なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど   作:S-A023736-9

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賢者と人間

 

 

 

 ──それは、破壊の呪いである。

 

 

 “崩壊の雨”。

 私が殺した『勇者』の使っていた呪い……その原型は、世界全体を破壊する殺意にあふれた呪い。

 私の殺した『勇者』の数代前の『勇者』様が世界に遺してくれやがった災厄。

 

 突然黒雲が現れては、黒い雨を降らせ──そして。その雨は全てを穿つ。鉄も、人も、地も。

 何の予兆もなく、何処にでも突然現れるそれは紛れもなくこの世界の治安を悪化させる要因のひとつでしかない。

 

 どうして、そんな物騒なものがあるのか。

 その為には、少しだけ『勇者』という存在について話さなくてはいけない。

『勇者』の正体とは何か。人類側が振るう無責任な最終兵器とは何か。

 それは、異世界からの来訪者──つまり、異邦人である。

 そんな異邦人は。正確には、世界に甚大な影響を遺していった異邦人は6人。

 

 それぞれの『勇者』は、その生の最後に大魔法(呪い)を行使する。

 そして、この“崩壊の雨”は二代目『勇者』による遺産である。

 

 

 ……なんて、言ってみたけれど。

 恐らく、全員が今代(六代目)『勇者』みたいに世界を呪っていたんだろうね。

 それこそ、『賢者』のような不倶戴天の大敵が存在して。それが悪辣な作戦や、外道な策をぶつけていた。

 

 だからこそ──この世界は、此処まで酷くなってしまった。

 

「『賢者』様……!」

 

 奴隷ちゃんが、目の前にまで迫った“崩壊の雨”に対しての対応を要求してくる。

 

 実のところ。

 王城ほど安全な場所というのは存在しない。

 “崩壊の雨”、“浸潤の樹”、“回帰の灰”。それらへの対抗魔法……のようなものが多重に張り巡らされている。

 

 私もその継続現場を見たことがあるけれど、まさしく人類の悪いところ詰め合わせセットみたいな感じではあった。

 1日に3桁ペースでの生贄が捧げられ、『邪悪な呪いから国を護る』と謳いながら発動し続けている対抗魔法。

 

 王都に入ってきているということは、最外層は突破されたんだろうけれど……それでも、あと二層はある。

 だから、独房とはいえ王城内であるここまで“崩壊の雨”が入ってくることはない。

 

 ──言い換えれば。

 歴代『勇者』達が最も殺したかったであろう。呪いの対象としたかったであろう、上層部にだけは呪いが届かない。

 

 

 ……折角、『賢者』なんて言われているんだし。

 ハッタリのひとつでも、かけてみようかな。

 

 奴隷ちゃんと同じ様に、慌てている兵士達にも聞こえるように大仰に。

 地獄の底から響いてくるような悪意と、人類最悪の称号に相応しいおぞましさを発する声に含ませて。

 

「──騒がしいな。貴様らのような価値なき命が騒ぎ立てたところで、何にもならない」

 

 嘘嘘。

 この世界に、価値なき命を持つ人間なんていない。

 それは良い意味に捉えても、悪い意味に捉えたとしても。

 どんな人の命も、魔法の代償として消費出来るんだから。

 衣や食を造り出せる素材となるんだから、無駄になんて出来ない。

 

 静まった独房付近を見渡し、敢えて一人一人と目を合わせる。

 

「この中に、私を知らぬ者はいるか? 『冒涜の大賢者』──千万を優に超える屍を積み上げた、私を知らない愚か者はいるか?」

 

 いるわけない。

 王城で働くような恵まれた人達は知っている。

『賢者』が敵となった場合、生み出される地獄を。

 死を望みたくなるほどの運用をされるということを。

 

 全世界に轟く悪名は、こんな時にとても役立つ。

 

 全員が静まり、私の話を訊く体勢になったところで──

 

「私は……知りません。私はまだ、『賢者』様がどのような人か、知らないです」

 

 奴隷ちゃんが、発言する。

 全員から射殺すような視線が送られる。『賢者』の機嫌を損ね、この場にいる全員がそれに巻き込まれたらどうするのか、という視線。

 

「よかろう。ならば、教えてやろう」

 

 歴代で最も邪悪とまで評された悪辣の化身。

 積みに積み重ねた悪評と大罪の結晶。

 数千万の屍と怨念が、そのまま畏怖の要因となる。

 

「──貴様らが持っている、最も価値あるものを差し出せ。物次第では、助けてやろう」

 

 鎧、義手、食事、身分証、鞄。

 様々なものが私のもとに集められる。

 

 この程度か? という視線を向ければ、異形脊髄や変質大脳が幾つか出てくる。

 なるほど。いい資産(そざい)、持ってるじゃない。

 

「それで……貴様は何を差し出す?」

 

