なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
◇
──それは、人為的厄災だった。
“信仰の神”、“言語の壁”。
そう表現されるものが、この世界にはある。
後者については詳しく知らないけれど、前者は知らないわけがない。なにせ、『冒涜の大賢者』によるものだから。
『賢者』が王国を裏切り、法国側につこうとしたが故に発生した行動──と、されている。実際には、全く違う。
まあ、そんな話は大して重要なことではなくて。
「奴隷ちゃん、大丈夫?」
王城での諸々から、おおよそ五日間。
何とか食い繋いでいる、というのが現状を表す一番マシな言葉。
「なんとか……大丈夫です」
現在地としては、元王都郊外の一角。
一週間前の“崩壊の雨”によって王城以外のほとんどが被害に逢ったお蔭で、予想よりも襲撃とかは少なかった。
此処まで二十回の直接襲撃。『賢者』相手に言葉でだまくらかそうという可哀想な事件が五回。
まあ、十分少ない範疇。恐らく“雨”がなかったら数倍単位に増えていた気はするし。
「『賢者』様……どうして、私だけに優しくするんですか?」
「どういうこと?」
瓦礫の下に設置された爆破罠を除去しながら、奴隷ちゃんに質問を返す。
「この一週間。『賢者』様は、私に一切の危害を加えませんでした。言葉での警告、物言いは確かに『冒涜の賢者』らしいものでしたが……」
それでも。
彼女は言う。
「それは、私を助けるためのものだと……思いました」
あれも、これも。
そんな風に奴隷ちゃんは、この一週間の出来事を挙げ連ねる。
毒林檎、背後からの奇襲、長弓での射撃、徒党を組んでの襲撃。
確かに、私はそれらから奴隷ちゃんを守った。
そして事実として、それらは奴隷ちゃんからの信頼を……好感度を勝ち取りたかったが故のものである。それは、事実である。
だとしても。その念願が成就したものだとしても。
「私が──」
スイッチを切り替える。
『冒涜の大賢者』。それに相応しい悪辣さ。
死体を弄び、情や感情を利用する最悪の冒涜者らしく。
或いは。
この世界に絶望しながらも、希望を見出だした先代『勇者』の手記を読んだものとして。
「『冒涜の大賢者』が。純粋な善意で、人を助ける? しかも、自由裁量を与えられた奴隷相手に? 精々が、道具を壊さぬように運用しているに過ぎないだろう」
実際、この世界にも私のように人を助ける人ってのはいる。
ただ、その大多数が利用する為であったり……その後、絶望させることを楽しみとしている人であることも、知っている。
それこそ、数少ない例外が集まる『聖医院』は『賢者』が疫病と火焔の中に沈めている。
この世界には、様々な地獄がある。
なにも、“雨”や“樹”、“灰”だけではない。
効率的に
その成功作であり、異形となってまで人類を存続させる装置と成り果てている『聖女』。
深刻な土壌汚染を解消する為に自意識と記憶を奪われ、労働に従事させられている『労道者』達。
異形を製造する母胎利用工場に、洗脳され壊れた“傀儡の屍軍”。
何とか倒した魔族の死体を利用し、造られた人工魔族──『天使』。
『神』への信仰心が低いと、扱う魔法の威力が激減する『
枚挙に暇がない、とはまさにこの事。
人類や魔族の悪意には際限がなく、無限に湧いてくる。
先代『勇者』曰く、「湯水の如く」らしいけれど。
だからこそ。
だからこそ、たかが一週間の善行だけで信頼を判断するというのは早計でしかない。判断が甘すぎる。人を、信じ過ぎている。
王国最強だったり、法国最強だったり。
そんな圧倒的な力を持っていれば別なのかもしれないけれど、私達はそんなに強い存在ではない。
故に、疑わなければいけない。
疑念を持ち、いつ背後から奇襲されても対応出来るようにしておくこと。それこそが、この世界で生きる為の最低条件。
