最初の投稿は、場面の前半が抜けていました。修正します。
赤竜の攻撃に歩調を合わせ、魔王軍が陣地へ押し寄せる。
前面を埋めるのは、頑強なオーガの軍勢。その背後には、さらに大柄なトロールがうごめいていた。
巨体が有刺鉄線も丸太も、踏み砕いて進む。
厚い筋肉と骨に弾丸が弾かれ、火花が散る。
倒れても止まらない。泥の中からまた立ち上がる。まるで濁流だった。
その濁流を裂くように、野太い連続音が響いた。
小銃とは比較にならない、腹の底に響く衝撃。
歩兵戦闘車の砲塔がわずかに揺れ、二十五ミリ機関砲が唸りを上げた。
曳光弾が白夜を裂いた。
親指ほどもある弾丸がオーガの列を薙いだ。
肉と骨が弾け、黒い血が花を咲かせる。
原形を留めないほどに吹き飛ばされた巨体が、鈍い音を立てて崩れ落ちた。
陣地各所の機関砲もそれに続く。
掃射のたびに突進が乱れ、隊列は穴だらけになる。
咆哮に悲鳴が混じりはじめた。
だが――
歩兵戦闘車が岩塊を受けて沈黙した。
金属がひしゃげる音。火花。煙。砲塔は動かなくなり、射線が途切れた。
続けざまに、多数の岩が飛来する。
身の丈五メートル近いトロールが、岩塊を抱え上げる。
投擲のたび、筋肉が盛り上がる。
岩は弧を描き、次々と落下した。
魔王とて愚かではない。
かつての戦いで、大砲というものを学んでいたのだ。
見たこともない鉄の馬車も、その攻撃は既知のもの。
火を噴く口を潰せば良いのである。
岩石の雨が掩体を叩き、車体を揺さぶり、砲身を折り、照準を狂わせる。
歩兵戦闘車に被害が出始めた。
機関砲を破壊される車両が続出し、掃射は散発的になっていく。
そして、その隙間を縫うように、オーガの巨躯が前進する。
岩石の雨で機関砲の唸りが途切れ、不吉な静寂が漂った。
「敵前列、第二陣地に接近!」
「問題ない。そろそろだ」
時計を見つめていた指揮官が、顔を上げた。
陣地に配置された軽砲とは異なる、遠雷のような音。
兵の誰かが反射的に後方を振り向いた。
吹雪の中から、次々と現れる車両。
装甲擲弾大隊、機械化歩兵大隊、支援大隊。
イルメリア第一陸兵旅団から抽出された増援部隊。
先頭は、複雑な形状の砲塔に、異様に短い主砲を備えた装甲擲弾車”C62スパティウム”
「こちら第一一装甲擲弾大隊、支援を開始する」
全速走行のまま、主砲がゆっくりと角度を取った。
無線の雑音の向こうで、短い符号と命令が入り乱れた。
「目標、データリンク」
「全部隊、射線退避!」
「総員、塹壕に伏せろ!」
「戦車が来た、退避、退避だ!」
「砲迫支援開始、全車撃てェ!」
どん、と胸を叩く衝撃。 遅れて、数キロ先で地面が持ち上がった。
魔物の群れの上へ、砲弾が弧を描いて次々と落下した。
巨岩を投げ続けていたオーガやトロールが、爆炎と土砂に消えていく。
「全車、続けて撃て!」
数秒置いて、再びの衝撃。
弧を描く砲弾が、魔物の群れを蹴散らしていく。
スパティウムの主砲は、120ミリ重迫撃砲。
戦車の定義から外れた、「戦車」である。
陣地の兵が、泥にまみれた唇を開く。
歓声が上がった。
「‥おいおい、何だありゃ!?」
試作二二式装甲兵車(ヘイ)の中で、猿渡軍曹が思わずこぼした。
イルメリア装甲擲弾大隊の戦いぶりは、彼が知る戦車戦とは似ても似つかなかった。
「ああ、ありゃ戦車というより、砲戦車だな」
犬神軍曹が返す。
増援部隊に同行していた彼らは、明らかに異質な戦闘を目の当たりにしていたのである。
敵戦列の目前まで機動し、停止もせずに重迫撃砲を撃つ。
しかも撃ったそばから次弾装填、短い間隔でまた撃つ。
それを複数両が隊形を崩さず繰り返している。
陣地後方から弧を描いて飛来する砲弾ではない。
鋼鉄の獣が雪原を蹴立てながら、自ら砲迫支援を前へ運んでいた。
爆炎が上がるたび、オーガの巨体が吹き飛んだ。
トロールどもの投石も、狙いを付ける前に爆風で叩き潰されていく。
その左右を、機械化歩兵の戦闘車両が走り抜けた。
