■イルメリア専制公国
中央暦一六三八年二月
領都マリポリ 領主館
「まずはこれを・・」
<クワ・トイネ国からの食糧の輸入によって、一月から全国的に学校給食が行われました。
東京の八十九校の学童たちは、温かいシチューを頂いています。第一日目には、その様子を田中文相らが視察しました>
領都マリポリの領主館。
その会議室に、先ごろ南西方向から検出したものを録音した、ラジオ放送が流されていた。
会議室のテーブルを、今日もユリアと五人の政務官、そして領軍幹部が囲んでいた。
今月何度目かも分からなくなった、十人委員会の会合。
その日の議題は、日本国との国交に関してであった。
「ニュースの内容から考えると、放送は一九五〇年より前だと思われます」
「その頃だと、終戦間もない頃ですか?」
ユリアが質問した。
「そうなります。と、続けて軌道上からの日本国の映像です」
「これは・・」
映し出された映像は、彼らの知る日本国とは大きくかけ離れていた。
「拡大します」
デジタル処理で高精度に拡大された東京には、まるで大地震の直後かというような荒れ地が点在し、高層ビルも見当たらない。
全国を結ぶ高速道路は見えず、それどころか主要な道路でも舗装されている部分はわずか。
行き交う自動車もほとんど見当たらない。
煙を吐きながら走る黒い蒸気機関車。
「やはり・・」
「・・終戦間もない頃ですわね」
ユリアがため息をつくのも無理はなかった。
彼らの知る、友好国であった経済大国の姿は、そこにはなかったのだから。
「では、これらを踏まえ、日本国との国交をどう進めますか?」
「通信には応答が無いと聞くが・・」
と、軍服姿の初老の人物、領軍副司令のマグヌス。
「直接赴くのが良いと思いますわ。ビブリオンをお使いなさい」
極めて端的なユリアの意見である。
「ビブリオンを、ですか?」
「ええ。親書を届けるだけなら十分でしょう」
ビブリオンは式典などでは旗艦に随伴する高速艦。
公的には近衛軍所属だが、二隻ともユリアの私有船でもある。
領軍艦艇の国外派遣には議会との調整が必要だが、ビブリオンならその必要はなかった。
「確かに、あれなら脚も速い。親書を届けるだけなら問題ありませんな」
彼らの領主は端的を通り越して、ストレートすぎる傾向があった。
だがそれは、単刀直入ゆえに、最も有効な方法かもしれなかった。
何せ、悩んでいても埒が明かないのだ。
国交樹立にあたって、まずはビブリオンを日本近海へ派遣し、直接連絡する方向で決定された。
もちろん、荒れた冬の海が落ち着くのを待ってからではあったが。
■日本国 北海道
中央暦一六三八年三月十五日
オホーツク海
日本国復員庁 特別輸送艦 海第四十九号
戦後、外地で降伏した将兵や民間人の帰国任務に当たっていたのが、残存艦船を改修した特別輸送艦船である。
これらは旧陸海軍省が改組した復員庁に統括されていた。
青森県大湊港を発した海第四十九号は、宗谷岬北東の哨戒に当たっていた。
冬のオホーツク海は荒れているのが普通だが、霧は濃いものの、珍しく波穏やかであった。
この世界では、パーパルディア皇国のあるフィルアデス大陸の北東には、トーパ王国の他は人類の住む地はないとされており、冷たい海と魔物の棲む大地が広がるばかりであると考えられていた。
海第四十九号のいる海域は各国から一〇〇〇km以上離れており、沿岸航路主体の周辺の船が付近を航行しているとは考えにくい。
三大文明圏と呼ばれる国々は大型船を多数運用していると聞くが、遠く離れたこの海域では、その可能性は低い。
そのため、この海域を哨戒する必要性は低く、万が一に備えてのものであった。
「―!?」
海第四十九号の逆探(電波探知機)に反応があった。
「北東方向からの電波探知、極めて強力です!」
何度かの霧笛が響いたあと、霧に溶け込むような白い軍艦が、ゆっくりと姿を現した。
「目標視認、軍艦一!」
古めかしい姿の小型軍艦であった。
排水量は一〇〇〇トンを超える程度だろうか。
(・・通報艦?)
