なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
◇
──それは、一目惚れだった。
「えっと……あなたが?」
さっさと荷物を畳んで、独房から出ようと持ち場へと戻った瞬間。
視界に飛び込んできた、彼女を見つけてしまう。
童顔で、その瞳からは輝きが失われていて。
銀髪で、その髪は薄汚れていて。
でも。それでも、私は一目惚れしてしまった。
輝きを失った瞳を再び照らし、汚れた髪を透き通る銀色に戻したいと──まさしく。欲を抱いた。
あなたが、と問いかけた声が不自然ではないか。
震えていなかったかを、考え直す。あたまの中で反芻を繰り返し、されど過ぎた過去のことだと割りきりたがってもいた。
返ってくる声。それがどんなものだろうか、と夢想して。
「……そう、です。『賢者』様ですか?」
幾度となく問われた。
大多数は味方から。そして、僅かな回数ではあれど敵側からも。
お前は誰か、と。何者なのか、と。
悪鬼羅刹でも思い付かない悪逆を行った──この世界で誰よりも嫌われている悪役。その存在で、間違っていないのかと。
それに対する私の答えは、毎回同じだった。
「
普段の答えが出てきたのは、動揺と緊張が要因だった。
極度の緊張下で出てくるのは、最も使い慣れている名乗り。
「女性、だったんだ……」
ぽつり、と呟かれる。
その反応は何らおかしなものではない。
『賢者』とは。策を練る者とは、最奥で椅子に座り作戦を考えることが職務なのであって──世俗に降り立つ必要はない。
まあ、言ってしまえば『賢者』が幻想であることがバレない為の工作でもあるんだけど。
ともかく。そういった理由で、私は性別も年齢もほとんど知られていない。
それに何か思うところがあるわけじゃないけれど……あくまで、会話の切り口として。
「女性じゃ駄目だった?」
人間、だったんだ。
なんて反応をされていない以上、文句を言う資格ってのはほとんどない。
流布されている噂のなかには、人外どころか『呪いの魔法』っていう生命体以外の選択肢もあったんだから。
「い、いえ! そんなことはないです!」
何を言ってもこんな反応をさせてしまうんだろうな、と予期するのに十分な
『賢者』の悪名はとどまるところを知らないらしい。
「……名前を教えてくれる?」
「『奴隷』です!」
おっと、私の認識が正しければそれは名前ではなく社会的立場を表す言葉なんだよね。
「本名は?」
真名、なんて聞いたほうが『賢者』らしいのかもしれないけれど。
今の私……一時間後の私は、無職だから。むしろ、今後の生活において『賢者』だとバレないようにすることのほうが肝要。
「『賢者』様に真名が知られると、命を握られるという噂が……」
それを正面きって私に言う度胸は認めよう。
真名を知った相手を確殺出来る冒涜の賢者。その噂が真実だとしたら、私が味方した側が勝利するに決まっている。
「そんなことないけどね」
私だけが扱える魔法──特異魔法とでも言うべきものは、たったひとつだけ。何なら減りかねない。
外付けで多少強化することくらいは出来るけれど……それでも、各国の偏差値65くらいの戦力を持ってこられたら太刀打ち出来ない。
ましてや、英雄や『勇者』なんて存在を正面から殺すなんて不可能不可能。
策を練り、挟撃を重ね、心身ともに疲弊させた状態で──奇襲。加えて、思考誘導をしないと、とてもじゃないけど勝てる相手じゃない。
何なら、そこまでやっても確実に勝てるわけじゃない。百回繰り返したら、九十五回は『賢者』の墓石が立ってしまう。
視界に入らないほどの超遠距離から流星を降らされたり、近接戦闘だったら目で追えないくらいの速度で殺されたり──勝負の土俵に持ち込むことすら無理がありすぎる。
