やあ、スコートだ。
早速だが、今は緊急事態。これまでのループと比べて明らかに異質な状況となっている。色々と説明しなければならないが、何から言ったらいいものか。とりあえずここがどこかからにしよう。そう、ここは「羅浮」どころか私の一切知らない場所なのだ。
そこは、見渡す限りの宇宙空間であった。
どこかで見たことがあるようなないような、それでいて確実に訪れたことがない場所だと分かる。まず1つに宇宙空間なのに両足で立つことができているというのがある。特別な装備をしていないにも関わらず呼吸できていたり、どこを見ても淡い室内灯程度の明るさが確保されているのを見るに、宇宙をモチーフにしたただの異空間と考える方が正しいか。だが、正直言ってここが宇宙かどうかなどというのはどうでもよいことなのだ。
そしてもう1つの異質な点というのは、目の前にいる存在のことだ。
「君、誰?クラーラ、友達?」
「あら、ここに誰かが来たのですか?」
この宇宙空間もどきには、私と同じように直立している存在がいたのだ。そのどちらもが全く違う様相を呈している。
片方は青い重装甲のロボだ。見た目としては、青く丸い装甲に包まれたボディに大きな手のひらを備えた長い腕と曲線的な脚部パーツが接続している、頭の装甲が細長く上に突き出したロボットだ。若干カンパニー製品と雰囲気が似ているように感じなくもない。昔カンパニーの資料で読んだことがある気がする。確か、ヤリーロIVとかいう辺境の星でみられる旧時代の代物だ。あとクラーラとかいうのは知らない。
もう片方は妙齢の女性だ。真珠の髪飾りでまとめた亜麻色を左肩に流しており、全身を包む緑色のドレスから明らかにこの人が仙舟人だと判断される。整った顔をしているが、その両目はどこか焦点が合っておらずこちらを見つめているようには思えない。しばらく観察していると彼女の目が悪いことは分かったが、どういうわけか私のことを認識しているらしかった。それにしてもどこか気味の悪い女である。
この場にいるのはカンパニー職員とロボと盲目の仙舟人。チープな小説にありそうな組み合わせだ。
「顔、難しい。大丈夫?」
「あ、ああ。どうも」
「元気?よかった。僕、パスカル」
「名前があるのか。いや失礼、私はスコート。スターピースカンパニーの職員だ」
「スター、ピース?」
「知らないのか?銀河中にその名が轟く大企業だぞ」
「ぎん、ながと?」
「……凄い組織だ」
「すごいそしき。スコート、すごいね」
しばらく呆けていた私に声をかけてきたロボ、パスカルと会話していみたところ、彼、便宜上そう呼ばせてもらう、彼は拙いながらも言葉を操れるようだ。なかなかすごいじゃないか。いや、褒められたから気をよくしてるとかそういうのではなくてだな。
そういうわけでしばらくパスカルと会話しているうちに要領を得たのか、女性の方も話に入ってきた。
「そちらにいらっしゃるのがスコートさんなのですね。私は丹枢と言います」
「ああ、どうも」
それからは彼女としばらく話をした。私の方から話すことは特になかっので彼女の話を聞くことになったのだが、どうやら彼女はかの薬王秘伝残党の頭を張っていたらしい。死んだはずでは?いや別にカンパニー職員の私からしたら恐るるに足らんが、一応心配なだけだ。本当に。
「いや、それよりもここはどこだ。私は仙船『羅浮』で奴と対決していたはずだ」
そう話題を変えた私に、丹枢はそれまでの柔らかい表情と一転した真剣な顔を向けてきた。
「ひとつ、あなたは勘違いしています。ここは別に特別な空間というわけではなく、また私たちが直接顔を合わせているわけでもありません。何らかの理由で偶然私たちの意識同士がコミュニケーションを取れているに過ぎないのです」
「何を言っている」
「それに、こうなっている理由を私たちからお教えすることはできますが、それは貴方が一番分かっているのでありませんか?」
「だから何を......」
その瞬間、私の脳裏に見覚えのある光景が浮かぶ。
