■皇都エストシラント南方海岸
エストシラント防衛基地が空襲を受けて間もなく、沿岸監視所から新たな報告が届いた。
南方沖に多数の艦影が現れ、海軍基地へ接近している。
先の海戦から戻った連絡船によれば、皇国本国艦隊は全兵力の三分の一を失い、エストシラントへ撤退中だという。
皇都防衛隊は、海岸部の部隊に第一種戦闘配置を命じた。
上陸が予想される海岸には、元より魔導砲を備えた土塁と銃兵の陣地が築かれている。
海軍基地からも陸戦隊が送られ、地竜部隊――リンドブルムが集結を始めていた。
しかし、守備隊の招集は終わっていなかった。
皇都内では予備役の召集が始まったばかりで、属領軍へ送った増援命令にも返答はなかった。
沖合の艦隊は、守備隊が配置を整えるまで待たなかった。
*
イルメリア巡察艦三隻と『大鯨』は、海岸線に沿って航行していた。
旗艦『ミュロフォロス』で指揮を執るキアラの傍らには、白い制服の女性が、板状の立体映像として浮かんでいた。
その輪郭の向こうにはCICの表示が薄く透けて見える。
作戦参謀AI《セレーナ》
麾下の各部隊と衛星からの情報を整理し、指揮官に提示するのが彼女の役目である。
『上陸予定時刻まで四十二分。予定変更なし。無人偵察機からの最終更新を反映しました』
「変更点は」
『第二観測所から人員の退避を確認。第三砲台は魔力反応を停止しています。放棄された可能性があります』
「砲は残っているか」
『確認できます』
「なら予定どおりだ。観測所は?」
『退避完了まで射撃対象から除外します。周辺集落への危険はありません』
キアラは戦術表示を一度見渡した。
「上陸予定時刻、変更なし。予備射撃を開始せよ」
『了解。作戦を実行します』
中央モニターに射撃準備完了を示す表示が灯り、同時に僚艦と『長鯨』へ命令が伝えられた。
大型海防艦の一五・二センチ連装自動砲が海岸に向けられ、低い砲声を響かせる。
砲弾は海岸砲台の後方へ落ち、土塁と魔導砲を土煙の中へ呑み込んだ。
三隻の巡察艦も、七六ミリ電磁投射砲による射撃を始めた。
金属を打ち裂くような音が連なり、観測所や砲側の弾薬置場が一つずつ破壊されていく。
海岸砲台から放たれた魔導砲弾は、艦隊のはるか手前で水柱を立てた。
守備隊の陣地へ砲撃が集中する一方、背後の集落と海軍基地の主要施設には一発も落ちていない。
『大鷲』の艦橋では、マイラスとラッサンが双眼鏡で海岸を見ていた。
土煙の中から銃兵が後退し、海軍基地へ通じる街道には地竜の一団が現れている。
背中の甲羅には櫓が組まれ、マスケット銃兵が乗り込んでいた。
「地竜は、艦砲で撃たないのですか」
「上陸部隊が対処します」
連絡士官が答えた。
*
海防輸送艦『トロパリオン』は、海岸から数キロ離れた地点で速力を落とした。
艦内には、三十機のグノームが並んでいる。
サンドベージュに塗られた機体は全高四メートル。
今回の作戦のためバックパックが交換され、操縦席側面の透明窓は装甲シャッターで覆われていた。
その中に、臨時編入された二機の姿があった。
共に両肩が
エリン・アダ少尉と、アリア・マリア軍曹の機体である。
エリン機は狙撃仕様に改修され、通常機より長い三〇ミリ狙撃銃を携え、アリア機には光学観測機器が増設されていた。
『各機、水密確認』
隊内通信に声が流れ、操縦士が異常のないことを順に報告する。
『ねえ、アリア』
個人回線に、エリンの声が入った。
『なに?』
『水中速度、遅すぎない?』
『勝手に離れないの、エリン』
『まだ離れてないでしょう』
『“まだ”はいらないから』
エリンは不満そうに息を吐いた。
『姫っちの注文は、塔を壊すな、だったよね』
『専・制・公・殿・下! それと、技術者も保護対象よ?』
『覚えてるって。塔も技術者も撃たない』
『脅して塔から飛び降りさせるのも駄目だからね』
『私を何だと思ってるの?』
『今まで何度止めたと思ってるのよ!?』
二人の会話を遮るように、発進命令が入った。
『発進口開放。第一隊、前進』
警報灯が点灯し、船尾の発進口から海水が流れ込んだ。
先頭のグノームが暗い海中へ沈み、後続機も間隔を保って続く。
三十機すべてが『トロパリオン』を離れると、水中行動用エンジンを起動し低速で海岸に向かった。
頭部の三眼式光学装置が水中を捉え、進行方向と僚機の位置を操縦席に表示する。
深度はわずか三十メートル。
機体は海底から距離を取り、隊形を保って潜航した。
海上から伝わる砲撃の振動が、一定の間隔で機体を揺らしている。
『右前方、海底が盛り上がってる』
アリアが進路上の地形を捉え、各機に回避経路を送った。
『よく見えるわね』
『そのために一緒に来てるんじゃない』
『私のお守りじゃなかったの?』
『それも任務に入ってるかも?』
岸へ近づくにつれて水深が浅くなった。
先頭部隊は速度を落とし、脚部が海底へ触れたところで水中行動用エンジンを止めた。
下駄状の脚部装備が軟らかな砂への沈み込みを抑え、各機は海底を踏み締めながら浅瀬を進んだ。
数分後、海岸の各所で海が盛り上がり、濡れたサンドベージュの機体が次々と姿を現した。
波打ち際では、砲撃を逃れたパーパルディア兵が、その様子を呆然と見つめていた。
彼らは当然のごとく、上陸用の舟艇が来るものと考えていたのだ。
グノーム通常機が二五ミリアサルトライフルを構え、左右に展開した。
その少し後方で、エリン機が三〇ミリ狙撃銃を肩に据える。
『海岸奥、地竜部隊。距離一千二百』
アリアから送られた目標表示が、エリンの照準器に重なった。
『見えてる』
『まだ撃たないのよ』
『分かってる。射撃命令を待ってる』
『あら、明日は雨かしら?』
エリンは答えず、先頭の地竜を照準に捉え続けた。