こいしとさとりとお燐の三角関係   作:愉悦部出身

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幸せに死体を暴く

 あれから地底に戻った私は、淡々と仕事をこなしていった。さとり様にはできるだけ会わないようにして。

 

 お空は気をつかってあれこれ言ってくれていた。ただ正直、私自身もどうすればよいのか分からない。気持ちだけは嬉しいのだけれど。

 

 できるだけ何も考えないように、いつもより多めに仕事をしていたい。私は地獄で食料兼燃料を集め回っていた。

 

 そんなとき、ぴくっと耳が震えた。嫌な予感がする。私は周囲の気配を探った。

 

 だだっ広い地底の遥か彼方に、赤い点が見える。あれか。ここからでも感じられる敵意と見知った気配。

 

 その者は、私を真っ直ぐに捉えながら降り立った。

 

「お燐。わるいけどちょっと来てくれる?」

 

 その者、博麗霊夢はそう言った。赤い巫女服を着てお祓い棒を持っている。おそらく懐には何枚もお札を持っているだろう。冷淡で素っ気なく、一切隙のない構えだった。

 

 私は一度こうなったお姉さんを見たことがある。この前、私が怨霊を地上に送った際だ。対峙した私に対する様は今以上に冷ややかだった。そして、完膚無きまでにぶちのめされた。

 

 私は緊張しながらも答えた。

 

「おや、お姉さん。お姉さんから会いに来てくれるなんて、嬉しいねえ。何かあったのかい?」

 

 お姉さんは私の話には答えず言った。

 

「ちょっと見てほしいものがあるの。多分あんたが関係してると思うんだけど」

 

「私がかい?もしかして、まだ地上に怨霊が居続けて困ってるとか?それならごめんね。お姉さん。責任を取って連れて行くよ」

 

 いいえ違うわ、と霊夢が私の意見を否定する。

 

「見てほしいものは、死体よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はお姉さんの後を付けながら地上へと昇っていく。死体、とはいったい何のことだ。心当たりは……たくさんありすぎてよく分からない。昇っていく際中は、お互い無言だった。警戒されているのをひしひしと感じる。お姉さんにそうされるなんて、悲しい。

 

 縦穴から外に出た私たちは、家が立ち並んでいる方向に向かって飛んだ。人里方面だ。私は今までスルーしていて入ったことはない。火車としての本能を抑えられる気がしないからだ。

 

 そうして人里の外れ、竹林への入り口に近づいていった。近くに寄るにつれて変な気配がする。そのまま進むと「何か」を突き破る感触がした。それから、むせかえるような死臭。「何か」で隠していたのか。一体何で、どうやって。

 

 ただ匂いの正体はよく分かった。人間が腐敗した、かぐわしい匂い。この匂いは、最近嗅いだことがある。間違いない。私の拾った死体だ。

 一度拾ったことのあるこんな素晴らしい死体だというのに、あまり魅力を感じない。うん。この死体はすでに痛んじゃってるね。私は痛んでいるものは取らない主義だ。

 

 地面に降りて見てみると、私の勘に違いはなかった。

 

 入口に生えている竹に、肉片がへばりついている。それもミキサーでもかけたのか、ぐちゃぐちゃになっていた。足元には本体があった。頭部と四肢は切断されていて、地面から生えている。ちゃんと真ん中に頭、外側に向かって手、足と順番に刺さっているのには強烈な悪意を感じる。頭部は片目が繰りぬかれていて、眼球は手の下に転がっている。持たせていたのが、風で転がり落ちたのか。鼻は削ぎ落されており穴が辛うじて見え、口が大きく見えるように切り裂かれている。頭部の後ろには胴体がある。ただぺこぺこで、中身は繰りぬかれているようだ。胴体の横には肋骨と思われる骨が一直線になるようにバキバキに折られていて、何本も置かれてある。それから、肺、心臓、胃や腸などの内臓も形を保ったまま綺麗に抜かれ横に置いてある。

 

 妖怪であり墓を暴くことを良しとする私ですら、あぁ、これはヤバい手合いだなあと思うのだから、お姉さんは余計にだろう。

 

