間話 神話の調査
■ロデニウス大陸 クワ・トイネ公国
エルフの聖地、リーンノウの森。
森を覆う巨木が陽光を遮り、小川の水音と小鳥のさえずりが森に響いていた。
そよ風は冷たく、空気はどこまでも澄んでいた。
まるで世界そのものが清められているような場所だった。
その森の入口で、二人のエルフが客人を待っていた。
ミーナとウォル。
どちらもリーンノウの森を守る者である。
「聖地に…人族を入れるなど、気が進まない」
ウォルが呟く。
彼の知る限り、この聖地へエルフ以外の種族が足を踏み入れた事はない。
歴史を遡っても一度だけである。
神話の時代。まだリーンノウの森が“神森”と呼ばれていた頃、魔王軍の侵攻を受けた種族間連合が、最後の砦としてここに立て籠もった。
他種族を招き入れるなど、本来ならば許されない。
彼はそう考えていた。
「ウォル! お客様の前でそんな事言っちゃ駄目だよ!」
ミーナが慌てて声を上げる。
「今日来るのは、ただの人族じゃないんだから。日本の人たちよ?ロウリアからクワ・トイネを救ってくれたし、避難中の仲間を助けてくれたんだから!それに、トーパ王国では復活した魔王ノスグーラまで倒したって話よ?」
「…本当に魔王だったのかも怪しいもんだ」
ウォルは鼻を鳴らした。
「噂というものは大きくなる。まして人族の話だ」
彼らが言い合っていると、不意に、何かを激しく叩くような音が響いた。
二人は同時に空を見上げた。
「な…なんだ、あれ!?」
森の上空を、巨大な鉄の塊が飛んでいた。
回転翼を唸らせながら飛行するヘリコプター。
深い森で暮らしてきた二人にとって、それは生まれて初めて見たものだった。
「ま、まさか…あれが日本の乗り物!?」
やがてヘリコプターは、驚く二人の前に着陸した。
扉の中から出てきたのは、灰色の服を着た男が二人。茶褐色の服の護衛が四人。
その中から、中年の男が進み出た。
「考古学者の中村と申します。本日は聖地をご案内いただけるとの事で、感謝いたします」
「は…はい」
彼らは拍子抜けした。
日本はクワ・トイネ公国を救った国だ。
恩着せがましい態度を想像していたが、中村の物腰は驚くほど丁寧だった。
「では、こちらへ。少し歩きます」
ミーナに導かれ、日本の調査団は森の奥へ進んでいった。
二時間後。
「はぁ…はぁ…ま、まだ着かないんですか…?」
調査団の一人が肩で息をしながら呻く。
額には汗が滲み、足取りも重たげである。
「あら、もう疲れてしまったんですか?」
ミーナがくすくすと笑う。
「ロウリア王国を倒し、魔王まで討った国だって聞いていたから、もっと凄い人たちかと思ってました」
「私が戦ったわけじゃないですよ…」
中村が苦笑した。
「でも、本当に不思議な森ですね。方位磁石が滅茶苦茶な方向を向いている。案内なしでは絶対に迷いますよ」
「神話の時代、種族間連合最後の砦となった場所ですから」
ミーナが答えた。
「森の声を聞けなければ、ここでは道を見失います」
調査団はさらに進んだ。
そして三十分後。
彼らはドーム状の建造物の前に立っていた。
表面は草木に覆われ、一見すれば丘か古墳のようにも見える。
ミーナは振り返ると、静かに語り始めた。
「この先にあるものは、私たちエルフの宝です。神話の時代、魔王軍はロデニウス大陸へ侵攻しました。魔王の力は強大で、各種族は種族間連合を結成して抗戦しましたが、敗北を重ね、多くの英雄たちが散っていきました」
彼女は目を伏せ、さらに続ける。
「そして連合軍は、この神森まで後退したのです。魔王軍の狙いもまた、この森を焼き払う事にありました。このままではエルフ族は滅びる。そう悟ったエルフの王は、太陽の神に祈りを捧げました」
森に静寂が落ちた。
「太陽の神は願いを聞き届け、“使い”をこの世界へ遣わしたのです。使いたちは火を噴く武器を操り、雷鳴と炎によって魔王軍を焼き払いました」
ミーナはゆっくりと建造物に手を向けた。
「戦いの後、彼らは強力な武器とともに、元の世界へ帰っていきました。ですが、この地に残したものもありました」
日本の調査団は固唾を呑んで聞いていた。
「エルフたちは、その武器をここへ隠しました。今は失われた“時空遅延式魔法”によって保存し、誰にも触れられぬように。伝承にはこうあります。“魔王の脅威を忘れないよう、この地に神の武器が残された”と」
ミーナの話が終わった。
中村は興奮を隠せない様子だった。
「神話が実在し、その遺物が今も残っている…考古学者として、これほど胸が躍る事はありません」
ミーナは草で覆われた壁に触れると、古代から伝わる呪文を唱えた。
すると、建造物を覆っていた草木が生き物のようにうねり、ゆっくりと入口を開いた。
一行は内部へ入った。
太陽の光が届かないはずの空間は、不思議なほど明るかった。
淡い光の幕が揺らめき、その奥はドーム状の空間だった。
そして―。
日本の調査団は、それを見た瞬間、凍りついた。
壁面に飾られた二流の旗。
赤い放射線状の太陽の旗と、黄金の双頭の鷲が描かれた旗が、静かに飾られていた。
調査団の一人が、呆然と呟いた。
「…陸軍の旭日旗?」
もう一人が、震える声で続けた。
「こっちは…双頭の鷲。ローマ帝国の旗か?」
さらに空間の中央には、砲架を備えた青銅の大砲と、真鍮の筒のようなものが置かれていた。
中村は吸い寄せられるように近づいた。
「
隣には、黒く変色した、用途不明の筒状の器械があった。
変色した
「待て…これ…油脂系?これは…
それ以上、誰も言葉を続けられなかった。
日本とローマ帝国。
交わるはずのない二つの文明の遺物が、同じ場所に存在している。
それ自体が、この遺跡の異常性を物語っていた。