こいし様とチーズケーキを食べ終わったあと、泣き疲れたのだろう。すぐにベッドに向かって寝入った。なぜか私のベッドで、私と一緒に。手を握りながら。
私がこいし様の部屋に案内しようとすると、裾を引っ張られて抗議されたのだ。そのため「お願いだから一緒に居て」という気持ちがよく分かってしまい自室に行かざるを得なかった。さとり様に悪いと思いつつも。
翌朝こいし様よりも先に目覚めた私は、朝の支度をしながら、今後どうするかを考えた。まず、お姉さんに謝りに行かなければならない。それから、さとり様とこいし様を和解させたい。あとペットたちの世話もだ。
このままペットたちの世話に行ってしまうと、とんでもないことになりそうな気がしたので先にこいし様の肩を揺すって起こす。
「こいし様。おはようございます。こいし様。朝ですよ」
こいし様は寝起きがあまりよくないのか、寝ぼけた声で唸りながら起き上がる。ぼーっと私のほうを見つめる目。
「こいし様。まず顔を洗って着替えましょうか」
と私はこいし様を誘導してサポートする。こいし様は言われるがままだった。
顔を洗って少しは目が覚めたのだろう。着替えの際、私に服を渡されるのがすごく嬉しいのか、にこにことしていた。
着替え終えたこいし様に、私は声をかける。
「こいし様。私はペットたちのご飯の準備がありますので、一旦失礼します。よければここでお待ちいただけませんか」
さとり様と一緒に食事をとも思ったが、前回の二の舞になりそうだったのでやめておく。
「私、待ちたくない。お燐と一緒がいい」
とこいし様はワガママを言う。ただこいし様の気持ちが分かったからか、前は感じていた煩わしさがなかった。
「こいし様。ペットたちがお腹を空かしているので、少しばかり待っていただけませんか。すぐに帰ってきますので」
「じゃあ私も準備する。準備くらいできるもん」
うーん。不安だけどまあ何とかなるかな?
「わかりました。では一緒に行きましょう」
「ほんと!?うれしい。ありがとうお燐!」
とこいし様はすぐに機嫌を取り戻した。
私はこいし様を連れてキッチンに行った。そこではお空がすでに準備をしていたが、私たちの物音に気付いたのか手を止めこちらを見てきた。
「おはようお空!手伝いに来たよ!」
「こいし様!?地霊殿に居たのですか?いったいいつから?それから手伝うって何を」
私はお空に被せるように言った。
「おはようお空。こいし様が朝ごはんの準備を手伝いたいみたい。だから私たち三人で準備しましょ」
お空はだんだんと状況が飲み込めてきたようで
「そう……分かったわ。では、こいし様。よろしくお願いします」
「もちろん!じゃあ私、猫のごはんから用意するわ」
こいし様がさっそく取り掛かろうとしていたが、できればそれはやめてほしい。ペットによって食材に気を付けねばならないことを、こいし様は知らないだろう。例えばたまねぎ何かは猫が食べると命に係わる。それに好みもあって結構面倒くさいのだ。それとなく断らねば……
「こいし様。もしよければ食材を取ってきていただけませんか。えーっと、ごはんをお茶碗に、鰹節が棚下に、魚や肉を冷蔵庫にありますので……」
「うん、もちろん。ずっとやってきたし分かってるよ」
とこいし様が言った。……うん?「ずっとやってきた」?私の記憶では、こいし様が食事の準備を手伝ったことはない。
「こいし様。ずっとやってきたというのはどのような意味でしょうか」
「えっ?そのままの意味よ。ずっと見てたから覚えちゃって、何だかやりたくなっただけ。ほら、お燐が呼んでくれたパーティのときも、準備してたのよ?」
私はまた衝撃を受けた。こいし様が手伝ってた?しかも前から?……確かにパーティのとき、やけにお空の手際がいいなと思ったときがある。あれはこいし様が無意識に手伝っていたということか。
それからこいし様はずっと手伝ってくれていたが、問題なくペットのご飯を用意できていた。
こいし様には驚かされてばかりだ。
☆
キッチンで準備が終わった後、こいし様と一緒に自室でごはんを食べた。ただ共に食べていただけなのに、こいし様は想像以上に喜んでくれた。今まで無下にしすぎたと罪悪感を感じるくらいに。
