「どうもー、こんちわー…なんだ、留守かよ」
新しい校舎が建ったことで日当たりが格段に悪くなった旧工作室を訪れたのは、サメのようなギザギザとした歯が特徴的なウマ娘、エアシャカールだった。ロジカルロジカルと口癖のように言う合理主義的な彼女が清潔に保たれてはいるが負の要素しかない旧工作室に現れたのは当然、理由あってのことだ。
「ここにナナロクの奴がいると聞いたんだがな」
ここ最近、学園中の噂の的である76。幾度となくエアグルーヴの逆鱗に触れたと評判の76を探しているのは、彼女にとっての至上命題を解決するためだったのだが、どうやら不在だったようだ。
「いい時間だし、そろそろ戻ってくるだろ。しばらく待つか」
時刻は夕方。裏手の森から追放されて家無しの76なら必ずここに戻ってくるだろうと判断し、中で待つことにした。立って待ち続けるのも疲れるしと近くにあった椅子の上に座る。そして彼女自身で自作したノートパソコンでありAIでもあるparcaeの置き場所を求めて部屋中を見渡す。
「ンァ? なんだありゃ?」
立って読むタイプの書見台の上に妖しい雰囲気を纏っている本が置かれているのに気付いたエアシャカールは何となくでその本を手に取った。
「真に賢き聖モスマン?」
片手間で本に書かれていたタイトルであるモスマンについてparcaeで検索を掛けてみる。
「なになに? 1966年ごろにウエストバージニア州ポイント・プレザントに出没したUMAで外観は翼が生えた人間、大型の猛禽類と予想される…ね。確かナナロクの出身はアパラチアだからこういう本があるのか。にしては表紙的に蛾のように見えるんだが…
ウオッ⁉」
本をパラパラとめくっているとページの間から何匹もの赤い蛾が羽ばたいていくのに驚いて本を落としてしまった。不可抗力だったとはいえ人の物を勝手に手に取った挙句読んで落としたのはまずかったなと思いながらも再度蛾が出てくるんじゃないかという恐怖が脳裏を過って伸ばした手を止めさせる。
「あなたは…エアシャカールさんですね。どうしたんです? そんなアンブッシュ状態*1のスコーチみたいなポーズをして」
拾うか拾わないかで悩んでいたエアシャカールだったが、最終的に本を拾ったのは帰ってきた76だった。
「で、ここに来た理由は?」
本を書見台に戻した76は学園内の花壇に生えていた花を蒸して作った*2お茶を出しながら聞いた。来客が珍しくないこの旧工作室だが、多くは76見たさで定期的に来るのは事務方や般若のエアグルーヴといった学園の運営に係る人たちだけ。エアシャカールがそのどちらでもないことを76は既に見抜いていた。perception 8
「あんたの持つ知識を俺のトレーニングに活かせないかと思ってな。聞いたところだとおめえ、あのゴールドシップをノックアウトしたんだろ? あれを倒せる奴はこの学園じゃ数えるほどしかいねえ。フィジカル面では猶更だ」
「知識…知識なあ」
「匂いで分かる。火薬の調合してるだろ。それ以外にもこの部屋の奥にはやべえ物がたくさんある。俺は別にそれを問い詰めようとは思わないが、そういったことができる知識があるなら俺の力にもなってほしい」
冷や汗をダラダラと流し始めた76を見て問い詰めるのもまた面白いんだろうなあと思いながらもエアシャカールはどうにか自分の力になってほしいと、parcaeの出力した7㎝という壁を越える助けになって欲しいと説得した。
「分かった。力になる」
76はそれを受け入れた。元々人が助けてほしいと、力を貸してほしいと言われれば断れずにやり切ってしまうVaultの住人だ。首を横に振るわけがない。それに今回の願い、アパラチアでの経験が活かせそうなものである。だが、課題もあった。
「しかし、君のように僕は数値化できない。具体的な目標である7㎝に近づいているのかどうかを判断できない」
「チッ…だがやりようは」
「ある。僕にはできないが僕の手元には数値が大の得意な友人がいる」
手元に友人がいるという今後二度と聞かないであろう奇怪な日本語を聞いて疑問符が浮かんだエアシャカールだったが、希望の灯に息を吹きかけるような真似はしない。むしろそれに乗った。
「それで、その『友人』てのは?」
「
「ああー、それなら俺のparcaeを使うか? データ移すだけなら大丈夫だろ」
「助かる。繋げるコードを作ってくるから少し待っていてくれ」
「分かった、お茶でも飲んで待ってるさ。…今作るって言ったか?」
二重扉で隔たれた部屋の奥に消えていった76が戻ってくるのに3分と掛からなかったが、お茶を飲み終えたエアシャカールは失礼だがと思いながら冷蔵庫を開けて見慣れた赤いラベルの貼られた2Lの黒い炭酸飲料を取り出していた。
