「哨戒艦G-003、被弾後に爆散。通信途絶」
報告を受けた作図員が、状況盤上の符号へ斜線を引いた。
記録員が時刻を書き留めると、演習艦隊旗艦『ミュロフォロス』から通信が届いた。
演習艦隊を統括するキアラ・ドルフィン司令大佐である。
『演習参加各部隊へ。パーパルディア皇国艦隊による武力攻撃を確認。演習群アルファは海戦演習を開始する』
続いて、別の命令が出された。
『演習群ベータは救難演習へ移行。指定海域へ進出し、戦闘海域外で待機』
状況盤の端にあった救難群の符号が動き始めた。
イルメリアの通報艦『イーリス』『カレウム』『サルブス』『セリノン』、日本の海防艦『柿』『樺』『蔦』『萩』、クワ・トイネの哨戒艦『マイハーク』『エジェイ』、クイラの『バルラート』である。
「救難演習?」
マイラスは斜線を引かれた符号を見た。
「これから必要になります」
連絡士官が答えた直後、電探員から報告が上がった。
「パーパルディア艦隊上空に航空目標多数。速力と高度からワイバーンと推定。現在も増加中」
「総員、発艦配置。第十一飛行隊、緊急発進」
サイドエレベーターが昇降し、二十機の二三式艦上戦闘機――FA4-RNハウッカN型『六花』が飛行甲板へ上げられた。
搭乗員は、零戦、隼、艦上攻撃機による実戦経験者から選抜され、イルメリアでVRシミュレーターを含む半年以上の機種転換訓練を受けている。甲板員や整備員にも旧海軍の正規空母勤務者が集められ、ジェット機の艦上運用を繰り返し訓練してきた。
前脚が電磁カタパルトのシャトルへ接続され、発艦誘導員が旗を振り下ろす。最初の六花は、甲高いリニアモーターの作動音とエンジンの轟音を残して飛び立った。後続機も順番に発艦し、『大鷲』の上空で編隊を組んでいく。
六花が搭載するのは、本格的な空対空誘導弾ではない。
イルメリア製ドライブレコーダーのカメラとPDA(携帯情報端末)を誘導コアに転用し、撮影した映像からワイバーンに近い大きさと輪郭を識別する安価な簡易誘導ロケット弾だった。
敵味方の識別は、発射前に搭乗員が行う。複雑な背景や友軍機との混戦には向かないが、海を背景に飛ぶ大型生物なら判別できた。
二十機の六花は高度を取り、ワイバーン群の進路を横切る位置へ向かった。
*
ワイバーンの竜騎士たちは、正面から接近する六花を捉えていた。
敵は速いが、こちらには数がある。各隊は散開し、導力火炎弾を放つ態勢へ入った。
しかし、第十一飛行隊は近接戦闘に応じなかった。
先頭編隊が射撃位置を通過し、各機から簡易誘導ロケット弾を斉射する。
発射を終えた編隊は直ちに針路を変え、後続へ攻撃位置を譲った。
黒い点となって迫るロケット弾に対し、竜騎士たちは導力火炎弾を放ったが、正面投影の小さな高速目標を捉えることはできない。
爆発が連続し、ワイバーンの隊列が崩れた。
後続編隊の斉射がそこへ重なり、回避した騎体も次々と海面へ落ちていった。
生き残った竜騎士は高度を下げ、艦隊上空に逃れようとした。
第十一飛行隊は散開した敵を追わず、指定空域から離脱した。
「迎撃部隊より報告。ワイバーン群、戦闘隊形を維持できず、撤退中」
アクリル盤から、敵航空部隊を示す符号が消されていった。
マイラスが発艦からの経過時間を確かめると、空戦と呼ぶにはあまりに短い。
ラッサンは、第十一飛行隊の符号が艦隊上空へ戻る様子を見つめた。
*
アルカオンのもとにも、竜騎士団が迎撃に失敗したとの報告が届いていた。
敵飛行機械の損害は確認されず、残存したワイバーンは艦隊上空へ戻りつつあった。
