太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

81 / 107
ル・ブリアスの夜

■アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

九月十五日 夜

 

 ル・ブリアス港に停泊する艦艇が、無数の灯火に彩られていた。

 大小の船影が、暗い夜の海に連なっているようにも見えた。

 

 

 アルタラスの王城では、演習参加国の将校を歓迎する宴が催されていた。

 

 かつてパーパルディア軍に荒らされた広間は、すでに修復を終えていた。

 ただ、被害の痕跡だけは、その一部が意図的に残されていた。

 

 ギリシャの神殿を思わせる円柱を連ねながら、アラビア風の華麗な装飾を取り入れた広間。

 

 シャンデリアと無数の燭台が大理石の床を照らし、白衣の給仕が酒肴を運ぶなか、黒い詰襟の日本人、灰色の軍服姿のイルメリア人、ロデニウス大陸から来たエルフやドワーフの武官が、幾つもの輪を作って歓談していた。

 

【挿絵表示】

 

 

 異なる国、異なる文明から集まった者たちが、同じ卓から料理を取り分け、同じ酒を酌み交わしている。

 その光景は、彼らの間に生まれつつある新しい関係を雄弁に物語っていた。

 

 

 広間の奥には女王ルミエスが立ち、その傍らに騎士団長ライアルと従騎士であるリルセイドが控える。

 

 ルミエスは各国の士官を見渡した。

 

 日本からは、第三海上隊司令の伊原貢将補、大型海防艦『長鯨』艦長の永井満大佐、正規空母『大鷲』艦長の佐久間英邇大佐が出席していた。

 ムーの観戦武官マイラス、ラッサンの姿もあった。

 

 クワ・トイネ公国からは哨戒艦『マイハーク』のエルフ族艦長、クイラ王国からは警備艦『バルラート』のドワーフ族艦長が顔を見せている。

 

 イルメリアから招かれたのは、演習艦隊を束ねるキアラ・ドルフィン司令大佐と、海防輸送艦『イディオメロン』艦長アーリ・エギルソン大佐だった。

 さらに、イルメリア艦に同乗してきたトーパ王国の騎士アボンの姿もあった。

 

 国も種族も身分も異なる者たちが、今夜は同じ広間に集っている。

 

 宴の目的は、各国士官の親睦を深めることにあった。

 同時に、アルタラス王国と五国連盟の友好関係を内外へ示す場でもあった。

 

 ルミエスが杯を手にすると、広間は静まり返った。

 

「アルタラスは、一度国を失いました」

 

若き女王の声が響いた。

 

「ですが、多くの方々の助けによって、私たちはこの地へ戻ることができました」

 

 ルミエスは窓の外へ目を向けた。その先には、各国の艦艇が並んでいる。

 

「今夜、この王城に皆様をお迎えできたことを、嬉しく思います」

 

 杯が掲げられる。

 

「五国連盟と、アルタラスの友誼に」

 

 各国の士官たちも杯を上げた。

 

「友誼に」

 

 唱和が広間を満たした。

 

 

 楽団が演奏を再開すると、出席者たちは思い思いに交流を深めた。

 

 アルタラス騎士団長ライアルは、伊原将補とともに窓際に立っていた。

 

「明日の演習海域に残っていた漁船は、すべて退避させました」

 

「ご協力に感謝します」

 

 伊原が応じた。

 

「臨検訓練に使う船も、予定の位置へ移動済みです。避難民役の者たちは、夜明け前に港に入ります」

 

「住民の皆さんには、ご負担をかけます」

 

「彼らは負担とは思っておりますまい」

 

 ライアルは沖の艦隊を眺めた。

 

「この国の者にとって、あれほど多くの友軍艦艇を見る機会は、そうありませんゆえ」

 

 

 少し離れた場所では、永井大佐とエギルソン大佐が翌日の上陸訓練について話していた。

 

「第一陣は、そちらの輸送船から出すのですな」

 

「ええ。ただし、上陸地点を確保した後は、日本側の舟艇にも入っていただきます」

 

 エギルソンは続けた。

 

「輸送車両の揚陸には時間が掛かります。順番を誤れば、海岸が塞がります」

 

「実戦なら、敵も待ってはくれませんな」

 

「そのための演習です」

 

 エギルソンは杯のワインを呑み干した。

 

 

『大鷲』艦長の佐久間大佐は、クワ・トイネとクイラの艦長に囲まれていた。

 

「空母の甲板には、あれほど多くの人員が必要なのですか?」

 

『マイハーク』艦長が尋ねた。

 

「運用するだけなら、もう少しは減らせます」

 

 佐久間は答えた。

 

「しかし、艦載機を発艦させ、帰投した機体を再び送り出すとなれば、相応の人手が要ります」

 