「すみません。思ったよりも複雑で少し手間取りました」
「ん、やっぱ自作してたんだな」
parcaeと76のPip-Boyをつなぐコードは一見すると破損したジャンク品かと疑う見た目をしている。そのため本体に影響がないかと一瞬危惧したエアシャカールだったが、部品が焼け焦げているような臭いもしないし大丈夫だろうと思いテーブルの上に出していた炭酸飲料について話を振った。
「そういえば、お茶を飲み終えちまったからこいつ貰ってもいいか? 封も開いてるみたいだし」
「それはダメだ。…君たちには合わない。おかわりを出すからしまっておいてくれ。決して飲むなよ」
「分かったよ、悪かった」
妙に語気が強いことに戸惑いながらも炭酸飲料を戻したエアシャカールの元に、新しく注がれたお茶。学園には花壇が多いためお茶には困らない*3と発言をする76を不思議に思いながらも早速該当するデータをPip-Boyからparcaeに部分的に移す。ウイルスの心配はないだろうがそれでも一度に大量のデータを飛ばすとコードが火を噴くかもしれないという76の心配からだったが、これは正しかった。
「Rebooting in progress…」
「ウオッ・・・・なんだこのおっさん喋るのか」
「Analyzing language…Declared to be Japanese.Change the language used.初めての方に驚かれるのは慣れていますが『おっさん』と呼称するのは侮辱に当たるのではないかと推察します」
parcaeの画面に映し出された渋い表情のやけに眼鏡が反射している男性の絵を見たエアシャカールはまた落としそうになったが、流石に堪えて考えた。
「おいナナロク、こいつはなんだ?」
「彼はMODUS。ある組織で使われていた人工知能であり僕の友人の一人。データのバックアップをPip-Boyに入れていたんだ」
「この声は…セブンティシックス、ここではナナロクとお呼びした方がよろしいでしょうか? どちらにせよ、予備の私が起動したということは相当の事が起こったのでしょう、友人」
アメリカ合衆国の極秘施設であるホワイトスプリング地下にあるVault。そこの住人であった合衆国を操る組織エングレイブによって開発されたMODUS。それのバックアップデータを持ちなおかつ友人と呼ばせる76。二人の関係がどう進んだかを語るのはまた別の機会だが、それほどに深い仲である彼らは互いの言葉の裏を読んで話を事前の打ち合わせなしに合わせられていた。
「それについては後で話そう。今はアパラチアで得たデータを走りに活かそうとしているのだが、参考になるものはあるか?」
「生体工学や機械工学には使えそうなものがあります。しかし、この機器では容量不足です」
「嘘だろ⁉ parcaeはかなりの部品を使ったはずなんだが」
並大抵のこと以上のこと、例えば複雑なテクノの作曲がスムーズにできるほどの高性能なノートパソコンであるparcaeを容量不足と言い切るMODUSに作成費用を考えて目が飛び出そうになったエアシャカールが吠えたが、MODUSはそれを制した。
「私はアメリカ合衆国の政府高官をもてなす施設の維持管理を一手に担っています。その私にはもっと大規模な演算能力のある本体が必要です」
「学園のパソコンもそれなりだろうし。Pip-Boyも高性能だがデータの保管だけで手一杯です」
「参ったな。手元にはこれしかねえから手詰まりだぞ」
「問答と情報収集であれば必要スペックはかなり下がります。私の古くからの友人と新たな友人候補には私の新たな体を調達してもらいたいです」
無理な要求ではないが難しい要求だと思ったエアシャカールだったが、すぐに実現できると思った。
エアシャカール自身は賞レースに出走する予定であって現在多額の金銭を持っていない。しかしMODUSが要求したスペックに見合うパソコンの部品を見繕って作ることはできる。そしてその部品の調達代についても、学園で働いている76がいる。問題ない。エアシャカールはそう思った。
「分かった。必要スペックを教えてくれ。全力を出せる本体を作ってやる」
「新たな友人は頼りになりますね。それで、ナナロクも力になれそうですか?」
「いや全然」
「ハァ⁉」
「そう言うと思っていました」
食堂のドリンクバーにて
76「ヌカコーラにそっくりのジュースあるやん。飲も」
76「なんか足りないな。こう、ガイガーカウンターがカリカリ言うあれが」
76「しゃーない自前で足すか」
釈迦「これ飲んでもいいかな?」
76「ぜっっっっっっっっっっったいダメ!!」