「予定どおり進む。砲戦距離に入るまで陣形を保て」
無人艦を撃破してから数時間が過ぎていた。五国艦隊との距離は縮まっていたが、皇国側の魔導砲にはまだ遠い。
やがて、水平線の向こうで発砲炎が瞬いた。
*
「撃ちぃ方ぁ始めぇ!」
大型海防艦『長鯨』の一五・二センチ連装自動砲二基が射撃を開始した。
「
続いて巡察艦『ミュロフォロス』とアルマ級二隻が砲門を開く。
三隻が備える七六ミリ電磁投射砲は、『ミュロフォロス』の三門とアルマ級各二門、合わせて七門である。
日本艦隊とイルメリア艦隊は、単一の射撃管制網で結ばれていない。
両国は事前に射撃海域を分け、目標の重複を避けていた。
日本側は自艦のレーダーと航空隊の報告を、イルメリア側は無人機と艦隊内情報網を用いる。
『長鯨』の砲声が低く海上を渡る一方、電磁投射砲は金属を打ち裂くような鋭い音を連ねた。
最初の砲弾が前衛艦を捉え、舷側を貫いた。
別の艦ではマストが折れ、帆と索具が甲板へ崩れ落ちた。
アルカオンのもとへ損害報告が相次いだ。沈没、航行不能、浸水、帆装大破。前衛艦が次々と脱落しても、作戦前に定めた限界へ達するまでは前進を続けさせた。
「砲戦距離まで、あとどれほどだ」
「このまま進んでも、なお時間を要します」
「損失は?」
艦長が集計表を確認した。
「沈没および航行不能艦を合わせ、全体の三分の一に達しつつあります」
敵艦の姿はまだ遠い。有効な砲撃を加えられる距離へ入るまで前進すれば、損害は定められた限界を確実に超える。
マータルの作戦は、損害を受けながらも接近できることを前提としていた。
その前提が崩れた以上、残存艦を投じる理由はない。
「全艦、反転」
アルカオンは命じた。
「損傷艦の乗員を収容しつつ、エストシラントへ撤退する。健在艦は後衛に回れ」
「よろしいのですか」
「三分の一を失っても敵へ届かぬなら、残りを投じても同じだ。撤退条件は海軍本部から明示されている」
信号が各艦へ送られた。『ディオス』は後衛へ回り、損傷艦と救助に当たる艦を援護しながら針路を変えた。
その百五十門の砲は、最後まで敵を射程に収めることができなかった。
*
「パーパルディア艦隊、反転を開始」
アクリル盤上の敵艦隊の針路が書き換えられた。
「
『長鯨』とイルメリア巡察艦の砲撃が止んだ。
代わって、待機していた救難群が戦闘海域へ入った。
海面には、沈没した戦列艦から脱出した乗員と破壊された艦載艇が散在していた。
クワ・トイネとクイラの哨戒艦は漂流者の多い海域へ向かっていた。
日本の海防艦とイルメリアの通報艦は、負傷者を収容しながら、周辺の警戒に当たっていた。
マイラスは、状況盤に新たな記号が書き込まれていくのを見た。
それは沈没艦ではなく、各救難艦の捜索区画と収容人数を示すものだった。
「これも、予定されていたのか」
「海戦演習と救難演習は、初めから一組です」
連絡士官が答えた。
ラッサンは、反転してゆく『ディオス』の推定位置を見つめた。
「しかし、演習……ね」
「演習は演習です」
五国連盟の公式記録では、パーパルディアとの戦闘は起こっていなかった。
海戦演習中、武装艦隊が演習海域に侵入し、警告に当たっていた無人艦を砲撃したため反撃を行った。
武装艦隊が退去したため射撃を中止し、沈没艦の乗員を救助したとされていた。
その結果、パーパルディア本国艦隊は艦艇の三分の一を失い、旗艦『ディオス』に率いられてエストシラントへ撤退した。
ル・ブリアス沖では、なおも救難演習が続いていた。