「・・それでは、本日のニュースです。
パーパルディア皇国を訪れていたイルメリア船団に対して、皇国は会談の日時と場所を指定したと発表しました。
同船団は港の入り口に停泊し、海運の妨げとなっているため、皇国が応じたと考えられます」
老年に差し掛かった長身の男は、旧領都にある自宅でくつろぎながら、立体モニターを見ていた。
神聖ミリシアル帝国が世界に発信する「世界のニュース」である。
イルメリアは電波・魔導波両用の送受信機の開発に成功していた。
魔導通信の分析の結果、通信方式が異なる以外は、送受信や映像化の方法が共通していたのである。
「我が神聖ミリシアル帝国海軍によりますと、皇国が船団を武力排除しようとした場合、最悪は現在の位置で自沈される恐れがあるとのことです。
港湾機能の回復のため、今回の対応は止むを得ないと考えられます」
(姫様、あまり無茶をなされますな・・)
政務、軍務を統括するイルメリア総督、ペリトゥス・マグヌスは思う。
と同時に、自分が仕える人物の普段の行動を思い出すと、知らず知らずのうちに深いため息を吐いていた。
中央暦1639年12月2日
皇都エストシラント
この時期のエストシラントには珍しい薄霧の中、港から皇城へと延びる大通り沿いは、物見高い街の人々で埋め尽くされていた。
列強パーパルディアに喧嘩を売った蛮族を、一目見ようと押しかけていたのである。
やがて港の方角から風に乗って、聞いたことのない楽の音が聞こえてきた。
勇壮でありながら、どこかオリエント風の哀愁が漂う行進曲とともに現れたのは、港から中央広場に向けて一糸乱れず行進する一団であった。
それは大盾を構え、鈍色に輝く装甲に身を包んだ、古めかしくも洗練された重装歩兵であった。
遥か古代の百人隊を思わせる一団は、儀仗隊2個小隊に楽隊を伴ったイルメリア領主軍である。
イルメリアが所属していた北方ローマの自治領では、元首の私兵としての護衛部隊や領主軍の保有が許されていた。
平たく言うと、身辺警護のための警護官である。
もちろん、運用規定や人数の上限は厳しく定められていた反面、護衛部隊や領主軍の出兵を規制する法はなかった。
当たり前ではあるが、国家元首が私兵を率いて敵性国家に赴くことなど、端から想定していなかったのである。
加えて、その装備や規模が警護官の域を超えていなかったことが、規制がない理由であった。
あくまでイルメリア以外の自治領では、であったが。
エストシラントの中央広場には、特設会議場が設けられていた。
広場の中心には絨毯が敷かれ、イルメリア側にはユリアが、パーパルディア側は、専制公であり皇女でもあるユリアの格に合わせ、レミールを代表に据えていた。
もっとも、交渉自体は、臣民統治機構長官のパーラスが行うことになっていた。
立ったままのユリアに、レミールは言う。
椅子はパーパルディア側にだけ用意されていたのだ。
「急な来訪ではあるが、皇国は寛大だ。事前の報せは無かったが、今回は許して使わそう」
「あら、感謝いたしますわ」
微笑みながらユリアが返した。
レミールは、そんなユリアの衣装を憎々しげに見詰めていた。
生地も仕立ても、明らかに自分の衣装の方が劣っていたのである。
「して・・今回の来訪の理由を聞かせて貰おうか?」
下卑た笑みを浮かべ、パーラスが尋ねた。
「では、イルメリア専制公として、パーパルディア皇国に要請致します」
パーパルディアの兵に囲まれた広場で、ユリアは気圧される様子もなく言い放った。
「パーパルディアはル・ブリアスに於いて、10名もの罪なきローマ市民を殺害した。
その件に関して、国として公式に謝罪し賠償を行いなさい」
皇国全員の顔色が変わった。
ユリアは続けた。
「賠償は皇国金貨で10億パソとする。
また、ローマ法に基づき処罰を行うため、関係者をイルメリアに引き渡しなさい」
「蛮族風情が! 無礼極まりない!」
「これは、貴国のためを思えばの事ですわ。このままでは、本格的な戦争に発展致します。
わたくしは、貴国の罪なき民の事を思えば、皇国が地上から消えて無くなることを良しとは致しません」
「・・皇国が消えるだと? 馬鹿か?
貴様らは列強と文明圏外国家の根本的な国力差が全く理解できていないようだ。
お前たちは皇帝陛下の寛大な御心により、生かされているという事を忘れるな。
皇帝陛下がその気になれば、貴様の国民全てが処分されるということを理解しろ。」
「予想はしておりましたが、仰ることがやはり未開国家ですわね」
「言うに事欠いて、皇国を未開国家とは言語道断! 銃兵、配置に付け!」
パーラスが命じると、兼ねてからの打ち合わせ通り、傍にいた指揮官が手を挙げた。
それを合図に、広場を囲むパーパルディアの兵が、一斉にマスケット銃を構える。
「パーラス殿、交渉の場であるぞ!?」
驚いたレミールが窘めるが、パーラスはさらに命じた。
「ここまで舐められては生きては返せませぬ。
構わん、やれ!」
「蛮族とは言え、外交の場で一国の元首を弑するのは!」
レミールが叫んだ。
―パン!―パパパン!!