「まあ、とりあえず。ここから出よっか。私も追い出されちゃったし……奴隷ちゃんも帰るアテはないよね?」
「ないですね」
この国に生きていて帰るアテ、なんて恵まれまくったものを未だ所持している人は本当に珍しい。
大抵の人に定住家はなく、ごみ溜めの端で寝る──ですら、ある程度恵まれているとみなされてしまう。
まあ、恵まれた立ち位置にいる人はいる人で、常に背後から襲われる危険を考慮しないといけないんだけど。
「ちなみに、奴隷ちゃんは何か魔法とか使える?」
もちろん、誰でも使える『生活必需品生成魔法』は除いて。
「一応、使えます」
「どんな魔法を──ああ、えっと。まあいいや。気が向いたら教えてよ」
どんな魔法を使ってるの? と訊いた瞬間、奴隷ちゃんの表情が極限まで強張る。
ただでさえ緊張でガチガチ、処刑三分前の表情をしていたのにそれが悪化するんだから、質問を続けたくもなくなる。
本日何度目かわからない『賢者』の悪名を実感しながら、はぁと溜め息を吐く。
それに呼応して、奴隷ちゃんの肩がビクッと震える。
……これ、本格的にどうしようかね。
一目惚れした人からの、初対面の印象が処刑人かそれ以上の──そう、まさしく。
死体すら弄び、死後の安寧を拒絶する『冒涜の大賢者』に出逢ってしまった、みたいな印象なのはちょっと凹む。
訂正。ちょっとどころか、まあまあ……かなり、凹む。
私だって、誰に見せても恥ずかしくない生活をしてきたわけじゃないけれど。むしろ、『賢者』の悪名全てを背負っているけれど。
ちょっとこれは、あんまりなんじゃない?
「……奴隷ちゃんの側から、何か私に言える情報ってある?」
まあ、それはそれとして。
一応。この奴隷ちゃんは、私が王国にお願いして送ってもらった人材。
あの雰囲気を見るに、返さなくていい……というかむしろ面倒を見てくれ、という厄介払いの雰囲気すらあった。
つまり、私がご主人様になる──とかじゃなくて。
単純に私が扶養主になる可能性が高い。そうである以上、最低限奴隷ちゃんのことを知らないととても困る。生活していく上で。
「……『黒熱疫争』で、私を守ってくれていた人が殺されました。それで、奴隷として王国に捉えられていました」
──さて、本格的にどうしようか。
『黒熱疫争』というのは、世間的に『賢者』が起こした大事件ということになっている。
具体的には、累計百万人を殺したとすら謳われる激甚な伝染疫病。それの拡散と、同時に起きた大規模内乱。
それら……三種類の疫病拡散も、大規模内乱も『賢者』が仕組んだこととされていた。勿論、それに付属していた『聖医院』の崩壊も含めて。
或いは、こんな言い方も出来たりする。
『勇者』の
この世界の人類から、田舎都市という概念が消えた元凶。
■
『あなたが……『賢者』ですか。此処まで、世界を荒廃させた張本人ですか!』
「如何にも。私こそが『賢者』だ。百万の屍を築き、数千の集落を滅ぼした張本人だとも」
炎の海。猛毒の散布された井戸。疫病に犯された死体で埋め尽くされた廃墟街の中心で、彼女とは相対した。
『……っ、あなただけは許せません。法王よりも、国王よりも、あなたこそが何よりの邪悪です!』
「糾弾だけなら、聖女でなくとも可能だ。言葉遊びの時間は、とっくの昔に終わっている」
『聖女』の虐殺は、こうして行われた。
人体欠損すら完治させる回復魔法と、広範囲に敵を薙ぎ払える光線魔法の使い手は、裏切りと疫病の海に沈められた。
「どうせ、その立場になるまで何人の『聖女』を犠牲にしているのか、知らないでしょ」
物言わぬ骸となった『聖女』に向けて、言葉を投げ捨てる。
両手を守るガントレットの為に、十二体。
穢れを祓う法衣の為に、二十三体。
回復魔法と光魔法を増幅する杖の為に、八体。
累計、四十三体の犠牲が背後にあるなんて知らないだろうに。