■東京
その日の夕刻、使節団は東京に到着した。
翌日は市内のほか、工業施設や港湾などを見学した。
東京には、神聖ミリシアル帝国の帝都のような巨大な建築物はなかったが、市街地は福岡以上に広かった。
鉄道が縦横に走り、路面電車や乗合自動車、貨物自動車が絶えず走っていた。
その間を、自転車やスクーターが縫うように行き交っている。
高層建築こそ少ないものの、どこまでも続く街並みと、そこを絶え間なく行き交う人と車両の量は、使節団に強い印象を与えた。
午後には、東海道本線で行われる新型機関車の試験走行を見学した。
使節団一行が案内された先には、二両の新型ディーゼル機関車が停車していた。
その後ろには、特急〈つばめ〉用の茶色い客車が長く連なっている。
「これは、資料にあった機関車ですな」
ベルーノが車体を見上げた。
「はい。DF50形ディーゼル機関車です。まだ試験中ですが、将来の幹線列車牽引を想定しています」
日本側の技術者が答えた。
「魔導機関は使っていないのですね?」
「使っていません」
「では、いったい何で?」
「ディーゼル機関です。軽油を内部で燃焼させて動力を得ます。この機関車では、それで発電機を回し、その電気を使って走行用の電動機を動かします」
ベルーノはしばらく黙っていた。
「……申し訳ありません。理屈はよく分かりませんが、それで、この大きな列車が走るのですか?」
「走ります」
技術者は誇らしげに言った。
「現在の目標は、東京と大阪を九時間で結ぶことです」
「九時間……」
フィアームが客車の列を眺めた。
「これほどの列車を、一日近く休まず走らせるのですか」
「途中で停車はしますが、機関車の交換は極力減らす予定です」
使節団を乗せた〈つばめ〉の試験列車が、ゆっくりと走り出した。
次第に速度が上がり、窓の外の景色が流れていく。
「速いな……それに、思ったより静かですな」
ライドルカが言う。
ベルーノは窓の外を見たまま答えた。
「魔導機関も、魔力による浮揚も使っていない。それなのに、これほど重いものを安定して走らせている」
彼には、その仕組みのすべてが理解できているわけではなかった。
むしろ、分からないからこそ不気味だった。
魔法を使わず、遺跡から得た機関にも頼らず、鉄と油と電気だけで巨大な機械を動かす。
そして日本では、そのような機械が特別な存在ではなく、ムーと同じく、鉄道、工場、自動車など、社会の至るところで使われている。
「……なるほど」
ベルーノは小さく呟いた。
「日本という国が、少し分かってきたような気がします」
彼が注目していたのは、個々の機械の性能だけではなかった。
一つ一つを見ると、確かに神聖ミリシアル帝国の魔導機械より劣るものが多かった。
だが、それらを大量に作り、国全体を動かす体系として組み上げている。
列強ムーに匹敵する機械文明国。
それが、ベルーノの受けた印象であった。
二日目の夜。
帝国ホテルの一室で、使節団は会議を開いていた。
「明日からは、先進十一ヵ国会議について正式な協議に入りますな」
ベルーノが言った。
「フィアーム殿。もうお分かりでしょうが、日本に対して高圧的に出るのは得策ではありません」
「分かっている」
フィアームは不機嫌そうに答えた。
「我が国より進んでいる、と単純に言える国ではない。
大型旅客機の規模や携帯型演算機器では、こちらが上回る部分もある。だが、軍用機、鉄道、工業力……分野によっては明らかに侮れない」
「それに、イルメリアの存在もあります」
ライドルカが付け加えた。
「あのハイカラという機体は、日本のものではありません」
「分かっている」
フィアームは眉間を押さえた。
「古の魔法帝国とは別系統の文明で、ですな」
ベルーノが言う。
「本国への報告書が、また面倒になりますね」
ライドルカが苦笑した。
「情報局は気楽でいい」
フィアームは吐き捨てるように言った。
「外務省は、日本をどう評価するか書かなければならん。
文明圏外の新興国だが大国。しかもイルメリアという未知の先進国と同盟関係を持つ。
こんな報告が素直に信じてもらえると思うか?」
「少なくとも、低く見積もるよりは良いと思います」
ベルーノが淡々と答えた。
「パーパルディアは、それで失敗したと聞いていますから」
フィアームは返事をしなかった。
翌朝。
帝国ホテルの会議室で、神聖ミリシアル帝国使節団と日本国外務省との正式な協議が始まった。
外交官フィアームは、日本側の幹部を前に、先進十一ヵ国会議について説明していた。
各人の手元には、必要事項をまとめた資料が配られていた。
要点は、次のようなものである。
○先進十一ヵ国会議は二年に一度開催される。
○次回開催は、およそ一年後である。
○参加国は世界に大きな影響力を持つ国家を中心に構成され、国際秩序や各国間の問題について協議する。
