■中央暦1639年11月5日
アルタラス王国 王都ル・ブリアス
フィルアデス大陸の南に位置する文明圏外の国、アルタラス王国。
豊かな魔石鉱山のあるこの国は、1500万の人口を抱える地域大国。
白い建物が海の青に映える王都ル・ブリアスは、50万の人々が暮らす活気にあふれた街である。
その様子は、ギリシャの街を思わせた。
ル・ブリアスの港には、他国の船が何隻も停泊していた。
その多くは魔石の買い付けにやってきた周辺諸国のものだったが、それに混じって、イルメリア船籍の50メートル級のフェリーがあった。
船は、日本とイルメリアの商社員を乗せていた。
アルタラスはワインの名産地としても知られていたため、遠路商談にやって来たのである。
松脂の香りが漂うアルタラスの酒は、イルメリアの人々が好むギリシャワインによく似ていた。
商社員たちは上陸すると、早速相場を調べ始め、商人たちとの交渉を開始した。
彼らがル・ブリアス到着した時点での危険度は、注意喚起を意味するレベル1。
現地に問題はないものの、パーパルディア皇国がわずか800キロの距離にあるためである。
同じ頃。
王都ブリアスの王城には、苦り切った表情を浮かべた国王ターラ14世の姿があった。
「これは・・正気か?」
手にした外交文書には、理不尽な内容が記されていた。
文書は毎年パーパルディア皇国から送られてくる要請書であったが、その実、要請とは名ばかりの命令書だった。
パーパルディア皇国の現皇帝ルディアスは、国土の拡大、国力増強を掲げ、各国に領土の献上を迫っていた。
とは言え、その大半は無難な場所であったり、双方に利がある場合も多かった。
だが、今回は常軌を逸していた。
曰く、
アルタラス王国はパーパルディア皇国に対し、シルウトラス魔石鉱山を献上すること。
アルタラス王国はパーパルディア皇国に対し、王女ルミエスを差し出すこと。
以上を2週間以内に実行することを要請する。
拒否された場合、相応の対応を行う。
それは、アルタラスに利が無いどころか、さながら最後通牒であった。
献上を要求されたシルウトラス魔石鉱山は、アルタラス最大の魔石鉱山で、世界でも5本の指に入る大鉱山である。
国の経済を支える中核であり、これを失えばアルタラスの国力は大きく傾く。
さらに、王女の件はパーパルディア皇国の国益に全く関係のないものであり、明らかな挑発である。
最初から戦争に持ち込もうとしているとしか考えられない内容であった。
国王は王都ル・ブリアスにあるパーパルディア皇国第3外務局のアルタラス出張所に出向いて、皇国の真意を確かめる事にした。
パーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所
「遅かったな、国王!」
パーパルディア皇国第3外務局、アルタラス担当大使ブリガスは、肥大した体躯を椅子に押し込め、足を組んだまま踏ん反り返っていた。
そこに王の椅子は無かった。
(なんと無礼な・・)
呆れつつも、国王は話を始めた。
「あの文書の真意を伺いに参りました」
まずは様子を見ようと、王は下手に出た。
無礼とは言え、相手は列強国の大使なのである。
「内容のとおりだが?」
質問の意味が分からないとばかりに、ブリガスが返答する。
「魔石鉱山シルウトラスは我が国最大の鉱山です」
「それが何か?他にも鉱山はあるだろう。それともルディアス陛下の御意思に逆らうというのか?」
「では、我が娘の事ですが、なぜこのような事を?」
「ああ、あれか。王女はなかなかの上玉だ。皇国に連れ帰って囲うためだ」
「・・それも、ルディアス陛下の御意思なのですか?」
王は怒りと呆れで震えていた。
「蛮族風情が誰に向かって話をしている! 皇国大使である儂の意思は、即ちルディアス陛下の御意思である!」
頬肉を震わせながら、怒鳴るブリガス。
と、ターラ14世は無言で彼に背を向けた。
「おい!話は終わってないぞ!!」
王はそのまま立ち去った。
「無視するな、蛮族の王!」
城に戻った王は、抑えていた怒りを爆発させた。
「あのバカを送り返せ! 要請も断る、断交である。パーパルディア皇国の資産を凍結しろ!」
王は吼えた。
「軍を召集、守りを固めろ!予備役も全員招集!パーパルディアに我が国の誇りを見せてやれ!!」
このような屈辱的な条件を飲んでいては、もはや国ではない。
アルタラス王国には、監査軍に損害を与え講和に持ち込むしか道はない。
アルタラスの軍はその富によって、文明圏の国々に比肩する力がある。
ターラ14世は、同じパーパルディアの軍でも、装備の劣る監査軍ならば、何とか相手取れると考えていた。
ターラ14世の誤算は、パーパルディア皇国が送りつけてきたのが、監査軍ではなく本国の正規軍だったことである。
それ程までに、パーパルディアはプライドを踏みにじられたと感じていた。
蛮族と見下すアルタラスに、要請を拒否された怒りは凄まじかった。
数日後、ル・ブリアスの王城に、列強パーパルディア皇国の宣戦布告が届けられた。
同時に、王都の沖合はパーパルディア皇国の艦隊に埋め尽くされていた。
パーパルディアの皇都エスシラントからル・ブリアスまでは、魔導帆船でわずか2日。
とはいえ、その対応の速さは、アルタラス側の予想をはるかに超えていた。
パーパルディア本国艦隊、総数324隻。
うち戦闘艦は、100門艦を含む戦列艦が211隻。
ワイバーン隊を載せた飛竜母艦―竜母が12隻、陸上戦力を運ぶ輸送船101隻がそれに続く。
第3文明圏においては、他の追従を許さないほどの圧倒的戦力である。
この大艦隊に、果敢にも立ち向かったアルタラスの海軍とワイバーン隊は、短時間の戦闘で海の底に消えていた。
数と戦力の大差は覆しようもなかった。
国王は敵の砲撃に晒される港を見ながら、決意を固めていた。
そこへ息を切らし、伝令が駆け込んできた。
「報告!」
「何事か?」
「我が方の艦隊およびワイバーン隊は全滅、敵軍は数か所から上陸を開始! 現在、港で守備隊が応戦中ですが、長くは保ちません」
ターラ14世は自分の娘、王女ルミエスに話しかけた。
「ルミエス、早急に王都から離れよ」
王の顔には焦りがあった。
「民を見捨て逃げるなど・・皆に示しがつきません!」
気丈なルミエスは、青ざめながらもそれを拒絶した。
「王都は陥ちる。王族は処刑にされる。ルミエス、そなたの末は、さらに酷いものとなろう。逃げよ」
「しかし・・」
なおも渋るルミエスの様子に、王は傍らで控える近衛に目配せをした。
「・・殿下、御無礼を」
近衛の当身を受けて気を失ったルミエスは、装飾を外した馬車に乗せられ王都を脱した。
内陸へとひた走る馬車の後ろに、砲撃に崩れる王城が垣間見えた。