■イルメリア領
中央暦1638年4月下旬
イルメリアを訪れてから三日後。
前日、「明日は昼食会を行いますので、午前のご予定はありません」とだけ伝えられ、用意されたバスで連れて来られたのが、大きくはないが歴史を感じさせる石造りの建物。
門の両脇には、英国の近衛兵のようなクラシックな軍服を着た衛兵が立っている。
聞いてみれば、イルメリアの領主館だという。
「士村さん、こりゃ、一杯食わされましたな」
愉快そうに笑いながら稲村が言う。
「ははは、全くです」
苦笑しながら士村が返した。
「お二人とも笑い事じゃありませんよ、外国の貴族の昼食会だなんて、そんな大層なところでどうすればいいのか、思いもつきませんよ」
帝大を出たばかりの若い技術者が、困惑した表情で訴える。
「まあ、向こうさんも悪気があって呼んだんじゃないんだろうから、多少のことは大目に見てくれるさ」
飄々とした態度を崩さない白川がなだめた。
「まぁ、今の日本じゃできない贅沢ができるのも、役得ですな」
緊張していた一行に、稲村は腹を叩きながらおどけてみせた。
「皆さま、領内はいかがでしたか? 得るものはありまして?」
視察団の一行は領主館での昼食会に招かれていた。
モザイクで装飾された落ち着いた広間。
正面には領主、ユリア・テオドラ。
深い緋色の長衣に、金色の前垂れ、金と宝石で編まれた幅広の襟。
中世から抜け出してきたかのような豪奢なユリアを前に、視察団一行は誰言うとなく最敬礼を取った。
「せっかくのお招きの場に、このような平服で大変失礼いたします」
恐縮する一向にユリアは、
「お顔を上げてくださいませ、皆様。わたくしのこれも正装ではありません。冠がありませんから」
(・・あれが正装じゃなかったら、正装はどれだけ豪華なんだよ!)
いろいろと突っ込みたくなる一行とは無関係に、昼食会が始められた。
日本側に気を遣ってか、昼食会は比較的気軽な立食形式。
一行は割り箸まで用意されていることに驚き、さらに料理を取ろうとして、料理の中に、肉じゃがや鮭の塩焼き、稲荷寿司などが混じっていることに気付いた。
「ちょっと教えて欲しいのだが、これは・・」
一行の一人が給仕を呼び止めた。
「はい、姫さまのご指示で御国の料理を出させていただきました。何か間違ったところがあったでしょうか?」
「いえ、お気遣いに感謝します」
そう言って稲荷寿司を口にした彼の目から、涙がこぼれた。
彼は思い出した。
戦前、平和だった時代に、よく母が稲荷寿司を作ってくれたことを。
そして、南方で散った弟の大好物だったことを。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
■領主館 談話室
昼食会の後、ユリアは談話室に場所を移し、視察団代表の白川と会談を行っていた。
テーブルを挟んで互いにソファーに腰掛けた、格式張らないスタイルである。
もちろん、部屋の隅には衛兵が立っていたが。
「テオドラ閣下、まずは今回の視察の許可を頂けたことに感謝いたします」
「いえ、礼には及びません。こちらの都合で呼んだようなものですから」
深々と頭を下げる白川に対して、気さくに応じるユリア。
こちらの都合、いう言葉に疑問を浮かべる白川。
「・・と仰いますと?」
「イルメリアは、なるべく早期に日本との友好関係を築きたいと考えておりますの。」
白川の頭に、さらに疑問が浮かぶ。
「大変ありがたいのですが、今の日本は疲弊し、終戦の混乱からも抜けきっておりません。メリットがあるとはとても思えません」
「・・確かに今はそうでしょう。ですがわたくしは、貴国が奇跡的な復興を成し遂げた歴史を知っております」
言われてみれば、相手は戦後の日本の歴史を知っている。
知っているが・・
「お言葉ですが、転移前と今とでは状況が異なります。連合国からの支援もないまま、奇跡的な復興が成し遂げられるでしょうか?」
「わたくしは可能だと考えておりますわ。転移前と異なり、クワ・トイネやクイラから豊富な資源が手に入ります。技術支援はイルメリアが行いましょう」
「技術支援・・ですが、なぜそこまで?」
白川は出発前に武田総理から言われていた。
イルメリアの真意を探って来いと。
自分の懐刀である白川を派遣した理由は、そこにあったのだ。
「イルメリアは、対等な関係を築ける国を必要としています。今現在だけを考えると、我々はこの世界のどこよりも優れた技術を持っているでしょう。ですが、これをいつまでも維持できるとお思いになりまして?」
白川は思い当たった。たとえ未来の先進国であっても、大都市程度の人口だけで国力が維持できるだろうかと。
「考えてみれば、技術や設備の維持は何とか可能かもしれません。ですがそれ以上の開発や発展となると・・」
「・・無理な話ですわ」
「ずっと疑問に思っておりました。なぜ貴国が日本に関心を持たれるのか。植民地にでもしようかとお考えかとも」
相手は対等の国交や貿易が行える国を欲している。
そして、おそらくは将来的な技術交流や防衛協定さえも。
「植民地など、効率の悪い前時代の遺物ですわ。それにたった150万人で7800万人を支配できるとお思いかしら?」
そう言って、ユリアは悪戯っぽく微笑んだ。