○参加することにより、日本国が所属する五国連盟は、中央世界を含む各国から認識されることになる。
○これまで第三文明圏には固定参加一ヵ国、持ち回り参加一ヵ国の二枠が設けられていたが、今後はその二枠について、五国連盟加盟国から参加国を選出したい。
説明を終えたフィアームは資料を閉じた。
「開催まで一年しかないことについては、急な打診となり申し訳なく思っています。
これまでは第三文明圏の列強としてパーパルディア皇国が固定参加していましたが、同国はすでにその地位を失いました。
我が国は、五国連盟を東方諸国における主要勢力の一つと認めています。ぜひ参加をご検討頂きたい」
一通り説明を聞いた後、日本側の幹部が手を挙げた。
「一つ、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「前回参加国の欄に、第二文明圏列強レイフォルとあります。同国は、さらに西方から進出したグラ・バルカス帝国によって滅ぼされたと聞いています。その空席には、どの国が入る予定でしょうか」
「現在のところ、グラ・バルカス帝国に参加を打診する方向で検討しています」
室内の空気が変わった。
「まだ先方から正式な回答はありません」
「分かりました。ありがとうございます」
その後も幾つかの質問が続き、先進十一ヵ国会議に関する説明は終了した。
フィアームは一息つくと、別の資料を取り出した。
「ところで、日本国での協議を終えた後、我々は五国連盟の他の加盟国も訪問する予定です」
「クワ・トイネ公国、クイラ王国、トーパ王国、それにイルメリアですね」
近藤が確認する。
「ええ。まずロデニウス大陸の二国を訪問しようと考えています」
「でしたら、沖縄を経由されれば、それほど時間はかからないでしょう」
日本側の職員が地図を広げた。
「東京から板付、そこから沖縄へ向かい、沖縄で補給してロデニウスへ入る経路が最も近いかと思います」
「いえ」
フィアームは首を振った。
「我々の〈天の浮舟〉が使用するのは魔石燃料です。沖縄では補給できないと聞いております」
「ああ……そうでした」
「ですので、一度アルタラス王国へ向かいます。そこで魔石燃料を補給した後、ロデニウス大陸へ入る予定です」
「なるほど」
近藤は頷いた。
「そうなると、問題は残る二国ですね」
近藤の隣に座っていた外務省職員が口を開いた。
高橋という男だった。
「イルメリアとトーパ王国へ向かわれるのは、今の時期ですと少々厳しいかもしれません」
「厳しい?」
フィアームが聞き返す。
「両国とも、かなり北方にあります。冬季の気象条件は相当厳しいと聞いています」
「どの程度です?」
「場所によっては氷点下三〇度を下回ります。吹雪になれば視界もほとんど利きません」
「……氷点下三〇度?」
フィアームの表情が固まった。
「それだけではありません。飛行場まで辿り着けたとしても、滑走路が凍結している可能性があります。天候次第では除雪そのものが追いつかないでしょう」
「人が住んでいるのですか?」
ベルーノが真顔で尋ねた。
「住んでいます」
「そんなところに?」
高橋は苦笑した。
「私も北海道の出身ですので、あまり人のことは言えませんが」
「北海道?」
「日本の北にある島です。冬はそれなりに冷えます」
「それなり、というのは?」
「場所によります」
「……」
ベルーノはそれ以上聞かなかった。
「では、イルメリアとトーパへの訪問は春まで待った方がよいと?」
「その方が安全でしょう。雪解け後、四月頃であれば、今よりずっと条件は良くなると思います」
「分かりました。日程を再検討しましょう」
フィアームが頷いた。
「しかし……よくそのような場所に住む気になったものですな」
ライドルカが半ば感心したように言った。
「まあ、それは」
高橋が苦笑する。
「住んでしまえば、それなりのものですよ」
そのやり取りを聞いていた別の外務省職員が、ふと顔を上げた。
「あ」
隣の職員が振り向いた。
「どうしました?」
「いや……」
男は少し考えた。
「あの方なら、もしかしたら来られてるんじゃないですか?」
一瞬、室内が静かになった。
「……あ」
近藤が声を漏らした。
高橋も顔を上げる。
「ああ!」
もう一人が続いた。
フィアームたちは、訳が分からないという顔で周囲を見回した。
「何のお話です?」
「少々お待ちください」
外務省職員の一人が立ち上がり、会議室の電話へ向かった。
一本の電話は、外務省内を上へ上へと伝わっていった。
課長から局長、局長から次官。
そして外務大臣。
最後には、首相官邸まで話が上がっていった。
・国鉄DF50型
史実よりも五年以上早く完成した、ディーゼルエレクトリック機関車。優秀な機関とモーターを使用したため、史実の車両よりも速度、信頼性が上がっている。