一応、地の文では76表記にします。
トレセン学園の裏手にある森は東京都とは思えない程の自然に満ちている。木々が生い茂り水道水を利用した疑似的な川が流れ小動物たちが生きるその森は、本物の森といってもよかった。それゆえにトレセン学園の生徒たちはこの森でリフレッシュをしたり、或いは凸凹の地形を利用したトレーニングをしていたのだが…。
「ここだな。妖怪がうろついているという地域は…」
それらとは全く異なった理由でトレセン学園副会長であるエアグルーヴは裏手の森を訪れていた。
そもそも、エアグルーヴがここまでやってきたのはある噂が理由だった。
「学園裏手の森の妖怪…ですか?」
「聞いたことはないか? 生徒たちが最近よく噂しているのだが」
「いえ。初耳です」
話は数日前の生徒会室まで遡る。いつものように事務作業をしていたとき、アイスブレイクとして会長であるシンボリルドルフが生徒たちの間で有名な噂話をしだした。
「私も見たことはないのだがね、なにやら裏手の森を散歩していた生徒が私たち以上の速さで駆け抜ける何かを見たそうだよ」
「鳥とかの類ではなくてですか?」
ウマ娘よりも速い生き物で森に生息しているといったら、度々学園や学生寮で目撃されている猛禽類のような大型の鳥ぐらいなものかとエアグルーヴは考えたが、シンボリルドルフはそれを否定した。
「いや。どうやら180㎝はあったそうだ。他にも窓から森を見ていた生徒が木を飛び移る何かを目撃したそうだし、ある生徒は変な音も聞いたそうだ」
「そうなのですか、かなりの目撃例があるのですね」
「裏手の森には最近学園で働きだした人が住んでいるだろ? その人を一目見ようとして森に入った生徒がその妖怪とよう邂逅しているんだ」
「確かに気になりますね。その妖怪とやらの正体が生徒やその人に危険な可能性もあります。後日調べてみます」
「任せたよ、エアグルーヴ。今のところそういった報告はないが、万が一もあるからね」
決まったと思った渾身のオヤジギャグに何の反応も示さなかったエアグルーヴにしょんぼりとしながらも、休憩を終えて作業を再開したのだった。
そういったわけでそれから数日後。まとまった時間を確保したエアグルーヴは単身森に入ったのだが…。
「思ったよりも暗いのだな」
普段エアグルーヴが森に入るときはだいたいが決まったルートでしかも浅いところなのだが、今回は妖怪調査ということもありかなり奥深いところにまで進んでいた。さらに森も奥へ進めば進むほど木の密度が高まり葉が日光を遮っていた。そのため今が何時ごろかが体感で分かりくい。
「整備された道からは外れている。進みすぎるのは危険だが…」
それでもと進もうとしたとき、エアグルーヴは自分が触れた木に不自然なへこみがあることに気付いた。よくよく観察してみればそれは鋭利な物でつけられた傷で、最近のものだった。
「もしや、妖怪どころの騒ぎではすまないのかもな」
一応は森にも巡回が入っているとはいえ、それでも限界がある。とくに奥の方となれば、巡回の目を逃れる方法だってあるだろう。ここまでは生徒の与太話だと思っていたエアグルーヴだったが、今では全神経を集中して周りを警戒していた。
その時だった。
パスッ、パスパス
気の抜けた音がウマ娘の耳に辛うじて届いた。
その音を発生させた者こそが妖怪の正体だと考えたエアグルーヴは息を殺しながらもその音の方へと近づいて行った。
音のする方へと進んだ結果、ある程度開けた場所に辿り着いた。そこはまるで弓道場のようでいくつかの的が置かれていたのだが、それらはすべて人型で、しかも何度も使われた跡があった。
これはいよいよ警察を呼んだ方がよいのでは?
明らかに妖怪ではない何かが森に住みついているという結論を出したエアグルーヴは直ちに生徒会室に行ってシンボリルドルフに報告し最低でも巡回或いは警察を呼ぶ提案をすることを考えたのだが、その様子は既に見られていた。いや、実を言うとこの射撃場に着いた時点でエアグルーヴは観察されていた。
「君は。トレセン学園の生徒だね」
「ッ!!!!!!!!」
「危ない⁉」
突然の声掛けに驚いたエアグルーヴは声にならない叫び声を上げると渾身の回し蹴りを突然現れた相手に対し繰り出した。そして無慈悲にもその蹴りは脇腹を芯で捉え、雷が如き速度で相手を木の幹に叩き込んだ。
「コヒュー、コヒュー」
大地に俯せになって倒れたその男を警戒して一定の距離をとっていると、突如木から茶色のコートの中に赤ネクタイのワイシャツ、そして黒いラインの入った茶色の帽子と全身茶色尽くしの男が現れ倒れた男にハンドメイドの注射をして風のように去っていった。Mysterious Stranger
「Thank God there were no grenades.」Last Laugh不発
理解できない速さと声の小ささで英語を言った男の顔を見て、エアグルーヴは噂の妖怪が誰なのかを理解した。
「あなたは確か、セブンティシックスさん…?」
「いかにも」
「し、失礼しました。密猟者か何かかと思ってしまい…」
「別に気にするほどのことじゃないさ。それよりも君こそ大丈夫だったかい? 全身に電流が流れたり、爆発に巻き込まれたりは…」
「いえ、そのようなことは」
「ならいいさ。それよりももう遅い時間だよ」
エアグルーヴにPip-Boyを見せながら76はバックパックからスティムパックを取り出すと、心臓のあたりに注射し体力を回復する。空になった注射器は以前は捨てていたが最近になって洗って再利用するようになった。というのも以前学園内で空の注射器を捨てたら以前会った茶髪のウマ娘が勘違いで怒られたのを見て改めた。
