太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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トロパリオン

『地竜部隊、速度増加。こちらに向かってくる』

 

 アリアの声から、先ほどまでの軽さが消えた。

 

 街道を埋めて進んでいた地竜が、次々と速度を上げる。

 背の櫓では、マスケット銃を構えた銃兵が前方を睨んでいた。

 

 隊内通信が流れる。

 

『射撃を許可する。前進を阻止せよ』

 

『了解』

 

 エリンが引き金を引いた。

 

 三〇ミリ弾が先頭の地竜の頭部を捉えた。巨体が前のめりに崩れ、背の櫓から銃兵が放り出される。

 すぐ後ろを走っていた二頭が、左右に進路を変えた。

 

 そこに通常機の二五ミリアサルトライフルが火を噴く。

 

 短い射撃音が砂浜に重なった。

 数頭が倒れると、地竜の隊列はたちまち崩れた。

 

『右、まだ来る。三頭』

 

『見えてる』

 

 エリンの正確な射撃で、さらに数頭が横倒しになった。

 

『地竜部隊の退却を確認』

 

『追う?』

 

『放っておいて。海軍基地側に新しい動き』

 

 地竜から投げ出された兵は、砂浜を這うように後退していった。

 

 装甲歩兵隊は追わなかった。

 戦意を失った兵に構う必要はない。

 

 一方、土塁の陰からマスケット銃を構えた兵には、即座に反撃が加えられた。

 

     *

 

 上陸開始から二十分ほどで、組織的な抵抗はほぼ途絶えた。

 

 海岸を確保したグノーム三十機のうち、十五機が海軍基地と皇都に通じる街道を警戒し、残りは上陸地点に引き返した。

 

 海岸には、『大鷲』から発進した三隻の百トン級装甲兵員輸送艇が近づいていた。

 誘導に従い、次々と砂浜に乗り上げる。

 

 正面の歩板が倒れると、各艇から一両ずつ、計三両の二三式戦車が姿を現した。

 戦車に続いて日本保安隊の陸上部隊員が降り立ち、上陸地点から内陸に通じる進出路を確保していく。

 

 輸送艇が航路を空けると、代わって沖合の『トロパリオン』が動き出した。

 

 巨大な艦首が砂を噛み、押し退けられた海水が両舷から白く広がる。

 艦尾錨の索を張りながら、艦橋も煙突もない長大な箱形の船体が、ゆっくりと浜に乗り上げた。

 

 艦首上部の継ぎ目が開き、巨大な扉が油圧装置で持ち上がる。

 船内の車両甲板が露出し、内部に折り畳まれていた長大なランプウェイが、幾つもの接合部を伸ばしながら砂浜に降りていった。

 

【挿絵表示】

 

 二万トンを超える灰色の船体が装甲車両を吐き出す姿は、砂浜に這い上がった巨大な海獣を思わせた。

 

 最初に現れたのは、装甲モジュラー車両スクタトスの歩兵戦闘車型だった。

 一個機械化歩兵小隊を構成する四両は、二十五ミリ機関砲を内陸に向け、後続車両を守る位置に散開する。

 

 続いて二十六両の輸送型スクタトスが降りてきた。

 荷台には資材、物資、機材、燃料などが積まれている。大型の桟橋部材や浮体を架台に載せた車両もあり、一部はトレーラーを牽引していた。

 

「第二班、こちらに。四号材から先に下ろす」

 

 工兵士官が大きく腕を回して合図する。

 

 浜に戻っていたグノームがランプウェイの両側に進み、輸送車両だけでは扱いにくい桁材を持ち上げた。

 四メートル級の機体が二機一組で鋼製の梁を運び、工兵の指示した位置に据えていく。

 

 すべての車両と主要資材を降ろすと、『トロパリオン』はランプウェイを艦内に収めた。

 大きく開いていた艦首扉が閉まり、砂を噛んでいた船底がゆっくりと動き始める。

 

 『トロパリオン』が離岸した跡では、すでに仮設桟橋の組み立てが始まっていた。

 

      *

 

 『大鷲』の艦橋では、『トロパリオン』がLCUの航路に入った頃から、幕僚たちの双眼鏡が一斉にその巨体に向けられていた。

 

 第三海上隊司令、伊原貢将補の隣には、艦長の佐久間英邇大佐と、ムー王国から派遣された観戦武官のマイラス、ラッサンが立っている。

 

