エリン機は街道脇の低い丘に伏せ、三〇ミリ狙撃銃を構えていた。
『海軍基地方面より歩兵、およそ三百。街道を南下』
外周警戒に出ていたアリアが報告した。
『地竜は?』
『いない。銃兵主体。魔導砲二門』
『こっちに来る?』
『来るわね』
『じゃ、撃っていいんだ!』
『だから嬉しそうに言わないの!』
間もなく先頭の兵が姿を現した。
その直後、丘陵の陰から立ち上がったグノームを見て、隊列が止まった。
パーパルディア側は装甲歩兵の存在を、すでに知らされていたらしい。
それでも士官が軍刀を振り上げ、魔導砲の砲口がこちらを向く。
『抵抗を確認』
エリンの狙撃が魔導砲を直撃し、砲身と架台をまとめて吹き飛ばす。
後続のグノームが一斉に姿を現すと、パーパルディア兵の隊列は崩れた。
五分後、街道は再び静かになった。
*
仮設桟橋の造成が進む間に、保安隊陸上部の先遣部隊は海軍基地に進出した。
先頭は三両の戦車。
その左右を保安隊員が進み、数機のグノームが前方を警戒している。
海軍基地の港口には、一隻の帆走フリゲートが横たわっていた。
出港を強行し、航空機雷に触れた艦である。
艦首近くの船腹は大きく破れ、浸水した船体が浅瀬に傾いたまま着底していた。
折れたマストは水面近くまで倒れ、周囲には木片や索具が漂っている。
『港内艦艇、出港準備の兆候ありません』
『ミュロフォロス』のCICで、セレーナが告げた。
板状の立体映像の中で、白い制服姿の女性が港内配置を示す。
「監視を継続。停泊艦には撃つな」
キアラは短く命じた。
一方、パーパルディア海軍司令部には、次々と報告が届いていた。
「南門、突破されました!」
「東城壁、連絡途絶!」
「港口の確保はまだか!」
「調査中ですが、いまだ爆発の原因が分かりません!」
皇国海軍総司令官バルスは、机に両手をついたまま、黙っていた。
ル・ブリアス沖の海戦で、本国艦隊は三分の一を失った。
港は封鎖され、南方防備は崩れ、敵兵はすでに基地内に入っている。
窓の外で、再び短い銃声が響いた。
「司令官閣下」
参謀が振り返った。
「皇都に退避を」
「どうやってだ?」
陸路は敵に押さえられつつある。
海路は、港口に半ば沈んだフリゲートが塞いでいた。
バルスはしばらく黙った後、腰の軍刀を外した。
「基地各部に伝えろ。抵抗を中止する」
「しかし――」
「艦隊を失ったうえ、兵まで失う理由があるか!」
参謀は口を閉じた。
「降伏する。急ぎ軍使を送れ」
短時間の戦闘で、皇都エストシラントを守る海軍基地は陥落した。
窓の外には、無傷の倉庫と埠頭が並んでいた。
停泊艦の大半も損傷していない。
*
午後。
仮設桟橋の最後の区画が固定され、待機していた二隻のイルメリアの中型高速フェリーが接岸した。
船首のランプが下り、合わせて六十両の装甲車両が、間隔を取りながら上陸する。
続いて日本の輸送船が接岸し、千三百名の保安隊員が上陸を始めた。
『日本隊、揚陸率九十一パーセント。イルメリア隊、全車両の揚陸を完了しました』
参謀AIセレーナの報告を受け、キアラは戦術表示を見た。
「皇都防衛隊は?」
『南方への集中を続けています。予備役部隊の集結は未完了。西方および東方街道の防備は薄いままです』
「海軍基地」
『組織的抵抗は終了。海軍首脳部を確保しました』
キアラが頷いた。
「第二段階に移行。外周交通路を閉じる。予定通り、市街への侵入は厳禁とする」
『了解』
「非武装の民間人は、検査のうえ通せ」
『各部隊に通達します』
*
皇都防衛隊が異変に気づいた頃には、敵はすでに三方に分かれていた。
「東街道に敵の鉄馬車!」
「西方からもです!」
「何だと? 敵主力は南ではないのか!」
防衛隊司令部では、地図の上に次々と報告が書き込まれた。
南に送った部隊を戻そうにも、イルメリアの装甲車が要衝を押さえている。
やがて参謀の一人が、地図を見たまま呟いた。
「……違うな」
「何がだ」
「敵は皇都に入るつもりがない」
敵部隊を示すマーカーは、東西から北に伸びつつあった。
「我々を、囲むつもりだ」
*
『西部機動群、指定地点到達』
セレーナが報告する。
『東方街道、封鎖完了。日本側部隊との接続を確認』
最後に、北方に回り込んだ偵察部隊から通信が入った。
『北方連絡路、監視下に置きました。現在、組織的抵抗なし』
白い制服姿のセレーナが、キアラに視線を向けた。
『皇都エストシラント、包囲完了です』
「予定との差は」
『桟橋造成に時間を要し、九分遅延しました』
「許容範囲だ」
キアラは戦術表示から視線を外した。