こいしとさとりとお燐の三角関係   作:愉悦部出身

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幸せに木々を歩く

 木々の間から漏れ出る光。覗き見えるは澄み渡る青空。

 

 その下を私はゆっくりと歩いていく。目的地に向かって、わざと裏手から。

 

 ここは地底とは真逆の環境だ。四足から感じる、柔らかな土の感触。いつだって新鮮な風が吹いており、木の香りが漂いだす。風によって葉がこすれ合い音を立てる。

 

 不自然すぎて、びっくりするくらいだ。

 

 

 

 

 でもなぜか、落ち着いていく。

 

 地上に上がるまではどんよりとした気持ちだったのに、少し薄れてきている。

 

 みんなが地上に憧れる理由が、なんとなく分かる。ここは居るだけで、元気になれる場所なのかもしれない。

 

 私はそのまま森を歩いていき、目的地に入る。そして建物の裏手から軒下に侵入する。

 

 ……昼すぎの時間は、一番お姉さんが暇な時間だ。何の約束もしていないのだから、そもそも居るかどうかは博打になるのだけれど。

 

 ただ、どうやら博打には勝ったようだ。上から足音が聞こえてくる。静かだけれど、しっかりとしたその音は、静謐さと力強さを表しているかのようだった。それにどうやら、私以外は誰もいなさそう。

 

 私は軒下から入口側に出て、神社の中に入る。飛び上がる瞬間に足に火をつけ、熱気を当てる。それを降りるまでには消して、着地する。床が汚れないようにするためのテクニック。地霊殿でも便利なのでよく使う。

 

 そのまま猫の姿で行けるところまで、お姉さんに一番近そうであろう場所まで来た。

 

「にゃー」

 

 と私は鳴いてお姉さんを呼ぶ。お姉さん――――霊夢はふすまを開け、すぐに来てくれた。

 

「あら、お燐。来てたのね。ちょうどお茶入れたから、いる?」

 

 お姉さんから誘われて嬉しい反面、今はそんな気分ではなかったため、ゆっくりと首を振って否定する。

 

「にゃー……」

 

「そう。分かったわ」

 

 お姉さんは断ったことを気にする様子もなく、ふすまを開けたまま奥に引っ込んでいく。私は部屋の中に入った。この部屋は、こじんまりとした炊事場だ。私はお姉さんのほうを見る。

 

 お姉さんはお茶の準備をしていた。お盆にお茶と急須を乗せて、部屋の外に出ようとしている。去り際に

 

「一緒に来る?」

 

 と声をかけられる。特に返事を求めていないのか、そのままお姉さんは外に向かっていき、私はそのあとを付いていった。

 

 お姉さんは縁側まで行き座りこんだ。私はお姉さんの様子を見ながら近づいていく。うん。嫌がってないね。私はそのままお姉さんの膝の上に飛び乗り寝転ぶ。

 

 するとすぐ、頭に手が乗る感触がした。そのまま背中に向けて、撫でられていく。

 

 お姉さんの、優しい手。何度も何度も、繰り返しさすられる。あまりの心地よさに自然とゴロゴロという声が出る。音を出したからか、今度は顔周りを掻いなでてくれる。もうちょっと、もうちょっと右側を掻いてほしい。でも、幸せ。

 

 ふいにお姉さんの手が離れた。どうしたんだろうと思って目を開け顔を上げると、お姉さんは湯呑を手にしていた。お姉さんはそのまま湯呑を口元に持っていき、ずずずと飲んでいく。

 

 お姉さんを湯呑に取られたような気がして、つい前だけ身体を起こし、上を見上げなら声を出した。

 

「にゃー。にゃー」

 

 お姉さんは意外だったのか、湯呑を置き、私のほうを見ていった。

 

「今日はやけに甘えんぼさんね」

 

 そういって、お姉さんはまた私の頭をなでてくれた。構ってくれて嬉しい。私は満足してまた横になった。

 

 本当に甘えたい相手のことは、できるだけ忘れるようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近寄ってくる別の人間の気配に気づいて意識を取り戻す。気持ちよすぎて、いつの間にかうたた寝してしまっていたか。

 

 片目を開けて周囲を確認する。空には、神社に近寄ってくる緑髪の人間がいた。東風谷早苗だ。数度しか会ったことがないもののエキセントリックでぶっ飛んでる風祝(かぜはふり)であることは十分なほどよく分かっている。

 

 まあ、こちらに悪意はない相手だ。私は目を(つむ)り直した。

 

