■神聖ミリシアル帝国
中央暦千六百四一年 一月十六日
帝都ルーンポリス
「それでは、これより出発します」
五国連盟との事前協議と、先進十一か国会議への招請を目的とする先遣使節団が編成された。
外交官や技術士官などを中心とした一団である。
駐機場には白く塗装された、巨大な旅客用〈天の浮舟〉――ゲルニカ35型が待機していた。
全高七二メートル、全長百五十メートル、全幅百六十メートル。
巡行速度は時速三一〇キロ、航続距離は四二〇〇キロ。
ゲルニカ35型は、古代魔法帝国の遺跡から発掘した機体の復元機だった。
丸みを帯びた巨大な胴体の左右から、幅広い主翼が伸びた大型機。
その異様な姿は、日本人が見れば航空機の概念を疑いたくなる類のものである。
主翼には四基の
巨大な機体に対して揚力が不足しているため、見かけほどの搭載量はなく、離着陸には長大な滑走距離を必要としていた。
さらに水平尾翼を持たず、エンジンが主翼の大部分を占めているためか、フラップもエルロンもなかった。
当然、旋回は巨大な垂直尾翼を用いるほかなく、運動性は極めて悪かった。
神聖ミリシアル帝国は、古代魔法帝国の遺跡由来の技術や兵器を解析し、復元することで発展してきた。そのため、個々の兵器は極めて高度でありながら、基礎技術には歪みが生じていた。
兵器体系には特にその影響が色濃く出ており、見る者が見れば設計思想を疑うものが多かったのである。
それでも、古代魔法帝国由来の高出力機関によって、巨大な機体を無理やり飛ばすことはできたのである。
使節団は、途中でアルタラス王国に立ち寄って液体魔石を補給した後、日本に向かう予定だった。
情報局員ライドルカが座席に腰を下ろすと、隣の外交官フィアームが窓の外を眺めていた。
「気が進みませんか?」
「当然でしょう」
フィアームは答えた。
「我々は中央世界の人間です。それが、文明圏外国にこちらから出向くとは」
「五国連盟は、従来の文明圏外国とは少し違うようです」
「パーパルディアが自壊しただけではないのか?」
「それも含めて、直接確かめます」
フィアームは不満そうにため息をついた。
「滑走路くらいはあるのでしょうね?」
「それはムーに確認済みです」
しばらくして、機関後方に光が灯り、青白い排炎を盛大に噴き始めた。
〈ゲルニカ35型〉は滑走路をゆっくりと走り出した。
巨大な機体は低い唸りを響かせて、のろのろと滑走路を進んだ。
やがて十分な速度に達すると、機首がわずかに持ち上がった。
そして、ゆっくりと帝都の空に舞い上がっていった。
■イルメリア専制公国
領都マリポリ 領軍本部
「姫様、艦艇が不足しております」
艦隊運用をまとめた報告書を手に、艦隊長官エリク・ノルデンショルドが進言した。
北方系の血を引く、長身痩躯の老将である。頭髪はとうに薄くなり、禿頭に近い。退任もそう遠くない年齢だったが、真っすぐに伸びた背筋は年齢を感じさせなかった。
「……エリク、唐突に何ですか?」
ユリアは報告書から顔を上げた。
もっとも、ユリアが領軍本部にいたのは、何か用があってのことではなかった。
報告書を読むふりをしながら、居眠りするためだった。
他の国なら税金泥棒と言われ兼ねないが、実のところユリアは税金を払う側である。
しかも、国内一の高額納税者であった。
領主としての報酬はなく、私的な特典といえば、自ら保有する企業の商品を関係者価格で買える程度だった。
もっとも、彼女は
「巡察艦です。巡察艦が不足しております」
ノルデンショルドは机の上に、パーパルディア方面で行われた一連の「演習」の記録を並べた。
「現在の隻数では、遠方展開と本国警備を同時に維持する余裕がありません。今回も、かなり切り詰めた運用でありました」
「通報艦の増産では?」
ぼんやりした声でユリアが訊ねた。
「代用可能な任務もあります。ですが、通報艦では戦闘能力に不安があります」
巡察艦は長期間の外洋行動を前提とした、航洋性の高い戦闘艦である。
強行偵察、対艦対空、対潜戦と、作戦で生じる多様な事態に対応でき、小艦隊の旗艦としての能力も併せ持つ。今回の「演習」で、その価値が再認されたのである。
