なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
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「この『崩壊の雨』? とかいう魔法、絶対おかしいですよ!」
私は集めた資料をアステルに突きつける。
絶対におかしい。こんな魔法が昔はあったなんて信じられない、と主張する。
「ソフィア、ちょっと落ち着いてよ。もうソフィアも二年生でしょ? 落ち着きを……」
「落ち着いて謎が解明出来るなら最初からしてます。それよりもこれ、ここの部分とかあり得ないですって!」
『呪災の勇者冒険譚』p267によれば、呪災の勇者──つまり、ノース・アミューラは『崩壊の雨』という魔法を行使することが出来た、と言われている。
その魔法は巨大建造物を削り、その魔法行使を見た生命の記憶を奪い去る──という記述がある。
「いたって普通の話じゃん。ノース・アミューラ。『聖樹の創造王』の得意魔法でしょ? 何がおかしいのさ」
「全てです! 本当に『見た生命の記憶を奪う』なら、ここに記述が残ってること自体おかしいんですって!」
そもそも、『崩壊の雨』とかいう魔法は多機能過ぎる。
私達が使っている魔法なんて、『水をコップ一杯分出現させる』とか『怪我の治りを少し加速させる』くらいのものでしかない。
だっていうのに、この『崩壊の雨』とかいう魔法は建物を削って、生命の記憶を消去して、更に文献次第では『聖樹』の建造時にも使われた、なんて記録が残っている。
絶対におかしい。
いや、百歩譲って『聖樹』──王国の中心にある、雲を突き抜ける巨大な大樹を作ったってのはいい。
正直、この時点であり得ない認定を出したいところだけれど良いとしよう。
でも、それも含めて『崩壊の雨』の機能だとは思えない。
「じゃあソフィアはどう思うの?」
「うーん……建物を削る。それぐらいが限度だと思います。多分、記憶消去や聖樹創造は別の魔法……かなんかだと思います」
「でも、別の魔法だっていう根拠もないんでしょ?」
そうだけれども。
なにせノース・アミューラについての記述は大昔過ぎる。如何せん大昔も大昔の話なのだから。
そもそもの話として、実在性すら疑ったほうがいいとすら思っている。
なにせ魔王討伐、聖樹創造、『終焉の境』の解除、『灰神』の誅滅──やっていることが多すぎる。
各時代で一番活躍した人に、ノース・アミューラという称号を与えました、とでも言われたほうがまだ理解出来るというもの。
数多に渡る呼び名。
最も有名な『
「先輩はおかしいと思わないんですか?」
「それを勇者科の俺が大声で言ったら懲罰されかねないって。まあでも……盛られてるとは思う」
「ですよね!」
ノース・アミューラの成し遂げた功績。
それがなければ、人類文明は発展を成し遂げられなかった。それは確かな事実であり、何ならその功績全てが証明されている。
唯一証明されていないのは『本当にノース・アミューラ本人がやったのか?』という点だけ。
魔王討伐の証拠も、聖樹も、『終焉の境』が存在していた証拠も、『灰神』の存在も証明されている以上、歴史上で起きてはいる。起きてはいるんだけれど……
「そもそも。そーもーそーもっ、記述を鵜呑みにしてたらノース・アミューラは数万年以上は生きていることになっちゃいます!」
「それは……先生方は『寿命延長魔法』を所持していたって言っているけれど」
「そうやって何でもかんでも魔法のせいにしてるから、こんな大怪獣が生まれてるんじゃないですか」
「んで、結局ソフィアは何を知りたいんだ?」
まったく、アステル先輩は何もわかっていない。
別に私はノース・アミューラの存在を否定したいわけでも、その偉業をなかったことにしたいわけでもない。むしろ、私は生粋のノース・アミューラ信者とすら言える。
というか。そうでもなかったら、わざわざ入学倍率が最近三桁に突入しやがった聖女科に入ったりなんてしてない。
「ノース・アミューラという、等身大の人間についてです。偉大で、数多の偉業を成し遂げたと伝えられた世界一の勇者が何を考え、何を思っていたかを知りたいんです」
だから『勇者の心に常に寄り添っていた』らしい聖女、ミナミ・アミューラを模範とする聖女科に入ったわけで。
それだけ心に寄り添った寄り添ったって言うんだったら、
「はぁ、予想以上にスピリチュアルなんですから。長続きしただけのカルト宗教と変わりませんよ、こんなんじゃあ」
はぁ、と息を吐くとノース先生がやってくる。
「
ノース先生。
この王立学院の歴史学統合責任者でもあり、勇者と聖女研究の第一人者。
世界的にも有名な研究者でありながら、私生活の一切が謎に包まれている──謎多き人。
いつも大量の資料が入っているのであろう鞄を背負い、世界を渡り歩く才女。
加えて、この図書館の管理者……というか、この図書館に埋蔵されている本、ほとんど全ての所持者。
「私の名前が聞こえたような気がしてね」
ノースという名前は、とてもありふれている。
特に勇者科なんて、適当に五人取ってくれば一人はその名前がいるほどにはありふれた名前。
親御さん達はもうちょっと考えて名前をつけないのか、と文句を言いたくなるくらいにはよくある名前。
「ノ、ノース先生……申し訳ありません。ソフィアがまた騒がしくしてしまって」
「それは気にしなくていい。ノース・アミューラ……私の専門分野について面白い発言が聞こえた気がして」
考える。
第一人者相手に。ノース先生相手に、持論を話してもいいのか。
世界的権威、全世界の民意を味方につけているような人に、真っ向から反抗するべきなのか。
幾ら私が疑義を呈したところで、『初学者が何を言っているの?』みたいなあしらい方をされるんじゃないのか、という疑問。
ただ、ノース先生に会える機会はほとんどないと言っても過言じゃない。
ここまで一年間ここに通っていた私でも、一番最初の歴史学授業……『統合歴史学総論』でしか会ったことがない。
ついでに言えば、ノース先生が受け持っている科目はそれと
つまり、最悪あと一回しか会えないような激レアキャラ。
なら、思い切って聞いちゃったほうが後腐れがない……!