お空に配膳を任せるのは心苦しかったが、お空は快く引き受けてくれた。お空にも、何かお礼をしてあげないと。
食事を済ませたあと、私は本題に入った。
「こいし様。話があります。こいし様にとってイヤな話かもしれませんが、聞いてください」
「……えっ。何?」
とこいし様は首をかしげていた。
「……昨日、死体をバラバラにしましたよね?その件で、迷惑をかけた方がいます。霊夢さんと人里の方です。……その件について謝りに行きましょう」
こいし様は雰囲気を感じとったのか、笑顔が消えた。
「えっ?……確かにお燐には悪かったと思ってるよ。本当にごめんなさい。もう絶対お燐のモノは盗らないわ。約束する。でも、どうして霊夢や他の連中に謝らなければいけないの?」
とこいし様は疑問を口にした。こいし様は、私がモノを盗ったから怒ったと思っているのか。
こいし様は他者がどう考えてどう動くのか、理解するのが苦手なのかもしれない。
私は丁寧に説明する。
「こいし様。例えばこいし様は地霊殿の入り口にさとり妖怪のバラバラ死体が置かれていたらどう思いますか?」
「うーん……イヤ、だと思う、かな」
「はい。私もイヤです。普通、私たち生き物は、目の届く場所に死体があるとイヤなんです。自分と同じ種族ならなおさらに」
「でも私、人間をバラバラにするの、嫌いじゃないよ?お燐もそうでしょ?」
「……そう、ですね。確かに私だけだと気になりません」
私は少し考えてからこいし様に言った。
「……ただ、場所を考えましょう、という話なんです。こいし様は。
「めちゃくちゃ怒ってシャーっと鳴くと思うわ。そのあとツナ缶を取りに来ると思う」
「私もそう思います」
でも、と私は続けた。
「今ここでツナ缶を食べたらどうなります?」
「うーん……見えていないから特に気にしないんじゃないかしら」
「その通りです。ここは彼女の縄張りの外ですし、見えてませんから、気にしないでしょう。こいし様は彼女の前でわざわざツナ缶を食べますか?」
「ううん。そんなことはしないわ。だって
「私も一緒です。わざわざ怒らせることはしませんし、さとり様にも叱られたくありません」
ふぅ、と一息ついてから伝える。
「場所によって、して良いことと、悪いことがあるんです。地底では人間をどうしようと問題ありません。でも地上は人間の縄張りなので、人間が嫌がることはやってはいけないのです。死体を見せつけるのは、人間にとって嫌がることです。ですから、地上で死体を見せつけてはいけないのです。……こいし様。分かりますか」
こいし様は悩んでいる様子だった。私は声をかけてこいし様を待った。
「こいし様。悩んでくださってありがとうございます。私はいくらでも待ちますので、どう思ったか教えてください」
こいし様を待ってしばらくして、答えが返ってきた。
「正直、お燐のいうことは難しすぎて、よくわかんない……ほんの、少しだけ……分かったような気はするのだけれど。……私、お燐だけじゃなくて、人間にも悪いことをしたってこと……だよね」
私は同意した。
「はい。そうだと思います。ですので人間の代表者である霊夢さんや人里の方に謝りに行きましょう」
「でも私……謝るの、怖くて仕方がないの。どうしても足が震えちゃって……したくない」
「私と一緒に行きましょう。私も悪かったんです。私が頭を下げます」
私はしゃがんで、俯いていたこいし様に視線を合わせた。
「こいし様がとても素敵で、みんなのことを思ってくれているのはよく知っています。こいし様になら、できます。ほら。一緒に行きましょう?」
といってこいし様の手を取った。そのまま、地霊殿の出口に向かった。
こいし様は、抵抗せず私に引かれたままだった。
☆
こいし様の手を引いて、博麗神社まで向かった。霊夢(お姉さん)に開口一番謝罪した。遅れてこいし様が頭を下げる。お姉さんは
「まあそんなことだろうと思ってたわ」
と言って、こいし様に近寄っていった。こいし様は私の手をぎゅっと強く握られる。こいし様の近くまで行き、お姉さんの手がこいし様に伸びる。こいし様はぶるぶると震えていた。お姉さんはそれを見て
「はあ……」
と言い手を戻していった。
