太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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小型車

■第2文明圏 列強国ムー 

 統括軍所属 情報部

 

 マイラスは、報告書を閉じた。

 

 レイフォル戦域におけるグラ・バルカス帝国の戦力評価。

 それは、これまでの想定を明確に上回っていた。

 

 火力、装甲、速力、排水量。

 いずれも、軍艦としては過剰だった。

 

「グラ・バルカスと戦争になれば、厳しいな」

 

 彼の呟きは、独り言に近かった。

 

 ムー単独で対抗しても、いずれは押し切られる。

 それは認めざるを得ない現実だった。

 

 

 彼がそれに関心を向けたのは、そんな思いからだった。

 

 フェン沖海戦の記録。

 外交局員が持ち帰った、たった二枚の写真。

 

 一枚は、旧式の外観を持つ異様な軍艦「八雲」。

 もう一枚は、平面で構成されたイルメリアの軽巡洋艦。

 

 明らかに異なる技術と概念で構成された二隻。

 それが、作戦行動を共にしていた。

 

 八雲は、装甲巡洋艦にしか見えない。

 だが後部砲塔がなく、代わりに航空設備らしき構造を持つ。

 さらに、レーダーと思しき装備。

 

 旧式と近代が、無理に接合されたような感覚。

 設計者の意図が理解できない。

 

 もう一方のイルメリアの軍艦に至っては、それ以上だった。

 

 そもそも艦影からして、彼の概念からかけ離れている。

 無駄な線がなく、妙に整理されている。

 アンテナが少なすぎるが、よく見ると必要な物は露出している。

 

―もしかすると、艦橋そのものが電波装置と一体化しているのか?

 

 彼は、そこで考えるのをやめた。

 彼の持つ概念との、隔たりが大きすぎたのだ。

 

 

「あれは、何だ…」

 

 その問いに答えは出ない。

 

 だが一つだけ、確かなことがあった。

 

 あれを成立させている技術、あるいは運用思想か。

 

 彼は、それを確かめに行くことを決意した。

 

 

 数日後。

 

 四発ターボプロップ旅客機《カオス》は、灰色の空を滑るように進んでいた。

 

 双ブーム尾翼を持つ奇妙な機体。

 現場では「手押し車」と呼ばれている。

 

 機内は静かだった。

 プロペラの振動が、低く、一定のリズムで伝わってくる。

 

「まだ先は長いな」

 

 隣に座る派遣武官、ラッサンが言った。

 

「中継を三回。順調でも、あと二日はかかる」

 

 マイラスは短く答えた。

 

 ムーと日本は遠い。

 二万一千キロという距離は、世界を隔てる距離であった。

 

 なぜ日本なのか。

 ムーと国交のあったクイラ王国が、日本との連絡を取りつけてくれたからである。

 

 イルメリアは、まだトーパ王国防衛戦での被害の復旧に追われており、即答できない状態だった。

 

 

 やがて。

 

 機体は日本上空に入った。

 

【挿絵表示】

 

「……あれが、福岡か」

 

 海に面した都市。

 だが、市街の至るところに空き地があり、再開発でもしているかに見えた。

 

 福岡第一飛行場での補給は迅速だったが、設備にはばらつきがある。

 新しいものと古いものが混在していた。

 

 さらに東へ。

 

 どこか違和感を残したまま離陸。

 

 

 東京。

 

 四発ターボプロップ旅客機《カオス》が、東京飛行場の滑走路に静かに降り立った。

 

 マイラスはタラップの上で一度立ち止まり、見慣れぬ都市の空気をゆっくりと吸い込んだ。

 

 タラップを降りた瞬間、空気が変わった。

 

「……なるほど」

 

【挿絵表示】

 

 その一言には、驚きと警戒、そして興味が等しく混じっていた。

 

 都市は広い。

 人も多い。

 

 だが―

 

 荒れたままの郊外、破壊の後を残す港湾。

 

 都心部に開いた空き地。

 

 

「…大規模な災害にでも遭ったのか?」

 

 ラッサンの言葉を、マイラスは否定できなかった。

 

 

「ムーの方々でありますか?」

 

 空港の外で彼らを待っていたのは、カーキ色の制服の若い男だった。

 

「送迎を任されました、保安隊隊員、田中であります」

 

 緊張を隠せない男の背後には、一台の小型車が停まっていた。

 

 全長3メートルに満たない、小柄な車体。

 それは、あまりにも小さかった。

 

【挿絵表示】

 

「…これで、我々を?」

 

 ラッサンが眉をひそめた。

 マイラスも、何も言わなかった。

 

 一瞬、侮辱という言葉が浮かんだ。

 

 だが、乗り込んだ瞬間、その疑念は消えた。

 

 静かだったのだ。

 異様なほどに。

 

 振動がない。

 機関の唸りもほとんど感じられない。

 加速は滑らかで、衝撃がない。

 

「…これは凄いな」

 

 ラッサンが思わず声を漏らす。

 

 ムーの車両も優秀ではある。

 だが騒音と振動は避けられない。

 

 それが機械だと理解していた。

 

 だが、この車は違う。

 機械であることを、感じさせなかった。

 

「君―」

 

 ハンドルを握る田中に、マイラスは声を掛けた。

 

「日本では、これほど高性能の車が造られているのか?」

 

 返答は、あっさりしていた。

 

「いえ。国産ではありません」

 

 一拍。

 

「イルメリアからの輸入車であります」

 

 

 イルメリア。

 

 その名が、彼の思考に沈んだ。

 

 日本の八雲。

 

 イルメリアの軍艦。

 

 そして、この車。

 

 どこか共通しているものがあった。

 

 既知の概念の合理化。

 あるいはそれを越えたもの。

 

 

 夜、東京ステーションホテル。

 

 マイラスは窓の外を見ていた。

 

 未完成の都市。

 人々の波。

 その中を滑るように進む小型車。

 

「…意味が解らん」

 

 無意識に、考えが口に出た。

 

 意味は解らない。

 

 だが、理解できなくとも、構わない。

 重要なのは、使えるかどうかだ。

 

 もしあの小型車や軍艦の設計思想、製造技術、あるいはその一部でも引き出せたなら、

 ムーの現状を変えられるかもしれない。

 

 イルメリア。

 

 あの小型車を作る国。

 

 あの軍艦を建造する国。

 

 そこに、恐らくこの違和感の正体がある。

 

 マイラスは、静かに紅茶を口にした。

 黒い程に濃く、正確に淹れられたそれは、いつもと変わらない味だった。

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