だが、その流れは止まらず、広場に乾いた銃声が木霊した。
硝煙が晴れた広場には、血まみれのユリアがボロ布のように倒れていた。
「皇国に盾突く蛮族風情が! 衛兵、そこのゴミを片付けておけ」
「パーラス殿、蛮族とは言え一国の主、それはあんまりではないか?」
傲慢なレミールも、さすがにその所業は認められなかった。
「レミール様、蛮族に丁重な葬儀など不要で御座います。
衛兵、何をしている? さっさと片付けろ!」
レミールを無視し、パーラスは再度命じた。
パーラスの命で、数名がユリアの死体に近づこうとした。
その時。
「ひぃぃぃぃ!!」
兵士が叫んだ。
全身血塗れのユリアが、マリオネットのようにゆらっと起き上がったのである。
そして血の気の失せた顔で告げた。
「パーパルディアよ、自国民の殺害とこの度の所業をもって、宣戦布告と見なします!
イルメリアは、パーパルディア皇国軍を殲滅致します!」
「な、何をしておる! さっさと排除せぬか!」
怯えるパーラスに命じられ、抜刀するパーパルディア兵。
それに応じて、イルメリアの兵も機関短銃と大盾を構える。
「我が近衛たちよ、軛は解かれた! ルビコンを越えよ!」
いつの間にかイルメリア兵の中央にいたユリアが命じた。
先程まで広場の中央にいたユリアは、最初から立体映像であり、皇帝とパーラスの計画を知っていたイルメリアの策略であった。
朝から発生している薄霧も、立体映像を作りやすいよう、人為的に発生させていたものだった。
大通り沿いの屋根に、日の出とともに溶け始めるよう計算した、氷漬けのドライアイスを配置していたのである。
彼女は傍にいた黒髪の将校に告げた。
「サレアス少佐、貴官に指揮権を移譲します。一兵も損なわず帰還してお見せなさい」
戦時にはユリアの肩書に領軍総司令が加わり、領主軍は近衛隊と名を変えて領軍に編入される。
実際の指揮を執るのは、その下に就く領軍長官ではあるが、ユリアも戦略レベルの会議には加わることが多かった。
だが、ユリアは戦術レベル、特に陸戦の指揮は不得手であることを自覚していた。
「は、御意!」
ミノス・サレアス少佐が命じた。
「テストゥド、陣形を維持しつつ後退!」
サレアスの号令に、近衛兵が一斉に盾を構えた。
ラテン語で亀を意味する陣形は、その名の通り重なり合うほどに密集し、盾を掲げた姿が亀に似ることから、そう呼ばれていた。
牽制射撃を加えながら、ユリアを中心に、ゆっくりと交代するイルメリア近衛兵。
多数の死傷者を出しながらも、それに追い縋るパーパルディアの兵。
そんな中、どこからともなく、微かな声が響いてきた。
(・・を・・御守りせよ・・)
(帝国・・万歳・・)
(・・ローマ・・ローマ・・)
唐突に、様々な時代、様々な軍装の、影のようなローマ兵たちが現れた。
突然のことに、パーパルディア兵の脚が止まった。
「狼狽えるな! 所詮は幻術ぞ!」
指揮官が大声で命じたものの、パーパルディアの兵は武器を構えたまま凍り付き、見物の市民は逃げ惑うた。
恐怖。
大盾が打ち鳴らされ、軍馬が嘶き、銃声が轟いた。
ローマの敵に向けられたその圧。
それは、トイトブルグの森で、
帝都が陥ちたその日に、
あるいは、酷寒のカレリアの地で、
斃れ、散っていった兵士たちの幻影。
死せし者たちのレギオン。
ユリアが引く、ローマ皇帝の血に馳せ参じた者たち。
「亡者の軍団・・!」
レミールは震える声で言った。
パーラスは椅子からずり落ち震えていた。
「魔女だ・・」
「緋色の魔女・・」
逃げ惑う人々が口々に叫んだ。
「では、機会があれば、再度会談を致しましょう。
あ、それと、降伏の際は白旗を振って頂きたく存じます」
パーパルディア兵が潰走したのを見届けたユリアはそれだけ言うと、右手を上げて兵たちを祝福した。
(皇帝陛下・・万歳・・)
(ローマよ・・永遠なれ・・)
幻の兵士たちは一斉に敬礼すると、光の中に溶けるように消えていった。
イルメリア領主軍は、来た時と同様、堂々と広場を去っていった。
今でも古戦場を彷徨うローマ軍団の亡霊の話を参考にしました。
いつの日か、彼らが祖先の元にたどり着けますように。