 それだというのに、お姉さんの気配は特に変わってはいなかった。

 

「お燐。これ、あんたが拾ってきた死体でしょ」

 

 サーっと血の気が引いていくのが分かる。お姉さんは何か確信があって私を連れてきたのか。

 

 ……実は私は、もうすべてを理解してしまっている。死体と、そして別の気配を感じたから。私の推理はほぼ間違いなく正しいだろう。

 

「えーっと、お姉さんには悪いけど知らないね!ほら、あまりにぐちゃぐちゃすぎてよく分からな――――ぎゃっ!?」

 

 私は胸に衝撃を受け、後ろに突き飛ばされた。痛みをこらえてすぐ立ち上がると、お祓い棒を振ったお姉さんの姿が。

 

「悪いけど、もう証拠は挙がってるのよ」

 

 お姉さんはすでに臨戦態勢に入っていた。

 

「この死体を発見したのが慧音っていう人里の守護者でね。怒りを通り越して能面のような顔になってたわ。慧音が言うには、死体は人里の者ではないらしいのよ。ということは、この死体は外来人のような人里にいないけれど地上にいる人間か、そもそも地上にいない人間かということになるわ」

 

 お姉さんがいつも通りの声色で続ける。その普段と同じ喋り方に、私は震えあがった。

 

「この死体、服も古めかしいし、ボロボロだし、明らかに地獄に転がってた死体と似てるのよねえ。外来人や地上にいる偏屈な連中には思えないわ」

 

 それに、とお姉さんは付け加える。

 

「死体に赤い髪が付いていたわ。慧音は建物や人物の歴史を知ることが出来てね。その髪の歴史を探ったところ、持ち主は火車で、人化できる赤い髪の少女を視たそうよ。……人化できる赤い髪の火車って、私の知る限りではあんただけよ」

 

 私は胸に手を当てながら答える。

 

「いやあ……正直何が何だかさっぱりだよ。これが私の仕業だって?私はこんな非道なこと、しないってば。その慧音っていう人の間違いじゃない?」

 

「私も別にあんたがやったと思ってないわ」

 

 少し間を置きお姉さんが言う。

 

「でもあんた、何か知ってるわね?私の勘がそう言ってるわ」

 

「いやいや。ホントに知らないって!この死体のこともさっぱりだし、知らないことを言えと言われても――――」

 

 身構えていたから、今度は見ることはできた。瞬時に投げられるお札。私はそれを左に躱す。お札とともにお姉さんが走り込んできた。とんでもなく早い。お祓い棒を横に構え、振るおうとしている。私は屈んで回避しようとする。――――そのまま振るわれるかと思われたお祓い棒が突然ピタリと止まる。――――フェイントか、お姉さんはすでに蹴る体勢に入っていて――――

 

「づっっ!」

 

 私はアゴを思いっきり蹴り上げられた。視界が揺らぐ。身体が言うことを聞かない。そのまま崩れ落ちそうになるところを、お姉さんに胸倉をつかみ上げられた。

 

「お燐。知っていることを全て言いなさい」

 

「――――フフ。ハハッハハハ……お姉さん。それは無理ってもんだよ。だって私は何も知らないからね」

 

 お姉さんが左手を振りかぶり、私を平手打ちにする。バチン!と大きな音が響き、頬をぶたれる。痛い。苦しい。

 

「お燐。これが最後よ。知っていることを言いなさい」

 

 お姉さんの雰囲気がより剣呑になってきた。お姉さんは左手を懐に入れ、針を取り出した。それで私を貫こうという寸法か。私、言わないと死んじゃうのか……。

 

 

 

 

 ――――私は胸倉を掴んでいるお姉さんの手の甲を、左手で握った。

 

「お姉さん。この間はありがとね。優しくしてくれてとっても嬉しかったよ。来世ではまた会えるといいな」

 

 私はゆっくりと目を瞑った。怖い。身体がブルブル震えてるのが分かる。死ぬってどんな感じなんだろう。そこらの霊みたいになっちゃうのかな。それとも未練ばっかりだから怨霊になるのかな。あいつらみたいに偏執的な感じには、あんまりなりたくないな。