不夜候で対立する三月なのかと私。司辰宮裏で訓練する彼女と、それを監視する私。そして、豚の鳴き真似。歳陽、麻雀、下剤にハッカー。瞼に焼きついているそれらの光景は、まさしく私の経験してきた、いや今もまさに直面しているループの一端であった。
「これを説明するには、まず"彼女"のことを説明する必要があります。私たちは見てきたから知っていますが、あなたは当然知っているはずですよね」
ー開拓者。
現在進行形で私に辛酸を舐めさせている存在の一つだ。クールぶった顔がいまだに気に触る。
「僕、知ってる。クラーラ、お姉さん、友達」
「彼、そして私も彼女のことをよく知っております。ここにいる3人とも、開拓者と縁があるのですよ」
「別に私は仲良しこよしってわけじゃないがな」
「まあまあ、聞いていてください。そして私たちにはもう一つ共通点がある」
彼女がそういうと、二人の様子が一変した。
パスカルはその体が消えていき、完全に消えたと思ったら新たに出現した。ただし、複数体としてだ。それぞれは自分がパスカルだと主張しており、同じく問題なくコミュニケーションができるようだ。
丹枢は、体の周りを無数の銀杏の葉が取り囲んだかと思うと、目隠しをして禍々しい杖を持った女型の化け物へと変貌した。昔見たことのある薬王秘伝残党の姿と似ており、先ほどの彼女の話は嘘でないことが証明された。
「私たちだけではなくて、あなたもですよ?」
彼女がそう言った瞬間、私にも異変は訪れた。体の中を何かが蠢くような気持ち悪さが襲ってきたのだ。時として口から豚や犬の鳴き声として漏れ、また時としては下から出たり、あるいはただのため息となったり。思わず尻をさすってみるも何も異常はない。私の経験したすべてのことが同時に起こり、かつ起こってもいないようであった。
丹枢は構わず続ける。
「ここ最近、開拓者は自らを特異点としてこの宇宙全体を巻き込む出来事を起こしています。辺境の星を救ったり、仙舟のいざこざに巻き込まれたり、果ては夢の星に行ったりもしてるようですね?」
「そうなのか?だとして、私たちの何の関係がある」
「彼女は数々の選択をしてきて、その度にさまざまな思いを抱えてきました。しかし、ほとんどの選択肢は複数あるように見えますが、その実遠い目で見ればどれもただ一つのゴールを向いているのです」
そう、ほとんどは。彼女は強調するように付け足した。
「彼女が何を選んでも特定の結末へ向かいます。キメ顔をしようがゴミ箱に顔を突っ込もうが、彼女は彼女にとってのハッピーエンドに向かって突き進むのです。しかし、その裏では取
り返しのつかない選択によっても分岐してもいる」
「だからさっきから何を言って」
「この子は」
強い語気で遮る丹枢。
「パスカルは、偶然感情を持ったロボットでした。その後、理由はわかりませんが調子を崩してしまったところを、クラーラという少女に拾われ、世話をされていたのです。しかしそれでも体調は悪くなっていくばかり」
だが、そこで現れたのが開拓者。
「彼女がしたある選択の結果、彼は不安定ながら個を保って生きています。しかし、もう一方の選択の結果では、一度消えた後に安定した集合意識のようなものとなりました」
丹枢の言葉を肯定するように頷くパスカルらは、再び一つに戻って嬉しそうな様子を見せた。
「私もそうです。ある選択の結果では彼女と良い関係を築きました。もしかしたら友人だったのかもしれません。そして、そうでない結果において私と彼女とは面識すらありません」
「信じがたい話だ」
「ですが事実です。この子は複雑な事情を抱えていますが、事実生きています。対して私は彼女と友人であったかどうかに関わらず、彼女自身の手で斃される運命なのです」
いつの間にかドレスになっていた丹枢は上着をめくり腹を見せる。そこには吸い込まれそうなほど黒い風穴があった。空虚であった。
思わず尻餅をついてしまう私。だが後退りをしても彼女らとの距離は広がらない。
「そして、あなたも。彼女の選択の結果で存在が分たれた者なのです」
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