「この世界における『信頼』とは、
誠に残念ながらね。
偉そうに講釈垂れてる私も、
生憎とそんな恵まれた世界に一瞬でも滞在していた記憶がないもので。
「だから、奴隷ちゃんが私を──」
「いいえ。私は、
……そんな思考パターンが、あるとは思わなかったかな。
普通、人間ってのは裏切られたら二回目を警戒する存在だと思っていたんだけれど。
少なくとも、私はそう。『これで上層部の仲間入りかな?』とウキウキで王城に行ったら人体実験をさせられた私は、少なくともそう思った。
「……とは言っても、私が奴隷ちゃんを
それこそ、『賢者』だってある意味では信頼されていた。
敵軍を地獄の底に叩き落とし、おおよそ人間には考え付くべきでない方法──例えば、畜産業を崩壊させたり──してくれるだろう、という信頼がある。嫌な信頼がね。
あれも、私側に衣食住が約束されていたからギリギリ釣り合っている……契約関係が成立している、ということになる。
「なら、私の扱える魔法を教えます。それなら、『賢者』様もすこしは信頼出来るんじゃないですか?」
うーん、これは……負けかな。
はぁ、と軽く息を吐いて。それから、一応言葉を返しておく。
「初対面の時、散々怯えていたのは根に持つからね」
「それは申し訳ないです……けれど、『賢者』様が私を怖がらせようとしていたのも、忘れませんからね」
それを言われたら、何とも言えない。
緊張していたから。そういうことにしといて欲しい。
「じゃあ、改めて。奴隷ちゃんは何か魔法とか使える?」
「一応、使えます」
「どんな魔法を使えるのか、教えてくれる?」
前回はなあなあで流した言葉の先。
たった数文字の違い。たった五日では、その数文字の進捗が限界かもしれないけれど。
それでも、この数文字の持つ意味は大きくて。
「『
──その中身を聞いた瞬間。
それは、私の為すべきことが定まった瞬間であった。
■
二小国が滅亡の餌食となり、三大国が残骸を吸収する経緯となった戦役。
或いは、『冒涜の大賢者』が世間にその異彩を知らしめた初めての地獄。
「お前が……『賢者』か。チッ、まだ子供じゃねぇか」
壮年の『戦士』は、私を見て悪態をつく。
そりゃそうだろう。
今まさに燃え落ちているこの街は『戦士』の故郷であり──妻も、二人の子も既に素材として利用されているのだから。
その憤怒は、間違いではない。正しいもの。
「如何にも──私こそが『賢者』である」
初めて、公の場で名乗りをあげる。
風説として流布されていた虚偽に、明確な形を与える。
満身創痍。
片足と両手を喪い、猛毒に犯されている『戦士』──『勇者』の仲間。
彼の為に、仕組まれた戦役が終わりを迎えようとしている。
「──『冒涜王』」
全身が燃え焦げた死体、溺死したのか青くなった死体、或いは感電したことにより苦悶の表情を浮かべている死体。
多種多様な死者が、街の中央広場の残骸へと敷き詰められる。
「遺体集めとは、悪趣味だな」
「戦果の証明は当然の義務──そうは、思わない?」
「戦果よりも大事なモノがあるんじゃねぇのかよ……」
「一理ある。それこそ──勝敗とかだろう」
自警団の内乱。全員が知り合いの中の疑心暗鬼。
定期的に不審死体が出現する街。素材の奪い合いに、飢餓。
「用は済んだ。では────」
「『剣投魔法』」
定められた役割を果たし、後ろを振り向いた瞬間。
『戦士』の持っていた名剣が、高速で投擲される。
『戦士』の娘の死体を盾にさせようとしていた監視員を手で制止し、大人しく胸部中心に突き刺されておく。
「嗚呼、残念だ。どうして、この期に及んで私が
全身に走る激痛を無視し、突き刺さった剣を抜いておく。
「化け物め……」
「その言葉を、そのまま返そう。片手に片足を喪いながらも戦おうとする意思。同類だな」
嘲るような表情を作り──それを見た『戦士』は、ようやくその命脈が途絶える。