トーパ王国は、神聖ミリシアル帝国、ムーなど列強諸国の大使館を通じ、援軍要請を求めていた。
イルメリアに過度な負担を掛けることは避けたかったのである。
しかし、神聖ミリシアル帝国、ムー両国は好意的ではあったものの、辺境のトーパ王国まで部隊を迅速に派遣するには遠すぎた。
両国から取り付けられたのは、「なるべく早く部隊を派遣する」という約束に留まった。
トーパ王国
要塞都市トルメス
吹雪の中、要塞都市トルメスを出発する、数十台の車列があった。
世界の扉へ向かう、トーパ王国の兵士を乗せた兵員輸送トラックと、イルメリアの装甲車両で構成された車列である。
氷に閉ざされた地峡北部。淡い朝光に照らされた凍結路面に、雪煙が舞い上がる。
白く凍りついた道路には、先行車両の痕跡が淡く残っていた。
歩兵は耐寒装備に身を包み、呼吸ごとに白く結晶する吐息を空に散らす。
装甲車両が雪を巻き上げ、慎重に凍結路面を滑るように進む。
その上空を、数機のV-33 コリダロスが飛んでいた。
揺れるプロペラの振動が、地上に響く。
機首の12.7mmチェーンガンが、凍てつく空気の中で冷たい輝きを放っていた。
翼下の内蔵ランチャーに格納された近距離AAMは、突発的な脅威や低空侵入目標に即応できる。
プロペラの低音と、機体を流れる空気の摩擦が、灰白の空に緊張感を添えていた。
「前方2キロ、敵影なし、障害物なし」
無線越しの短い報告が、指揮車両に届く。
車両の乗員は、低く唸るプロペラ音の中で耳を澄まし、空中支援の存在を肌で感じながら進む。
冷え切った風が雪煙を巻き上げ、コリダロスの影が一瞬、道路の氷面に伸びた。
車列の先頭では、指揮官が双眼鏡越しに凍てつく森を見渡していた。
凍結した大地と雪煙を観察し、到着までの時間を計算しつつ、各車両に短い命令を送る。
雪と氷に閉ざされた世界で、列は静かに、しかし着実に前進していた。
任務遂行のための北上。
凍てつく大地を切り裂く、金属の唸りだけが、北の森に響いていた。
その中に、日本から派遣された保安隊の試験小隊が混じっていた。
小隊長を百田中尉、城島、猿渡、犬神の各軍曹が分隊長を務める30名の人員と、二二式戦車(通称セイ)、二二式対空戦車(タイ)、二二式装甲兵車(ヘイ)で構成された装備試験部隊である。
この時期、イルメリアとトーパの両国は、日本との国交を閉ざしていた。
しかし、民間レベルの交流と、水面下での軍事交流は続けられていた。
民間船で渡航した少人数の隊員が、近代戦のノウハウを学ぶため交代でイルメリアに派遣されていたのである。
今回、百田中尉の小隊は、保安隊上層部から、世界の扉周辺での作戦行動を観察するよう指示されていた。
元の任務の性質上、無理をせず安全に任務を遂行することも厳命されていた。
保安隊の乗員は、艤装や装備を点検しつつ、車両の挙動を観察する。
履帯が氷に食い込む感触、エンジンの冷間起動の挙動、凍結したサスペンションの反応――ひとつひとつが貴重な試験データとなった。
「小隊長、これって…」
隊員が手にしていたのは、イルメリアから貸与された小銃である。
本格戦闘に備え、保安隊の武器だけでは不十分と考えられ、貸与されていたのだ。
「…ああ、最後まで言わなくていい。色々変わってはいるが、ソ連のフェドロフだな、たぶん」
「たぶん鹵獲したものを、そのまま国産化したんでしょうね…」
世界の扉南西、20キロ地点
後方陣地
半ば完成した野戦陣地に、散発的に兵が滑り込んでくる。
イルメリアの兵士と、トーパ王国の若年兵。
人数は、数えずとも明らかだった。中隊の半数である。
「世界の扉」副隊長トゥーリ大尉は、無線機を握ったまま、沈黙していた。
応答がないことは、承知していた。
「報告、世界の扉守備隊300、帰還」
一瞬の沈黙の後、
「…中隊長、未帰還」
無線は沈黙したままだった。
だが、その沈黙は、静かに、しかし確かに、任務完了の証を語っていた。
「ご苦労、休んでくれ」
報告を受けた准将は短く伝えた。
トゥーリ大尉が退席した後、准将はゆっくりと十字を描いた。
僅かに眉間に皺を寄せ、そして小さく、静かに呟いた。
「永遠の記憶を…」