トーパ王国は、神聖ミリシアル帝国、ムーなど列強諸国の大使館を通じ、援軍要請を求めていた。
イルメリアに過度な負担を掛けることは避けたかったのである。
しかし、神聖ミリシアル帝国、ムー両国は好意的ではあったものの、辺境のトーパ王国まで部隊を迅速に派遣するには遠すぎた。
両国から取り付けられたのは、「なるべく早く部隊を派遣する」という約束に留まった。結局のところ、前線を支えているのは、今もイルメリアだった。
◆トーパ王国 要塞都市トルメス
吹雪の中、要塞都市トルメスを出発する、数十台の車列があった。
世界の扉に向かう、トーパ王国の兵士を乗せた兵員輸送トラックと、イルメリアの装甲車両で構成された車列である。
氷に閉ざされた地峡北部。淡い朝光に照らされた凍結路面に、雪煙が舞い上がる。
白く凍りついた道路には、先行車両の轍がうっすらと残っていた。
歩兵は耐寒装備に身を包み、呼吸ごとに白く結晶する吐息を空に散らす。
装甲車両が雪を巻き上げ、慎重に凍結路面を滑るように進む。
その上空を数機のV-33 コリダロスが飛び、揺れるプロペラの振動が地上にまで響いていた。機首の一二・七ミリチェーンガンは、凍てつく空気の中で冷たい輝きを放っている。翼下の内蔵ランチャーに格納された近距離AAMは、突発的な脅威や低空侵入目標にも即応できる装備だった。プロペラの低音と、機体を流れる空気の摩擦音が、灰白の空に緊張感を添えていた。
「前方2キロ、敵影なし、障害物なし」
無線越しの報告が、指揮車両に届く。
車両の乗員は、低く唸るプロペラ音の中で耳を澄まし、空中支援の存在を肌で感じながら進む。
冷え切った風に雪煙が舞い、コリダロスの影が一瞬、道路の氷面に伸びた。
車列の先頭では、指揮官が双眼鏡越しに凍てつく森を見渡していた。
凍結した大地と雪煙を観察し、到着までの時間を計算しつつ、各車両に命令を送る。
雪と氷に閉ざされた世界で、列は静かに、しかし着実に北上を続けていた。凍てつく大地を切り裂く金属の唸りだけが、北の森に響いていた。
その中に、日本から派遣された保安隊の試験小隊が混じっていた。
小隊長を百田中尉、城島、猿渡、犬神の各軍曹が分隊長を務める30名の人員と、二二式戦車(通称セイ)、二二式対空戦車(タイ)、二二式装甲兵車(ヘイ)で構成された装備試験部隊である。
この時期、イルメリアとトーパの両国は、日本との国交を閉ざしていたが、民間レベルの交流と、水面下での軍事交流は続けられていた。民間船で渡航した少人数の隊員が、近代戦のノウハウを学ぶため、交代でイルメリアに派遣されていたのである。
今回、百田中尉の小隊には、その一環として、世界の扉周辺での作戦行動を観察せよという指示が、保安隊上層部から出ていた。ただし元の任務の性質上、無理をせず安全に遂行することも厳命されている。
保安隊の乗員は、艤装や装備を点検しつつ、車両の挙動を観察する。
履帯が氷に食い込む感触、エンジンの冷間起動の挙動、凍結したサスペンションの反応など、ひとつひとつが貴重な試験データとなった。
「小隊長、これって…」
隊員が手にしていたのは、イルメリアから貸与された小銃である。
本格戦闘に備え、保安隊の武器だけでは不十分と考えられ、貸与されていたのだ。
「…ああ、最後まで言わなくていい。色々変わってはいるが、ソ連のフェドロフだな、たぶん」
「たぶん鹵獲したものを、そのまま国産化したんでしょうね…」
隊員は苦笑しながら、小銃を担ぎ直した。
世界の扉南西、20キロ地点
後方陣地
半ば完成した野戦陣地に、イルメリアの兵士とトーパ王国の若年兵が、散発的に滑り込んでくる。人数は、数えずとも明らかだった。中隊の半数である。
「世界の扉」副隊長トゥーリ大尉は、無線機を握ったまま沈黙していた。応答がないことは、すでに承知していた。
「報告、世界の扉守備隊三〇〇、帰還」
一瞬の沈黙の後、報告が続いた。
「…中隊長、未帰還」
無線は沈黙したままだった。だが、その沈黙こそが、任務完了を伝える何よりの証だった。
「ご苦労、休んでくれ」
報告を受けた准将は、それだけを伝えた。
トゥーリ大尉が退席した後、准将はゆっくりと十字を描き、僅かに眉間に皺を寄せながら、小さく呟いた。
「永遠の記憶を…」