〇日本 国会議事堂
この日、国会は紛糾していた。
「総理、容疑者の中に政友党議員の名前があるのは、どういうことでしょうか!?ご説明願いたい!」
議題に上っていたのは、いわゆる隠退蔵物資事件である。
旧軍が戦時中に民間から接収した軍事物資、貴金属やダイヤモンドなどが行方不明となった事件である。
その後、この資金が政財界に流れていたことが発覚し、大問題になっていた。
野党側は、被疑者のリストの中に、現政権を担う政友党議員の名があったことを追求、糾弾していた。
「内閣総理大臣、武田君」
「現在、党内で実情を調査中であります」
「総理、先程からそればかり仰るが、実際に政友党議員の名前が挙がっていることについて、どうお考えですか!?」
「ですので、実情を調査し、公表したいと考えております」
「総理!!」
「静粛に!」
議長の声にも喧騒は収まらず、いよいよ場は混迷を深めていった。
それに加えて、野党側から邦人処刑事件を巡って、パーパルディア皇国への現政権の対応を疑問視する声も上がっていた。
彼らは、保安隊の存在が周辺諸国との軋轢を生んでいると主張し、軍備拡張への反対と、パーパルディア皇国との共存共栄を唱えていた。
これらは、全国の新聞やラジオなどを通じて、日本全国に面白可笑しく拡散された。
マスメディアの影響はこの時代でも、いや、この時代である故に大きく、遂に内閣不信任決議案が可決された。
退陣する武田総理はこう言い放ったという。
「馬鹿野郎!この大事な時に、下らん言い合いをしとる場合か!」
〇パーパルディア皇国 皇都エストシラント
第1外務局では、そこに居座った皇族レミールの指示で、日本に関する情報を収集していた。
各国に滞在する駐在員や、貿易商人からの情報を分析した結果、フェン沖海戦で皇国監査軍を退けたのは、やはり日本であると判断された。
日本の軍艦は巨大ではあるものの、武装としては砲を数門積んでいるだけだという。
だが、砲の性能が高いとしても、戦列艦との火力差を覆せるとは思えない。
海戦に参加したポクトアール提督の報告には、百発百中の砲が装備されていたという記載があった。
この件を皇国の兵器技術部に問い合わせてみたところ、百年後の皇国の技術でも不可能、との回答であった。
文明圏外国が、皇国より100年以上進んでいると考えるのは滑稽である。
監査軍のワイバーンロード部隊が全て未帰還となった原因は不明のままであった。
当時フェンの港には、日本の友好国であるイルメリアの軍艦の姿もあったそうだが、こちらは戦闘時も港に停泊したままだったとの事である。
真偽不明の情報の中には、イルメリアの軍艦が高速の火矢でワイバーンを撃墜したというものもあったが、こちらも眉唾物だろう。
火矢ごときで精鋭ワイバーンロードが撃墜されるなど、冗談も甚だしい限りである。
やはり、ポクトアールが自身の失態を隠すため、報告書の内容を誇張したのだろう。
報告書と言えば、ロウリア王国と日本の戦闘についての荒唐無稽な報告書が存在したが、医師の診断によると、ヴァルハルという報告者には妄想の気ありとのことで、これも信用に値しないと考えられる。
交易商人から得た情報では、日本は戦災からの復興途中であり、軍備に掛ける十分な予算がないらしい。
どこの国と戦ったのかまでは判らなかったが、これでは多少装備が良いとしても、数が揃わないため戦力としてはたかが知れている。
一方、日本の友好国イルメリアに関しては、北辺のトーパ王国近隣の小国であることが判った。
この国に関しては、今までの経緯から、何らかの豊富な資源があると考えられた。
恐らくは、その資源と交換に、日本から兵器供与を受けているのかも知れない。
あるいは、両国が使用する軍艦が機械船だと思われることから、機械文明国ムーが兵器を供与しているとも考えられる。
いずれにせよ、軽んじてはならないが、皇国が恐れるほどの戦力はない。
両国が軍備を整える前に叩くのが良策であろう。
レミールはこのように結論付けた。
〇イルメリア専制公国 領都マリポリ
元老院
イルメリアの国会にあたる元老院でも、アルタラス王国での処刑事件を巡って議論が交わされていた。
ただ、日本と決定的に異なっていたのは、その論点が、自国民が処刑されたことへの報復手段についてのものだったことである。
「議員マルクス・ポルキオス殿」
「本職は、領軍による制裁を再度提案します!」
「ポルキオス殿、何度も言うが、ローマ法により、今回の件では領軍の動員は不可能と判断されている」
「では議長殿は、同胞が虐殺されるのを黙って見ていろと仰るのか!?」
「論点をすり替えてもらっては困る」
「すり替えるも何も、元老院議員諸君は、イルメリア人は同胞を殺されて怖気づいたと嗤われて良いのか!?」
時代に合わせて運用されてきた彼らの法律、ローマ法では、非交戦国への軍の出動には相手国、または同盟国の認可が必要とされていた。
それに対して、元老院議員マルクス・ポルキオスは、迅速に法改正を行い、領軍による報復攻撃を行うことを提案していた。
論客としても知られる彼の発言は、元老院を完全に二分していた。
(もう一押しか・・)
ポルキオスがそう考えたとき、不意に喧騒が収まった。
「では、わたくしが少し外遊をして参りましょう」
滅多に元老院に現れない人物が、議場の袖から現れたからである。
イルメリア専制公国元首、ユリア・テオドラ・コムネナ専制公。
ユリアは元首が臨席することの影響を考え、元老院にはほとんど顔を出さなかったのだが、急進派として知られるポルキオスの思惑に気付いた穏健派議員が、火急の要件と伝え呼び寄せたのである。
「パーパルディア程度を相手に、法を曲げてまで領軍を動かすのは賛同しかねます」
「では、恐れながら殿下のお考えをお聞かせ下さい」
内心の不満を隠しつつ、ポルキオスが尋ねる。
「あら、ポルキオス、まだ判りませんか? わたくしの船で出掛けてきます、とそう申しているのです」
ユリアは問いかけに、涼しい顔で答えた。
二千年以上の歴史を誇るローマ法にも、さすがに元首の外遊を規制する法案はなかった。
同様に、元首の外遊の際、護衛の同行を禁止する法もなかった。
法律上、イルメリア領軍は出せないが、私有船で他国を訪問することは可能であった。
当然、側近は止めたのだが。