太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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久々更新です。
話が複雑になり、構想が進まないのが現状です。


東京ステーションホテル

 東京ステーションホテルの窓からは、暮れなずむ丸の内の空が見えていた。

 

【挿絵表示】

 

 煉瓦造りの駅舎は、戦火を潜り抜けたとはいえ、ところどころに補修の跡が残っている。

 それでも、その佇まいには不思議な気品があった。

 磨き上げられた真鍮の手すり。

 使い込まれた木の床。

 新しいものではないが、古びてはいない。

 むしろ、時間そのものを味方につけているように見えた。

 

 ラッサンは、テーブルに置かれた革張りを手帳をゆっくりと開いた。

 銀の万年筆を取り、数秒だけペン先を止める。

 

 ホテルの外では、蒸気機関車の遠い汽笛が、夜の東京に細く響いていた。

 

 マイラスの脳裏には、昼間の視察で見た光景が蘇っていた。

 

 昼間、整備場で見た車両。

 下部は装甲兵員輸送車―おそらく輸送を主目的にした簡潔な車体。

 その上に、旧日本軍の新チハ中戦車の砲塔が据えられていた。

 砲塔旋回部は丁寧に加工され、内部配線も引き直されていた。

 

「…マイラス」

 

「何でしょう」

 

「報告書の評価項目を、少し変えようと思う」

 

 マイラスが視線を向ける。

 ラッサンの顔は、昼間よりもむしろ引き締まっていた。

 

「当初は、日本の工業復旧能力と艦隊運用技術を主に記すつもりだった」

 

 万年筆の先が、紙の上を滑る。

 

「だが、今日一日見て考えが変わった」

 

 彼は報告書の冒頭に、はっきりと書き込んだ。

 

『―脅威評価対象:工業力そのものに非ず』

 

 そこで一度手を止め、低く続けた。

 

「この国の脅威は、生産力の総量ではない」

 

 マイラスはすでに察していたように、静かに頷く。

 

「現場、ですね」

 

「そうだ」

 

 ラッサンは、その言葉を待っていたかのように続けた。

 

「この国は、中央の設計思想だけで動いていない」

 

 松型護衛艦。

 装甲兵員輸送車に新チハの砲塔を載せた戦車。

 倉庫に眠っていた余剰品。

 それらを旧式装備として扱わず、次の体系に組み込んでいる。

 

「ムーなら、新型艦は中央工廠が設計し、標準化された部材で量産する」

 

 ラッサンが言う。

 

「だが日本は違う」

 

 マイラスが言葉を継いだ。

 

「現場が、あるもので解を出す」

「その通りだ」

 

 ラッサンは、ペン先を走らせながら読み上げるように書く。

 

『―本国への所見。

 日本国の脅威は、工業総量よりも、現場単位における即応改装能力にあり』

 

 そして、軍内部で使われる分析用語を口にした。

 

「Improvisation capability」

 

 マイラスは立ったまま、その言葉を静かに反芻した。

 

「即応改装力…」

「ええ」

 

 ラッサンは顔を上げた。

 

「普通の国なら、損耗は戦力低下に直結する」

 

 だが日本は違った。

 損耗した兵器を廃棄するのではなく、別用途の部材と組み合わせて再戦力化していた。

 

「これは単なる節約ではない」

 

 ラッサンの声音に、軍人としての警戒が滲む。

 

「戦場で想定外の損耗が出ても、現地部隊や整備班が即応で代替戦力を作り出せるということだ」

 

 マイラスの目が細くなった。

 

「つまり、こちらの損害見積もりが狂う」

「そうだ」

 

 ラッサンは強く頷いた。

 

「通常の軍なら、戦車十両を失えば戦力は十両減る。

 だが日本は、その残骸と輸送車三両から、数日で新しい火力車両を生み出しかねない」

 

 それは軍人にとって、極めて厄介な相手だ。

 兵器のカタログ性能では測れない。

 損耗率の予測が通用しない。

 前線が独自に補ってくる。

 

「この国は、壊れてからが本番かもしれませんね」

 

 マイラスの言葉に、ラッサンは小さく笑った。

 

「皮肉だが、的確だ」

 

 万年筆がさらに走る。

 

『―追記。

 日本国軍は、損耗後の現地再編能力に優れ、戦力低下曲線が通常国家より緩やかである可能性大』

 

 マイラスは窓の外の復興工事を見た。

 線路を直す作業員たちの灯が、遠く揺れている。

 

「兵器も都市も、思想は同じです」

 

 彼は静かに言った。

 

「壊れたら終わりではなく、壊れてからどう使うかを考える」

 

 ラッサンは、手帳を閉じる前に最後の一文を記した。

 

『―結論。

 日本国に対する評価は工業国ではなく、"高度適応型再編国家"として行うべし』

 

 ぱたり、と手帳が閉じられる。

 ラッサンはゆっくりと立ち上がり、窓に歩み寄った。

 

「…マイラス」

 

「はい」

 

「文明の再建とは、新築ばかりではないのかもしれんな」

 ラッサンがぽつりと呟いた。

 

 マイラスは、わずかに笑った。

 

「ええ。日本は復興を"積み上げる"のではなく、"繋ぎ合わせて再生する"」

 

 そして、その言葉に少しだけ重みを持たせて続けた。

 

「ですが、継ぎ接ぎほど国の本質が出るものはありません」

 

 新しいものは誰でも造れる。

 だが、壊れたものを、異なる部材で繋ぎ合わせ、元より強くする。

 

「…あれは技術というより、国民性に近い」

 

 ラッサンは静かに頷き、窓の外の東京を見つめた。

 

「この報告は、上層部に嫌われるかもしれん」

「でしょうね」

 

 マイラスは少しだけ笑った。

 

「彼らは艦の数や砲の口径を好みますから」

 

 ラッサンも口元を緩めた。

 

「だが、現場を見た者の責務だ」

 

 ラッサンは静かに頷き、窓の外の東京を見つめた。

 

 日本は、失ったものを悼むだけでは終わらない。

 それがこの国の強さなのだと、彼らは理解し始めていた。

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