■フェン王都 アマノキ
海防艦スパティオン
「エギルソン大佐、舷門に来客です」
舷門― 岸壁に降ろしたタラップから艦内電話が入った。
「このタイミングでか? 周辺警戒中であると伝えて、丁重にお帰り願え」
当然、エギルソン艦長の対応は予想の範疇にあったが、当直兵の返答は予想外であった。
「その・・来客というのが、フェンのシハン王を名乗っています」
「・・やむを得んな、丁重にお待ち頂いてくれ」
ため息を吐きつつ命じたエギルソンは、その場にいた士官を伴って舷門に向かった。
「成程、見晴らしが良いの。さながら城のような構えであるな」
相手が相手だけに、士官食堂で適当に持て成してお帰り頂こうと考えていたエギルソンだったが、当のシハン王は、船の指揮所が見たいと言い出した。
仕方なく、彼はシハン王を艦橋に案内した。
相手が国王とはいえ、機密の塊であるCICを見せるわけにはいかないのである。
わずかな近習を従えただけのシハン王は、艦橋からの展望や、見慣れぬ設備に好奇心を刺激されていた。
「面妖な・・ このビードロの板で、遠くが見えるのであるか・・」
「この光が指すのは、おそらく互いの軍船であろうな」
ぶつぶつと呟きながら機材を見回るシハン王。
(ただの武辺者かと思いきや、この御仁、さすがは国王だな)
フェン王は意外と理解力が高く、自らの知識の範囲内とはいえ、設備の概略を理解していた。
シハン王は、一通り艦橋の設備を確認すると、すっとエギルソンに向き合った。
「エギルソン殿、貴殿らの国が高度な技を持っていることは理解できた」
「たっての願いである! 我が水軍衆に御助力を願えぬか?」
王は、ごく当たり前のように頭を下げた。
「・・!」
「シハン王!」
「シハン王、御顔をお上げ下さい!」
予想外のシハンの行動に、近習がどよめく。
だが、近習に構わず、シハンはその頭を下げたままである。
エギルソンは両足を揃えると、掌を前に向け敬礼した。
「シハン国王陛下、お顔をお上げください。陛下の御心、しかと承りました。所属不明の船団を、本艦はいつでも攻撃可能です」
艦橋にいたイルメリアの軍人は、シハン王がその顔を上げるまで、姿勢を崩さなかった。
■フェン水軍
「敵水軍との距離、凡そ1里(4キロ)!」
報告が上がる。
互いに全速、あと数分で両船団は激突する。
「あと僅かで切り込めるか・・」
水軍大将クシラの額に汗が滲む。
たとえ船の大きさや数で負けていようと、得意の白兵戦ともなれば、フェンの水軍衆の独壇場となる。
クシラは、そしてフェンの水軍衆は、そう考えていた。
彼我の距離が半里まで縮まったその時、
「敵水軍、一斉に回頭!」
見張りが叫んだ。
見れば、パーパルディア艦隊が一斉に左に舵を切っている。
「何をする気だ!?」
クシラは、敵船の動きを理解しかねていた。
戦列艦の戦い方を、彼は知らなかった。
敵船の舷側に多数並んだ扉が開き、黒光りする大筒が現れる。
ドドドドドドーン・・
砲煙が敵船団を覆い、轟音が海上に鳴り響いた。
縦隊を組み、舷側に並べた多数の大砲での片舷斉射。
それが、戦列艦の最もオーソドックスな戦法である。
「まさか、あれほど数を・・」
フェン王国が苦労して入手した魔導砲はたった1門、対して敵船には、彼の予想を遥かに超える数の大砲が積まれていた。
砲弾の落ちた場所に水柱があがり始めた。
く・・当たるなよ!
クシラは神に祈った。
ドーン・・
砲弾の一つがアラガミの後ろを航行していた関船を穿った。
関船は船底を貫通され、あっという間に沈み始める。
フェンの軍船が、強者どもが、然したる抵抗もできずに砕かれ、投げ出され、波間に消えていった。
「なんたることか!」
戦列艦の大砲の命中率は低い。
射程が2キロあっても、命中が期待できる距離は、僅か数百メートルと言われている。
パーパルディア艦隊の砲撃の殆どは外れたものの、戦列艦の大砲は艦首から艦尾に向かって、途切れなく火を噴き続けている。
「せめて少しでも刻を稼がねば・・ 魔導砲撃てぇっ!」
アラガミの砲から、轟音と共に砲弾を放たれる。
バァーン!
