pixivより転載
新メリニ王国の国王側近たちは悩んでいた。
敵が多すぎるのだ。
新興国ゆえに、また、多民族国家を謳うがゆえに反発も必至。
もしこれがライオス一代限りの国家と言うならば話は済んだだろう。だが、ここは王家だ。王家は血筋を連綿と繋いでいく義務がある。
そういうわけで、側近たちは悩みに悩んだ結果――ライオスにこういう条件をつけてみた。
「自分の身を自分で守れるほどに強い、かつ陛下と同年代のやんごとない身分の女性と言うのはどうでしょう」
「いいね」
正直言ってそんな人物は存在するのか。ライオスは甚だ疑問だったが、その条件ならば自分も気楽に接せられるだろう。そう思っての「いいね」だった。
果たして条件をクリアした女性は見付かった。
――小国クロノワーク。そこの女性騎士隊長が33歳、家柄も国益を守るほどのもので引け目を取らないということで、彼女に縁談が向いたのだった。
そして華燭の宴が開かれた。
迎え入れられた女性は、ヴェールを被っていたが美人と言ってよく、一見品の良さそうな人物に見えた。
(騎士隊長だったというからもっとゴリラをイメージしてたな)
ライオスはそんなことを思う。純白のドレスは彼女の体格を細身に見せていた。
そして誓いの口づけの段階に入る。
ヴェールを上げようとして――
ナイフを持った男が乱入してきた。
「ライオス・トーデン!!」
どうやら闖入者はライオス狙いらしい。彼に真っ直ぐ向かってきて、ライオスは自身が丸腰なことに気付いて、カブルーが暗器を片手に駆け付けようとして――
襲撃者は、宙に浮いた。
速い。あまりに速いアッパーカットだった。
絨毯の上に落ちる男。それに群がる兵士たち。呆けるライオスの前で、男の顎を殴り上げた「彼女」は、ヴェールを振り払った。
「全く、油断も隙もあったもんじゃない」
そう吐き捨てる彼女――メイルの長手袋の右手の甲には赤い血の跡がついていた。
キガ・メイル。クロノワーク最強の女が新興国国王のライオス・トーデンに嫁いだ。
「ライオス!」
「どうしたんだいカブルー」
結婚から数日後。執務室で仕事をしていたライオスは、ノックもなしに開いた扉を見た。声が友人として信頼している側近のものだったので、特に警戒せずそちらを見た。断っておくが、襲撃のあった結婚式は数日前のことである。
そして、ライオスは思わず同じセリフを繰り返した。
「……どうしたんだい、カブルー」
カブルーは頭にたんこぶを、顔に痣をいくつもつけていた。
「どうもこうもありませんよ! メイル様……王妃殿下ですよ!」
「メイルがどうかしたのかい」
実のところ、まだライオスとメイルはちゃんとした「夫婦」の営みはしていない。ライオスが「これからのんびりいこう」と同じベッドでメイルを寝かしつけたのだ。なので今のところ同じベッドで寝起きしているだけの男女である。
そのメイルには、まずは城に慣れてもらうために城内を自由に闊歩してもらっている。暇があればライオスも付き添うのだが、いかんせん中々その暇がなかった。夜になり、ベッドで昼間にこういうことがあった、とメイルから話を聞いてライオスが相槌を打ちながら眠る、というのがこのところの日課、というより夜課だった。それは新婚夫婦と言うより幼い子が学校であったことを親に報告するようなものだった。いかんせん夫婦の寝室でのことだったのでそれを知る者は彼ら以外にいないのだが。
ライオスは羽根ペンを置きながら、よろよろと近寄ってくるカブルーに手を伸ばす。治癒魔法をかけてやろうとしてのことだった。
カブルーは大人しく治癒魔法をかけられながら報告する。とんでもない事実を。
「王妃殿下、ひとりでウチの兵団全員打ちのめしましたよ」
「ま……マジで?」
「俺もやられました。本気で取りに行ったのに、微塵も手が出ませんでした……」
