なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
──それは、この世界の根源でもあった。
王国……どころか、この世界で最も一般に普及している魔法。
それは、『生活必需品生成魔法』とでも呼ぶべきもの。
集中する時間と、召喚する場所さえあれば。基本的に誰もが無詠唱で発動することが出来る。
食糧、水分、
文字通り、生活するにあたっての必需品は生成出来る──そんな、夢のような魔法がある。
ただし。この魔法を使う上で熟慮しなきゃいけないのは、
人の脊髄や脳、臓器というものがコストになる。
現状、この世界において。
極一部の例外を除いて、それを嫌悪する人はいない。
そして、その極一部はこの世界において『必需品』を獲得出来ずに
それらの魔法使用の為の殺人に一切の躊躇がない、“良心”や“倫理観”が欠けている人。
もうひとつは、内心嫌ではあるものの諦めて受け入れてしまっている人。
昔々の私は前者、昔の私は後者と前者のミックス──そして、今の私は後者。そんな感じ。
ただ。とはいっても、完全に後者とは言いきれないのが正直なところ。
だって所詮、弱肉強食じゃん。
弱いものが食糧になり、強きものが生き残る。それだけのことで、何が変なの?
──そんな開き直りに納得する自分が、いないわけじゃないから。
口で『おぞましい』と表現するのは、誰だって出来る。
ただ、そのおぞましさを正しく理解出来ているかと問われれると……怪しい。
先代『勇者』や今代『勇者』のように、本能的嫌悪感──幾度となく嘔吐を繰り返し、それでもなお拒絶し続け、餓死寸前まで陥る。そんな体験は残念ながらしたことがない。
まあ、先代『勇者』はその極限の飢餓状態で魔法による食事を受け入れてしまい、それでまた精神的錯乱に陥った……とのこと。
だから。
その二人みたいな本能的嫌悪感は抱かない。抱けていない。
その点をあげれば、私は“ろくでなし”だし逆に見れば偽善者で裏切り者ですらあるんだろうね。
一応ではあるけれど、六年間過ごした家を片付けるのにはそれなりの時間を要する。
ましてや私と奴隷ちゃん以外の人手はなく、大きな荷物収納具もないとくれば尚更難易度は上がってくれる。
そんな中、益体もないことをつらつらと考えてしまうのは仕方のないことで。
ある種『賢者』らしいのかな、なんて自虐が脳裏に過ってしまう。
「奴隷ちゃん。これはあくまで市場調査……というか、プロパガンダがどこまで働いてるかの確認だから、正直に言ってくれれば嬉しいんだけど。『賢者』ってどう思われてる?」
「人命を人命と思っていない羅刹、全生命が憎悪すべき宿敵、悪業の結晶、異次元の悪魔……そんなところですね。どれも、ぴったりの評価だと私も思っています」
『勇者』達曰く、この世界全体がそうらしいけども。
とにかく。
『勇者』も『賢者』も、王国が輩出している存在。
王国最強たる『勇者』を、王国最悪たる『賢者』が討ち滅ぼす──結果だけみれば、何とも歪なものとなっている。
それには、ちょっとしたカラクリがある。
人間同士での争いが絶えないこの世界だけれど、実は魔族との戦争は常時進行中である。
そんななか、今代『勇者』は魔族の領地をかなり削った。それこそ、魔族の群生地……人間で言えば都市に分類されるだろう場所を、十二箇所。占領し、人類の領土とした。
まあ、十三個目で相手の魔王が出てきて帰ってきたらしいんだけど。
ともかく。そんな『勇者』は、活躍し過ぎた。
磨きに磨かれた刃が、いつ自分達に向けられるかわからなくなった上層部は『
寿命だけで見れば、本来十万年とかあるらしい異世界の存在──『勇者』の老衰を待っていたら、何もかもが終わりかねない。
そんなわけで、使われたのが『賢者』……即ち、私である。
昔は『冒涜者』、『無道王』、『悪辣の賢者』……色々な呼ばれ方をしていたけれど、最終的には『賢者』に落ち着いた。大体、『黒熱疫争』くらいの時期からかな。定着しはじめたのは。
それにしても、全生命が憎悪すべき宿敵かぁ。
ついに範囲が人類だけじゃなくて、魔族側にも及んじゃったかな。
「……『賢者』様は、魔族側にも似たようなことをしているんですか?」
「どう思う? 私は──人類だけを殲滅する快楽殺人鬼か。それとも、魔族には更に苛烈で無慈悲な策を打っている無差別大罪人か」
実のところ。
良心がある人間は心が傷付き、良心のない人間は欲で傷付く感じで運用されることの多い私の手札は、魔族には効かないこともある。
だから、魔族に対しての諸々はかなりやりにくい。
それに、あっちもあっちで地獄らしいし。
ただ。
それは、別に何もやっていないということを意味しない。
王国上層部は、『賢者』なんて使いやすい存在がいて魔族に攻勢を仕掛けないわけがないのだから。
さて。奴隷ちゃんから返答が来る前に、私の耳にやってきたのは破壊音。
打ち付けるような雨音と、押し潰され破砕されるような破壊音。そして、小さな窓から見える真っ黒な積乱雲。
「やっぱり来るとは思っていたけれど……」
「“崩壊の雨”……! どうして、此処に……?」
それはもう、決まっている。
私がついこの間殺した、『勇者』。
彼女が歴代でもぶっちぎりで強かった、最強の『勇者』だったから。
うーん。
とりあえず、最初の目標は家の確保かな。
■
『死災』の最中。
私は。燃え盛る街と、怒号と悲鳴が響き渡る地獄の中での『勇者』を見た。
「食糧なら、必需品なら出すから……っ、お願いだから、私を裏切らないで……!」
困窮している──まさに死にかけている住民に、回復魔法を配り、食糧を配布し、衣服を用意して。
そこまで自らを削って、要求するものは背後からの奇襲の拒否。
されど、その望みが叶えられることはなく。
つがえられた矢が止まることはなく、放たれた魔法の弾丸はひとつやふたつでもなく。
それらに対処出来てしまう──つまり、根本的なところで住民を信頼出来ていない自らへの嫌悪感も、同時に巻き起こる。
「……ッ、『昏倒魔法』!」
その一言。一言だけで、周囲を囲んでいた──おおよそ八十人の人間が眠りに落ちる。
炎渦巻く街の中で昏倒させる。
その意味をわからないわけではない。ただ、それは絶えず狙われることでの八方塞がりを打破する為の行動。
「『消火魔法』!」
水が天より降り注ぎ──それに呼応して。
街のあちこちで大規模な爆発が起きる。
水に触れると爆発する物質。『勇者』が水による鎮火を自在に行えると知っているならば、対策しないはずがない。
無辜の市民を爆破に巻き込み、『勇者』の足元に人であったものの残骸が飛び散る。
「ごめんなさい、私が無力だから……!」
助けて、助けて、助けて。
勇者様、助けてください。どうか、どうか。
ほんの少しでいいですから。
そんな声を無視せざるを得ない。
自らに縋る声を蹴飛ばし、彼女は次の鉄火場へと向かわねばならない。
懇願、請願。慈悲を求める声に、赦しを乞う声。
それらと惨禍だけが木霊する戦場に、『勇者』はひとりだった。
歴代最強の『勇者』は、何処までもひとりでしかなかった。