■イルメリア専制公国 領都マリポリ
中央歴1639年9月25日
領都マリポリの北端部。
城壁に囲まれた、海を臨む狭い岬。
中世以来の街並みが続くこの地区は、「旧領都」と呼ばれていた。
その旧領都のさらに北端、かつての砲台だった場所に、領主館はあった。
9月末ともなると、マリポリの周辺は15度を下回る日が多くなってきていた。
北からの風を直に受ける領主館は、なおの事である。
(・・そろそろ暖炉が恋しくなりますわね)
ユリアは報告書を見分していた手を止めると、傍らのカップを手に取った。
冷めかけた紅茶を口にし、窓の外を見た。
そこに広がる海は、遠いバルトの海の色に、どこか似ていた。
■フェン王国 アマノキ城
白昼夢。
そんな言葉が相応しかった。
シハン王と側近たちは、目の前で繰り広げられた光景に、言葉を失っていた。
フェン王国が、あるいは文明圏外に属する国が、ワイバーンに対するのは至難の技である。
彼らの常識では、ワイバーンに対してはワイバーンを宛てるのが常識。
歩兵で対するとなると、たった1騎の相手にも数百人が必要とされていた。
そもそもワイバーンには、ほとんど矢が通らない。
ワイバーンを貫くには、偶然を期待して大量にバリスタの矢を放つか、王家伝来の弓、「イザヨイ」を用いるしかなかったが、剛弓イザヨイを引けるものは、王国にも3名しかいないのが現実だった。
それを、日本やイルメリアは、わずかの間に20騎も叩き落してしまった。
各国の役人や武官が見守る前で、列強パーパルディア皇国の精鋭ワイバーンロードを、一瞬の間に殲滅したのだった。
歴史が動く、世界が変わる。
(両国を巻き込めたのは、天運であるな・・)
「フフフ・・ フハハハハ!」
剣王シハンは、炎上する城を笑いながら眺めていた。
『凄いものであるな・・・あの船は・・・』
眼下で繰り広げられた光景に、風竜は感嘆の声をあげていた。
『あの船から、亜竜どもに不可視の光を浴びせていた。船の大砲や矢は、その光を頼りに亜竜どもの未来位置を正確に把握していた・・あれは見た目以上の技術の塊であるな』
「そうなのか? そんなに凄いのか!?」
電波が視認できないガハラの騎士スサノウには、今一つその凄さが判らない。
『古の魔法帝国の伝承にある、対空魔船のようなものであろう』
「・・そんなにすごいのか・・ 帰ったら報告が大変だな」
あくまで傍観者でしかない騎士スサノウと風竜の間では、案外吞気な遣り取りが交わされていた。
パーパルディア皇国監査軍 東洋艦隊
「竜騎士隊、フェン上空での連絡を最後に、通信が途絶しました」
艦隊首脳部に動揺が走った。
「・・いったい何があったのだ?」
艦隊を率いるポクトアール提督は、嘆きたい気分だった。
部下の手前、努めて平静を装ってはいたが。
この懲罰攻撃令は、監査軍を統括する第3外務局長カイオス直々のものであった。
それが意味するのは、すなわち列強パーパルディアの威信をかけた命であった。
蛮族のプライドを徹底的に叩きのめすまでは、撤退することなど適わなかった。
フェン王国水軍13隻は、パーパルディア皇国の侵略を受ける可能性から、王都西方海域の警戒に当たっていた。
警戒にあたる軍船は、フェン王国の中でも大型の20m級の軍船、日本の江戸期に用いられた関船に似た船で構成されており、水軍衆も精鋭で固められていた。
水軍は大きな横帆に風を受けて進む。
見た目以上に船足が速いのが、和船の特徴である。
和船の帆は意外に帆走性能が良く、順風で最大7ノット(時速約15キロ)、逆風にも強かったと言われている。
船縁には矢を防ぐための矢盾が整然と並べられ、据え付けられた大弩 ―バリスタが舳先を睨む。
これら軍船を束ねる旗艦アラガミは、他より一回り大きく、船首に大砲が設置されていた。
水軍大将クシラは西方の水平線を睨んでいた。
「大将、来ますかね、パーパルディア皇国は?」
「先ほどワイバーンロードが王城の方向に飛んでいった・・ 必ず来る!」
「・・・勝てますか?」
「列強相手とはいえ、そう簡単には負けんよ。うちの兵は強者揃いであるからな。それに・・」
クシラは艦首にある大砲を見る。
「あれを見よ、文明圏で使用されている魔導砲だ! 石の弾を撃ちだして敵の船を破壊する。これほどの武器がこの船に積まれているのだ!」
クシラは艦長を鼓舞した。
部下の前で不安は口に出来ない。しかし、クシラは知っていた。
列強には戦列艦と呼ばれる、多数の大砲を積んだ大型軍船が存在することを。
しかも列強の水軍は、その戦列艦多数で構成されているとも聞く。
「水平線に船影あり!」
総矢倉で見張りをしていた水軍衆が大声で叫んだ。
甲板に多数の砲を備えたパーパルディア監査軍の戦列艦、22隻。
望遠鏡を通して見えるそれらは、多数の帆を備え、フェン水軍の船よりも遥かに大きく、機能的に見えた。
徐々に迫り来る敵船団は、水軍大将クシラから見ても力強く、優雅だった。
「船戦ぞ、皆の者、出合えェ!」
法螺貝が鳴り響き、水軍衆が慌しく動きまわる。
「・・思ったより船足が速い」
クシラが想定するよりも速く敵船団は近づいてくる。
「アラガミを頭に突撃! 首は打ち捨てぃ!」
(注:敵の首を取らなくても、褒美を出すの意味)
頼むぞ・・
クシラは旗艦アラガミの舳先に据えられた魔導砲に願いを込めた。
「船影確認、あの旗は・・フェンの水軍です」
パーパルディア監査軍、東洋艦隊提督ポクトアールは報告を受けた。
「フェン王国か・・ワイバーンロード隊の通信が途絶している。新兵器があるやも知れんな・・」
ポクトアールは声を張り上げた。
「相手を蛮族と侮るな! 列強を相手にする意気込みで、全力で掛かれ!」
戦列艦隊はさらに速力を上げ、フェン王国水軍へ向かった。
次回予告
何もかもが、海の底に沈んだ。
微笑みかけた友情も、芽生え欠けた愛も、秘密も。
そして数多の戦列艦も。
戦士達の魂は、ヴァルハラに向う。
次回「フェン沖海戦(二)」
兵士は誰も明日を見ない。