「この時間だと寮に戻るころには消灯時間だな」
「それなら僕のC.A.M.P.で食べていくかい? これから夕食なんだ」
「それは、ありがたい提案ですがわざわざ厄介になることは…」
「大丈夫だよ。それに、ずいぶん怖がらせてしまったみたいだし」
76が既に夕食を食べていく前提で歩き出したことを察したエアグルーヴは初対面の人間に料理をご馳走してもらうことに抵抗を感じたが、同時に興味があった。
「(噂では違う世界から来たと聞く。もしや異世界の料理が食べられるのでは?)」
後にエアグルーヴ自身が激しく後悔することになるこの好奇心が、76の夕食をいただくという行動を決定づけた。
76に付いていくこと5分。鬱蒼とした森の中に突然、純白の二階建て洋風建築が現れた。周りにはトウモロコシやニンジン、うりやすいか、見たことのないベリー類などがプランターに植えられており、またその近くには井戸も掘ってあった。
「…学園ではあなたはキャンプに住んでいると聞き及んでいたのだが」
「これもC.A.M.P.ですよ? まあC.A.M.P.が無かったので建築には手間取りましたが」
「必要な免許は?」
「いえ、免許制度なんて軍人のそれしか残存していなかったので」
「…報告するべき事案が増えた」
一応はしっかりとした造りだったので安心しながらも中に入ると、そこには見慣れないタイプの
ジュークボックスがあり、クラシックを流していた。エアグルーヴは案内されるがまま席につかされた。
「何か私にも手伝えることはないか?」
「大丈夫さ。それよりも、せっかくここを訪れた最初の客人なんだ。もっと歓迎させてくれ」
暗にそのまま座っていてくれと言われたエアグルーヴは料理を待っていると、色々な具材が入った野菜のスープが出された。やや塩気が強いと思いながら食べ終えると、次に出されたのはオムレツ。異世界と言いながらも自分たちと似た食文化が形成されていたのだなと考えながら食べる。これもまた美味しいが塩味。
二品続けて塩味が強いとなると76の血圧が心配になるエアグルーヴだったが、76は「日本人から教わった日本料理がある」と言って何かの串焼きを机に置くと再びキッチンに戻っていく。
サクサクとしながらもエビの尻尾のような硬さがあるその串焼きを食べながら今度は何かと期待を膨らませると、76が持ってきたのは日本料理ではなくヴァイキング料理かと目を疑いたくなるような一品。
「いい大きさのがいなかったからあれだが、押し寿司だ!!」
机の上に置かれたのは、およそ数ミリの模型船のマストのように細く小さな寿司。だがエアグルーヴがおもわず絶句してしまったのは、その寿司の下。土台部分にトカゲの足があったことだ。あまりの衝撃に思考が飛んでしまったエアグルーヴだったが、そこは変人奇人も多いトレセン学園の副会長、すぐに再起動をして問い詰めた。
「おい貴様、この料理はまさかだが…」
「知り合いの日本人に教わった押し寿司さ!!」
「そんなこと上部分はどうでもいい、なんだこれは⁉ トカゲの脚じゃないか⁉」
「ああ、やっぱ大分小さいよね。本当はもっと大きいのがよかったんだけど、見つからなくて」
「見つからなくていい!!」
違法建築に始まり厚労省が見たら卒倒しそうなゲテモノ寿司。エアグルーヴは既に76という男が悪気なくこの料理を出したことに気付いていた。ゆえに、冷や汗を流しながら聞き出す。
「…ッ、貴様、ほかにも何か私に変な物は食べさせていないよな⁉」
「え? どれもアパラチアでは普通の料理だよ。もちろん手に入らなかった材料はほかで代替したりしたけど、とくには…」
「ならすべてだ。今日私に出した食べ物の具材すべてを言え!!」
「分かった、分かったから首根っこ掴んで揺らさないで。僕頭脆いんだから」
全身に鬼を宿したエアグルーヴの形相に76も仕方なしとその指を数えながら具材を思い出す。
「まず一品目の野菜スープ。これは普通に野菜…「具体的に」…ニンジン、トウモロコシ、テイト…とにかく外のプランターで育てているものしか使ってないよ」
「ならいい」
「二品目はモスマンの卵のオムレツ」
「…そのモスマン、というのは?」
「ウエストバージニアで有名な怪物の一つさ。それの卵だよ」
「怪物の卵? …まあ、どうせ代替品なのだろ、それで次」
「三品目はラッドローチの串揚げ…」
「ッ⁉ ボッフ!!」
この日以降、しばらくの間エアグルーヴは揚げ物…とくに串に刺したものを食べなくなった。
また、モスマンについて調べたエアグルーヴは代替品についてもある程度の予測がたったため、オムレツも食べなくなった。
余談だが、後日生徒会を通じて学園裏に違法建築物があることが理事会に報告され、強制的に撤去された。家を失った76は学園内の教室を借りることになるのだが、教室の間借りの先人であるアグネスタキオンがエアグルーヴと同様の被害に知らず知らずのうちに遭うのはまた別のお話。
余談の冒頭部分を次回予告っぽくやってみた。
C.A.M.P.撤去に猛反対する76、強行された撤去工事に対抗し、森に入った作業員を一人ずつ締め落としていく。工事の進行の遅さに違和感を抱いた生徒会は、これ以上の遅延は他の業務にも影響が及ぶと判断。いつものように木から飛び降りて不意打ちをした76だったが、ヘルメットの下から顔を覗かせたのは鬼神と化したエアグルーヴ。怒りによって限界を突破したエアグルーヴに、76は勝てるのか⁉
次回、『強さこそstrength』
来週も、人は過ちを繰り返す。