 地面に降り立った音がしてから、早苗がしゃべりだす。

 

「霊夢さん、霊夢さん!こんにちは!あのですね。実はトンデモないことがありまして!ぜひぜひ聞いてもらえませんでしょうか!」

 

 お姉さんも返事を返す。

 

「はいはい。こんにちは。相変わらずせわしないわねえ。とりあえずこっち来たら?」

 

 と言い、お姉さんは早苗に指示をした。早苗はすぐさまお姉さんの隣に座った。

 

「あのですね、あのですね!実は妖怪の山で河童たちが騒々しくてですね!」

 

 河童。河童か。天狗たちと共に地上に残った妖怪のことと聞く。鬼たちは、河童のことを頭でっかちの連中だと言っており、あまり良い印象を持っていないようだが。

 

「ふうん。まああの連中が大人しかったことのほうが珍しい気がするけど」

 

 お姉さんは何事もなかったかのように話している。おそらく早苗がこう言いだしてくるのは、いつものことなのだろう。

 

 早苗はお姉さんの態度を全く気にすることがなく、捲し立てた。

 

「ええ!確かにそうかもしれません。それでですね。何に騒いでるのかなあと見に行ったらですね。何とまあ古めかしいコンピュータがあったんです!それを河童たちがパチパチパチパチとスイッチをオンオフして操作していて――――」

 

「そもそもコンピュータって何なの?」

 

「ああっ。失礼しました。そうですよね、そうですよね。コンピュータというのは自動で計算をしてくれる機械のことでして、ええっと、勝手に計算してくれるそろばん?のようなものをイメージしてもらえればよいかと。コンピュータのすごいところは、その勝手に計算してくれるそろばんが何十、何百と入ってくれているところなんです。あるそろばん上に計算結果をセーブしておいて、別のそろばんでさらに計算する。そうすることで人間にはとんでもない時間のかかる計算を瞬時にすることができるんです。河童たちは計算するための手続きをひたすらコンピュータに――――」

 

「早苗ごめん。聞いた私が悪かったわ。もうちょっとだけ簡単に説明してちょうだい」

 

「分かりました。では話を戻しまして、河童がパチリパチリとスイッチを操作していたんです。真空管式で、いかにも旧式といった感じでした。その河童に何をしているかと聞いたところ、コンピュータに明日の天気を計算させている。これで晴れか雨か、完璧に分かるんだと言っているんです。そんなこと不可能では?と尋ねてみたんですが、この機械なら可能だ!と胸を張って答えてきたんです!外の世界ですら明日の天気を完璧に予測するなんて不可能なのに。河童が言うに、その機械は特別製でチューリングマシンという名前だそうです。外から流れついたそうで、白か黒か絶対に判定可能らしく、そんな馬鹿なと思いましたが、私の好物は何か実際に計算してみてくれといったところ、いくつか質問されたあとに機械に入れると「さんま」と出たんです!合っていてすごく驚きました。これくらいすごい代物なら明日の天気も分かるかもしれないと思わされてしまいました。実際河童らが風や光の強さ、今までの天候といったものから明日の天気を予測したところ「晴れ」と出たんです。これはとんでもない発明だすごいぞ。と思った反面、これはもしかして神様にとっての敵ではないかと思い始めたんです。神奈子様も諏訪子様も、天候を司る権能をお持ちです。私も現人神として風を操作することができます。それは人々が自然を崇め奉るからこそ、神様に力が宿るんです。しかしこのチューリングマシンとやらは自然現象を機械の世界に落とし込んでしまっています。これが広まると、人々は自然をただの現象としてとらえてしまい、蔑む一因になってしまうかもしれません」

 

 聞いていてもほとんど理解できない。一体何を話していて何を問題にしているのかも分からない。そもそも地底で天気を気にしているヤツはいない。

 

 お姉さんは分かっているのかな。ちらっとお姉さんの顔を覗き見る。悩まし気な表情だ。

 

「あっ。お燐さん。いたんですね。こんにちは」

 

 コイツ、今私が動いたから気付いたな?