二十五ミリ機関砲と重機関銃が唸り、泥と雪を跳ね上げながら魔物の側面を喰い破っていく。
「猿渡、犬神、集中せんか!」
百田中尉の叱責が無線に飛び込んだ。
「無駄口叩く暇があったら、砲の点検でもしておけ! いつでも撃てるようにな!」
「は、はい!」
猿渡は慌てて照準器から顔を離し、砲の状態を確認した。
だが目は、どうしても前方の戦いへ引き寄せられる。
イルメリア軍は、堅固な防衛陣地に増援として入ったにもかかわらず、守っていない。
撃ち、踏み込み、崩し、切り裂き、押し返している。
まるで、魔物の大軍そのものを相手にした機動打撃戦だった。
「すげぇな……」
誰にともなく、猿渡は呟いた。
「陣地にこもって耐えるんじゃない。押し込まれる前に、あっちの塊を砕いてやがる……」
「北の連中は、雪原でも平地でもやることが同じなんだろ」
犬神が低く言う。
「敵を止めるんじゃない。敵の形を壊すんだ」
スパティウム隊の砲撃がさらに前進する。
重迫撃砲弾は、今や魔物の集結地そのものを叩いていた。
後続のオーガは前進路を失い、折り重なって倒れた死体と爆裂孔に足を取られる。
トロールの投石は散発的となり、統制は崩れ始めた。
側面から回ろうとした群れも、機械化歩兵に追い散らされる。
雪原の上で、濁流だったはずの魔物の軍勢が、泥に落ちた墨のように滲み、裂け、分断されていった。
「押せる……!」
誰かが叫んだ。
「勝てるぞ!」
歓声が、まだ恐怖を捨て切れぬ声と混じりながら広がる。
トーパ王国兵の表情に、初めて生の色が戻った。
機関砲を失い、沈黙していた歩兵戦闘車も、後方へ曳かれつつある。
陣地線は持ち直し、イルメリアの増援は敵前面を押し返し始めていた。
その時だった。
――地面が、唸った。
最初は、誰も何が起きたのか分からなかった。
砲撃の振動かと思った。
だが違う。
雪原の中央。
魔物の屍が折り重なるその向こうで、大地がゆっくりと盛り上がり始めた。
土と岩がせり上がる。
いや、違う。
盛り上がったのではない。それは、立ち上がっていた。
兵の歓声が、途中で途切れた。
岩の塊は人の形を取りながら、なお膨れ上がっていく。
巨腕。
巨脚。
胸郭。
頭部。
やがてそれは、高い影となって、白夜の下に姿を現した。
「な……」
誰もが声を失う。
「ゴーレム……?」
通常のそれとは、比べものにならない。
城が歩き出したかのような質量。
圧倒的な高さ。
圧倒的な、古い魔力の臭気。
トーパ王国軍の中から、引き裂かれたような悲鳴が上がった。
「エンシェントカイザーゴーレムだと!!」
戦場の空気が、一変する。
さきほどまで崩れかけていた魔物たちは、その巨影の出現に呼応するように再び咆哮した。
怯みかけていた前線が、逆に押し返される。
スパティウム隊の先頭車が、速度を落とした。
その砲塔がゆっくりと仰角を戻し、異形の巨体へと向き直る。
「目標変更」
イルメリア軍の無線が、急に低くなる。
「前方、巨大魔導構造物」
「全車、射撃諸元修正」
陣地では別の動きがあった。
黒いローブを纏い、金環を戴いた者たちが飛び出してくる。
トーパ王国が誇る、王宮戦闘魔導衆である。
彼らは雪の上に展開し、一斉に詠唱を開始した。
暴風。
雷鳴。
膨大な魔力。
次の瞬間、雷を孕んだ巨大な竜巻が、ゴーレムとその後方の魔王を丸ごと呑み込んだ。
兵たちは息を呑む。
だが――
風が晴れた時、そこにあったのは、ほとんど無傷の巨体だった。
王宮戦闘魔導衆が膝をつく。
肩で息をし、完全に魔力を使い果たしていた。
その背後で、どす黒い魔力を噴き上げる影が、一歩前へ出る。
「人間ども……小賢しいな」
魔王ノスグーラ。
その声は、低く、よく通った。
エンシェントカイザーゴーレムが、防衛陣地へ向けて歩き出した。
鈍い足音が、地面を震わせる。
誰もが絶望した、その時だった。
イルメリアが使役する鋼鉄の魔獣が、咆哮を上げた。