「船が大きくなれば、仕事も増えるということか‥」

 

『バルラート』艦長は腕を組んだ。

 

「イルメリアが手放した理由も分かる気がするな」

 

 彼の呟きに、佐久間は苦笑した。

 

 確かに『大鷲』の運用には苦労させられていた。

 

 昔に比べ、組織も艦隊も相当に小さくなっていたのだから。

 

 

 そんな各国の士官の様子を、マイラスとラッサンは広間の隅で眺めていた。

 

 それぞれの華やかな礼装。

 人々は穏やかに言葉を交わし、ときおり笑い声が上がっていた。

 

 窓の外では、停泊した艦艇の明かりが波に揺れていた。

 港に続く大通りには、日本やイルメリアの水兵が行き交っていた。

 クワ・トイネやクイラの乗員も交代で街に繰り出し、酒場や食堂は各国の制服をまとった客で賑わっている。

 

 

「パーパルディアの眼前で演習をするというのに、呑気なものだな」

 

 マイラスが小声で言った。

 

「艦隊司令まで王城で宴か」

 

 ラッサンが杯を傾ける。

 

 ル・ブリアスから皇都エストシラントまで、僅か千キロ。

 

 パーパルディアが、この演習を黙って見ているとは思えなかった。

 それにもかかわらず、艦隊は非番の乗員を上陸させ、王城では指揮官たちが酒杯を交わしている。

 

「パーパルディアが動くとは考えていないのか?」

 

 

「考えてはいる」

 

 その会話に、背後から落ち着いた声が割って入った。

 

 二人が振り返ると、濃灰色の軍服に身を包んだ赤髪の女性将校の姿があった。

 

【挿絵表示】

 

 

 演習艦隊を統括する、キアラ・ドルフィン司令大佐である。

 

 軍服の胸に留められた、サン・マルコの獅子を象る記章。

 それは、彼女が亡命ヴェネツィア貴族の末裔であることを示していた。

 

 マイラスはわずかに居住まいを正した。

 

 三十代半ばとおぼしき整った顔には、わずかな微笑が浮かんでいた。

 しかし、その眼差しは鋭く、艦隊を率いる者の威厳を感じさせた。 

 

「では、なぜ乗員を街へ出すのですか?」

 

「休養のため。それ以上の理由はありません」

 

 キアラは当然のことのように答えた。

 

「パーパルディア本国艦隊が出港するまでには、まだ時間があります」

 

「それが分かるのですか?」

 

「分からずに艦隊を預かっているとでも考えておられたか?」

 

 口元に微笑を残したまま、キアラは平然とマイラスを見返した。

 

 

 パーパルディア皇国の海軍基地は、今も監視下にある。

 

 衛星軌道上の監視ドローンの情報によると、エストシラントの軍港は物資の搬入と人員の召集に追われていた。

 

 だが、戦列艦を中心とする大艦隊を動かすには、弾薬、食糧、水、魔導兵器といった資材を積み込まなければならない。

 帆装の点検や乗員の編成には時間が必要だった。

 

 出港まで少なくとも数日。

 そこからル・ブリアス沖へ到達するには、さらに二日ほどの航海が必要となる。

 

 その状況は、日本をはじめとする演習参加国の指揮官にも伝えられていた。

 

「つまり、パーパルディアの動向が分かると?」

 

 ラッサンが問い返した。

 

「正確な時刻までは分かりませんが、」

 

 キアラは窓の外へ目を向けた。

 

「少なくとも今夜ではありません」

 

 マイラスも沖を見た。

 

 港外に散開したイルメリアの無人哨戒艦の舷灯が微かに揺れる。

 艦隊は錨を下ろし半舷上陸に入っていた。主機を止めている艦さえある。

 

 警戒を解いているのではなく、本当に休める時機だと判断しているのだ。

 

「警戒しなくてもよい、と?」

 

「無論、警戒は続けています」

 

 キアラは即座に否定した。

 

「ただし、警戒と緊張は別です。常に張り詰めていては、いざという時に兵が持ちません」

 

 そう言うと、キアラは伊原たちの一団へ戻っていった。

 

 

 マイラスは、改めて広間を見回した。

 

 アルタラスの騎士と日本の海軍士官が語り合っていた。

 エルフの艦長は、ドワーフの艦長と料理を巡って言い争っている。

 

「備えてはいるのだな」

 

 ラッサンがつぶやいた。

 

「ああ」

 

 マイラスは杯を置いた。

 

 

 王城では音楽が続いていた。

 港の酒場では、各国の水兵たちが杯を重ねていた。

 

 そしてこの瞬間にも、パーパルディアでは出撃の準備が続けられていた。

「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。

  • 現行 今のまま。
  • 改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。