていった。
(・・ん?)
手早く書類をより分けていた彼は、一枚の報告書を見て手を止めた。
それは、彼の不在中に訪れたイルメリア外交団に関したものであった。
(イルメリア? 確かそんな名前がロウリアからの情報にあったような・・)
報告書には最低限の情報しか記載されていなかったため、彼は部下を呼んで、直接報告を聞くことにした。
「呼び出してすまない。この報告についてなのだが、応対した君の口から、その時の状況を直接聞きたい」
「はい、局長の不在中、イルメリアとかいう小国の連中が、事もあろうに、我が皇国に海賊を取り締まれだのと、対等の要求をしてきたため追い返しました」
「そうか、他には?」
「連中が置いていった文書と、それと贈呈品だそうで、この箱を受け取りました」
「贈呈品? まあ、まずは文書を見せてくれ給え」
差し出された文書を読んだカイオスは、ふと違和感を感じた。
内容は、確かにパーパルディア皇国への協力要請なのだが、何かが引っかかるのだ。
海賊への対応を共有したいというのは判るが、海賊船の撃沈や拠点の占拠など、あえて書くまでもなく、勝手にやれば良いのである。
(・・これは、要請の体を成した一方的な宣言か?)
「贈呈品の方はどのようなものだ?」
カイオスは贈呈品だという箱を受け取り、丁寧に蓋を開けた。
(なる程、贈呈品というだけあって、見事な装丁だ。中は・・)
中には、見事な彫金が施された、大ぶりの黄金のフォークが一本。
それと、上質の紙が用いられたメッセージカード。
(これ程の宝飾は、我が国でも不可能だな。だが、意味が分からん・・ カードの方は・・)
『これはフォークという、食物を口に運ぶ道具である。
我々ローマの民は、未だ食物を手掴みで食す、未開の民にこれを授ける』
「こ、これは!」
大陸共通語で書かれた文面を見て、カイオスは絶句した。
「明らかな挑発ではないか! 文明圏外の小国が、大国パーパルディアにこのような品を!」
顔を真っ赤にして憤るカイオス。
しかし、冷静になってみると疑問を感じる。
文明圏外の小国がパーパルディアを挑発するなど、怒りを通り越して呆れかえる程である。
挑発的な内容もさることながら、それをわざわざ高価な金細工に添えて渡すなど、明らかにパーパルディアを揶揄っている。
何の目的で?
部下に問う。
「この献上品の事は、外部に知られているのか?」
「いえ、局長殿に判断を頂こうと、お帰りになるまで保管しておりました」
上司の怒りを目の当たりにした局員が、青い顔で答えた。
カイオスは少し考えてから、局員に命じた。
「このような物を贈りつけられたことは腹立たしいが、奴らの意図がわからん。できる限りイルメリアに関する情報を集めてくれ」
「はっ」
「・・それと、気軽に公文書や贈呈品を受け取るな! 相手の言い分を認めた事になり兼ねん」
「はっ、申し訳ありません」
局員はひと通り平身低頭したあと、慌てて出て行った。
(全く、少しは考えて行動してほしいものだ。まあ、文明圏外国を脅すだけなら配慮はいらんのだが・・)
翌日―
カイオスは、海軍からだと言う資料を受け取った。
資料には、イルメリアの船に関しての報告と、船を撮影した魔写(魔道具を使用した魔導写真)が添えられている。
資料には、船の全長約150m、武装は旋回式の小口径砲が1門とあった。
(全長150mの、おそらく機械船? 皇国の戦列艦よりも大きいだと? それに1門だけとはいえ、旋回砲とは・・)
パーパルディアの戦列艦も魔導砲と呼ばれる大砲を備えていたが、それは多数を船べりに固定して使用する、地球で言う帆船時代の物であった。
(文明圏外国が、このような船を建造したとは思えん。奴ら、まさかムーから購入したのか?)
ムーは5列強国のひとつで、この世界では珍しく機械文明が発達した国である。
永世中立を謳うムーが、他国に軍船を提供するとは考えにくい。
とはいえ、権謀術数が支配する外交の世界では、疑ってかかるのが常識である。
(・・イルメリアの意図が判らん以上、門前払いしたのは早計だったのかも知れん)
嫌な予感がする。
長らく外交の世界に身を置いてきた勘が、そう告げていた。
だが、現時点でできることは少ない。
彼は、引き続きイルメリアに関する情報を集めるよう、部下に命じた。