「今回は許してあげるわ。次やったらただじゃすまないから」
お姉さんの雰囲気が和らぎ、こいし様に握られていた手が少し楽になった。お姉さんは私たちを許してくれたみたいだ。
これから人里の方に謝りたいとお願いすると、お姉さんに止められた。
「慧音が死体を見つけてすぐ隠したのよ。だから慧音を除いてあの場面は誰も見ていないの。で、慧音に謝るのはやめときなさい。殺しにくるわよ」
お姉さんはさらりと、私たちが危険だと口にした。そこまで慧音とやらは怒っているのか……お姉さんの言う通り、行っても仕方がないかもしれない。
私が考えていると、お姉さんは別のことを提案してきた。
「ここまで来たんだし、二人とも中に入る?ちょうどメンドくさいやつらが居て参ってたところだったのよね。相手をしてやってちょうだい」
メンドくさい奴らっていったい誰だ。でもこれでちゃらにしてくれるなら、お安い御用だった。私はお姉さんにもちろんと返事をして、中に入った。
中にいたのは、地底に来た魔法使い組――――魔理沙とアリスだった。魔理沙とアリスは、何か揉めているようだった。ここに向かう途中から争っている声がしていたからだ。
ふすまを開け、こちらを見た魔理沙がしゃべりだす。
「おっ、お燐か。久しぶりだな。幾億年ぶりか?」
アリスが即座に突っ込む。
「アンタ、いつから人間やめたの?軽口ばかり言わないで。ちょっとは真面目にしゃべったら?」
「おうおう。私はいつだってマジメだぜ。そっちこそもうちょっとまじめに戦ったらどうだ?」
お姉さんはやれやれと言わんばかりだ。
「もういい加減にしてちょうだい。痴話喧嘩は他所でやって。……こいつら、地底でやられたのはお前のせいだってずっと言い争ってるの」
確か二人はさとり様にやられたんだったか。どちらが原因か、私には分からないのだけれど。
「どうでもよくはないな。アリスのやつ、まったく本気出してなかったんだぜ。さとりが出してきたアリスのスペルカード、とんでもなかったからな」
「私は本気は出さない主義なの。負けた原因を私に押し付けないで。あなたの実力不足ってだけ」
「何だと?」
「何ってホントのことを言ってるだけ――――ってあなた何してるの!?」
アリスが後ろを向くので見てみると、なんとこいし様が人形をつかんで抱きしめていた。……えっ!?何で!?
「こ、こいし様!?どうされたんですか?」
「どうって……可愛いから、つい?あなたもうれしいでしょ?」
ねーっ、と笑顔で人形に語り掛けるこいし様。人形はまるで生きているかのように、困ったようにおろおろとしている。
「こ、こいし様。それくらいにしときましょう。人形も困っていますよ」
「えーっ。まあ、確かに嫌がってる?お人形さん、またね」
といいこいし様は人形から手を放す。すると瞬時に人形がアリスの手元に戻っていく。
「ちょっと。何してくれるのよ」
とアリスはぶっきらぼうにこいし様に尋ねた。
「何って……抱きしめただけだよ。とってもかわいくて、つい身体が動いちゃった。それにふわふわで、ずっと持っていたかったくらい。お姉さん、それ自分で作ったの?」
とこいし様は気にせずアリスに伝えた。アリスは褒められてまんざらでもなかったのか、態度が柔らかくなった。
「ええ。私が作ったのよ。可愛いのは当たり前じゃない。……まだまだ居るわよ」
アリスはどこから出したのか、更に五体の人形を取り出した。みんな金色の髪で、特徴は似ているものの、細部は違っていて、こだわりを感じる。
人形らはまるで机があるかのように、空中を歩き出す。そして二人ずつダンスをし始めた。その仕草一つひとつに、細やかな職人技を感じる。
「おー!?すごいすごい!お姉さん、すごいね!」
とこいし様が目を輝かせてダンスを眺める。それを見ていて、私はピンと閃いた。
もしかして、この方法なら、さとり様とこいし様の仲を近づけることができるのでは……?今まで一度もしたことはなかったし、案外、いけるかも。
いつの間にか喧嘩は収まって、みんなアリスの絶技を堪能していた。
私はアリスが満足しきって手を止めたとき、あるお願いをしてみた。アリスはぶつくさ言いながらも了承してくれた。
次回、最終話です。