太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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第四章 Κεφάλαιο 4
冬隣り


 それは皇国にとっては、些細なことだったのかも知れない。

 

 ある日、最果ての海で、パーパルディアの息の掛かった海賊が、日本の船を襲撃した。

 乗組員を殺害し、積み荷を奪った。

 彼らにとって、いつもの仕事であった。

 

 

 不運だったのは、海賊の獲物が、イルメリアがチャーターした貨物船だったことである。

 

 制海権を侵されたイルメリアが、これを座視しているはずもなかった。 

 

 

 

 男は海賊だった。

 操るは、皇国海軍のお下がりの戦闘帆船。

 旧式とはいえ大砲を備え、十分な規模と戦闘力を備えた海賊船は、周辺諸国の脅威であった。

 非公式ではあったが、彼ら海賊も、皇国の戦力として数えられていたのだ。

 

 いつものように意気揚々と外海に乗り出した男は、そこで閃光とともに意識を失った。

 そして、どこでどうなったのか、部下とともに見知らぬ浜辺で目覚めた。

 

 船を失い、食糧もなく、手元にあるのは剣と斧だけ。

 男は部下とともに、食糧を求めて手近な集落を襲った。

 それは、海賊として当然の選択だった。

 

 ただ一つの過ちは、彼らが襲った集落が、パーパルディア皇国の領内に位置していたことだった。

 

 

 フィルアデス大陸の東に拡がるフィニス海。

 ここ最近、この海域を航行する海賊船や私掠船などが、次々に行方不明となっていた。

 それらは決まって、パーパルディア皇国、あるいはその息の掛かった船だった。

 

 ある者は、それを海の悪魔の仕業と言い、またある者は、他国による秘密裏の攻撃だと噂した。

 やがて、パーパルディアの船乗りたちは、海に出ることを恐れるようになった。

 

 後に言う、海賊船連続襲撃事件である。

 その犯人は、現在も不明のままだった。

 

 

 

■中央暦1639年10月20日

イルメリア専制公国 マリポリ港

 

 東京発の貨客船「氷川丸」が、曳船に引かれ、定刻通りマリポリ港に入港した。

 堅牢な設計と幸運によって、戦没を免れた数少ない大型貨客船、氷川丸。

 史実ではシアトル航路に就役していた氷川丸は、転移後、横浜―マリポリ間の定期航路に就いていた。

 

 その姿は、病院船時代の白塗装。

 赤十字の標識を消しただけの白い船は、この国でも「白鳥」の愛称で親しまれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 氷川丸の舷梯から、一人の男が港に降り立った。

 年の頃は50歳前後であろうか。

 日本人としては背が高く、英国仕立てと思われるコートに身を包んでいた。

 

 経済安定本部次長、白川次郎である。

 

 午後4時。

 太陽は西の空に沈み始めていた。

 厚手のコートを羽織ってきたのだが、それでも予想以上に寒さが堪えた。

 

 イルメリアは北の国である。

 この時期のマリポリは、日中でも5度前後。

 真冬の東京よりも寒いくらいであった。

 

 

 白川は白い息を吐きながら、近くの電停から、シンプルな形の路面電車に乗り込んだ。

 

 窓越しに見える、早くも雪が舞い始めた街は、どこかおとぎ話めいて見えた。

 車内照明の明るさ、適度な空調、そして乗り合う裕福そうな人々に、彼は思う。 

 

 今の帝都とは大違いだな、と。

 

 

 旧領都と呼ばれる景観保存地区で降りた彼は、メモを片手に、とある店に向かった。

 

 指定された場所は、旧領都と新市街を分かつ城壁から少し歩いたところにあった。

 ”clausa(閉店)”の札が掛かったドアを、決められた回数ノックすると、ややあって初老の男が彼を出迎えた。

 

 

 指定された場所は、カフェ・アトモス。

 マリポリでも老舗のカフェは、ある会合のため、本日は貸し切りとなっていた。

 

 

「しかし、この店を指定されたときは、戸惑いましたよ」

 貸し切りの店内で話す白川。

 対面に座る相手は、この国の領主だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そうかもしれませんわね。ですが、このようなお話に、ここは丁度良いのです」

 微笑みながら話すユリア。

 

「と仰いますと?」

 

「ここの主人は、長く当家に仕えておりましたから」

 白川がカウンターの店主と見ると、初老の男は軽く頭を下げた。

 

 ごく自然にではあるが、白川の一挙一動は男に観察されていた。

 

「なるほど。信頼のできる人物、ということですね」

 

「左様です。それに・・」

 

「それに?」

 

 ユリアは答えた。

「わたくし、この店を、とても気に入っておりますの」

 

 

 白川は分厚い封筒を旅行鞄にしまうと、一礼して席を立った。

 

(軍事は専門外だが、とりあえず一読しておくか・・)

 

 イルミネーションが灯る街を横目に、急ぎ足でホテルに向かった。

 封筒の中身が気になる事もあったが、単純に寒かった。

 

 

 この世界に多数存在する覇権国家。

 その脅威に対抗し得る組織の編成と、老朽化し、数さえも揃わない装備の更新を目的に、水面下で結成された防衛再建整備本部。

 

 彼は、その次長職を兼任していた。

 それ故に、今回の渡航は公にはできず、あくまで一私人としてのものだった。

 

 

 

■パーパルディア皇国 第三外務局

 

 カイオスは東部担当部長のタールから上げられた報告書に目を通していた。

 読み進めるうちに、胃の痛みはますます酷くなっていく。

 

 だが、その痛みも報告書の内容と比べれば、幾分か穏やかだったかも知れない。

 それ程に、現在の東方海域は不穏さを増していた。

 

 曰く、海賊船や私掠船の半数が未帰還。

 曰く、武装商船団の2割が行方不明。

 さらには、東部沿岸で多発する略奪と暴動。

 

 

 ふと彼は、二か月前の出来事を思い出した。

 フェン沖海戦の衝撃で忘れていたのだが、海賊討伐への協力依頼を渡してきたのは、確か、あの国ではなかったか?

 

(・・まさか、裏にいるのはイルメリアか? あるいは五国連盟全体が動いているのか?)

 

 

 カイオスは、先日の電波ジャック事件以降、日本やイルメリアに対する評価を改めていた。

 彼は、両国とも取るに足らない小国ながら、ある分野では皇国に匹敵すると考えていた。

 

 もっとも、彼の危惧を、上層部は一笑に付したのだったが。




日本郵船氷川丸HPより

 氷川丸は日本郵船が1930年にシアトル航路用に建造した貨客船です。
 当時最新鋭の船として竣工しました。
 戦争中は海軍特設病院船となり、終戦までに3回も触雷しましたが沈没を免れ、戦後は貨客船に戻り1953年にシアトル航路に復帰。
 船齢30年に達し第一線を退くまでに、太平洋横断254回、船客数は2万5千余名と、活躍しました。
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