数日後、アリスから準備ができたと連絡があった。そのため私は地上に行きアリスと出会い、地霊殿へと帰った。
こいし様は地霊殿のすぐ外、岩場に座り込んで待っていた。私に気付くと立ち上がり、手を上にし身体を伸ばしながら言った。
「んんーっ……。やっほー!お燐。待ちくたびれたよ」
こいし様はにっこりしながらこちらに近づいてきた。
「遅れてすみません。少し長話に付き合わされてしまって。でも、もらってきましたよ」
私は緑青色のトートバックをこいし様に見せつける。この中に、アリスから貰ったものも含め、一式全てが入っている。
「あっ!?ホントに!?見せて見せて!」
とこいし様がトートバックの中を覗き見ようとしたため、私はトートバックを引っ込めて言った。
「こいし様。これは後のとっておきですので、まずは一緒にさとり様のところに行きましょう?」
「えーっ。お燐のケチ。今見せてくれたっていいじゃない」
こいし様は唇をひん曲げて、私の行いを非難する。
「すみません。でも、ガマンしたほうがもっと楽しいこともあるんですよ」
私は誤魔化すためにこいし様の帽子を撫でる。こいし様はハッとしたように固まった。
少しして、私はこいし様の手を握り、地霊殿に入った。こいし様は、何も言わなかった。
☆
私は地霊殿の一室をめざして歩いて行った。小さな畳の部屋だ。そこにさとり様がいるはず。
さとり様にも、何をするかは知らせていない。サプライズのほうがきっといいと思ったからだ。お空にお願いして、さとり様を呼んできてもらっている手はずだ。
私は部屋までたどり着き、ドアをノックし声をかけてから入った。
中にはさとり様が座って待っていた。目のクマがいつもより酷い。明らかに疲れていそう。私が最近、さとり様のお仕事を手伝うことができていなかったからか。
いや、考えるのはやめよう。私はここに、謝りに来たんじゃないんだ。
「さとり様。お待たせしました。来てくださってありがとうございます」
「お姉ちゃん。やっほー!幾億年ぶりね」
さとり様は返事をせず、どんよりとした瞳で私を捉えた。私の記憶から、何をしようか読み取っているのだろう。私は今回の計画に自信を持っているが、さとり様がどう思うかは分からない。
さとり様はすぐに私の考えを読み取ったのか、手を顎に当て思案しながら答えた。
「お燐。あなたがしたいことは、分かったわ。でも、上手くいくかどうかは……。それに、考えてみてるんだけど、私にはできそうにないわ……」
とさとり様が私の考えをやんわりと否定した。そんな姿を見て、発言しようとした私より先にこいし様が喋った。
「えーっ!?お姉ちゃん。そんなことないって!私、ちゃんと考えてきたんだから!えーっと、ほら、お燐。バックちょうだい」
私はこいし様に促され、バックを渡した。こいし様は、さとり様が座っている目の前まで行き、トートバックをひっくり返した。
中にはたくさんの人形が入っていた。私とお空、さとり様やこいし様、それからこいし様が作ってほしいとお願いしたペットたちの人形もだ。デフォルメされていて、とても可愛らしい。それから、空の缶詰やおもちゃのまな板・包丁、小さな本なども出てきた。
こいし様は人形の傍に座り込み、目を輝かせていた。
「わぁー!すごい!ほら。お姉ちゃん見てみて。これ、お姉ちゃんそっくりでしょ!」
こいし様はさとり様の人形を手に取り本人に突き付けた。だらりとした目に不敵な笑み。アリスが地霊殿で見たさとりを表現してるのだろう。
「え、ええ……よくできてるわ」
さとり様はこいし様に押されたように同意した。そして畳みかけるようにこいし様は言う。
「でしょ!ほら、この口元なんか見て!お姉ちゃんのふてぶてしい感じが良く出てるよ!」
こいし様、それは言わないほうが……さとり様も苦笑いになっているし。
「私、お姉ちゃんの役をするわ!で、お姉ちゃんはこれ!
こいし様はペットの
「お燐はどうする!?」
とこいし様にパスされる。
「では私は……そうですね。お空にしておきましょうか」
私はお空の人形を手に取った。自信満々に笑っており、調子に乗ってるときのお空が良く表されていた。
「じゃあ、お人形遊び、はじめるね!」
こいし様がさとり様の人形をつかんで、歩いているよう交互に揺らしながらしゃべった。
「ふう……ようやく仕事が終わったわ。息抜きとしようかしら」
こいし様はさとり様の女性らしい口調をすごく強調して、しゃべっていた。そして人形に空の缶詰を持たせた。
「あっ。
と
こいし様が堪らず言った。
「ちょっと!お姉ちゃん。お姉ちゃんは
さとり様ははっと息を呑み、こいし様に伝える。
「そ、そうね……分かったわ」
さとり様は蚊の鳴くような声で言った。
「にゃ、にゃー……」
さとり様も手に持っていた
こいし様は納得されたのか、演技を続けた。
「
こいし様は、さとり様の人形で
私はそろそろ入るべきかと思ったため、声を上げる。
「あっ。さとり様!
お空の溌剌な声を真似して、私はお空の人形でさとり様の人形に話しかけた。
「ええ、そうよ。見て、おいしそうでしょ」
こいし様は人形で撫でたまま答えた。
「本当ですね!いいなあ。私もツナ缶、結構好きなんです。私ももらっていいですか?」
と言ってお空の人形をツナ缶に寄せ、食べようとした。実際、お空がペットのものを一緒に食べていたということは何回かあったのだ。
さとり様の人形に咎めらえる。
「コラっ。お空、他のペットのものを取るんじゃありません。ほら、お空の分もあげるから、それにしときなさい」
そしてさとり様の人形が、
ここではじめて、さとり様が自発的に動いた。
「にゃー。にゃー」
それは
さとり様の表情は、さっきよりも硬かった。してはいけないことをしたのではないか、こいし様の反応を伺うようだった。
こいし様は、さとり様の人形をくるっと反転させて、
「ごめんごめん。
もう一度、さとり様の人形は
「
さとり様は胸を撫で下ろしたようだった。そして微笑みを浮かべ
「にゃー。にゃー」
と返事を返した。私はお空のするように抗議した。
「あーっ!