 

 私をただの猫だと思って無視していたのですらなく、猫が居ることすら認識すらしてなかったのか。何たる視野狭窄。らしいといえばらしいが。その無邪気さが誰かと重なって、憎らしい。

 

 返事なんてしてやらない。じっと睨みつけることを返事だと思っておけ。私は早苗の顔を寝ころんだまま睨んだ。

 

 私が睨んでいると、お姉さんが話をまとめてくれた。

 

「ようするに、明日の天気を確実に予測できる機械を河童が持っているってことね?」

 

 早苗は嬉しそうに目を輝かせて答える。

 

「そうです、そうです!その通りです」

 

 よっぽど構ってくれて嬉しいのか。腹立たしいほどに喜んでいるな。

 

「天候を司る者は、神に限らず妖怪にだっているわ。それらの意を無視して、勝手に予測しはじめるそのチューリングマシンとやらは、案外恐ろしい代物なのかも……河童が今それを持っているのよね?」

 

 お姉さんは思いのほか深刻そうに早苗に改めて確認していた。正直重大さが全く分からないが、お姉さんの様子から察するに、そんなに恐ろしい機械なのか。

 

「はい、はい!そうです。河童らが持っていましたね!ただ、実は私、すでにこのチューリングマシンを問題視していなくてですね……話の続きなんですけど、チューリングマシンが明日の天気は「晴れ」と出した後、河童らがざわめきだしたんです。一体何でざわめいているのか聞いたところ、昨日の結果と違ったそうなんです。昨日は「雨」と出たそうで、今日は「晴れ」と出た。これってどちらかが間違ってるじゃないですか?だからやっぱりこの機械って眉唾物なんじゃないかなあ、と思ったんですが、河童の意見は違っていて、最初に入れた観測結果が違うんじゃないか、と疑っていたんです。つまり「一昨日の風・光の強さ」か「昨日の風・光の強さ」の観測のうちどちらかを間違ったのではないかと思ったということです。ただ私、なんとなくこの問題に対する答えを知っていまして。外の世界では「バタフライエフェクト」と言われている現象です。日本で蝶が羽ばたけばアメリカで……いえ、幻想郷にアメリカはありませんでした。ええっと。博麗神社で蝶が羽ばたけば妖怪の山で雨が降る、的な感じでしょうか。とにかく、天候と言った複雑な代物は観測結果がほんの少しでも変わっただけで変化するということです。これは確実に白黒付けれる機械があってもどうしようもないことなんです」

 

 つまりは、と早苗は話をまとめた。

 

「そのコンピュータに天候の予測は無理なんです。コンピュータ自体は有益ではあるから、ほっといてもいいと思いますね」

 

 どうやら早苗は全く問題視していないらしい。確かに最初の様子からも、珍しいものを見た、という様子だけで、深刻そうではなかったものなあ。

 

「半分も理解できた気はしてないけれど……確実性がないのなら占いと大して変わらないし、別にほっといてもいいのかしら」

 

 お姉さんは悩まし気な少し低い声を出している。それを感じ取ったのか、早苗が提案する。

 

「もしよければ今から見に行きますか?河童に言って何回か天気の予測をさせれば、確実に大丈夫だということが分かりますね」

 

「うーん……どうしようかしら」

 

 私はちょっとだけ顔を上げ、お姉さんの表情を見る。お姉さんは行こうかどうか迷っているのか、悩まし気にしている。お姉さんが下を向いて私と目が合う。――――うん。決めた。

 

 私は立ち上がり、お姉さんの膝から飛び立つ。そして人型に変化する。

 

「お姉さん。行ってきなよ。まあちょっとした散歩だと思ってさ」

 

 私はできるだけ笑顔を浮かべようと努力しながら言った。

 

「ついでに早苗の家でご飯でも食べてきたら?たまにはマトモな食事でもしなきゃ、ぶっ倒れちゃうかもしれないからねえ」

 

「ですね、ですね!私もそれがいいと思います!霊夢さん、行きましょう!」

 

 早苗はすぐ私に被せてきた。一緒に家で食べられるのが嬉しいのだろう。

 

 両隣から行くよう促されたお姉さんは面倒そうに言った。

 

「ふう。まあ分かったわ。見にいくついでに行かせてもらおうかしら」

 

 そう言ったあと、私のほうを見やった。

 

「でもね、お燐。あんた、無理しちゃだめよ?どっちかというとあんたのほうが危ない感じがするわ。いい?いつでも来ていいんだからね」

 

 と言い頭をなでてくれた。私は言い当てられてびっくりする。……お姉さん、さすが。何でもお見通しなんだね。それでいて優しいなんて、みんなが慕うのも当然だ。

 

「あっ!お燐さん、ずるいです!霊夢さん!私にもやってください!」

 

「いやいや。あなたは人間でしょ……」

 

 早苗の無邪気さにも驚くばかりだ。

 

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