太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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会見

■イルメリア専制公国

 中央暦一六三八年四月下旬

 

 イルメリアを訪れてから三日後。

 

 前日、「明日は昼食会を行いますので、午前のご予定はありません」とだけ伝えられ、一行は用意されたバスで領都の北部に連れて来られた。

 

 着いたのは、海峡を見下ろす高台に建つ領主館だった。

 

 雪雲の下には、灰色の海峡が広がっている。

 石造りの館は、宮殿というより古い修道院に近かった。

 重厚な外壁には深緋色の旗が垂れ、尖塔と丸屋根を組み合わせた姿が、長い歴史を感じさせる。

 

 門の両脇には、灰色の詰襟軍服を着た近衛兵が立っていた。

 その上には、小さな装甲板を幾重にも並べた防弾衣(クリヴァニオン)を身に着けていた。

 古風な建物と相まって、どこか昔の兵士を思わせる姿だった。

 

「士村さん、こりゃ、一杯食わされましたな」

 

 愉快そうに笑いながら稲村が言う。

 

「ははは、全くです」

 

 苦笑しながら士村が返した。

 

「お二人とも笑い事じゃありませんよ。外国の貴族の昼食会だなんて、そんな大層なところでどうすればいいのか、思いもつきませんよ」

 

 帝大を出たばかりの若い技術者が、困惑した表情で訴える。

 

「まあ、向こうさんも悪気があって呼んだんじゃないだろう。多少のことは大目に見てくれるさ」

 

 飄々とした態度を崩さない白川がなだめた。

 

「まあ、今の日本じゃできない贅沢ができるのも、役得ですな」

 

 緊張していた一行に、稲村は腹を叩きながらおどけてみせた。

 

 視察団の一行は、領主館での昼食会に招かれていた。

 

 モザイクで装飾された落ち着いた広間。

 正面には専制公、ユリア・テオドラ。

 

 深緋色の長衣には、幾何学的な金糸の刺繍が施され、胸元には細い鎖で吊られた、十字架型の聖遺物容器(エンコルピオン)

 金とエナメルで飾られた中央には、深い青の瑠璃が嵌め込まれている。

 

 中世から抜け出してきたかのようなユリアを前に、視察団一行は誰言うとなく最敬礼をした。

 

「せっかくのお招きの場に、このような平服で失礼いたします」

 

 恐縮する一行に、ユリアは、

 

「お顔をお上げくださいませ、皆さま。わたくしのこれも正装ではございません。冠を着けておりませんから」

 

(……あれが正装じゃなかったら、正装はどれだけ豪華なんだよ!)

 

 いろいろと突っ込みたくなる一行とは無関係に、昼食会が始められた。

 

 日本側に気を遣ってか、昼食会は比較的気軽な立食形式。

 

 一行は割り箸まで用意されていることに驚き、さらに料理を取ろうとして、その中に肉じゃがや鮭の塩焼き、稲荷寿司などが混じっていることに気付いた。

 

「ちょっと教えて欲しいのだが、これは……」

 

 一行の一人が給仕を呼び止めた。

 

「はい、姫さまのご指示で御国の料理を出させていただきました。何か間違ったところがあったでしょうか?」

 

「いえ、お気遣いに感謝します」

 

 そう言って稲荷寿司を口にした彼の目から、涙がこぼれた。

 

 彼は思い出した。

 

 戦前、平和だった時代に、よく母が稲荷寿司を作ってくれたことを。

 そして、南方で散った弟が大好きだったことを。

 

【挿絵表示】

 

 

 

■領主館 談話室

 

 昼食会の後、ユリアは談話室に場所を移し、視察団代表の白川と会談を行っていた。

 

 テーブルを挟んで互いにソファーに腰掛けた、格式張らないスタイルである。

 もちろん、部屋の隅には近衛兵が立っていたが。

 

「テオドラ閣下、まずは今回の視察を許可していただいたことに感謝いたします」

 

「いえ、お礼には及びませんわ。こちらの都合でお招きしたようなものですから」

 

 深々と頭を下げる白川に対して、ユリアは気さくに応じた。

 

 こちらの都合、という言葉に白川は疑問を覚えた。

 

「……と仰いますと?」

 

「イルメリアは、なるべく早いうちに日本国との友好関係を築きたいと考えております」

 

 白川の頭に、さらに疑問が浮かぶ。

 

「大変ありがたい話ですが、今の日本は疲弊し、終戦の混乱からも抜けきっておりません。そちらにメリットがあるとは、とても思えませんが」

 

「……確かに、今はそうでしょう。ですが、わたくしは貴国が奇跡的な復興を成し遂げた歴史を知っております」

 

 言われてみれば、相手は戦後の日本の歴史を知っている。

 知っているが……。

 

「お言葉ですが、転移前と今とでは状況が違います。連合国からの支援もない。この状況で、同じような復興ができるでしょうか?」

 

「わたくしは可能だと考えておりますわ。転移前とは異なり、クワ・トイネやクイラから豊富な資源を得られます。技術については、イルメリアがお力添えいたしましょう」

 

「技術支援……。ですが、なぜそこまで?」

 

 白川は出発前に武田総理から言われていた。

 

 イルメリアの真意を探って来いと。

 

 自分の懐刀である白川を派遣した理由は、そこにあったのだ。

 

「イルメリアは、対等な関係を築ける国を必要としております。今だけを見れば、我々はこの世界のどの国よりも優れた技術を持っているでしょう。ですが、それをいつまでも維持できるとお思いになりまして?」

 

 白川は思い当たった。

 

 たとえ未来の先進国であっても、大都市程度の人口だけで国力を維持できるのだろうか。

 

「考えてみれば、技術や設備の維持は何とかできるかもしれません。だが、それ以上の開発や発展となると……」

 

「……難しいでしょう」

 

 ユリアはあっさりと言った。

 

「百五十万人で、あらゆる産業と研究分野を抱え続けることなどできませんもの。足りないものは交易で補い、できないことは他国と協力する。それが一番現実的ではありません?」

 

 白川はわずかに目を細めた。

 

 未来の国から来た貴族というから、もっと浮世離れした人物を想像していた。

 だが、目の前の女専制公は、思いのほか計算高い。

 

 悪い意味ではないが。

 

「ずっと疑問に思っておりました。なぜ貴国が日本に関心を持たれるのか。植民地にでもしようとお考えかとも」

 

 相手は、対等の国交や貿易が行える国を欲している。

 そして、おそらくは将来的な技術交流や防衛協定さえも。

 

 ユリアは少しだけ目を丸くした。

 

「植民地?」

 

 それから、わずかに笑みを浮かべる。

 

「植民地など、効率の悪い前時代の遺物ですわ。それに、たった百五十万人で七千八百万人を支配できると、本気でお思いかしら?」

 

 白川も口元を緩めた。

 

「いや、普通ならそうでしょうな」

 

「それでしたら、お互いに儲かるお話をいたしましょう。日本には復興が必要で、イルメリアには市場と資源、それに将来の協力相手が必要です。どちらか一方だけが得をする関係では、長続きいたしませんもの」

 

 そう言って、ユリアは悪戯っぽく微笑んだ。

 

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