一匹狼スコート、敗北ループに出向す   作:彼岸花すずか

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6. 一匹狼、その軌跡をたどる

 意味が分からなかった。

 この困惑は現状説明に対してではない。第一、私はこのとんでも展開に巻き込まれている当事者なのだから、この期に及んで夢だとか言うつもりはなかった。今思えばループしていたのは一瞬だったようにも感じるが、同時にその一秒一秒の断片はくっきりと脳に刻み込まれている。このどれもが私自身の財産で、私の手で築き上げたものだ。

 私が気に入らなかったのは、彼女がしきりに”開拓者”に言及していたことだ。これまでのことは私自身の経験してきたことなのに、彼女の言い様ではまるであいつが世界の中心みたいではないか。

 

「ふざけているのか」

「いいえ。あなたも見てきたことですので、うなずいていただけるものかと思ったのですが」

 

 引き続き説明を続ける丹枢曰く、今回私が巻き込まれているループも例外なく開拓者が原因だ。三月なのかと私が敵対し、それを開拓者らが支援して私に打ち勝つ。そう定められているのだと。

 ではあのループでの私の努力はなんだったというのか。世界が巻き戻るたびに全てを忘れるあいつらより、私の方が何倍もあがいたというのに。ただ馬鹿の一つ覚えでどのループでも同じことしかしないあいつらに対して、私はあらゆることを試したのに。全て、ループには全く関係の無いあがきだったというのか。どれほど努力しても、わたしが勝つ未来は永劫訪れないのか。一匹狼では太刀打ちできないのか。

 到底受け入れられる話ではない。

 今はただ、身を焼く無力感から目を背けるしかなかった。

 そうして苦しむ私を、丹枢もパスカルも無感情に見つめる。

 

「確かに開拓者によって様々な可能性が生み出されました。三月、という友人に色々な助っ人をつけてやるという形で。ですが、本当にあなたは分かっていないようですね。こちらも言葉足らずだったとは思いますが、まだ分かりませんか。スコートさん。ループ自体は、あなたが原因ですよ?」

 

 丹枢がそう言うと、私が何かを言う前に白い光が目の前を覆った。

 

 

 その日はうらめしいほどの快晴で、太陽の光が記憶に焼き付くほど強い。なにか重要なことを忘れている気がするが、一体何だろうか。いや思い出した。なぜこれほど大切なことを忘れていたのだろうか。

 今日は、今日こそは僕の好敵手ベファナの足を折ってやろうと決めたのだ。彼と僕はスカイダートをめぐる因縁のライバル。実力は拮抗しているものの、あちらの方がやや上。我が家の家訓である一匹狼に従って、彼を舞台から突き落としてやるのさ。

 そう、突き落としてやろうと思っていた。のではあるが、試合直前になって違和感を感じた。何かを間違えているような。腹の底にタールを流し込まれたかのような違和感。それは練習試合が始まっても残っていた。気が付けば試合は終わっており、見れば偶然ベファナの奴が擦り傷を負っていた。私は、奴を介抱し手当してやった。幸い致命的なケガではない。これでよし、と思っていたのだが、運の悪いことに一連のことは父に見られていた。

 その晩、父からは大目玉を食らった。敵を助けるとはどういうことだ。一匹狼の家訓を忘れたか、と。私はありのままを伝えた。妨害をしようと思ったが踏みとどまったこと。そして、そもそも一匹狼という家訓に従っていては生き残れないのではないかという意見も添えた。当然私の主張は父の怒りを助長することとなり、その日の晩はなしになってしまった。

 

 今まで一匹狼としてふるまってきた。ただ、なんとなくそれではいけないという実感だけが残っている。時計を見ればもうすぐ定時。今日の仕事はあらかた終わらせたので、なんとなく会計資料の見直しをしていた。本当になんてことはない作業だ。ただ、資料の間違いによる減俸を嫌っての行動にすぎない。これも普通、これも普通。ただの流れ作業だ。これも普通、これも……。

 違和感があった。なんだこれは。うん、何度見ても間違いない。明らかに金の流れにおかしい箇所がある。書類上は問題ないように改ざんされているが、私の目は欺けなかった。担当者を見ると、そこには父の名前があった。私の父は賄賂を受け取っていたのだ。由々しき事態である。一般常識的にに考えて、そして我が家の家訓に従ったとしても、これは風紀担当に報告すべき事柄だ。そう、頭では分かっている。頭で分かっていても告発する気にはなれなかった。結局そのまま件の会計ファイルを閉じて、社内パソコンの電源は落としてしまった。

 

 これまで懸命に働いた。父の下で親友のアシャワット、そしてラクシュミーとともに切磋琢磨してきた。そして、今日迎えたのは結婚式。花嫁姿のラクシュミーの隣に立っていた。彼女に視線だけやると、ドレスは見事であった。オムニックでも似合う、至極の一品であった。しばらくして、私はステージを降りた。婿は私ではない。アシャワットだ。共に働く中で私たちの間には特別な関係があった。私の部署では社内恋愛が禁止されていたものの、今日この日までひたかくしにしていた。そうしてラクシュミーが選んだのがアシャワットであった。女神は私を一瞥すらしなかったらしい。身内で細々と行われた結婚式に是非と誘われて友人代表のスピーチまでしたが、披露宴は欠席させてもらった。

 

 父の悪事が告発され、罷免となった日だった。同日辺境のタタリアンへ異動となったアシャワットの送別会をした帰りに、父から声をかけられた。飲みに行かないか。そういった馴れ合いのようなことを父からもちかけられたのは意外だった。父がお気に入りらしいブランデーを頼む傍ら、私は一番人気と言うフルーツカクテルを注文した。なるほど、果実ソースの甘味がありつつも飲み口はすっきりとしていて大衆受けの良さそうな代物だ。だが、正直言って私の好みではない。対して父は好みの酒をあおっているようだが、表情が重い。親子そろってカウンターでしけた雰囲気を醸し出していた。父が口を開いたのは、750 ml瓶を空けてからしばらくしてのことだった。

 

「お前どういうことだ」

 

 私の酒は6割がた残っている。

 

「どういうこととは」

「分かっていたんだろうお前。数年前のことだったか、会計資料にアクセス履歴が残っていた。だから私は近いうちに告発されてポストを奪われるだろうと思っていた」

「父さん」

「それがどうした、お前。今日の今日まで歯を抜かれた犬畜生みたいに私の下で甘んじて。思い人まで取られて、親友に出世戦争で負けた」

「だから父さん、私は」

「今日だってそんな好みでもない酒頼んで、我が家の家訓を忘れたのか」

「忘れたわけないじゃないか。ただ、一匹狼では生き残れないと言って……」

「それで考えなしに家訓に逆らって今のざまか、ふざけるな」

 

 父は私の顔にカクテルをぶちまけた。

 

「腑抜けた顔をしやがって。もういい会計するぞ」

 

 頬をつたる酒が口の中に入る。今日は大して飲んだ覚えはないが、こみあげるものがあった。父に金だけを渡すと、私は駆け出して店を出た。夜の歓楽街を走り、そのへんの路地裏に入る。人の目の届かないところまで来ると、それまで我慢していたものを全て吐き出した。カクテルを、昼飯を、胃液があふれてくる。もう吐くものがなくなったとしても、嗚咽が止まることはなかった。

 気持ち悪い。

 

 

 しばらくして目が覚めると、再びあの空間に戻っていた。




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