「では、あと何隻必要なのですか?」
ノルデンショルドは一度言葉を切った。
長官の立場で必要と判断した以上、具申する他なかった。
「最低でも二隻。……余裕を見るなら、四隻は必要かと」
いくぶん言いにくそうな答えだった。
ユリアはしばし報告書に目を落とした。
「分かりました。
「……四隻、すべてですか?」
「余裕を見るなら必要なのでしょう?」
「はい。それは、そうですが」
「なら、そう致しましょう」
思いの他、あっさりした返答である。
ノルデンショルドが何か言おうとしたところで、ユリアは報告書の別の頁をめくった。
「それと、巡察艦だけを増やしても、警備艦艇は不足しますわね」
「は?」
「
「二十隻……」
今度こそ、老将は目を瞬かせた。
「多いですか?」
「いえ。必要数としては妥当です。しかし、そこまで一度に認めて頂けるとは……」
「工廠の方は?」
「巡察艦は一隻あたり三か月、グラディアトルなら一隻一か月ほどです。空いている船台から順に回しても、半年あればすべて揃えられます」
「では、問題ありませんね」
ユリアは何でもないことのように言った。
「後で足りないと言われて、また書類を持って来られる方が面倒ですわ」
ノルデンショルドはしばらく黙っていたが、安堵したようにため息をついた。
「……承知しました。巡察艦四隻、無人哨戒艦二十隻。建造計画をまとめます」
「よしなに」
こうしてイルメリアは、
イルメリアの
大型積層製造機で造られた部材を組み上げるのは、工廠内を走り回る多数の球形作業ロボット。
工廠は昼夜の区別なく二十四時間動き続け、人間が担当するのは検査や調整、工程管理のみである。
異様なまでの建艦速度は、高度な自動化の賜物である。
皇都エストシラント 海軍基地
停泊していた艦艇の多くは武装を解かれていたが、基地施設そのものは戦火を免れていた。
岸壁も工廠も、魔導通信施設も残っている。
基地の一角にそびえる巨大な魔導レーダー塔も健在だった。
静まり返った基地の中で、そこだけが例外的に慌ただしかった。
塔の傍らには、灰色の大型トラックが停車していた。
SISU-977カーゴトラック。
全長十メートルを超える大型八輪輸送車である。
高い路外機動性と積載能力を持ち、兵員や補給物資の輸送車として五国連盟各国で広く使用されていた。
その荷台の脇では、イルメリアの技術者たちが、パーパルディア側の技術士と資料を照合していた。
搬出されているのは、パーパルディア最新型の魔導レーダー一式と、その技術資料だった。
いずれもパーパルディア王国から正式に購入したものである。
「基部、外れました!」
塔の下から、パーパルディアの技術士官が声を上げた。
「では、こちらで運びます」
イルメリアの工兵が手を上げた。
待機していた二機の装甲歩兵〈グノーム〉が動き出す。
四メートル近い機体がレーダー装置の左右へ回り込み、アームを慎重に差し入れた。
二機は呼吸を合わせるように機材を持ち上げ、そのままトラックの荷台まで運んでいった。
人力では到底扱えず、通常なら大型クレーンを必要とする重量物だった。
機材が荷台へ収まると、続いて分解されたアンテナ部、制御装置、電源系統が順に積み込まれていった。
傍らでは、木箱に収められた設計図や整備資料を、イルメリアの技術者が一点ずつ確認している。
パーパルディアの技術士官は、その作業を少し離れたところから眺めていた。
「本当に、これを研究するのですか?」
イルメリアの技術者が顔を上げた。
「ええ」
「貴国ほどの技術があっても?」
「魔導レーダーは、我々の技術体系にはありませんから」
短い答えだった。
電子技術で上回っていることと、魔導技術を理解していることは別だった。
やがて最後の固定具が締められ、荷台全体に防水覆いが掛けられた。
こうして、パーパルディアが独自に発展させてきた最新型魔導レーダーは、その設計資料とともに皇都エストシラントを離れた。
行き先は、イルメリア専制公国、