私はお空の人形をさとり様の人形に近づけた。
「ふふ、全く。お空はこらえ性がないわね」
といい、しぶしぶと言った感じでさとり様の人形でお空の人形を撫でつける。人形の腕が短いから両方を撫でるというよりは、代わりばんこにだ。
しばらくそうしていたら、さとり様から声がした。
「うっ。うう……」
さとり様は泣いておられた。目をぱちぱちとさせ、できるだけ堪えようとしていたようだった。こいし様はそれを見て飛び上がった。
「お、お姉ちゃん!どうしたの!?大丈夫?」
「……ええっ。か、悲しいわけじゃないの。大丈夫よ」
さとり様は人形を一旦置き、ポケットからハンカチを取り出し、目元に当てる。
「途中で止めちゃってごめんなさい。もう大丈夫だから。さあこいし、続けましょ?」
とこいし様に向かってさとり様は微笑んだ。こいし様は少しさとり様のほうを見続けたけれども、人形遊びを再開させた。
☆
あれから、こいし様と人形遊びを続けた。配役を変えて何度も何度も。もう大丈夫だと思ったからお空も読んで四人でもやった。
四人みんなで遊べるなんて、本当に久しぶりのことだった。こいし様もさとり様もお空も、楽しそうだった。こいし様が遊び疲れるまで、人形遊びは続いた。
人形遊びを終えた後、こいし様は眠そうだったので、お空が気を利かせて毛布を持ってきてくれた。こいし様はそれに包まって、三人に見守られながら、幸せそうに寝入った。
完全に寝入った後、私はさとり様に呼ばれた。
「お燐」
私はさとり様のほうを向き、姿勢を正した。
「そう構えないでちょうだい。……私が悪かったわ。お燐。本当にごめんなさい。……いえ、違うわね。本当にありがとう。お燐」
さとり様は穏やかな笑みで私に言った。
「あなたがしてくれたこと、本当に嬉しかったわ。……あなたのことをこいしが慕っていた理由が、改めてよく分かったの。私よりも、あなたのほうがこいしのことをよく分かっていた。私は嫌われて当然ね」
私はすぐさま否定した。
「そんなことありません!こいし様はさとり様のことも思っておられるはずです!」
「そうね……そうかもしれない。……私には、こいしの考えだけは分からないの。分からないって、こんなにも難しいのね。推測することしかできない。どうやら私は、こいしに厳しく接しすぎたのだと思うわ。でも、こいしに必要だったのは、抑制ではなく寛容だった。あなたがそれを教えてくれたわ」
さとり様は私に近づいた。
「お燐。もう一度言うけれど、本当にありがとう。あなたが居てくれたから、私も気づくことができたわ。あなたが私のことをよく考えてくれて、私のために勉強もしてくれて、私のために動いてくれて、本当に嬉しいと思っているわ。あなたは、私の大事な家族よ」
そう言って、さとり様は私の頭を撫でつけた。私は目が熱くなるのを感じた。
「う、ううっ……さ、さとり様……」
「お燐。苦労を掛けたわね。ありがとう」
私は耐え切れずさとり様に飛び込み泣いた。さとり様は私のことを受け止めて背をぽんぽんと叩き続けてくれた。
☆
私は猫の姿でさとり様の膝にいる。さとり様が私の背を撫でつけてくれた。とても心地が良い。もうちょっと下のほうを触ってくれればもっと、あっ。さとり様が触ってくれた。気持ちがいい。
私は猫の姿となってさとり様の膝の上で丸まっていた。最高のポジションを取ることができて、私は満足だった。
そうしてのんびりしていると、お空がやってきた。
「あっ!お燐ばっかりずるい!さとり様、私も!」
お空は烏となって、さとり様の膝に飛び込んできた。ばさばさと身体を捻じ込んで、私のスペースを侵食してくる。私はちょっとだけ身体を動かし、スペースを空けてやった。
「ふふ。お空。そんなに慌てないで」
と言ってさとり様はお空の嘴のすぐ横をなで上げた。そこは自分では中々掻けない場所だから、嬉しそうだ。……ずるい。
すぐさまさとり様の手が私に伸びてきて、頬を掻いてくれた。嬉しい。さとり様はよく分かってくれるから好き。幸せ。さとり様大好き。
さとり様に気を取られていて、私は第二の乱入者が来たことに気付かなかった。
「ちょっと、お姉ちゃん!お姉ちゃんばっかりずるい!」
今度はこいし様がこっちに来て、さとり様の前に座り、私を撫で上げる。ちょ、ちょっと力が強くて痛い……
「こいし、少し力が強いわ。こうしたほうがお燐が喜ぶわ」
さとり様は被せるようにこいし様の手を掴んだ。そうして、ゆっくりとこいし様の手で私の背を撫でた。うんうん。これくらいなら痛くない。
「あっ。ホントだ。お燐が気持ちよさそう!お姉ちゃん、ありがとう!」
こいし様がさとり様にお礼を言った。
「もちろんよ、こいし。これからたくさん、学んでいきましょう?」
また四人で過ごすことができてよかった。さとり様の膝の上で、私はとっても幸せだった。
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