スパティウム隊は、敵の巨大な岩の化け物へ向け、一斉に主砲を放った。
二二口径一二〇ミリガンランチャーから撃ち出された運動エネルギーミサイルは、秒速二二〇〇メートルを超える凄まじい速度で飛翔し、岩石で形作られたゴーレムの胸部中央へ突き刺さった。
乾いた破砕音。
次の瞬間、エンシェントカイザーゴーレムの胸に、大きな穴が穿たれる。
弾は前面から侵入し、内部を粉砕しながら突き抜け、砕けた岩塊を撒き散らして背面から飛び出した。
そのため、入口よりも出口の方が大きく抉れていた。
コアを一撃で破壊された巨体は、たちまち魔力を失う。
岩の化け物は、その場で力を失い、全身を軋ませながら崩れ落ちた。
トーパ王国がどうすることも出来なかった怪物を、スパティウムはその主砲をもって、たったの一撃で葬り去ったのである。
静寂が、戦場を支配した。
「あ……あ……あ……」
塹壕の中からそれを見ていたトーパの兵は、そのあまりの光景に、ただ口を開くことしか出来なかった。
神話に語られる岩の巨人が、音を立てて崩れ落ちる。
それは彼らにとって、現実とは思えぬ光景だった。
「追い討ちをかけるぞ。主砲、撃てぇ!!」
試験小隊の二二式戦車が、四十七ミリ砲を発砲する。
続いて、複数の車両から砲弾が飛び、魔王へと殺到した。
ドン、ドン、ドン――
着弾は正確だった。
だが、魔王は何事もないかのように、こちらへ向かって歩き始める。
さらに、赤い光と共に、先程砕かれたはずの岩塊を、その身に再び纏い始めていた。
ババババババババ――
二二式装甲兵車に据えられた一二・七ミリ機銃が火を噴いた。
魔王の足が止まる。
その身を守るように防御姿勢を取るが、傷はついていない。
「こ……これでも効かんか!! 化物め!!」
ダウン、ダウン、ダウン、ダウン――!!
歩兵戦闘車の二十五ミリ機関砲が連射される。
魔王は完全に身を固め、防御に徹していた。
その身を覆う岩の外殻が削られ続け、ついにその顔にも焦りが浮かぶ。
僅かながら、体表に傷が刻まれ始めていた。
足元は雪に沈み込み、着弾のたびにわずかずつ後退していく。
その時だった。
魔王ノスグーラの手に、黒い炎が宿った。
「あれは強力な火炎魔法か!?」
トーパ兵の間に、動揺が走る。
魔王は詠唱を開始した。
「魔王ノスグーラの名のもとに命ず。魔界の獄炎……」
(まずい!)
犬神の背筋を、言いようのない悪寒が駆け抜けた。
考えるより先に、身体が動いていた。
装甲兵車から飛び出した犬神は、手にした重擲弾筒を素早く地面へ押し当てる。
旧陸軍の傑作兵器、八九式重擲弾筒。
仰角をほとんど目分量で定めると、そのまま引鉄を引いた。
小銃擲弾と迫撃砲の中間に位置する兵器。
本来は対地用である八九式榴弾が、しかし今は空中にある魔王へ向けて撃ち上げられる。
放たれた榴弾は、狙いたがわず飛翔した。
魔法を詠唱中の魔王、その頭部近くで炸裂した榴弾が、僅かに露出した魔力の結晶――魂石を砕く。
再び、静寂。
誰もが、トーパ王国軍でさえも、その光景を唖然として見つめていた。
自分たちは今、神話に刻まれた勇者の戦いをも上回る、凄絶な戦いを目撃しているのだと、ようやく理解したのである。
「おのれぇぇぇぇぇ……!!」
頭部を半分砕かれたはずの魔王が、戦場に響き渡る絶叫を放った。
「な……奴は不死身か!!」
誰かが呟いた。
だが、その叫びも長くは続かなかった。
「おのれぇぇぇぇぇ、トーパの者どもめぇぇ!! 一度ならず、二度までも、我の野望を打ち砕きおってぇぇ!!