次の瞬間、敵の砲弾がアラガミに着弾、矢倉の一部が凄まじい音を立てて吹き飛んだ。
兵とともに。
「これが・・列強か!?」
軍船の数、砲数、そして船速、どれもが桁違いであった。
クシラは、彼我にこれほどの差があるとは思ってはいなかった。
だが現実には、列強は「質」「量」ともに、文明圏外国を遥かに凌駕していた。
・・ゴォォーン
(これまでか・・)
クシラが死を覚悟したとき、遠雷のような音が響くのが聞こえた。
そして・・
ドバァァーン!
パーパルディア艦隊の前方に、巨大な水柱が立ち上がった。
「何事か!?」
提督ポクトアールは思わず叫ぶ。
水平線に影が見えた。
「大きいな・・フェンの船とは思えんが・・」
それはさながら、黒い石垣に聳える白亜の城。
船だと思われるが、常識から考えると規格外の大きさである。
灰色の煙を上げた巨大な船は、それよりも小型の船を数隻従え、相当な速さで近付いてきた。
「提督、どう致しましょうか?」
ポクトアールが受けた命令は、各国武官の前でフェン王国に懲罰攻撃を加え、文明圏外の蛮族に恐怖を与えることであった。
妨害となるものは、全て排除するよう命じられている。
巨船は皇国の味方で無い事は確実で、民間船でないことも、また確実であった。
だが敵は数隻、いかに巨大であっても、22隻の戦列艦を擁する自軍が優勢だと思われる。
巨大船の正体は判らないが、フェン方面から来たことに間違いは無い。
相手は巨大な魔導砲を装備しているようだが、自軍は旧式の50門艦を含むとはいえ、大半は現役の74門艦である。
攻撃してきたということは、つまり敵である。
列強パーパルディアの意思を示すためにも、ポクトアールは攻撃を決意した。
「当たらずとも良い、魔導砲撃てぇ!」
ドドドドドドーーン・・
海上に発砲音が鳴り響いた。
保安部海上隊 八雲
「パーパルディア艦隊、針路変わらず!」
「・・威嚇射撃の意味がわかっとらんのでしょうな」
呆れたように艦長が言った。
「とはいえ、攻撃許可は出とらんからなあ・・」
頭を掻きながら士村が返す。
再び、見張りから報告が上がった。
「敵船団発砲!」
「敵弾・・全て遠!」
速やかに着弾点が割り出され、報告される。
事実、パーパルディア艦隊の砲撃は、八雲の遥か先で水柱を上げただけであった。
「敵さん、やる気まんまんですな」
苦笑しつつ、寺崗が言う。
「仕方ない、もう少しからかってやれ」
応える士村だが、こちらも苦笑いが隠せない。
「主砲、テぇ!」
ゴォーン!!
八雲の20センチ連装砲が再度火を噴いた。
「敵巨大船、発砲!!」
今度は戦列のうち50門艦の近くに着弾。
衝撃で40m級の船体が大きく動揺した。
「なんたる威力! しかもこの距離で届くのか!?」
ポクトアール提督を始め、艦長、参謀、様々な幹部がこの光景に衝撃を受けた。
敵はこちらよりも大きく、砲も強力。
正面から撃ち合うのは、明らかに不利だった。
だが、彼らの受けた命令は絶対である。
栄えあるパーパルディア軍が戦わずして撤退するのは、一族郎党に及ぶ重罪であった。
パーパルディア艦隊は再度、敵船に進路を向けた。
パーパルディア艦隊、74門艦パロス
「・・?」
「どうした?」
訝し気で望遠鏡を覗き込む見張りに、同僚が声を掛けた。
「いや、さっきから大きな鳥が艦隊の上を飛んでるんだが・・」
「大きな鳥?カモメか何かじゃないのか?」
「いや、もっと大きい、それに真っ黒なんだ・・」
「・・どれ?」
興味を持った同僚も、望遠鏡を覗き込む。
そこには、直線で構成された何かが、羽ばたきもせずに飛ぶ様子が映っていた。
次回予告
アマノキ沖の空に現れた謎の物体。
水兵は逃げ惑い、フェンの沖は真っ赤に染まる
まだイルメリアの本当の力を知らない者達は、果敢にも立ち向かったが・・
次回、太陽と正十字「フェン沖海戦(三)」