――それは、兵団の訓練を見に行ったメイルの気紛れだった。
『誰か私と手合わせする気ない? 身体鈍っちゃう』
名のある騎士隊長とは、兵団も聞いていた。しかし、所詮は女性だ――結婚式でのアッパーも偶々だろう。そう考える兵士は多かった。
それで、そこそこ腕の立つ兵士が対峙した。
吹っ飛ばされた。
『あら? こんなものなのかしら』
彼女は木剣を片手にけろりとしたものだった。
そこからは泥沼だ。「何人かかってもいいわよ」という言葉に従い、何人もが本気で飛びかかった。相手が王妃であることなどこの時点で皆が忘れていた。相手はゴリラである。
その末に兵団総長までやられてしまい――最終兵器、対人戦闘においては文官にしておくのは勿体ないと言われるほどのカブルーが無理矢理招聘されたのだった。
結果として、カブルーは負けた。色男の顔に痣までできた。
「あそこまで完敗させられたの、養母の剣術訓練以来なんですが」
「メイルは強かったんだなぁ」
「そりゃご自身を守れるやんごとなき身分の若い女性、と指定したのはこちらですがね、あの人にこそ兵団総長をやってもらうべきでは!?」
「それは王妃の仕事か?」
「違いますね!!」
「だろうなぁ。まぁ、そんなに強い上にウチの兵団も負けたって言うんなら、偶に彼女に訓練をつけてもらうというのはありだな」
傷を治してもらったカブルーは、言いづらそうにしていたが、それを言った。
「……殿下が」
「うん?」
「王妃殿下が、『故郷の国に私を育てた鬼教官がまだ現役だから教官として来てもらうこともできる』、と……」
「うーん、検討しとこう」
「検討する気ですか!? 本気ですか!?」
「でも全員負けちゃったんだろう? 軍備はこの国の急務だ。借りれる物は猫の手でも借りないと」
それに、カブルーは言った。
「……猫の手どころか虎の手だと思うんですけどね……」
それを聴きながら、ライオスは小さく嘆息した。
「メイル、無理をしなくていいんだよ」
さて、その日の夜の寝室。
寝間着に着替えた2人。ベッドに入りながらライオスが言った言葉に、メイルはきょとんとする。そうしているとただの少々目つきがきつめの美人だ。とてもではないが兵団全員を吹っ飛ばし、あまつさえカブルーすら完敗せしめた女性とは思えなかった。この時点でライオス、まだメイルの筋肉バキバキの体を見ていない。
メイルは「無理とは?」と小首を傾げるので、昼間起きたことを知っている、と告げる。
「君は王妃になりにきたんだ。仕事なら他の側近が頑張ってくれている。ゆっくりしていいんだよ。まずは体を大事にして欲しい」
「……そういうことは、言われて来なかったので……」
メイルは寝間着姿のまま言う。それを見て、あぁ、とライオスは納得した。
故郷の国では女性の騎士隊長であったという彼女。小国で、戦争もあったという。それを潜り抜けて出世した彼女はさぞや忙しかったに違いない。
要は、「休む」ことが苦手なのだろう。
ライオスは、メイルをベッドに寝かしつける。
「俺なんて最初は休んでばかりだったしさ。慣れない王様稼業で。俺たち、合わせて2で割れば丁度いい」
メイルにかけた布団の上から軽く手で叩く。ぽんぽんと。ライオスは月明かりの中で微笑んだ。
「そうすれば……2人でいい国に……」
ライオスは、メイルが寝付くよりも先に寝入ってしまった。
メイルは起き上がると、ライオスの肩まで布団をかける。
そして、思った。
(なんでもいいから早く手を出せバカ!!!! こっちが嫁入りできると聞いて処女卒業できるとどれだけ期待して遥々この国まで来たと思ってるんだ……!)
――メイル・トーデン。夫の恵体を前にして、欲情が止まらない状態だった。
ライオスが「その気」になるまでの間、新メリニ王国の兵団は彼女にしばかれつづけることとなる。
End.