艦長は海第四十九号より大きなその艦を見て、首を傾げた。
何かに似ていた。
明治の頃に建造された通報艦、八重山。
もちろん同じ艦ではないが、細長い船体と古めかしい艦容は、どことなくそれを思わせた。
(今の若いもんは知らんだろうが・・)
コンタクトを試みる海第四十九号。
煙突後方に据えられた探照灯が明滅した。
「こちら日本国、海第四十九号。貴艦は当方の領海を侵犯している。
即刻退去されたし」
この世界では通じるはずもない発光信号で呼びかけたのは、いつもの習慣からであった。
だが、意外なことに、白い軍艦からも発光信号があった。
「こちら北方ローマ皇国所属、ビブリオン。日本国への親書を預かっている」
「艦長、ローマ帝国って言ってますよ、あの艦・・」
「うーむ・・ 元の世界ではないのだから、ローマ帝国くらいはいるかもしれんが・・」
信号を受けた海第四十九号では、しばしの混乱の後、返信がなされた。
「承知した。これより貴艦の臨検を行う」
内火艇を降ろすため、なおも接近すると、ビブリオンと名乗る船がよりはっきり見えてきた。
その軍艦は大戦直後の時代においても、博物館級の骨とう品に見えた。
船体は白く、汚れ一つ見当たらない。
舷側には小口径の機関砲らしきものが一基。
帆船を思わせる高いマストには、見慣れない旗が翻っていた。
「軍艦旗確認、赤地に黄色の十字、四隅にBの文字」
「見たこともない旗だな・・ とりあえず大湊に報告を入れてくれ」
「・・?」
艦長が、さっきから怪訝な表情を浮かべている電探員に気が付いた。
「どうした、さっきから?」
「電探(レーダー)の反応が極めて小さいんです。雑役船・・いや、それより小さいくらいです」
電探員が答えた。
艦長は、先程のレーダー波の出力と合わせて、電探員の言わんとする事に気づいた。
「まさか・・」
「はい。あの艦には、我々よりも優れた技術が使われています。たぶん」
それは、普通なら技術水準を示す指標になるのだろうが・・
「・・あの骨とう品が?」
「・・はい。あの骨とう品が、です」
■北方ローマ皇国所属
ビブリオン級随伴艦 ビブリオン
「艦橋ーCIC。小型艦一、真艦首。分析の結果、日本の
CIC(戦闘指揮所)から、艦内電話で報告が上げられた。
「右見張りー艦橋、コルベットから発光信号。内容、<こちら日本国、海第四十九号。貴艦は当方の領海を侵犯している。即刻退去されたし>」
「返信、発光信号。内容、<こちら北方ローマ皇国所属、ビブリオン。日本国への親書を預かっている>」
前部マストの後方、船体の大きさに比べても小さな艦橋。
灰色の軍服の、ヴァイキング然とした巨漢ラウリ・ワルデンは、双眼鏡で日本国の海防艦を観察していた。
「ずいぶんと古めかしい軍艦だな・・」
同じく双眼鏡を覗いていた当直士官の感想である。
(・・この世界の日本は、やはり終戦直後から来たのか?)
ワルデンの呟きは、風の音に紛れていった。
■日本国 青森県
中央暦一六三八年三月末日
大湊地方復員局
海第四十九号に託された親書の入った木箱を受け取った鹿目復員局長は、想定外の事態に戸惑ってはいたが、適切に対応した。
そして、紛失の危険を避けるため、厳重な警備を付けさせて親書を東京に送った。
控えめに装飾された木箱は二つ。
銀の装飾の箱には総理大臣宛ての親書が、金細工で飾られたものには、今上天皇に宛てられた親書が収められていた。
―解説
〇ビブリオン
式典の際などに旗艦に随伴する軽武装の高速艦。
帆船を思わせる白い船体と二本マストが特徴。
外観は明治期の通報艦に似ているが、その実、新造艦である。
全長:96メートル
基準排水量:1600トン
武装:25ミリ機関砲 各舷1基
〇海第49号
元第二号型海防艦第49号。
終戦後に伴い武装解除され、特別輸送艦として外地の将兵や民間人の復員、帰国事業に従事していた。
日本国の転移に伴い、哨戒任務に当たっている。
現地勢力との衝突に備えて、廃棄待ちの機銃を引っ張り出して気休め程度に積んでいる。
全長:69.5メートル
排水量:740トン
武装:機銃数丁