■沖縄 金武
赤く染まった雲が、島を覆っていた。
那覇市街から立ち昇る煙は、夜明け前になっても消えなかった。
金武分営所の見張り台で、若い隊員が双眼鏡を下ろした。
「…また燃えてます」
隣に立っていた曹長は頷くだけだった。
遠すぎて、何が燃えているのかは分からない。
那覇方面で、断続的な発砲と火災が続いていることだけは見て取れた。
金武分営所は、本来なら小規模な沿岸警備拠点に過ぎなかった。
歩兵一個中隊。迫撃砲数門。中型汎用機《天雀》二機。
海上戦力も重装備もない。
この小さな分営所が、那覇以北への最後の防壁になっていた。
国道沿いには土嚢と鉄条網が並べられ、軽機関銃陣地が築かれている。
隊員たちは徹夜だった。
小隊長の一人が、地図を広げたまま呟く。
「…本当に来ますかね」
「来るならここだ」
中隊長は短く答えた。
「連中は土地勘がない。山へは入らん」
彼は地図の上を指で叩いた。
「問題は、どこまで北上してくるかだ」」
滑走路脇では、《天雀》の整備が続いていた。
イルメリアから購入した輸送機で、V-33 コリダリスの日本仕様である。
整備兵が、燃料ホースを外しながら顔をしかめた。
「イルメリア製は便利ですけど、部品番号が分からんのですよ」
「動くなら文句言うな」
別の整備兵が工具箱を閉じる。
その横を、避難民を乗せたトラックが通り過ぎていった。
午前六時、分営所に無線が入った。
『那覇北方、武装集団確認。人数、およそ三十』
分営所の空気が張り詰める。
「…三十か」
中隊長は帽子を被り直した。
千人規模の暴動と言っても、軍隊のように動くわけではない。
それでも、銃を持った集団であることに変わりはない。
「第一小隊、前へ」
「はい」
「発砲を許可する。ただし、道路から出すな」
外では、朝日が赤土の地面を照らし始めていた。
隊員たちは無言で小銃を握り直す。
彼らの役目は、ただ時間を稼ぐことだった。
■長崎 端島要塞
炭鉱の島として知られた端島は、イルメリア公国の租借地となっていた。
海上から望むその姿は、島というよりは、海に浮かぶ石造りの城塞に近い。
岩礁の上に築かれた高い防壁、赤い屋根の連ねる街並みと、小高い岩山に建つ司令部。
この端島要塞は、単なる懐古趣味の軍港ではなかった。
防壁の内側には桟橋と倉庫が並び、地下には耐爆通信室や地下弾薬庫が備わっていた。
泊地の中央には、《常磐》が停泊していた。
高々と聳える二本マストと、往時の白塗装の船体。
古風な装甲巡洋艦の様相である。
艦橋上ではレーダーが静かに回転し、煙突からは薄いディーゼルの排煙がたなびいていた。
第一海上隊司令・福嶋英吉将補は、将旗を《常磐》に掲げていた。
本来なら旗艦であるはずの《八雲》は、横須賀に留め置かれていたためである。
《第一海上隊》隊司令、福嶋英吉将補。
《常磐》艦長、河西虎三大佐。
《鳳翔》艦長、作間英親大佐。
《長鯨》艦長、杉谷長秀大佐。
《鹿島》艦長、横田実大佐。
艦隊の中核を担うのは、大戦を生き残った海軍将校。
日本海軍の隆盛と最期を見届けた者たちである。
それ故、再び艦隊を率いて南へ向かう意味を噛みしめ、また、理解していた。
《鳳翔》の飛行甲板では、中型汎用ヘリ《千鳥》の暖機が始まっていた。
兵員と指揮要員、軽装備の先行投入のため、《鳳翔》は臨時のヘリ母艦として運用されていた。
今回は艦上戦闘機を積んでいなかった。
必要時には、九州から二十四式艦戦 《六花》を呼べばよい。
パーパルディア皇国のワイバーンが相手なら、それで十分だと考えられた。
その隣には、同じく近代化を終えた《長鯨》と《鹿島》が停泊している。
さらに佐世保沖には、第四海上隊所属の《菫》《楠》《初櫻》《椎》が待機していた。
三田一弥大佐指揮下の海防艦群である。
小型艦ではあるが、新型電探を備え、電探連動の二十五ミリ自動機銃が空を睨んでいた。
その様子は、戦時中とは明らかに別物であった。
出撃に先立って、沖縄方面の偵察が行われていた。
一式陸攻を母体に、ターボプロップエンジンと機上電探を搭載した長距離偵察機、《一式陸偵》。
さらに高空には、《一〇〇式戦偵》の姿があった。
一〇〇式司偵を基にした戦略偵察機は、原型を上回る速度と高空性能を秘めていた。
二機は那覇港と、その周辺海域を繰り返し捜索した。
報告は明瞭だった。
那覇市街は混乱の中にある。
港湾地区では火災と群衆の移動が確認され、警察署周辺では断続的な銃火が続いていた。
パーパルディア側の戦力は、那覇港内に停泊中の商船五隻。
さらに近海には、帆走フリゲートが二隻。
それ以上の戦力は、沖縄近海には確認されなかった。
だが、情報はそれだけでは終わらなかった。
同じ頃、イルメリア側から別系統の情報が入っていた。
パーパルディア皇国の艦隊が、沖縄方面に向けて南下しているという。
規模は大きくないが、放置すれば那覇港の商船団と合流する可能性があった。
日本にとって、事態は単なる治安出動ではなくなりつつあった。
同日午後。
第一海上隊は佐田岬沖で、呉を発った輸送艦隊と合流した。
一等輸送艦五隻である。
各艦には補給物資が積載され、搭載する《特大発》には、装甲車両が一両ずつ固定されていた。
二二式装甲兵車《ヘイ車》および二三式戦車《セイ車》が各二両、二三式対空戦車《タイ車》一両である。
数は少なかったが、装甲車両が存在するだけで、武装したパーパルディア人への圧力になると考えられた。
《特大発》では、低いディーゼル音が響いていた。
戦車第十一中隊長、池田末郎少佐は、《セイ車》の隣にいた整備兵に声を掛けた。
「固定具を再確認しておけ。南の海は荒れるらしいぞ」
「了解しました」
池田は、車両群を感慨深げに眺めていた。
終戦時に北方防衛の任っていた彼は、旧軍戦車隊の精鋭だった。
その後方では、第二大隊付機動歩兵中隊長・斎藤肇大尉が、《ヘイ車》の通信点検を確認していた。
「二号車、雑音が入っている。もう一度合わせろ」
『了解。再調整します』
通信越しに返答が返った。
輸送艦隊との合流後、艦隊は十八ノットで南下を続けた。
《常磐》艦橋で、参謀の一人が海図を見ながら呟く。
「少々遅いですな」
「そう言うな。輸送艦が沈めば、それで終わりだ」
福嶋は海図から目を離さなかった。
「そう焦るな。敵艦隊と決戦するわけでもあるまい」
艦橋内に、小さく笑いが漏れた。
誰も、この艦隊が沖縄近海で苦戦するとは考えていない。
問題は、どれだけ早く港湾と市街地を掌握し、秩序を回復できるかだった。
分営所:小規模な駐屯地や分遣隊の拠点です。