良く聞け!! 下種どもよ!!
近いうちに魔帝様の国が復活なさる!! おまえら下種の世界も間もなく終わるぞ!! 圧倒的な魔帝国軍によって、おまえらは奴隷と化すだろう!! はーっはっはっ――」
声は次第に弱々しくなり、魔王は石と化し、ひび割れ、崩れ、ついには砂となって風に散った。
首魁を失った魔王軍の魔物たちは、一斉に叫び声を上げると、雪崩を打つように北方の魔物の大陸、グラメウスへ向けて逃げ去っていった。
陣地から歓喜の声が上がり、兵たちを包み込んだ。
◆◆◆
トーパ王国軍と魔王軍の戦いを目の当たりにした、この世界最強の国、神聖ミリシアル帝国の将校ライドルカは、驚愕に震えていた。
彼の任務は、古の魔法帝国の遺産の一つとされる魔王ノスグーラ、その魔力量と使用魔法を、観戦武官として確認することであった。
まず、制御不能のはずの魔物たちを統率する能力。
やはり、これは特筆に値する。
そして魔王は、古の魔法帝国の二足歩行型陸戦兵器の模造品と見られる、エンシェントカイザーゴーレムを使役した。
通常のゴーレムを遥かに上回る巨大さ。
あれほどの代物を動かせるのは、魔王の膨大な魔力あってこそであろう。
だが、それに対し、日本とイルメリアという新興国は、『戦車』と呼ばれる兵器を投入した。
神聖ミリシアル帝国の魔導兵器であれば、あのゴーレムを消し去ること自体は難しくない。
だが、陸を走る乗り物に魔導回路を組み込み、あれほどの鋼鉄を走らせ、高威力兵器を搭載するとなると話は別だ。
現時点の帝国技術では、出力不足により不可能である。
帝国の魔導技術をもってしても、なお不可能。
空からの攻撃に使用された兵器も、明らかに神聖ミリシアルの技術を上回るものだった。
しかも、使用された兵器には魔力反応が見られない。
あれは、おそらく機械文明ムーに近い技術体系なのだろう。
そして何より、魔王が死に際に放った最後の一言。
それが、この戦いで最も重大な衝撃であった。
「間もなく古の魔法帝国が復活する」
人族を、いや、あのエルフすら遥かに凌ぐ魔力量を持つ上位種たちが築いた、歴史上最強の国家。
神聖ミリシアル帝国でさえ、その遺産を未だ完全には解明出来ていない。
発掘される遺跡の断片ひとつを見ても、その文明が常軌を逸した高みにあったことは明らかだった。
その進みすぎた文明ゆえに、神々へ弓を引いたとされる古の魔法帝国。
その復活が近いと、魔王の口から語られたのである。
「こ……これは、本国に報告しなければ!!」
ライドルカは、即座に帰国準備に取りかかった。
◆◆◆
雪は、止んでいた。
激しい戦いだった。
多数の兵士が、その場にへたり込んでいる。
魔物の軍勢は離散した。
だが、防衛側もまた、死傷者千人を超える損害を被っていた。
それでも、守りきった。
トーパの民は、フィルアデス大陸に至る前に魔王の侵攻を食い止め、その軍勢を退けたのである。
恐怖からの解放。
それをやり遂げた達成感。
その日の出来事は、後にトーパ王国の歴史書へ、大きく大きく記されることになる。
夜。
戦勝の宴が催され、イルメリアと日本の活躍は、トーパ王国中に大きく報じられた。
犠牲を顧みず、同盟国のために戦ったイルメリア。
寡兵ながら一歩も引かず、最後に魔王へ止めを刺した日本。
この戦いは、トーパ王国の対日、対イルメリア感情に決定的な影響を与えた。
また、事実上魔王へ最後の一撃を加えた日本に対して、トーパ王国は極めて友好的な国となっていった。