次話までしばらく間が開くと思います。
トーパ王国神話 第5章6話 魔王降臨
かつて、北の大陸に突如として現れた魔王がいた。
その名はノスグーラ。
魔王ノスグーラは魔物の大軍を率い、グラメウス大陸から現れて人類の土地に侵攻した。
町や村は為すすべもなく滅ぼされ、フィルアデス大陸の大半は魔王軍の支配下となった。
やがて戦禍はロデニウス大陸にも及び、諸種族連合軍の奮闘も虚しく、エルフの神を祀る神森が最後の砦となった。
各種族の戦士たちの多くは、この戦いで散っていった。
ここに至り、エルフの神は創造主である太陽神に祈り、救いを求めた。
祈りは通じ、太陽神は自らの使者をこの地に降臨させた。
使者たちは火を噴く筒を操り、雷鳴の如き音とともに敵を穿つ力で魔王軍を敗走させた。
諸種族連合は魔王の軍勢を追撃し、グラメウス大陸との地峡部まで追い返すことに成功する。
軍勢を失った魔王は、後に勇者と呼ばれる少数部隊との死闘に敗れ、結界に封じられた。
その力があまりにも強大だったため、滅ぼすには至らなかったのである。
種族間連合はその地に、「世界の扉」と名づけた城壁と、後にトルメスと呼ばれる城塞を築き上げた。
やがて、役目を終えた太陽神の使者たちは、この地から元の世界へと送還されていった。
やがてこの話は形骸化し、おとぎ話として語られるのみとなる。
魔王を封印した結界も、長い年月の間に人知れず効力を失っていった。
地峡部、グラメウス大陸側に置かれた魔物の軍の本陣。
薄暗い吹雪の中、魔法の明かりが、人の背丈よりもはるかに大きな三体の魔物を照らしていた。
うち一体は、筋骨隆々の体躯にヤギのような黒い角を持ち、針金のような黒い剛毛と隔絶した魔力で全身を覆っていた。
魔王ノスグーラである。
両脇の二体も並の魔物ではなかったが、魔王は明らかに異なる威圧感と、おぞましさを備えていた。
「…人間どもは随分と勢力を伸ばしたようだな。
まあ、増えたところで、我らの糧となるだけの話だがな」
魔王の声は、地響きを思わせる不気味な響きを帯びていた。
「魔王様、この戦ではどこまで進まれるおつもりでしょうか」
隣に控えた赤銅色の魔物が、遠慮がちに尋ねた。
「かつての戦のように、海の大陸(ロデニウス大陸)に手を出して太陽神の使いを召喚されては敵わぬな。
今回は南の大陸(フィルアデス大陸)を滅ぼすとしよう」
「以前に比べ、人間どもはずいぶん小賢しくなっておりますな。
城壁は突破できたものの、二万の軍勢のうち、既に一割以上が損耗しております」
「しかし、この吹雪では、我とて魔物どもを支えきれぬ。
そろそろ決着をつけねばならぬか。
いずれにせよ、魔帝様の復活が近づいておる。
我らの使命は下等種どもを駆逐し、魔帝様のお役に立つことよ」
中央暦1639年12月16日夕刻
トーパ王国北東部 野戦陣地
世界の扉の南西20kmに急造された野戦陣地。
土塁や塹壕、コンクリートブロック、有刺鉄線で構成された簡素な防衛線は、高くそびえる城塞に慣れたトーパの騎士たちには不評だった。
だが、押し寄せる魔物の群れを前に、渋々納得していた騎士たちは、その有効性に目を見張った。
武骨な陣地は、敵を遅らせ、削り、戦線を維持し続けていた。
イルメリアの指揮所は、トーパ指揮所に隣接した大型トレーラーのコンテナ内にあった。
周囲は一段掘り下げられ、警戒のための土塁と銃座が配置されている。
アンテナ林立の内部にはモニターや通信機材が埋め込まれ、手狭ながら前線指揮所として機能していた。
本格的な指揮所を設置する時間が無かったのだ。
イルメリア航空隊第201飛行隊
飛行隊長ニコス・カラトスは、全機に指示を飛ばした。
「全機、散開! 指定エリアに対し攻撃開始!」
戦闘攻撃機FA-4Rは、随伴する前線管制機CFA-4Rから、攻撃エリアの割り当てを受けた。
CFA-4R Silmä(シルマ)、戦場の「目」である。
武装を持たない複座機だが、状況を瞬時に分析し、目標を自動で割り当てる能力を備える、優秀な機体である。
「凄い…あれがイルメリアの鉄竜か」
トーパ王国の兵士、ガイが呟いた。
だが。
明らかに異質な「それ」に、カラトスは気づいた。
「あれは…まずい」
溶けた雪と流れた血で黒く染まった大地を、無数の影が蠢いている。
その群れの後方に、ひときわ大きな、赤い竜の姿があった。
赤い竜は大きく息を吸い込むと、その口から巨大な火球を吐き出した。
火球は弧を描き、陣地前面に着弾。
兵士たちが吹き飛ばされ、雪と血が舞い上がった。
「全軍、後退! 負傷者を救助! 第ニ防衛線へ退避!」
第一防衛線指揮官は、吹雪の中で撤退命令を叫ぶ。
爆風が続き、砕けた火球が四方に飛び散る。
陣地の土塁や障害物は次々に破壊され、兵士たちは雪に足を取られながらも必死に後退した。
イルメリア移動前線指揮所「パトリキオス」
狭い指揮所内、オペレーターの声が響く。
「航空隊からデータ来ました!」
「砲兵大隊、各SPA(自走砲)、SPR(自走ロケット砲)、データリンク確認、敵前衛目標!」
配備されたスクタトス装甲車の派生型、105mm自走砲と直径30cm対地ロケット4発を備えた自走ロケット砲が、雪と泥に覆われた前線に向け砲撃を開始する。
しかし、急遽空輸されたのはわずか8両。
ロケット弾は再装填に時間を要し、支援は限られていた。
「もう倍の砲が欲しいところだ。本命の到着は?」
指揮官は静かに問いかける。
「予定通りなら、深夜には到着予定です」
「無茶が過ぎるな…」
不敵な笑みを浮かべ、指揮官は地図を睨みつけた。
前線の兵士たちは雪に足を取られ、爆風で倒れ、火球で吹き飛ばされる。
その間にも、敵は休むことなく迫っていた。
戦場は轟音と炎、吹雪と血煙に包まれ、瞬間ごとに情勢は変化していた。