 奴隷ちゃんに、敢えて高圧的な物言いをする。

 生命の根源から脅かすような冷酷さ。この六年間で最も成長した技能を、存分に活用する。

 

「……これ、です」

 

 そう言って差し出したのは、意匠が散りばめりられた小さな宝石。髪色と同じ銀色に輝く宝飾。

 

 まあいい。敢えて落胆したような感情を滲ませる。

 それだけで畏怖してくれるというのだから、『賢者』の威光には感謝しても感謝しきれない。

 

 ──折角だし。

 

 私はストックしていた素材を幾つか消費し、演出を増やす。

 私の周囲を囲うように三次元の魔法陣を召喚。骸骨や人魂、黒い靄のような『冒涜の賢者』らしい装飾品も──本当に見た目だけではあるものの──魔法で出現させる。

 

 これらには、何の意味もない。ただのパフォーマンス。

 重要なのはこの後に発動する魔法だけ。

 

「──『不審死の蒐集(コレクト・ポストモータル)』」

 

 小さく、『冒涜王』と唱えて。

 

 

 

 地が埋まるほどの、屍が現れる。

 狭くはない通路と部屋が埋まるほどの死体。首の欠損、上半身の欠如、下半身の断裂、右半身の腐敗。

 一気に、死の匂いが部屋全体に満ちる。

 捧げられたものは尽く死体の山に埋没し、不可視のものとなる。

 

「貴様らの宝物では、この程度しか集まらなかったか。使えないが──まあ、いい」

 

 眼前に迫ってきている“崩壊の雨”。

 視線をちらりと一瞬だけ向けて。魑魅魍魎が転がる方向へと視線を戻す。

 

「『呪いの雨』」

 

 小さな窓から覗けるのは、死体の雨。

 べちゃべちゃと何かが地に打ち付けられる音が響き。

 赤黒い痕跡だけを窓に遺し──“崩壊の雨”が、此方側に入って来ることを拒む。

 

 まあ、実際は上層部が作っている対抗魔法の範囲がそこ基準なだけではあるんだけども。

 

 ざわざわとさざめき出す兵士達を脅すように、持っていた杖を地面にひと突きする。沈黙が流れたのを確認してから。

 

「貴様らの供物で遠隔即死魔法を発動させ、その死体を素材に“雨”の進行を止める魔法を発動させた。それだけだ」

 

 実際は、どちらの魔法も『冒涜王』というひとつの魔法でしかない。私の使える、唯一の特異的魔法にして切り札。

 

「だが。一連のうち、何か(・・)を言い触らしたらどうなるか想像してみろ。“崩壊の雨”の進行を停止させられるということは──任意の地点に“雨”を呼び寄せる『雨乞い』なんてのも出来るかもしれないな。そもそも、『不審死の蒐集』で即死の可能性も有り得るが」

 

 執拗なまでに脅す。この場に寄り付かないように。

 戻ってこないように、話さないように。

 散会せよ、という想いを乗せて話したのが功を奏したのか、死体が集まるこの場に残ったのは私と奴隷ちゃんだけ。

 

「はぁ……疲れた。あ、これ返しとくね」

 

 そう言って、渡された銀の宝飾を返す。

 私の手札はひとつ。別に物品との等価交換でもなければ、遠隔即死魔法でもない。ましてや、“崩壊の雨”を止めるなんて超常魔法でもない。

 そういうのは、『勇者』だったり『魔王』だったりの役割だからね。

 

「え? “雨”を食い止める為に使ったんじゃないんですか……?」

 

「まさか。皆が勝手に勘違いしてくれただけだよ」

 

 それこそ、『賢者』という存在もね。

 

 

 

 

 ■

 

 神聖な神殿の最奥。

 厳かで、清廉な空気を纏う筈の場所は地獄へと変わり果てていた。

 人型の炭に、割れたステンドグラス、血と煤で汚れた絵画。

 既に取り返しのつかないところまで進んでしまった、と実感させるのには十分な光景。

 

「『賢者』か……本人が出てきたというのは、『聖医院』も終わりなのだろう」

 

 何処の国にも属さない、世界最大の病院。

 王国、法国、帝国。そのどれもに武力では届かないものの「相手取られると大きな損害が出る程度の戦力」を集めることで、成立していた治療所。

 それが、燃え落ちている。焔に包まれている。

 

「如何にも。私こそが『賢者』である」

 

 恐らく。この世界に生きる人の中でも、慈悲や良心を多く持っている人相手に。

 既に、死が確定している相手に。

『医聖』とまで呼ばれた、老人に。

 

「──私たちは、何処で間違えたの?」

 

 思わず、相談してしまったのは。きっと、間違いではなく。

 

『黒熱疫争』の一幕。

『聖女』の死──その、前日の話である。

 

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