「……実施要領には記されていましたが」

 

 ラッサンが双眼鏡を構えたまま口を開いた。

 

「海防輸送艦で揚陸とは、本当にそのままの意味だったのですね」

 

 マイラスも驚きを隠せない。

 

「百トン級の輸送艇なら分かります。しかし、あれほどの艦を座礁させるとは……」

 

「座礁ではなく、揚陸です」

 

 佐久間は訂正したが、その声にも呆れが混じっていた。

 

「……『トロパリオン』は、二万トンを超えていたはずですが」

 

「ええ」

 

「それを浜に乗り上げるのですか?」

 

「すでに乗り上げていますな」

 

「座礁ではなく、ビーチングだそうです」

 

「呼び方の問題ではありません」

 

「戦時中にも戦車揚陸艦(二等輸送艦)はありました。ですが、あの大きさでやられると、船乗りとしては心臓が止まりそうです」

 

 『トロパリオン』は速力を落として浅瀬に入り、海水と砂を押しのけて進んだ。

 やがて船体がわずかに持ち上がり、止まる。

 

「連中、本当にやりましたな」

 

 佐久間が呟いた。

 

 伊原は双眼鏡を下ろさなかった。

 

 間もなく艦首上部の継ぎ目が開き、大型扉が持ち上がり始める。

 

「艦首が……開いた?」

 

 マイラスの声に、ラッサンが続けた。

 

「船の中に橋があるのですか?」

 

 車両甲板から長大なランプウェイが伸び、先端が砂浜に接地した。

 四両の歩兵戦闘車が次々と姿を現し、砲塔を内陸に向けながら散開する。

 その後から、資材を満載した輸送車両が途切れなく続いた。

 

「大型艦を大発艇(上陸用舟艇)のように使うとは……」

 

 佐久間は半ば呆れたように言った。

 

 すべての車両を降ろした『トロパリオン』が離岸を始める頃には、仮設桟橋の組み立てが進んでいた。

 

 ラッサンが、浅瀬で鋼製の梁を運ぶグノームに双眼鏡を向ける。

 

「先ほどまで戦っていた装甲歩兵が、今度は桟橋を造っています」

 

「あれだけで奥に進むものと思っていましたが」

 

 マイラスも続けた。

 

 伊原は小さく首を振る。

 

「三十機しかいませんからな。あれだけで占領作戦を進めるつもりはないでしょう」

 

 海岸では二三式戦車三両が陣地を取り、その後方で保安隊陸上部の隊員が資材と装備を整理する。

 その外周では、十五機のグノームが海軍基地と皇都方面を警戒していた。

 

「守備隊を崩し、後続部隊が上がれる場所を作る。そこから先は工兵と輸送の仕事です」

 

 佐久間が、海岸から伸び始めた桟橋に目を向けた。

 

「戦時中は、浜に兵を上げるだけなら何とかなっても、その後が難しかったですからな」

 

「ええ」

 

 人員だけなら舟艇で運べる。問題は、その後である。

 

 先の大戦でも、上陸地点を確保しながらも、荷揚げの遅れや港湾能力の不足に苦しんだ戦場は少なくなかった。

 

「上陸は、浜に足を掛ければ終わりというものではありません」

 

 伊原は言った。

 

「後続を揚げてからが本命です」

 

「そのために、装甲歩兵まで工事に使うのですか?」

 

「使えるものは何でも使うのでしょう」

 

 佐久間が答えた。

 

 ラッサンは沖合に双眼鏡を向けた。

 その先には、『宗谷』と『筑紫丸』をはじめとする後続の輸送船が待機している。

 

 朝方、海中から現れた三十機の装甲歩兵は確かに目を引いた。

 しかし伊原が見ていたのは、その後ろで絶え間なく続く揚陸作業だった。

 

「……似ていますな」

 

 佐久間が言った。

 

「戦時中、我々が相手にした連中に」

 

 伊原は伸びつつある桟橋を見た。

 

「……確かに」

 

「もっとも、連中に比べれば、ずいぶん小さな国ですが」

 

「小さいからこそ、慣れているのかもしれませんな。あの国は島嶼国家ですから」

 

 戦時中、海の向こうに部隊を送り出した経験を持つ彼らは、急速に築かれる橋頭保を見つめていた。

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