「先生。ノース・アミューラってどう思いますか?」
「そうね……
「えぇっと……」
「はい! 知ってます!!」
名前から呼ばれていた『
マイナー本もマイナー本である『古代の秘匿名』や『北の真名』にちょこっとだけ乗っている呼び方。
「確か、ノース・アミューラの使う九種類の大魔法。そこから付けられた名前だった、と書いてあったはずです……っと、此処に!」
私は『古代の秘匿名』p438を先生に向けて広げる。
私がそこまで知っていたことに驚いたのか、ノース先生は口角を少しだけあげる。
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ。じゃあ、その九つの大魔法とやらは知ってる?」
「うぐ……」
知らない。少なくとも、そこまで言及されている本や論文を私は知らない。
そもそも、ノース・ナインという名前ですらかなりマイナーな呼び名だというのに、それの誕生経緯まで細かく纏められている資料なんてなかった。
「『崩壊の雨』、『消滅魔法』と……『射撃魔法』とか、でしょうか……」
「ソフィアでも知らないことあったんだな」
「アステルは黙ってて」
ノース・アミューラの使う魔法として伝えられているものといえば、『崩壊の雨』があげられる。
それはいい。効果の真偽はさておき、そういう名前の魔法があること自体は問題じゃない。
『消滅魔法』は『崩壊の雨』と混ざって扱われがちだけれど、ちゃんと違う魔法として書かれている文献はある。
対象を選べず無作為に被害をもたらす『崩壊の雨』と、相手を選ぶことが出来る『消滅魔法』。
……そして『射撃魔法』は無理矢理。名前だけ見たことがあるノース・アミューラの魔法をあげただけ。
九つは無理にせよ、三つくらいはあげたかった私の足掻き。
「へぇ、『射撃魔法』も知ってるんだ。残念ながら違うけれど」
「先生は……知ってるんですか?」
第一人者なら、九つと言わずとも四……五つくらいは知っていて欲しい。そして、願わくば私の解答が何故違うのかを理論立てて教えて欲しい。
「出来れば内緒で頼みたいけれど……『消滅魔法』、『終焉の境』、『崩壊の雨』、『浸潤の樹』、『回帰の灰』、『継承の業』、『生誕の法』、“魔王の死”、“箱の隔絶”──この九つの大魔法、ということになる」
「あの、先生。『消滅魔法』と『崩壊の雨』……そして、『終焉の境』以外聞いたことありませんが」
アステルが何か言ってるのを無視して、頭を働かせる。
どういうことか。そんな記述が何処かに残っていたか。そんなことを示唆する文献が新しく見つかったのか。
咀嚼して飲み込もうとして、違和感に気付く。
「あ、の。あの、先生! 『北の真名』……この本には、
魔王討伐よりも古い名前ならば、“魔王の死”という大魔法が存在していることがおかしい。意味がわからない。理屈が通らない。
「それで合ってる。
ノース先生は、一度言葉を区切ってから私達を見る。
その後、軽く周囲を見渡し誰もいないことを確認する。
「答え合わせは私が出来るからね」
ノース先生の装いが変わる、
現代式の洋服ではなく、幾度となく資料集で見た悪夢の時代に流行っていた服装へ。
そして、周囲に滞空している古ぼけた
「この世界の人類は予想以上に
有り得ないほどの長寿。
各時代の変革点、巨悪を討ち滅ぼしたと言い伝えられる剣。
浮遊する幾つかの魔法陣は、現代では禁術とされているものばかりで。
「まあでも、色々と面倒なことも発覚してね。ミナミとの約束がある都合上はいそうですか、と放置するわけにもいかなくて。あと少しだけ呪いは解けそうにない。具体的に言うなら、私が現在の世界を知らなさすぎるってことなんだけれど」
まさか、と息を呑む。
そんなわけがない、と現実が受け止めきれない。
幼少期からの憧れであり、私の探求の答え。
「というわけで、改めて」
神話の登場人物が、私の目の前にいる。
「やあ。
伝説の勇者は、とても耳馴染みのある──きっと、この世界の誰しもが見たことのある自己紹介をする。
全人類が救世の勇者と認める究極の傍観者にして、神話の存在。
「ミナミとの時間は一秒足りとも無駄に出来ないから、下見をしなきゃってことで。
『北の勇者』ノース・アミューラは、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「──私の勝ちだ、世界。刻は私の味方だった」