 

 そのとき急に、握っていた左手を振り払われ私は地面についた。私はハッとして目を見開いた。――――お姉さんが、手を離したんだ。

 

針をしまいながら、お姉さんは私に言った。

 

「はあ。もうやめやめ。気分悪いったらありゃしない。それにあとはあんたに任せたほうが上手くいきそうだから、任せるわ」

 

 私は頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、どう返事をすればよいのか分からなかった。

 

「ただね」

 

 それでも、去り際に言われた台詞はよく覚えている。

 

「もう一回言うけれど、あんまり無茶しちゃだめよ?かばうにしてもやり方ってものがあるわ」

 

 

 

 

 やっぱりお姉さんには、敵わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉さんが去っていくのを見守った私は、しばらく何も考えることができなかった。

 

 ようやく、身体に力が入るようになってきた。

 

 近くには、誰もいない。死体が残っているだけだ。

 

 それなら、お姉さんから、任されたことを、やるべきことをやろう。

 

 そうして私は、竹林の中に入っていった。何処に向かえばいいのかは分かっている。

 

 だって死体は、二つあるのだもの。入口のものと、竹林の奥のものと。

 

 お姉さんもさすがに気付かなかったらしい。まあ、これだけ死臭がしていれば、他の死体があることに気付きにくいだろう。

 

 私は竹林をかきわけるように奥に奥にと進んでいった。

 

 そして、いた。

 

 黄色い服に緑のスカート。座り込んで死体にナイフを入れている。臓物を何度も何度も切り刻んでいるようだ。服には肉片が飛び散っており汚れているが、一切気にしていない。その傍らには猫車が置かれてある。私の予備のものだ。どうやらそれを持って死体を運んだらしい。

 

 今回の犯人、こいし様は私が近づいてきたことに気付いたのか顔を上げる。

 

「あっ!お燐!来てくれたのね!」

 

 こいし様は何事もなかったかのように笑顔だった。

 

「こいし様。何をされているんですか」

 

「何って……。死体遊び?かな?どれだけバラバラにできるのかなあーってちょっと夢中になっちゃった。でももういいや!それより――――」

 

 とこいし様が私の顔を覗き込んで目を丸くする。

 

「お燐。どうしたの?その顔……叩かれたの?大丈夫?」

 

 こいし様は足元の死体から手を放し、私のほうに向かってきた。私は吠えるように鳴いた。

 

「そうじゃなくて!」

 

 こいし様がビクっとして立ち止まる。

 

「なんでこんなことをしているのか聞いているんです!いいですか!今回のことでどれだけ迷惑をかけたと思っているんです!あんな気持ち悪いオブジェ、私たちがやったということがばれたのなら、またさとり様に迷惑をかけますよ!それを分かってるんですか!」

 

 私はついつい口に出さなくていいことを言ってしまう。

 

「そもそもこの怪我は!こいし様が死体を弄ばなければ負わなかったんです!それだというのに、あなたは好き勝手してるだけ!こんなのあんまりです!いったいこの事態をどう収めるつもりなんですか!こいし様、私に教えてください!」

 

 こいし様は怯えたように私のほうを見て、固まっていた。私が大声を出したことがそんなに意外だったのか。

 

 しばらくすると、こいし様は目じりに涙を浮かべた。そして口ごもるようにぼそぼそとしゃべりだした。

 

「ご、ごめっ……。ひっく。ごめん、なさい……。そんなことになると思わなくて……。ごめんなさい」

 

 私はこいし様を無視して、予備の猫車に手をかけた。

 

「死体は私が回収します。こいし様もここから立ち去ってください」

 

 私は足元の死体を猫車に放り込んだ。

 

 次は竹林の入り口にある死体だ。あれも持っていくべきだ。

 

 こいし様はうずくまり、まだ私に謝っている。でももういい。どうせこいし様は見つかりっこないだろう。

 

 

 

 

 私はもう一つの死体を回収し、地底へと帰った。

 

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